画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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2019年3月の日記

2019年3月の日記



3月1日


普段あまり通らない道を通って買物に行く。
母とは昔、よく通った旧工業高校付近の道。けれど、帰路の方向から家並みを見たことはそんなになかった。


ある工務店の家の建物が、相当年季が入って良い建物だと気づく。あれは一応モルタルなんだろうか。
松本竣介の絵肌みたいな色に褪せた壁。
しかし屋根あたりは、更に古い木造屋敷の梁みたいなのが残された三角屋根だ。
離れのような小さい部屋に玄関があり、蒼ざめたグレーに白い飾模様が描かれていて、同じ飾模様の彫金細工がドアにペッと貼り付けてある。
そこに、鰯の頭と柊が突き刺さっているのである。
無造作な生活のなかの入魂感が美しい。
「俺、家を持ったら、徹底的にあの鰯の頭みたいな俗習を守って暮らしたい」と真徳が言った。




3月2日


いま自分に与えたいのは、無になる時間だな。





3月4日


和食レストランで夕食を食べていると、隣のテーブルから老婦人のせっかちそうな叫びが聞こえてきた。孫の小学生男子に向かって言っている。



「アサリ!それ死んでんの!たべちゃだめ。死んでんの、死んでんの!」
「死んでるんだよ。だめだめだめだめ、死んでるんだってば。蓋閉じて。死んでんの死んでんの。死んでるんだよ!」
「蓋を閉じてさ、ほら死んでるでしょ。死んでんの。死んでるんだよ。死んでるの死んでるの!死んでるんだよ!」



孫は呆然として箸を止めている。それはそうだろう。他の蓋の開いているのも、死んでるアサリには違いないからな。
蓋の閉じているやつは料理にする前から腐っているから蓋が閉じてんの、だから食べちゃ駄目よ。と余計な口を挟みたくて、心がうずうずしたが、老婦人の絶妙な「死んでんのリズム」に心奪われていった。
お祖母様はラップのように「死んでんの」を続けていた。3分間くらいの尺はある強烈なラップだった。


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描き上げた。小さい絵はそれはそれで疲れる。
しかし手が丸っこいなあ…



3月某日


中島みゆきの【かもめの歌】。
一人カラオケでいつも不意に歌いたくなり、そんなに記憶しないまま歌って、テロップの歌詞を読んでガーンと衝撃を受け泣く。何回もそれをやっている。
自分は「脱魂」的な表現にすぐ心動いてしまう。オカルトには惹かれないのに。
何らかの線引きがある。どこにあるのか、はっきり判りたい。


自分が「見えない魂」になって誰かに歌いかけているかと思うと、ふとその脱魂の瞬間をこんどは客観的にドッペルゲンガーのように見てしまう、という衝撃。不思議な歌である。
今度、中島みゆきの形而上性みたいなのについて書き留めておこう。



生まれつきのかもめはいない
あれはそこで笑ってる女
心だけが体を抜けて
空へ空へとのぼるよ





3月某日


大きめな物音に、どうにも耐えられない日がある。ものをしまったりする時のものの接触音、衝突音が駄目だ。
暴力に遭遇したときのように、身体が緊張してしまう。
もともと過敏なところはあったが、本当にこれから感覚のバリアが弱くなっていったらどうしよう。匂いも色も駄目になるとか。回避したい。



内なる声。
内言語というのか、それに非常に集中している時期らしい。どうやら、内言語のために、耳を使っているようなのである。これは外的な聴力とは全く別だという気がする。
聴覚かどうかはわからないが「聞く」ことの疲れ、が、なんらかの摩擦を引き起こしている。音楽を聴くことに対して摩擦をおこしているのではない。自分の内部の、独語のような果てしない言葉の流れに対してである。


そういえば「聞香」という言葉が日本語にあるように、香りは嗅ぐだけではなく、聞くものなのだ。
そういう複合的な五感の交通したところにある、間接的な「聞く力」が、最近脅かされているのである。




