画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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2019年5月の日記

2019年5月の日記



5月1日


朝、体のきかない父がベッドから転げ落ち、母がそれを助け起こせないと報せて来たため、慌てて実家に行く。先に自転車で駆けつけた夫が助け起こしてくれて、私がついた時に父はベッドに戻っていたが、どうも呼吸が荒い。いつも咳込みがちなのだが、何か明らかに違う。
横たわるとぜいぜいとひどく荒くなり、起き上がるとスッと治るが、起き上がっていられる筋力は無いので、結局横たわってぜいぜいしてしまう。
本人は、別に息か苦しくはない、ただぜいぜい音がする、というので判断に困る。



最近数日、どうも呼吸が乱れがちなので連休明けに病院に連れていかなければ、と母が困っていたが、直感で「救急外来を調べて、今すぐ病院に行くべきだ」と私達は言った。
結局その判断は正解で、行った途端に入院となった。肺に水が溜まっているのを処置してもらう。予後は何とも言えないようだ。さまざまなことを考えた。


先ほど家で束の間起き上がって息が整ってきたとき、テレビの新天皇の儀式を黙って見入っていた。父は何を思っていたのだろうか。
自分は新元号について何の感慨もなく言及する気もなかったが、いよいよ体調が不安定になってきた父の姿とともに新時代の幕開けは、脳裏に刻み込まれた。


:::


一月ほど前、野鳥の集っていた実家の隣家の鬱蒼とした庭の木々が、丸裸になるほど短く剪定され、何の影もなくなってしまった。
特に母がショックを相当受けていた。鳥も来なくなったようでがっかりしたに違いない。隣家の人々も老いて様々な考えを持って庭の整理をしたのだろう、と話した。



しかし父を病院に連れていく直前、四十雀がなにかしきりに喋るように鳴きながら飛んできてうちの敷地の餌台に止まり、ピーナッツを一つ取って枝て食べ始めた。
「いるよ!ちゃんと来てあげっから!」と言ってくれているような気がした。
去年の巣箱には流石に巣を作りそうもないが、代わりにヤモリが巣箱に張り付いていた。気に入ったのだろう。




5月2日

入院した父も体調が安定したらしい。以前からの予定通り、私は大学院の研究室校外活動に赴く。目的地は私のよく行く海。三浦半島の突端の三崎町だ。
しかし、超大型連休に行くのは無謀だったかもしれない。今迄行った中でも一番観光客が多く、どこの料理屋の前でも人が溢れかえり、昼食にありつくのに2時間ほど行列して待った。


雄大な岩礁が広がる城ヶ島海岸、マグロを食べる三崎漁港、ひっそりと静かな鬱蒼とした森の下にある油壺湾、見所はたくさんあり、風景を描いたり撮ったりするには事欠かないが、その3地点がかなり離れていてバスで乗り継いでいかなければならない。
一本道のバス通りは確実に渋滞し、交通に難があるのがこの土地の辛いところだ。
学生たちは満員のバスで立ったまま移動ばかり迫られ、相当疲れたと思う。しかしイヤな顔一つせずに、それぞれ思い思いに活動していた。皆穏やかな人格だな、とつくづく感じながら見ていた。


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城ヶ島ではかなり雲行きがあやしくなったが、雨は何とか踏みとどまった。



油壺の荒井浜には、太古の記憶を宿すような原生林を抜けて降りて行く。この鬱蒼とした林道の木々の隙間はるか下に見える内海の、怖いような静けさ。


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浜は最近だいぶリゾート化されている。ワンドリンクで浜辺のベッドを使えると思っていたのだがツードリンク制だったので、何となく興醒めし、ベッドは諦めた。


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この海岸の彼方に夕陽が沈むというイメージがなかったのだが、それは私のとんだ勘違いで、私達の真正面に太陽は没しつつあった。
日が沈むにつれ、遠い別の半島の陰が青く浮き出してくるが、突如正面にはっきり富士山のシルエットが浮かび上がりはじめたので、皆感嘆の声をあげた。

