画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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ローレライ



真夜中、深夜ラジオ便から、日本人混声合唱の【ローレライ】が小さく聴こえて来た。
久しぶりに耳に蘇らされたこの歌に、急に涙が込み上げてきた。思い出に結びついて涙が込み上げるというのとは、少し違う。そもそも「歌を聴いただけで無条件に涙が浮かぶ経験をした初めての曲」が、この辺りだったというわけだ。(それがその歌だったという候補は3、4曲ある)


入日に山々 赤く映ゆる


小学校低〜中学年だった気がする。その一節のハーモニーに急にウッと感情の塊が込み上げた。それは、ノド飴のCMの中に使われたたったワンフレーズだった。
合唱団員の女性「ゴホンゴホン、風邪かしら」
男の声「ハイそんな時にはこれ。患部に作用し早く効きます…」
のような文言のあと、合唱団で朗々とその人が歌う 〽︎入日に山々… のフレーズ。
確か、それくらいシンプルなCMである。



三歳からバイオリンを習わされ、楽器をいじることにはついぞ慣れることはなかったが、音楽を楽しむことだけは小さい頃に覚えたのだろう。
ある日、父か母に「ノド飴のあの歌を教えて」と頼んだのだった。すぐに全曲を通しで教えてもらえた。
ハモリパートは母が担当し、それからはよく、台所で一緒に二部合唱するようになった。
歌いながらいつも、有無を言わさず泣きそうな何かを感じた。諦念感も含んだ眩しい懐かしさ。「郷愁のようなもの」のはじめての痛みだった。
故郷遠く離れた経験などなくてもその感覚を知りそめたのは、そうやって父に母に教わって覚えた曲によってだった。


父も母も音楽をやっていたわけではないが、歌うことは好きで、日本の唱歌を沢山私に教えてくれた。小学校低学年くらいではまだ父と風呂に入っていたので、浴槽で【荒城の月】【早春賦】などを父に教わり、風呂から上がって夕食を作る母にその歌の合唱の下部パートを教わるのだった。おかげで今でも、誰かと歌う時にはある程度つられずにハモり、二重唱できる。バイオリンやピアノをやっていたから歌が好きだというよりは、やはり小さい頃からかなり実際ウタを歌っていたのだ。



同じ頃、【ローレライ】のほか、【灯台守】にとても心動かされた
灯台を見たことはなくとも、「灯台守」という存在の孤独を歌から知ることが出来た。

激しき雨風 北の海に 山なす荒波 猛り狂う
その名も 灯台守る人の 尊き真心 海を照らす

ゆったりと長調の旋律自体は幸福感さえあるのに、このような孤絶の言葉がそれに乗っていることが、逆に泣かせるのである。



父が、熱く文学的にこの歌詞の説明をしたことがある。冬の荒海を知らなくとも、情景を思い浮かべることは不思議と出来た。
「冬の吹雪にね、波がゴーッと高く荒れ狂う。そういう誰ひとり近づくこともしない果ての海に、灯台守はたった一人でそこに閉じこもって、そこで暮らして、海の灯を守る。海の上には心細い気持で嵐の中にいる船がいる。それを迷わせないように灯台は光るんだよ」
【喜びも悲しみも幾歳月】の映画で、灯台守の佐田啓二が妻の高峰秀子に同じようなことを語る台詞のところで泣けてしまうのは、その時の父の熱すぎる情感をも思い出すからだろう。今でも、旅をして何処かの灯台を遠く眺め、【灯台守】を口ずさんで涙を浮かべることはたまにある。
 


しかしよくよく思い出すと、あの何ともいえぬ愁いや郷愁については、歌詞の「意味」を「説明されて」知った、というのだけではないのである。
まずはメロディの圧倒的な説得力にすなおに心打たれて興味を持ったことが、自分には強烈だったのだ。歌詞の深みは自分の経験や父の人生に絡めつつ、あとからボディブローのように知っていったのだ。
歌、というものはそもそもそういうものなのかもしれない。はるか昔、それが信仰的な朗詠であったような時代から、言葉に示された意味よりも、音程の揺らぎやバイブレーションのほうが先んじて人間の身体に「情のなんであるか」を教えて来たのかもしれない。