3月某日


脳裏に何度も反復されて蘇るフォーレのピアノ曲。舟歌の一番だ。シンプルな旋律に答える左手(右手かも)のバリエーションに滋味がある。
波に揺られながら、子宮の中の揺籃を思い出している感じである。
あるいは、気難しいプライドが昼寝の木漏れ日に融解していくときの、泣き笑いたいような自己肯定感。


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尊敬する同僚の先生にフルーツとナッツのケーキを頂く。
誕生日だと私が言っていたのを覚えていてくださったのである。嬉しくて大きい声をだして喜んでしまった。切り分けて皆に少しだけおすそ分けした。

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宇野邦一【反歴史論】、今村仁司【近代の思想構造】。ストイックだが濃く、面白い。

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中学高校を桐朋学園で過ごした。
音楽科と演劇科がある学校なので、大学の校舎からいつも管楽器の練習の音が漏れていた。それだけでなく、普通科の校舎でもどこかからピアノや学器の音が漏れてくることが多かった。中学時代の音楽の教科の器楽合奏では、私はバイオリンを弾かせてもらっていた。楽器が揃って居たのである。今思えばなんといい環境だったのか、と思う。



選択制なので授業の空き時間があり、演劇科あたりを散歩していると、ドガの絵そのままのようなバレエのレッスンを行っている教室などが外から見えた。
一方普通科の高校の校庭でも、団体徒手が体育祭の団体体操の練習をしていた。テーマ曲がとても洒落たピアノの体操曲で、音高卒業生の女性が作曲したと聞いた。本当に、今でも五月になると蘇る、なかなかの名曲だった。
音校校舎のネムノキや棕櫚の隙間から、金管楽器の反射がゆらめきつつ届いて来る。その昼間の光のなか、階段教室の授業では眠りに眠った。今思えば管楽器の学生、外で堂々と吹いていたのだろうか。音も間近にあったように思う。
とにかく、調音や練習の「音楽になっていく以前にこぼれ落ちた楽器音」が毎日、校舎に満ちていたのだ。



芸大でそういう経験をしたことがあまり無い。
あまり音高にいかないからか、どこに行けば楽器の音が漏れてくるのか解らない。あるとすれば、食堂キャッスルの階上で、たまに誰かがピアノを弾いていたり、合唱の練習をしている人が居た。
無理な話なのかもしれないが、もっと音校から漏れてくる音をたくさん聞いてみたいものだ。



3月某日


吾亦紅、海里、姿なきもの。

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【中動態の世界】読みたい。忘れずに書いておこう。


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塚本邦雄短歌。


 「まず脛から青年となる少年の真夏、流水算冷ややかに」


安永蕗子を読んだ反動というわけではないのだが、普段絢爛過ぎてあまり読まない塚本邦雄の言語に触れたくなっている。
言葉の領域から絵の領域に移行している感覚のときには、読みたくなるのだろう。


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ところでこの歌の「流水算」という言葉に、ヌメヌメと惹かれた。
こんな言葉、三十年ぶりに見た。
生涯を通じて大嫌い(であろう)数学・算数の世界で、そこだけ、陽だまりのように不意に現れた「〇〇算」の世界。小学校高学年の頃である。植木算、鶴亀算、旅人算、過不足算。何だか色々あったように思う。
そんな名が許されるなら、いくらでも名称だけは作ってみたい。
紅白算、火炎算、強風算、酔狂算.....一体どんな算術だろう。
数によわい私の頭脳は、もちろん流水算や植木算の算術的内容など一切覚えてはいないが、今思えばその名称にも例題の文章にも、妙に「詩」のようなものを感じていたことだけは確かだ。



3月14日  


「日記」と「思考記」を分けることにした。


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思索したいような気分の時には、裏手の山に登る。まあ実際は山などではなく、雑木林の小高い丘である。
そこからまた五分ほど離れたところにまた、別の山がある。
M公園と言って、通称裏山よりもさらに高い木々が鬱蒼としている公園だ。



