画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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岐阜日記


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春は久々に旅に出かけようよ、と夫に誘われたが、金欠と休息を理由に「一人で行っといで」と送り出した。
しかし、結局寂しくなったので、一人旅の夫を追いかけて、汽車に乗る。
レンタカーで旅をする夫に私が拾われたのは、岐阜の多治見駅だった。
岐阜への旅は初めてだ。全都道府県中、自分にとって41県目の探訪地になる。
「多治見、夏は暑いところだなあ、39度とか…」というくらいのイメージしかなかったのだが、来てみるとなんとも町並が良い。窯業の町らしい褪せた色彩の町だ。夏は暑いらしい多治見、しかし今は花曇りの寒さの中にある。




【一日目】


この日は車で5時間ほどかけて、飛騨の奥地の鉱山地「神岡」を目指すのだ、と夫は言った。
そういうわけで時間に余裕がなく、陶器の町の多治見に惹かれはするが駆足で見回ることにする。
古くから、「陶器のタイル製造」をする工場が建ち並ぶ町。休日だからか、春だからなのか、町中で陶器祭りの看板を掲げていて興味をそそられる。
バス停に、子供が制作したと思われるタイル。椅子との組み合わせが、素晴らしい。


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地方都市らしい米の販売所にはもはや米販売機はなく、ジュースと、色褪せた「避妊具の自販機」のみが収まっている。
【ライス&愛ランド】の文字に、気持がふっくらする。



夫が連れて行ってくれた【モザイクタイルミュージアム】は、タイル好きには垂涎の場所だろう。展示の仕方がとても上手くて興奮する。私も、古い花街の建物や煙草屋の出窓にあしらわれたモザイクタイルや、風呂場の胡麻塩タイル、民家の外にあるタイルの手水場など大好きで、旅先の古い町ではよく「タイルもの」を写真に収めることを思い出した。


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あの、昔の風呂場の床の、おにぎりみたいな丸三角のタイルは【信濃】という商品なのか。



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陶土を流し込む木型&焼きあがった様々なタイル見本の展示も、圧巻。




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このミュージアムは、建物自体がシュールで面白い。
隣りにある普通の公民館にも、タイルで出来た看板が。




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車は飛騨地方の奥の鉱山地へと急ぐ。
岐阜の山林は、まだ冬枯れの烟るような灰色を残しているな、と車窓からぼんやり外を見つめる。やがて、それは枯れた針葉樹だと気づく。針葉樹が枯れているということはもう新芽は出て来ないのか?
幻想的な雰囲気も醸しているが、しなしかなり大規模な枯れ方である。歪んだ木や折れた木、土砂崩れらしき痕跡も見かける。
だんだん雨脚が激しくなる。冷たい雨だ。



中継地、初めての飛騨高山は、さらに短時間で見回った。服屋でビニール傘を買った程度である。
高山祭の最中ではあったが、山車は休息の時間らしく、観光客もだいぶはけている。


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冷たい雨が降り止まぬ夕刻。今日の目的地、神岡にやっと辿り着いた。
町のなかでも長い歴史のありそうな、しかしアットホームなS旅館に荷物を置き、車に戻って町を見回る。
先ほどのタイルの町にせよ、この鉱山町にせよ、私は目的地がどこであるかどのような場所であるか調べもせずにただリュック一つで適当に飛んで来たのだが、風景を一見したところ、自分の好みのつぼをついた場所であるので、嬉しい。まあ、夫の好みのつぼと、被るということだ。

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神岡にはただ連れてこられたのだが、恥ずかしながらようやく、この町がニュートリノを観測する【カミオカンデ】の土地だと認識する。
神岡町。元は奈良時代から発見されのちに東洋一とも言われた、鉱山の町。鉛、銀、亜鉛を産出して来た。富山方面に深刻な「イタイイタイ病」の公害被害をもたらした昭和時代を境に、鉱山の新たな発掘は止まったという。
しかしまだ鉱山精錬所の黒々とした昔風のプラントは別の用途で駆動しているようだ。山の端に、白い湯気と煙を吐き続けている。金属の精錬ではなく、リサイクルの工場になっているのだそうだ。