メロディだけではなく、ハーモニーの説得力も、少し違う質のものとして存在する。
【ローレライ】の原曲をドイツ語独唱などで聴いて果たして幼い自分の心が動いたかはわからない。大人になればやがて旋律のよさも理解したとは思うが。
あの小さい時分に、ノド飴の味とともに出会った「あの」日本人合唱の訳詩の一節とその旋律とハーモニーの絶妙な組み合わせでなければこの私の場合は、あの郷愁らしきものの強烈なイデアを感じなかったかもしれないのだ。分析しても言語化は出来ないような、何かがそこにあった。
とくに「〽︎山々」から六度のハーモニーで低く分岐していくあの低音部の包容力が、自分の音楽の好みの一つとして備わったのははっきりしている。【灯台守】の下のパートにも多く印象的な六度や五度の和音が登場する。
例えば空の鳥ががゆっくり二羽で飛びつつ、急にその距離を離して岐路を違え、またどこかで合流するような、孤高で飄然とした印象がそういう三度以外の和音にはある。



【ローレライ】伝承については、ずいぶん大人になってからちゃんと読んだ。船乗りを惑わせる、水の精霊というよりは「少女の幽霊」のような仄暗いイメージ。に番、三番の歌詞など今まで詳しくは知らなかったが、読んでみると妖艶で恐ろしい。私があの1フレーズに感じた郷愁のようなものとはかなり違う内容である。
【灯台守】の「船乗りを護る」尊さとは真逆なのも、自分にとっては偶然で面白い。
けれどどちらの歌もメロディラインは、歌詞の情景や意味をそのままデッサンしているのではない。旋律自体が悲しみを通過した明るさとたおやかさを持っているのである。それにまず打たれたように思う。わざわざ言葉で描写される前からすでに情感は音韻の中にあるのである。



そんなことを思い出して真夜中ラジオの【ローレライ】を聴き終わると、夫が暗闇の中でボソっと「【ローレライ】いいな」と呟いた。
「青松園にかかってたんだよ。ずっと流れてるの」
青松園とは、瀬戸内海の小島にある、かつてハンセン病に罹患した人々が回復後今も生活する国立療養所である。
夫は旅の途上で、そこを訪ねたことがあるのだ。


今までも夫はその記憶について多くを語りはしなかった。言語以上に感じたものが多すぎるからだろう。
「目の見えなくなった療養者が歩けるように、園内のあちこちに【ローレライ】のメロディが、もう一日中流れてたんだよ。それがずっと耳に残ってる」
そこに暮らす人々にとって、その旋律がどのような情を伴って聞こえているのかは私達などには到底はかり知れない。故郷の漠然としたイメージに甘い想像の涙を流すようなものでは有り得ないだろう。直接は彼らの感覚に手が届くことはなく、その場所に漂っていた情緒の予感が乱反射して夫に届き、またいまここにいる私に届いてくるだけだ。


おなじ【ローレライ】ながらも、私の人生、夫の人生、また他者の人生には、全く違う絡みかたで歌が絡み付いている。もともとは私はノド飴CMの日本合唱、夫は療養施設の幽かな電子音から知っただけの歌なのである。
しかしなにかえも言われぬ「愁いのイデア」は共有しているのだ。
何ががそうさせるのだろうか。歌詞の意味や歌の背景の伝承より、やはりまず旋律なのではないか。
夫の場合は経験内容じたいへの情動は大きかっただろう。しかしそれはたとえば【ふるさと】や【瀬戸の花嫁】ではまた少し違う情動に繋がるのではないか。【ローレライ】でなければ感じない本質的な何かは、私のも夫のも同じところにあるのだ、と何か確信したくなる。