私の幼時には、M公園の森部分はまだ一面広い芝生の丘だった。芝生上には大規模な木造アスレチック遊具があった。よくロープに繋がれたタイヤに乗り、丘の上から下まで50メートルくらいぶら下がりながら移動したものだ。丸太で出来た重層構造の要塞的遊具の天辺で、大の字になって昼寝もした。
近所ながらも、大人になるにつれて足が遠のいた。他所での暮しから久々に故郷に帰ってきた頃には、芝生の丘は跡形もなく消えていた。どこに何があったか、記憶すら呼び起せない別の風景になっているようだった。昔公園の脇道の繁みで痴漢に遭ったことを何となく思い出すからか、敢えて繁みの中に入る気も、何となくしなかった。
それに、記憶の地図と一致しない場所というのは、つい身体感覚が疎遠になるなのかもしれない。



20年、興味を全く持たずにいたが、最近になってふと訪れる気になった。
裏の山とはまた違う感じの林が広がっている。梢高くうねる枝には蔓植物が絡みつき、冬期でも小暗い「生物の塒(ねぐら)」感覚を醸している。
先日訪れた時は日没の時間帯で、木の枝々が青空を背に非現実的なほど黄金に浮き立って見えた。補色だからだろうか、網膜をやぶってくるような金色だった。
振り向くと、高尾山系に抱えられた西日の街が下界にひろがる。街も化石の琥珀の中にあるようだった。夕陽にはどことなく円い緑暈がかかっているように見えた。




枯葉の斜面に黒猫が一匹遊んでいた。ニャーと呼びかけると、鳴いて答えながら何となくついてきた。
私と夫が木のテーブルと椅子に座っていると、黒猫はしきりに甘えてきて、二人の腕や膝の間をすり抜けて遊ぶ。しばらく撫でて遊んでいたが、私が猫の餌を買いに行って戻ると同時に、日没で寒くなったのか、藪のなかに帰ってしまった。



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今日また夫が、猫のえさ「ちゅーる」を持ってあの山に行こう、と言った。
先日とは違う、墓地横の階段を登って公園に辿り着く。
墓地の下界に開けている春霞の街は今日も美しい。なぜかイスラエルのエルサレムの遥かさを思い出しもするが、漂っているのは、墓の白檀香の匂いだ。
階段脇の家々にはそれぞれささやかな裏庭があり、鬱蒼とした公園に面している。いつもこの森に対峙しながら静かに生活していることは羨ましかった。


森ではしきりに鴬が鳴いている。今日はあのうるさい画眉鳥がいないのだろう。シジュウカラより小さな小鳥(コガラ?)たちが、まるで虫が群がるように小さな羽音で蔓草に遊んでいる。泣声も羽音も「ミチクリミチクリ」言っている感じである。
木々の遥か上に悠然と舞っているのはトンビかと思ったが、飛び方がトンビより鋭い。夫は「鷹だろう」と言っていた。
テーブルに突っ伏し、日を背に受けて半眠しながらあの黒猫を待っていたが、今日はいなかった。
とにかく黙って、鳥の声だけを浴びた。


やがて、市の人の草刈機の音に静寂が破られたので、M公園を出た。
中途の脇階段から、住宅地の下り坂に不意に繋がった。
この下り坂には想い出がある。14歳の時に通学路を変えたことを切掛けに、日記を付け始めたのだった。人間関係がいやで気持が落ちていたが、最寄り駅を変えた帰路この下り坂からの夕陽を見て、なにか今までに知らなかった感受性が開くような気持がしたのだ。毎日遠回りをしながら、時々立ち止まって走り書きをしたりしながら帰った。謂わばここが、書くことと描くことを始めた地点だ。
その場所ににこんな抜け階段があることを、知らなかった。比較的新しい抜け道なのかもしれない。
坂の上に立つと、下には私たちのアパートメントも、線路も街道も和食ファミレスも団地もはるか見渡せた。



すべての音が遠いなか、家の裏山からブーンと草刈機の音が立ち上るのが、視覚的に見えるようだ。M公園の草刈機の音と裏山の草刈機の音が、二本の青々としたヒモになって夕空に閃き登っていくのである。
遠い草刈機の音は嫌いではない。人の営みのはるかな普遍感覚を呼び戻すような音だ、と思う。
それに密やかに拮抗するように、足元のマンホールのはるか地下で、微かな水の音がカパラコポロと波立っている。
少し離れたマンホールからも澄んだその音が立っている。この伏流水で、風景のすべてが繋がっているように感じられる。
夫が、風景中の最も遠い山を指差して「残雪か....」と訊く。
この一連の流れに、真に春の気配を感じた。