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近くに車を止め、工場の外観をスケッチする。
厳しく立入を禁ずる看板文字に、近代産業感を感じる。中に進入しているわけでもないのに、絵を描いているだけで捕まえられそうなスリルを感じる。
車の中にいても窓を開けると激しく雨滴が紙面を濡らしてしまい、収拾がつかない。インクは見る間に流れてゆき、紙はボコボコ、何度も同じ線をなぞるしかない。
宿に帰り、後から着彩して、工場の重苦しいガタビシ感を出した。


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夜、部屋のテーブルに、多治見のミュージアムショップの「詰め放題」で買った端物のタイルを並べ、二人で見惚れる。
日本らしい、それもある時期にしかない色彩感覚だと感じた。母にあげたら喜びそうだ。嵌め込むための素地の土も買ったので、庭の植木鉢のあたりに何か作ろうか、と思った。
寝る前に、夫が持って来た雑誌【八角文化会館】の岐阜特集をかなり面白く読んだ。この旅館も載っていた。




【二日目】


天気予報では飛騨地方は雨だと告げられていたようだが、窓からは優しい光が漏れている。
S旅館は部屋も広め、居心地の良い旅館であり、特にこのサンルームのゆったりした間取りと雰囲気が良い。
椅子に座り、窓の外の朝の様子をスケッチする。
大きな散り掛けの桜の樹が全景にあり、そこの隙から寺が見え、山の向こうから陽光が雨上がりの石畳に乱反射して届いて来た。



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「鉱山、というのはどのへんをいうんですか」
と、夫が晴れ渡った山の方を見回しながら、宿の御主人に質問する。待ってましたというか説明することがあまりにありすぎて前のめりになるようにして御主人は川のほとりに私達を連れて行く。
「鉱山はどこ.....というより、えーと、鉱山は表には出ていないんです。坑道は皆山の中にある。あの中ぜんぶが元は鉱山なんです。表に見えている部分はあの製錬所だけです」



S旅館の御主人はおそらくご高齢なのだろうが、まだかくしゃくとしていて、川や山を見ながら、神岡の歴史を詳しく案内してくれる。
神岡の地は、そもそも鉱山よりも材木が主要な資源であった、という。高原川には材木の停留地があり、富山に行くにつれ急勾配の流れを使って一気に材木を下流に運んだ。「なにせ幕府の天領地だった」と何度も御主人は話した。
古くから町は常に華やかな雰囲気だったのだろう、今でこそ古いレトロな街並というより表現が見当たらないが、かつては花街も人のにぎわいもあり、かなり活気があったようだ。数度の火事でも、すぐ復興をした町並みだ。鉱山衆や人足に不自由せず、また常に人の出入りがあり町の再生が不可欠だったから、だそうだ。



明治以降に神岡の山の採掘権を握ったのは、もとは呉服商の三井組だった。
神岡鉱山は昭和にかけて、亜鉛と鉛を産出する「東洋一」とも言われる鉱石を産出することになる。最先端の採掘法を取り入れた、画期的な鉱山だったとも言う。
飛騨片麻岩を地盤とした土地は、地震とは無縁であり、鉱山事故の危険も少なかった。山自体が岩の保水力をベースにして、その上の砂礫から木々が生えている。なので、内部で採掘し空洞になった場所の上だけが、剥げた肌の木のない状態をさらけ出している。




公害のことなどは非常に聞きにくいことだったが、他の様々な鉱山事情を聞いた。
この土地が凄いのは、昭和の廃坑あとに、新たな夢の実験地としてこの神岡の地下の広大な空洞に白羽の矢が立ったということだ。
カミオカンデで宇宙の様相を研究する世界中の研究者が、あの一見廃れているような山並を今も蠢いているのだそうだ。