甘い郷愁から厳しい苦しみまで、あらゆる感情を、意味を越えて吸収し尽くすのが歌であり音楽である。それらは何処にでも入り込む。空気が水分を内包するように感情がそこここに潜在し、それが旋律の雨になって降り注ぎ、さらに川や海のように、つまり歌や音楽という在り方を得る。その川や海の乱反射がさらに新しい感情を生む。
音楽は水に似ているものなのかもしれない、と思いながら夜の眠りについた。






by meo-flowerless | 2018-01-30 10:24 |

個展【暗虹街道】 2018.1.19より

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画像:齋藤芽生【暗虹街道】より  (各 32×32cm 紙・アクリル)
撮影:加藤健  禁転載


個展 齋藤芽生【暗虹街道】

日時/ 2018年1月19日(金)- 2月24日(土)
営業/ 13:00-19:00
休廊/ 日、火、祝日(2/11-/13は連休)

ギャラリー・アートアンリミテッド
107-0062 東京都港区南青山1-26-4 六本木ダイヤビル3F www.artunlimited.co.jp

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齋藤芽生【密愛村】(みつあいむら)は、歌謡曲に歌われるような男女の湿った恋愛と、国道の果てのドライブインやモーテルなどの建築群から触発され、作者の脳裏にいまも広がり続ける仮想の歓楽地。
2016年秋、その【密愛村】シリーズの現時点での集大成の個展を倉敷・大原美術館の有隣荘で展開しました。


今年のギャラリー・アートアンリミテッドでの展示は、その歓楽地から少し脇道にそれた、新たな世界の小さな建物群を、【暗虹街道】(あんこうかいどう)の絵画シリーズ12点、【小箱町】(こばこまち)の立体模型シリーズ6点で展開します。
暗い虹は「玉虫色の煌めき」から発想を得ています。これまでイメージの源泉となって来た日本の旅というよりも、今回はアジアの様々な国で見た極彩色の景色や玉虫色の品物たちに触発された部分もあり、通常の絵画よりはカラフルで楽しげ(?)。
また、ピカピカ灯りが点灯する立体作品【小箱町】の小さな縮尺感が基本となっているので、自分でも、小動物になって小さな巣に出入りするような気持で制作しました。


遠方で展示をご覧頂けない方。展示される作品のブックレットのご用意がございます。今回のブックレットは【暗虹街道】+【小箱町】+【密愛村Ⅳ】と三作品を掲載し、テキストも多数ありますので、興味のある方はギャラリー・アートアンリミテッドまでお問い合わせください。
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by meo-flowerless | 2018-01-09 14:27 | 告知

夜歩く

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制作の大詰め、気分転換に近所の和食処で夕食。気力を出すためにウナギを食す。
食後、夫が腹ごなしに夜の散歩をしたいと言う。夜歩きが嫌いなはずだが今宵は珍しい。



澄んだ夜である。灯ひとつひとつの存在感が透徹している。
夫は作品の案を巡らせているためか、いろいろなものを探すように丁寧に目を向ける気分らしい。こんなところにこんな店があったか、といちいち立ち止まる。
ここは東京の郊外も郊外、場末中の場末の町。私自身が育った場所であり、愛着もなくはないが、うらぶれすぎていて、何の発見も今さらない。
しかし久しぶりにじっくり歩いてみると、暗い街道に時折光る各店の佇まいに、それぞれの人のドラマが垣間見えるようである。



海外に行って最も旅愁を感じるのは、その都市の「郊外の夜」である。
ベトナム、韓国、台湾、カンボジア、ずっと前に行ったドイツもアメリカも。どこの大都市でも、車や電車で幾つもの町を通り過ぎたころ、やっと旅の恍惚と浮遊感がやってくる。
暗い街角にポツンと灯るスタンドや、どうでも良いような飲食店、何故そんな時間帯にやっているのか解らぬ美容院、地元の人が何もせずたむろしているよくわからないたまり場。そんなわびしい乏しい光であるほど、惹かれるのだ。
この今いるわが故郷も、海外から訪ねて来たとしたら、まさにそんな町だ。
私がたったいま旅人であったなら、都心の観光色から逃れ、心ゆくまでこのわびしい埃と闇と一抹の澄んだ光のなかを浮遊しているといったところだろう。こんな気持で近所の町を歩くことが、あらためて新鮮に思えた。