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5月4日




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実家の裏付近から、山々を望む。
美しい新緑の川原に色彩がこぼれるように、鯉流しが踊っている。いつの時からか、対岸の町の各家庭から集めたという古い鯉のぼりを飾ろうという試みから始まり、今ではこの川の名物にもなっている。
数日前の寒さと打って変わって、容赦ない日差しが照りつける下、眩しさに目を細め暑さに汗を流しながら描く。最近、寸法が全く取れなくて非常に困る。何かの能力が欠損していっているのではないかと焦りながら描き直し、かなり時間をかけて細部まで見た。



熱中症になりそうだったので、実家に寄って涼む。
父のベッドが空で部屋はしんとしている。大ペットボトルの茶を一人で半分くらい飲んで人心地ついたころ、遠雷が聞こえ出した。夕立になる前に、と母とともに慌てて家を出て病院へ。



父は口を丸く開けてまたしても正体なく眠っている。昨日もそうで、起こしても何となく会話が出来ず、また眠りの中に入っていった。
今日は昨日よりも明快に起き、少しは会話をしたが、よほど参っているかんじで、こちらも辛かった。目が虚ろで、口も不自由になっているので、いっていることがまともなのかせん妄しているのか判別がつかない。しかし枕元のテレビの巨人×広島戦の野球を見ながら母が「丸(選手)はなんでカープを棄てて巨人へ行ったんだろ」とボヤくと、父がふがふがと「お金がいいんだよ、巨人は」と言った。ので、まあ別にせん妄しているようでもないとホッとする。元気になりたい、と弱々しく呟くのを聞き、胸が苦しくなった。


病院を出てレストランで夕立をしのぐ。母が昼食を食べる間、私は晴れ始めた雷空と駅を描く。

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晴れてきたと思い、帰りがけに川原の剣道場の近くの立派な藤棚を観に行く。
途中、4匹の柴犬の兄弟を散歩させている人がいた。藤棚の公園の石碑に、なぜか柴犬たちはこぞってぴょんと飛び乗り、4匹石の上に押し合いながら整列して座っていた。
母は爆笑しながら写真を撮らせてもらっていた。
藤を描いているうちまた雷と夕立が戻ってきて、母は先にスーパーへ避難しに行った。
私はまだ残って描いていたが、絵に雨粒が掛かって不思議な飛沫のような筆触になってしまった。

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母が虹をずっと期待していたが、スーパーで別れてアパートメントに帰り着いた頃に、すっとした虹の一部が台所の窓から見えた。




5月6日



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最近、印象を大掴みすることができなくなっている。認識の何処かが不調だ。
「細かく描いていればなんとかなる」系の描画力でなんとかしているのだが、やりたいのはそういうことではなかったかもしれない。



【スケッチ廃人】という言葉を考え出す。描き始めたら他のことが何も頭に入らなくなる。人間との会話も、食事も、仕事も一切遠ざけたくなる。
気持良い新緑の川原で座り込み異様なほどムキになって集中して描いているのを、通りかかる散歩者が不気味なものを見るように一瞥していく。怖い顔してるのだろう、誰も話しかけてなどこない。


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5月某日


コーネル展とキスリング展は絶対に逃さず行く!メモ。




5月17日

10月の目黒区美術館での個展は、あの植物図譜の至宝【フローラの神殿】とのカップリング。身に余る光栄で考えるだけでそわそわするのだが、今日は所蔵元の国際版画美術館にて【フローラの神殿】の確認作業に立ち会わせて頂いた。
もう!絶句という感じ。
学芸の方々の入念なチェックの脇で、ひたすら私は本物の放つ濃厚な表現の襞に圧倒される。30点の花それぞれが、細密な風景画のなかにそれぞれ考え抜かれた姿態で佇んでいる。山あり岩あり、雪あり海あり…そして一枚一枚ちがう空の描写。
こんな贅沢なものを作ろうと思ったソーントンの気概と、採算が取れるわけもなく極貧で没したという運命の重みが、腹の底まで響くような気がした。
…ところでこの至高の植物図譜全編とともに展示されるのは、この自分の作品なのか…!と我に帰ると、毛穴から冷や汗が滲み出るようだった。


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種村季弘【魔術的リアリズム】。「もっと前に読んどけばよかった本」に大認定。
勝手にシュルレアリスム系のさらに幻想寄りの作家のことを書いたりしているのでは、とイメージしていた。しかしじつは、1910-30年くらいのドイツの硬質の徒花、ノイエザッハリヒカイトの作家たちのことを書いた書だったのだ。グロッスとかオットー・ディクスは元々好きなのだが、他はあまり知らなかった。嵌まり込む。