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町中の道は、今の時代はさすがに閑散としている。
立派な商店あとや旅館あとに「売家」の札がついているところを見かける。
川の此岸、古くからの産業城下町ともいえる佇まい。向こうにはだかる対岸の山々には、鉱山業従事者の大きな町が山中に広がっていた。
だが、それは今すべて崩れ果てている。麓の方の新しい団地にいくらかの関係者は住み、あとは富山の方に行ったのだそうだ。


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山岳地には【山之村】というかなり標高高い牧場があるというので、取り敢えず出発がてら、そこを目指そうということになる。
牧場に行きたいというよりも、鉱山の山道を延々と行く途中に、ひょっとしてかつての鉱山町の面影や、現在でも秘密めいた採掘の様相が垣間みられたら面白い、と思った。



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山道を走り始めてさっそく横手に現れるのは、広大な白色の泥池である。
もうこの広がりと色だけで、「鉱山というのは何だか、ただ事じゃないな」と無知な私でも思わされる。簡易に調べると鉱滓池というもののようだ。
鉱物の精錬の過程に残る、様々な大量の物質の残滓と水を分離しているのだと思われる。正確には理解出来ないが、「物質」ということばが自然の中にあってこれほど異様な存在感を放っていることに、茫然とする。


車を降りて白い湖の縁に立つと、立ちこめる独特の匂いに気付く。割と甘い匂いなのである。石灰の匂いなのか。要するに粉の甘さである。
この雪とも何ともいえない青白い広大な残滓の地に、かなり似た光景を夢で見たことを思い出した。その夢ではその白い物質は猛毒だった。
さすがにこの湖は、こんなにアクセスが可能なところを見れば、致死的な猛毒ではないのかもしれない。だがしかし、毒のイメージしか放っていない。



山の斜面にへばりつきながらずっと続いているのは、トロッコの線路だろうか。
とにかく何かを運ぶ道が、延々と山の奥まで続いているようだ。


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高所恐怖症の自分は泣きたくなるような高度の、わびしい山稜。
ある岐路まで来ると、いくつかある道の二つには「立入禁止」の立看板があった。一つにはセンサーまでついているようである。すぐ近くに見えている廃墟以上にその看板が、この先に展開する土地の有様の様々な意味を物語っているようで物々しい。
数年前は廃墟マニアも相当入っていたようで、有名な廃鉱山住宅だったようだが、入れないことの方が何か妄想をかき立てる。



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山上には雪まで見えているな、おやそうかと思うと本当に雪がちらついて来たな、まだ山上は冬の名残があるな....などと沈黙の車中で荒涼の車窓に浸っている。しかしさらに、「トンネルを抜けるとマジで雪国」だった。
積雪のなかに無言で突き刺さる白樺の群れは、それまで見て来た鉱山の秘密めいた沈黙感とは別の、もっと胸の底にひびくような、忘れ去られた土地の無人感を漂わせている。



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やがて平地に出た。その集落のしずけさ。
完全な廃村のそれではなく、単に過疎というには情緒的でもある、しかしどこよりも忘れられているのではないかというような、天涯孤独、寒色の孤立感がある。
ぽつんといくつか、小さな崩れ果てた廃墟を見かけた。看板があり、200万もしないくらいの値で売りに出されていた。
買う人はいるのか、としんみり考えた。




その集落を大きく曲がったところにある別の集落は、閑散とはしているがいまだ血が通っているような野山の色があり、全く孤立感はなかった。先ほどの青醒めた土地は、まるで夢の中に置き去って来たかのように思えた。




郵便局も大きな農家も牧場もある集落が山之村だったのだが、いまはまだ冬期のうちにはいるらしく、牧場も林道も閉鎖中だった。販売機で飲料を買おうとしても、それも閉鎖中であった。
また再び、先ほどの蒼ざめた集落、雪のトンネル、鉱山廃村、鉱滓池を逆戻りして車を走らせたのだが、助手席の私は降りしきる雪粒に目が回って来て、いつのまにか眠りに落ちていた。
気付くともう、隣の町に車はたどり着いていた。