ワインと珈琲を飲ませる感じのクラシックなカフェの【A】。私の小学生時代からあるそこそこの老舗だ。
店舗の位置が変わって新しくなった店構えは、蔵のように白とマホガニー色で統一されていて、覗き込むと本棚一杯の本かレコードが見え、居心地が良さそうだ。しかし、客がいつもほとんど居ない。自分も入ろうと思うが入ったことがいまだにない。


一つの理由に、中学校時代の【A】の記憶がある。
ある早朝、通学途中に【A】の急店舗の前を通ったとき、シャッターに大きくスプレーの殴り書きがしてあり、面食らったのだった。
そこには「良識派をきどる連中の店」と書いてあったのである。その文言のインパクトはけっこう強烈に心に刺さった。
普通の暴走族のスプレー書きも多い町だが、その文字は明らかにもっとオトナの客、もしかするとそこそこインテリな人間のに描かれたものだと推察出来た。それが薄ら怖かった。いかにもその店に合っているようでもあり、気の毒なような、近寄り難いような。その近寄り難さを壊したくないような気持で、今まで自分もその店に行かずに来た。
今夜も同じように居心地の良さげな灯りの下、質の良さげな材のたくさんのテーブルにも、客の気配はなかった。


バス停付近のゴチャゴチャした、造花の木の実のようにすずなりの小さなスナック長屋。歩道橋の階段の影の通りにくいところに入口があり、年中日も当たらず、どうしようもないくらい場所が悪い。
しかし小学校時代から潰れずに灯りを点している。いや、潰れては新しい店の名前で誰かが入りまた潰れては、を繰り返しているのを、私が記憶していないだけか。二人くらいしか客が入らんのじゃないかと思うくらいだが、ちゃんとどの店舗からも歌声や話し声が幽かに漏れている。小さすぎるし場末すぎる、こんなスナックの時空。非常に興味はあるものの、自分にはまだ何か遠い時空でもある。


幼少期からずっと駅の線路際にあった、平屋の日本家屋にオレンジテントの【O編物学院】。大好きな佇まいだったが、今夜見たら、建物も柿の木も庭も、全てが鉄骨の足場の中に覆われていた。近く壊されるのだろう。
テントに書いてある「ブラザー編み機」の文字。大きな編み機は昔、憧れの機械だった。手芸屋で一二度いじったことがあったようなないような。ジャーッと音がしていた記憶。子供心に「しかしこの機械が流行ることはないだろうな」と何故か思っていた。
毛糸の匂いと鉤針の金属の匂いは、まぎれもなく「昭和」ならではの匂いである。その匂いも大きな編み機も一緒にこの町の記憶から消されて行くのだ。



その通りの数軒先、数ヶ月前に店を構えた小さなカウンター三席しかない角地のラーメン屋【K】の灯り。やけに白々とした蛍光灯の簡素な店で、飾りが一切無い。そして客が入っているのをこれまで見たことが無い。
「ああ、今日も客がいない」と夫がつぶやく。「来ない客のために毎日仕込みをする気分はどんなもんだろう」
暖簾の隙からそっとのぞくと、独りの老爺が突っ立ってカウンターの中で客を待っている。夫はここに来ると、いつも心配そうにそっと外から客をチェックするが、自分ではその客になろうとはしない。
しかし今夜は、「じゃあ、こんど入ってみるかな。応援するか」とボソッと言った。



灯りを煌煌とつけ、いかにも哀愁のあるいじらしいような店舗に限って、いつもそんな風に客がいない。店の外装や内装は何となく不揃いなままにしている。店灯りが暗すぎたり明るすぎたり。中が見えすぎたり見えなさすぎたり。看板の文字体と灯りに書かれた店名の文字体が違ったり。「歌とお酒と手料理&おしゃべりの店」「歌えるスナック&ワインの店」など文言がゴチャゴチャして焦点がぼやけていたり。
そして一年くらいで消え、また同じような「中途半端に手作り感のある」「冷たいような暖かいようなちぐはぐな」別の店灯りに取って代わる。そういう町である。