構図についての授業で参考にするために19世紀-20世紀が大まかにわかるような画集や本をいくつか集めているが、大戦前の僅かな時期に花開いたメカニック礼賛的具象の流れにに惹かれるようになった。アメリカのプレシジョニスムとか。絵はいくつか知っていたが、そういう名前の時代区分は知りませんでしたな。勉強が足らんので。
今まで好きじゃないと思っていた未来派の画集も俄然欲しくなった。あと、依然キュビズムには惹かれはしないが、急にレジェの絵が面白く思えてきた。




5月某日


5-60冊くらいの画集や研究書をとりあえずひっくり返し、1870-第二次大戦前くらいまでの絵画史をさわりだけは勉強し直して、講義資料を何日もかけて作った。けれどやはり大雑把なものしか出来ず、この2週間くらいは何だったのだろうか、と虚無感に襲われている今。課題を組み立てるのはいまだに難しい。
まあ、自分自身ひとりのためには、勉強にはなるのだが。今迄それほど興味のなかった画家の絵をきちんと見たくなった。まとまった画集も欲しい。ピカビアとかマッソン、マッタあたり。キルヒナーの山岳描いた絵。レジェのオブジェクトドローイング。ミロが具象的だった頃。自身の現在の絵には直接関係ないのだが、妙に元気な気持にさせられた。


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私は、画集を買って飽かず眺める、ということをあまりしてこなかった。影響されやすいからである。いつかどこかで必ず、知らないうちに誰かの要素が自分の絵に入り込むことに、過度に怖れを抱いた時期があった。それ以来、画集を買う習性が無くなった。
しかし、ここ最近はそんな気持も動いてきた。逆に言や自分はそんなに変化など出来ない。スケッチを見れば我ながらわかる、30年もの間自分の絵の癖は何一つ変わっていない、変われない。変われなかったことの善悪の判断はつかないが。



5月某日

というような流れで最近久しぶりに画集を取り寄せているのだが、やはりよかったのは、エルンストのコラージュ集の分厚いやつ。エルンストは何というか、精神的な支えになる。シュルレアリスムのドローイング集も良い。本という形式だからこそもっとあらゆる画家の素描、ドローイングを徹底的に纏めようという企画があればなあ、と思う。
また、ドイツ1920年前後の流れ、未来派のイタリアだけではなく世界への波及もちゃんと図版で載っているもの、デザイン関係を載せず絵画だけで構成したロシアアバンギャルドの画集、日本の1920年代、併せて眺めると、色々な意味で面白かった。
視覚の牙城を構築することのギクシャクした楽しみと苦しさが絵画の中に濃く残存しているのはこの時代まで、という感がある。


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しかし…これ(頭部の)が、五輪か何か公式のものとして提案されるとは思わなかった。写真は一昨年、能登半島の珠洲。アジア雑貨屋で見つけて夫のぶんも珠洲に持って行ったが、お遍路の編笠はかぶる彼でもこれはかぶらなかったよな。




5月某日


股関節の痛みで辛い夜、やっとうつらうつらしたと思ったら、ラジオ深夜便の苦手なアナウンサーが苦手な「アリス」特集を始めた。ラジオ付け放しにしなければよかった。
空虚な世界観を吠える。わからん。アリスが分からないというより、何故そんなに人気があったのかと考え始めると眠れなくなる。昼間はいいよ、でも深夜3時はやめてほしい。


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日の出の時刻。すっかり目が覚めてしまったので、付近の山へ散歩にいく。
ちょうど赤い朝日が市街の影から登り始める。大きな朝日を見るたび、赤いチェリー味の舶来の飴玉の味を思う。
夫は、もいで食べようとしていた桑の木の実をチェックしたが、まだ熟れていなかった。




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先週の土日は、群馬のみなかみ町へ出張だった。
新装後とあって非常に居心地のいい宿で、バルコニー遥か下には、怒涛の渓谷の青い水が見おろせる。
対岸の廃墟が、夜もこちらの明かりを受けてぼんやり闇に浮かび上がっている。一生懸命その景色を描こうとしたが、二枚描いたうち、どちらも黒が潰れてしまった。
朝の景色も夜の景色も、描くのは難しい。