3月15日



ボスポラス海峡、極彩色の前室。


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先日、夕陽に緑の暈が見えたような気がしたのは、私の目の錯覚ではなかった。
「花粉光環」というものがあるらしい。凝縮された幾重の虹のように見えるときもあるようだ。高尾山に沈む夕陽の暈だったから、花粉に間違いないだろう。



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皆、話しかけてはくる。
が、目に見えぬ手をいっぱいに突き出しながら「この距離は保とうね」と牽制しながらの対峙である。
一生そうであろうと思う。


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中学3年生のとき行事で行った東北旅行。地熱発電の松川温泉だっけ。
あの巨大冷却装置の、雨のような水を、ふと思い出した。
機械の上部から機械の下部だけに降る豪雨のような排水を、機械の外から茫然と見ていたのである。今思えば原子炉のような形の構造物だった。
あちらこちらに湯気が立っていて、そのエネルギーが人間を暖めるためのものだか冷やすためのものだか、見当がつかない。


同じ頃、東京湾岸の工場群を見て経験したことの無いような冷たい官能美を感じたばかりだった。
が、あの地熱発電の気怠い湯気と湿度のなかの機械は、もっと原始生物の生態を見てしまったような生々しさがあった。
しかもそれが実際には生命感を持つものではないゆえに、圧倒的に自分のちっぽけな存在が侵される感覚がしたのだった。
私にとっての、初「カタストロフ感」だったかもしれない。


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アンゲロプロスの映画【霧の中の風景】はそのギリシア的悲劇性、バルカンの断裂、子供の世界の穢れなさ、ロードムービーであること、など数多の理由から魅力を感じ、好きである。
しかし一番好きなのはやはり、唐突に時折挟まれるシュールな巨視的な風景である。
信じられないほど巨大な工場機械が生物のように蠢く荒野。
ヘリコプターが自身の身の数倍もある石像の「手」だけを吊り下げて渡りゆく海。



初めて世界の光景の中を歩き出しものに出会う子供のおののき、を実感させる場面だ。
それが大人の庇護の中にある「ためらいと希望に満ちた出会い」ならば子供主役の映画として普通だが、そうではない。
この巨大な不可解な世、というものを渡ることの不可能を思いしらされること。
人間の作り出すものの無意味な大きさに、まず自身の存在が負けてしまうこと。
一歩一歩歩き一つ一つを知るたびに、その気の遠くなる生の作業に、次第に無言にさせられていくこと。
その絶望にこちらも無言で対峙させられる、暗い魅力だ。



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「言葉という身体」があり、「色という身体」があり、「音楽という身体」があるように感じる。
私の実際の身体などとは別に。
自分はその身体にピタっと頰か何かを当ててしがみつき、心音や血流音を聴き取っている。聴き取ったものを少しずつ、瞼の裏の網膜で捉え直そうとする。その移植の感覚がやっと自分の身体の血流にのって、あるときポッと吐息のように言葉が出てくる。


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今年の沈丁花は香が濃い。甘い。




3月16日



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虹。君を探して、結構濡れながら街を歩いたぞよ。
春の通り雨に濡れるのは心地よい。が、買った本も濡れた。



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ちょっと濡れた戦利品たち。古書。





3月17日





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駄菓子の粉末ソーダは、ある種の夢の凝縮体である。
たよりない味、素朴な包装という弱々しさだが、液体色だけがペリドットのように貴石然と冴え返っている。
他の味のソーダも、きっと冴え渡った色に溶けるだろう。
おそらくルビーとかエメラルドのような強力な石ではなく、もっと有名ではない、絶妙な鉱石の色。



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城山近くの集落を歩く。
目の前の事物に、飾り気のない心で対峙する。
ということを心掛けていきたい、と心底思えた日だった。