いまはちょうど、店じまいの前後の時間帯。
店主が一人わびしく暖簾を片付けている。或いはじっとカウンターでテレビを一人見ている。もの静かな老夫婦だけが洋食をすすっている。店の中国人家族とその仲間が灯りを半分消してカウンターで喋っていたりする。そんな一つ一つの物語が見えた。それを今日は、とくに異邦人のような遠い気持で眺める。
駅裏の通り、この町にしては大きめのビルに【国際学院】という文字が見える。新しい外国人向け学校だろう。そういえばここ一二年で東南アジア系の人々をよく見るようになった。年末に郵便局に行ったら外国人の青年たちが故郷に荷物や手紙を送るので込み合っていた、と夫が言った。彼らから見るこの町はどんなふうに見えるのか。



「明日から俺少し夜歩こうかな」と夫がふと言う。運動のためもあるが、夜の空気には新鮮な発見があると思ったのだろう。
「夜歩く、という小説があるね」と私はふと思い出して行った。「誰の」「横溝正史の」
横溝正史ならたぶん幽霊とか夢遊病者の夜歩きのことなのだろうが、読んだことはまだない。しかし良いタイトルだと昔から思っている。「【夜歩く】だけか。良いな。そういうシンプルなタイトル俺好きだ」と夫もつぶやいている。








by meo-flowerless | 2018-01-07 21:56 |

ソフト・リゾート


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実家の正月テレビで、バブル期を振り返る特集をしていた。
ハウステンボスや新潟ロシア村、戦国村…
「この時代、テーマパークの建設が大流行!」とのナレーションに、真徳が「なんでこの時代にそんなに流行ったんだ」と呟く。9歳上でありバブル期には成年になっていた自分は「それはね」と、知ったかぶって答えようとした。
が、明確には答えられずかえって「?」と考え込んでしまった。




日本初ディズニーランド建設以来の遊園地巨大化ブーム。地方創生の金の流れ。核家族のレジャーに対する意識変化。色々要素はあるだろう。けど何かはっきりしない。
そこで携帯で検索してみて、久々に「リゾート法」というキーワードを思い出したのである。リゾート法.....そのあたりのことをきっちり抑えておかないと、最近モチーフにしているような「痴情と稚情に満ちたデザインの廃墟」の裏が取れない、と改めて思わされる。




正確に言えば、私の好きなドライブインやモーテル建築は70~80年代くらいのもので、80~90年代「リゾート法」施行下で乱立したフルーツ型バス待合室・カッパ橋・カブト型の駅、のような一連のキャラクター風デザインのものではない。そのあたりのデザインの変化の背景、心性をわかっておきたい。
私にとって、両者は全く方向性が違うのである。



今また、破綻したテーマパークのリニューアルブームだというが、インスタ映えSNS映えする、写真の後背・書割としての需要が見直されていることもあるのだろう。この平面的なリニューアルブームがまたいつか成れの果てを迎える時にはどのような有様になっているのか、興味はある。
しかしやはりいまの私が当分魅かれるのは、バブル前後のリゾート観やレジャー感の時差的な違いである。



バブル後期に「リゾート法」「ふるさと創生」などに呼応して出来た巨大テーマパークやその周辺のレジャー施設のデザインには、圧倒的に「エロさがない」と感じる。
いや、エロを目的にして欲しかったなどと言いたいのではない。
国民に課せられた息苦しい余暇、意識的な拝金、遊戯の強制感。「遊ぶこころ本来のゆらゆらした不安定感」を拒絶するようなデザイン性に陥っているのが、あの時期のテーマパークの特徴、と思うのだ。
役場の人々がやれやれと思いながら片棒を担がされているところもあったであろう。行政が家族の余暇と幸福を奨励しているところに、一抹のいかがわしさも生じるわけがない。