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古川の町。
神岡とは全く気質の違いそうな、整然とした古めかしい商家が美しく残っている。立派な造り酒屋が、二つも狭い町中にある。

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夫はちいさな和蠟燭の店に入り、蝋燭を買い求めていた。赤と白のシンプルな慶弔の蝋燭。白地に赤がまぶしているやつはどちらに使うのだろう、と思った。
なかなか行程ではゆっくり描く時間がなかったのだが、夫に二十分ほどそこらをふらふらしてもらい、私は蝋燭屋の前をスケッチした。


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途中で休息した道の駅の近く、行ってみたい廃屋があるという。夫の運転のままに辿り着いたのは、美濃の須原というところだ。
長良川の美しい蛇行に翻弄されるように、町は在る。
通りががった神社は、誰も人影なく若干荒れているように見えたものの、中にはいるとその古さや歴史が自然に空気で伝わってくるような場所だった。



名前は洲原神社、という。。即席で調べてみると(携帯は便利)、なんと奈良時代の創建だという。樹齢の高そうな巨木、緊張感のある社殿。
楼門から通りではなく川辺に対して作られている、立派な石段を目で辿っていくと、長良川の流れの中に巨大な岩が祀られていた。白い紙垂が張り巡らされていた。



夫は目的の病院廃墟を見に行ったが、その間、焦りながらも神の岩を遠くから描く。
焦って描いて、何だかボワッとしたただの川べりの絵になった。
この石垣の中にも廃屋があり、そっと中をのぞくとかなり荒れ果てているようだった。
ものを荒らす輩もいただろう。しかし庭にかけて家主だった人のであろう写真が散乱していた。




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夜には岐阜にようやく辿り着き、レンタカーを返却。
大衆酒場に入り、味噌串カツや蛸ワサでビールを飲む。400円のコーチンの巨大な鳥天が、非常に美味くて驚く。
私は車が運転出来ないため、夫に任せきりの行程、さぞ疲れただろうと思う。ビールがおいしそうだった。
いつもと同じ長さの週末にもかかわらず、ふと気持をワープさせると、身も心もとんでもなく遠くへ飛ぶことが出来るのだと旅をするたび思う。




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夜の商店街や歓楽街は、何ともいえない憂愁がある。
柳ヶ瀬の客引きの男たちが大きな声で喋りながら暇をつぶしている。風が吹いているわけではないのに、アーケイドの中に北風が吹き荒れているような気持がする。
「♪悶え身を焼く火の鳥が.....」ここがあの【柳ヶ瀬ブルース】を生んだ場所とは思えはしない。
昔持っていた折畳式の【リカちゃんスーパーマーケット】の簡易さとファンシーさを思いながら夜の簡易な灯たちを見つめる。



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私より先に岐阜の町を散策済みだった夫が「ここだけは見せたい」と言った路地がある。路地と言っても、気の効いた飲み屋がひしめき合うような路地ではなく、単なる区画と区画の間の抜け道だ。
しかしなぜか申し訳のように、西欧風の小道仕立てに飾ってある。装飾的な柱や彫像が立てられている。



そしてひっきりなしに激しい水の音がしているのは、足下に側溝が流れている音なのだ。
それを覗き込むと、血のように赤いので驚く。
どす黒い血では無い、透けて光る漿液的な赤である。水の中がライトアップされていて、中に鯉が一匹泳いでいる。水中ヌードショーのような妖しさがある。
その鯉を見つめながら、関東にも関西にもないある感覚.....地下水脈の異世界感のようなものをだんだん感じれてきた。全く別世界の風景だった神岡の地下世界のことも、同時に気になって来るのだった。








by meo-flowerless | 2019-04-16 03:35 |