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空のショーウィンドーのような趣きの祠、魅力的だった。


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枯枝か何かを入れておく謎の半透明ボックスにも惹かれた。





3月18日


「片田舎の老人の散歩」を、じっと観測していたいという気持にかられる。
なかでも、「聞かせるでもなく、漂わせるような」ひとり言を言っている老人に惹かれる。
般若心経をつぶやきながらウォーキングしていたり。物凄い美声で歌謡曲を浪曲化して歌っていたり。
音量高いラジカセを身に固定し、歩く音源体になっていたり。
草笛を吹いていたりするタイプは、通りすがりの他者と会話になる機を伺っている感じがする。そういう会話もいいが、もう少し自分一人の集中世界に入り、「今日のルーティンに納得」しながら独り言をいっているような人に興味がある。


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描きたい場所を探すのに都心では苦労する。
なにがいやなのか。
どんないい街角でも、フォトジェニックすぎるからか。既にショーケースの中にあるように思えてしまうからか。
今は「畑」が描きたくてしょうがない。色々な畑を探して歩きたい。
何か、もっと畑に対するペンか筆かの間合いはあるんだろうが掴めない。そのうち掴めるといい。
小さい頃から、親戚の畑の作業小屋や農具の形態、ビニールハウスの質感には惹かれていた。
自分のいつもの【密愛村】などのシリーズに「畑」が出てくるかどうかは未定だ。
しかし「雨の田んぼ」の案は一つある。


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昨日のS山近辺の風景、白黒の写真として呼び起こしてみる。
また違う記憶の系統が浮かび上がるような。

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3月19日


スキー場として一級とはいえなくとも、冬には一応山にゲレンデが機能し、しかし夏にはそれがあったことも忘れ、ひたすら緑の避暑地となる。
そういう高原を黙々とドライブしたい気持が、今ある。
よく晴れた春の白昼にだ。雪解けの覚醒を、沢の方角から感じるような。
コテージやロッジばかりの高地の場所だけではない。麓まで車を走らせ、駅(第三セクター、無人駅)の周辺の古い町並の鄙びた布団屋や洋品店などちらほら見受けられるような道も通りたい。
わびしい高原リゾートと周辺集落。
描きたさのあまり、切なすぎて吐気がする。


:::


ラジオのなにかの予告編でふと耳に飛び込んできた、「人工の湖」という言葉。妙に美しく心に残る。
前後の文脈を聞いていないので、何の話なのかは全く記憶に無い。
おそらく「人工の湖」は幼少期から、言語化以前の漠然とした場所感覚として、自分の中にあった。
住んでいた団地の中央商店街の裏に、貯水池があった。そこは子供の感性にとっては、謎めいた深い色を湛えた湖だった。
しかし大人になって訪ねてみたら、単なる濁った溜池だったのだ。ゆえに自分としては、幼少時の記憶のほうを重宝がりたい。
濁りもし、澄んでもいる、野生サイダーの黒い青。
あの水を、深い青緑に透けた化石にしたら、さぞ美しいだろう。白い泡の濁りがノイズとして結晶されるのだ。
水の色だけではなく、谷の深みも、人無き吊橋も、陰惨な山林も、すべてその石のなかに閉じ込められている。



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よい畑を発見だ。家の裏のあの坂が大きく曲がった所の、片側の斜面にある一角。
謎の細い「三角地」が、金網に囲まれている。
しかし三角地には雑草しかない。
かわりに、金網の外側に小さい畑が耕してある。こんもりした菜っ葉系の野菜が一列、白菜のようなのが一列。
奥は煙るような見事な梅林、それが途切れた奈落の果ては京王線切り通し。
輪っかと廃木と枯草が手前にインスタレーションのように配置してあるが、ごみである。
片付ける人もなさそうだが、絵になる。
次に描きにくるときは、ちゃんと色をつけたい。





3月20日


ツグミは、遥かシベリアの地から春を求めて、日本にも渡ってくる。
雪に打たれ、つかの間漁船で羽を休め、信じられぬ距離を飛び続けるハードボイルドな生態を持つ。
そのわりに、その歩きかたなどは何とも素朴で、少し垢抜けない。
機敏に飛び回るのではなく地面を不器用に弾んで、いつまでも下向きに小さな虫か何かをつついている。