最近私がとくに思いを馳せているバブル前夜のエロさ・いかがわしさとは、単純に性産業的なニュアンスではない。「そのへんのカップルのプライベートな」「ソフトな下心」のエロさである。たまの休日だから「あの娘と」「チョット」「はめをはずす」非日常の草いきれ。
レジャーも性慾も、目的の価値というよりは気分に価値があったのかもしれない。
そのものズバリのラブホなどよりむしろ、普通のレストランやファンシーな土産屋のほうが、そこはかとなくソフトポルノ感があった、と思う。



70年代後期だったか80年代初頭だったか。とにかく自分の幼時、清里など高原リゾートが流行っていて、レイヤーカットの女子大生グループが女3人旅行などをこぞってしていた。
子供目線ながら、あの頃流行したメルヘンな白い建物やレースのカーテンに、どこか少し吐気混じりの淫猥さを感じていた。盛り場のイカニモという暗さより、高原のそよかぜにスカートが翻って生じるパンチラの「誘う眩しさ」。ソフトリゾートは、うたかたの青春の甘酸っぱさとおしっこ臭さ、観光向け牧場の乳臭さのいりまじった甘い匂いがした。



ちなみに、このレースの白さは、当時のスケ番女子高生などの奇妙な妖艶さ、赤さが対になっている。暴走族全盛期のスケ番の色気というのは、その前の和田アキ子や杉本美樹などの不良性ともおそらく違い、いまのヤンキーのわびしい感じとも違い、異様に際立った夜叉のような妖気を放っていたように思う。



しかし、中学生高校生くらいになると、アレ?というほど文化にも風景にも淫猥な匂いが消えた。
あれはどういう世の流れだったんだろうか。
テレビでも、どこにでもいる隣家の高校生のような子(そのくせ純潔性は普通に喪っている)、内輪うけで手を叩いて笑っているだけのタレントなどを毎日見ていなければならなくなり、憧れもなくなりテレビを消した。
ちなみに、ミッキーマウスなどのディズニー的価値・サンリオのファンシー価値からエキゾチックな臭いが消え、よりローカルにドメスティックに意味を再生産されていった気がするのも、その頃だ。サンリオは国産ブランドであるが、初期のハローキティや、もう廃れ果てたパティ&ジミーなどにはもう少し、敢えて演出された外国感があったのだったが。



90年代後期、自分の大学生時代には、書店に「廃墟本」が並んでいた。あれも一種のブームだったように記憶している。世紀末に合わせたというのもあるだろう。自分もその影響は、多分に受けていたと思う。
廃墟には魅かれ続けたものの、バブル崩壊に伴い破綻したテーマパーク廃墟のアフターユートピア感、ディストピア感というのは、その後のゲームやマンガ世代に受け継がれて行った。新たな「ファンタジーの戦場」として舞台になって行くのである。そこまで行くと、もう私の好みでは追う気になれない、別の文化圏のものになる。
ディストピア戦士感に満ちたゼロゼロ世代の手で、ソフトなへその緒にくっついていた白いレース付きテニス用パンティーは、いったん断ち切られて行ってしまった。



リゾート法前夜の、「プライベート・ソフトリゾート期」のような感覚。そんなものがあったのかなかったのか正確な時代性など解らないが、私の心の襞にはそう刻み込まれている。
あの頃眩しく思えたレースの白さは、今や表面的には、100均の写真立てにくっついているちっさいイミテーションカーテンなんかにささやかに受け継がれている。
妖艶なスケ番の髪の赤さもまた、何回も消費されたイミテーション和風な「紅」となって、ヨサコイの衣装に息づいているが、鬼気迫る輝きはさすがに喪ってしまっている。



しかし「プライベート・ソフトリゾート」は実は、中高年のこころと身体の水面下に俄然続いているんだ、と私は信じているところがある。いろんなかたちで、しぶとくね。

by meo-flowerless | 2018-01-03 16:57 |

瑣末で切実な望み

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他県の県庁所在地のバスが見知らぬ大通りをなんども曲がるうち、初めて乗っている私は「あれ、まだ曲がるのか」と完全に方向感覚がわからなくなる。
やけに甲高い女声放送が、「○○通り二番」とか「○○町四丁目」と似たようなバス停を二度ずつ連呼する。
その声はまた、停留所案内の合間に「銘菓は何々屋」「贈答品のご用命は○○町、何デパート」などと、地元ならではのローカル商店情報をも早口にアナウンスする。