5月某日


何でもない風景の中にいて、あるいは忘れていた歌を聴いて、ふと閃光のように見出す、ある種の既視感。ただの既視感とは少し違う。突如、世界の方位磁針を取り戻したような。聴覚や嗅覚による過去の綴れ織に巻かれるような。ああ、生きているとはこれだ、というのが蘇るような、怒涛の細部に我に帰る既視感。



ということに有り難さを感じるほど、今の意識は単純化され点みたいになっている。孤立して位置のない点Pが迷子になったままである。自信も確信も、憧憬も感傷も動揺も、どこかに置き忘れた。これが年を取っていくということなのか。


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毎日が旅の途上である、という感覚を忘れているからだろう。
かつて私の日記は、紀行文にも等しかったじゃないか。遠くに行くわけでなくとも、日々の電車の車窓も、途中下車した駅の光景の違和感も、丹念に道を探りながら綴る精神があった。
ノート一冊、読みかけの本一冊。携帯だのカメラだのも無い。むしろ身体を携帯して行くような身軽な心。



意味など語れなくても、ずっしりと持ち重りのする、手応えのある美しさ、というのが日常にあったな。
今全くそれを喪ったというわけではない。けれど「そんなの無意味じゃないか?」というそれこそ無味乾燥な同調圧力の空耳に、負けやすくはなっているのだろう。落ち着いて一つ一つ、黙って抗っていくしかない。

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旅先で、山のカーブの道を車で走っている時やら、列車でガランガランと鉄橋を渡っている時やら、観光地の売店で気の抜けたようなポップス有線が聞こえる時やら、…急に思うのだ。あっ、私にも人生があった、そうだった、と。人生があって、人生の構造があって、私はそれをちゃんと構築してきたじゃん、と。
何故そういう場面で急に自分の構造を取り戻すのかは、わからない。
逆にケータイでネットニュースを見たくもないのに見ている時間は、泥状の液体のように人生はあっけなく流れ散っていっていると感じる。



5月某日

東京都庭園美術館で「キスリング」展を観る。アール・デコの建築にて1920-40年当時のキスリング描く世界観を見るのは、しっくりくる。
「いい絵が沢山あるな」という感激と、「近目だとお土産品の絵みたいだな」というエグさが同居している。奥行きのない色面を観ていると、モディリアーニの線がいかに絵画空間の位置に添っているかを思い出す。
しかしセンスの塊のような色彩感覚と迷いのない明朗な描写には、思わずぐっと納得させられ、「言い切り」の強さが如何に大事か考えさせられる。
キスリングの絵には曖昧な腺病質や、幻想的な暗さがあるのではない。はっきりしたダークネスがあり、それが絵の強さになっている。


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待ち合わせの前にカフェテラスで風景を描いていたが、先に来ていた夫を待たせてしまい、探させてしまった。


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自画像を描いて寝るとする。



5月某日


昨日の自画像を見返し、さらにまた描こうという気になってきて昼に一枚。
なんで君はそんなにも深刻な顔をしているのか?と思わずプッと吹き出しながら自問自答したくなる顔だが、絵の中の私が「うるせえ、絵描いてる途中だからだよ」とさらに怖い顔をしかえしてきた。

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昼、父の病院。私と夫の顔を見ると、ああ、と声をちゃんと出した。昨日までは声もなく、何を話しているのか解読しづらかったと母が言っていた。
聞き取りづらいが、仕事はないの?と私に聞き、頼りにしてますよ、と夫には言った。
看護士さんが、「本当に優しい方でもうすぐ転院なのが寂しい」と言っていた。
私達の知らない父の感情を、病院のスタッフの方が良く観てくれているのだ、と感じた。

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夕暮、夫と母が桑の実をもいでいる近くに座り、川を描く。
大きい実は既に甘い。桜の実も、甘酸っぱくそれなりに美味しい。
夫は裏山などにも行って収穫し、桑の実酒を作るだろう。


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また君はそういう顔をして見る…

by meo-flowerless | 2019-05-02 00:45 | 日記