生花を白紙に包んで持った和裁の先生のような着物の老女がバスに乗っている。生花には猫柳と、何か1本くらいは香る花が混じる。
その人のもう一方の手に提げている紙袋の文字を眺め、私は「ああ、今放送で言った何々屋の銘菓だな…」とぼんやり思っている。
その人からなのか、他の老女からなのか、かすかにナフタリンの匂いがする。



.....というような、何てことはないのに懐かしい一連の感じを味わいたい。



そのようなバスを降りた先の、宿か知人宅か、とにかくよそ様の日本家屋に泊まるとする。
夜まだ眠くはないが、客間の六畳の布団に寝かせてもらう。
目が暗がりに慣れて来た頃、部屋の襖に書いてある山水の模様を眺めているうち「実際、あの中にいたらどんな距離感か」とか「あれは何処の山なのか」などと考え始め、さらに眠れなくなる。



朝見ると、その家の電話のそばに「何々屋の銘菓」の文字の入ったカレンダーかメモ帳が貼ってある。路線バスの時刻表も貼ってあるが、随分昔のものである。
また、そんなメモ用紙にボールペンで走り書きしてあるタクシー会社の電話番号などをとても風情があると感じる。古くからありそうな油性ペンの黄ばんだメモには、局番一けたの電話なども走り書きしてある。



そういう経験がしたいのである。切実に。
いつかむかし確実に経験済みのようでいて、いつ何処でとは言えず、別人の記憶が乗り移っている錯覚を起こすくらい遠く、しかし近い将来にそんな経験を不意にまたしそうな。



ああ、こういうことが本当にしたいなあ、と思うことが、大抵他人にはどうでもいいことが多い。しかし、他人にはどうでもいいのだろうと思えば思うほど、そんなどうでもいい経験の望みが愛おしく感じるのである。
しかしそれは、わざわざそれをしに出向くような事柄ではない。日常の隙間にはらりと落とす塵紙のような、いつかの儚い経験の薄い積層が、ふとした風にもう一度動くのである。


:::


どこか関東の僻地のだだっ広い国道の十字路に、バスから降りてポツンと1人残される。
十字路の四角はそれぞれ広大な工場、トラック出入りする広大な資材置場、産廃処理場まわりの銀の塀、田んぼである。
店など一軒もないが、遠くにつぶれた道産子ラーメンの廃屋はある。
雨がボソボソ降ってこの上なく陰惨である。自分も用事を済ませるまで、そんな寂しい道を辿るのが憂鬱である。


雨の野のドラム缶から煙がくすぶっていて、何か人工物を燃やしているのが匂う。ああこれがダイオキシンの匂いだな、となんとなく思う。
二度とこんなさびしいところには来たくはないと思いつつ、何故かそういう記憶は鮮やかで、時間が経つともう一度経験したくなる。夜の夢の合間に、遠く懐かしくその雨の暗さを思い出す。



そういう国道沿いの殺伐とした中に、奇妙なほど優しげな洋菓子屋がちょっと奥まって店を構えていることがある。白い80年代的な店構えである。
恐る恐る入ると、太りじしで暗い瞳の中年男性が、白い上っ張りで静かに店内にいる。客に少し驚くような感じで、高い小さな声でいらっしゃいませ、という。



丁寧な手作りの洋菓子はクッキー系が多く、生ケーキは二種類くらいしかない。しかし手描きの貼紙を見ると、ロールケーキは自慢のようだから、買ってみる。店主の暗い目が少し潤んだような錯覚がある。ケーキを静かに渡してくれる店主の腕毛が、物凄く濃い……悲哀感をもって、腕毛を思い出しながらロールケーキひと巻を自宅でモソモソと食べるのである。



…というような妄想の旅を、この正月は楽しむぞ。

by meo-flowerless | 2018-01-01 21:43 |

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