母はある本で、そんなツグミの生態について読んでからというもの、ツグミを目撃したくて仕方なかったようだ。
3月頃になるといつも「ツグミに会いたい」と言った。しかし父の介護や自身の病もあったし、視力は悪いし、ツグミ探しに歩き回るわけにもいかない年月が過ぎた。


私は私で、母よりも先に不意にツグミに遭遇したのだった。よく行くスーパーの裏手に拡がる小さな私有地の畑である。
跳ね飛ぶ時に何となく頭と尻のバランスが悪いような動き。他の鳥とは少し違う特徴があるようだ。
川原でも上野公園でも、よく見れば、大勢の椋鳥に紛れてツグミがいるのがわかった。
その後、母に見せたくて目撃地の畑に連れていってみたが、その時に限っていなかった。


今日のこと。
久々に母と散歩をし「あの畑でも通ってみるか」と言いながら、様々な鳥の話に花を咲かせて歩いていた。
ふと畑に辿り着くと、何と土のど真ん中で彼(ツグミ)が一匹、ボンヤリとしているではないか。
すこし赤茶を帯びた羽根の美しさ。椋鳥と仲良く土をうろつき回っていた。

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母は「ツグミだ!」と感嘆の表情で立ち尽くしている。
何故そんなにツグミを求めているのか、母の気持に成りかわることは出来ないが、色々の感情移入があるのだろう。
まるで今日のツグミは母を待っていたかのように、畑の真中、目立つように佇んでくれていた。
もうすぐシベリアにまた発つのかもしれない、その運命が彼をあそこに立たせてくれたのかもしれない......などとと勝手に大袈裟な妄想をした。



母を送り、10分ほどしてひとり同じ畑に戻ったが、もうツグミも椋鳥も一羽残らず消えていた。
静寂だけがあり、畑はただただ西日と隣家の濃い影に二分されていた。
鉛筆を出して、ツグミの畑を一応描き止めておいた。


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そういえば通りすがりの家の庭からふと「あの花の匂い」がした。
何の花の香か特定出来ない、しかしこの季節の緑の中には必ず漂っている独特の臭気だ。
先日もS山のそこかしこから漂っていて、夫と何の匂いか首を傾げていた。
匂いと臭いの間くらいの感覚、すこし漬物臭いようなただれた甘さの、しかし爽やかな匂いなのだ。
嫌いな人は嫌いだろう。しかし私は、思えば十代のときあたりからこの季節の香を胸いっぱい吸い込んでは、陶然としていた。



「この花よ」と、きょう母が通りすがりの家の垣に、特定したのである。
小さな袋状、鈴蘭状のほろほろとした花がびっしりと房になっている、褪せたクリーム色の地味な花。葉はしっかりした常緑的な色をしている。
なんと言う名だったか、シキミじゃなくて......と、母は顔を近づけて薫りながら思い出そうとするが、思い出せはしない。



私、母、夫の3人とも、この匂いを「何ともいえない野性的ないい香り」だと感じた。
しかし、苦手な人も相当いそうである。
お祖母さんの裁縫箱の汚れた隅っこの埃と糸屑みたいな、何十年も使ったミシンのボビンケースの塵みたいな、ナフタリンの少し薫る縁側のような。
要は「婆臭い」臭いなのかもしれない。
むかし「匂い釦(ぼたん)」というものに非常に憧れた。実際にかいだことはないのだが、母がよく「昔の釦はいい匂いがした」と言っていたのである。長らく私の中で、その釦のイメージ臭が、この花の匂いなのであった。



家に帰ってネットで調べてみたら、【ヒサカキ】という名の花だった。
ネットは凄い。何十年も曖昧模糊とした妄想のなかに漂っていたこの匂いの時間を、いっきに縮め、結論を断定してしまうのだから。
しかし知れたので良い。



「婆の裁縫箱の糸屑」「匂い釦」「親戚宅の旧式の便所に吊り下がったレモン消臭剤」「柊の花の腐ったの」「幼虫のたかった木の匂い」「蜘蛛の巣の使い終わった屑」「沈丁花+つけもの」「勝手に誤解していたウツギ」などなど、思い起こせば自分にとって多くの推測を通り抜けた、謎のフェロモンのような匂いであった。



3月22日



夜の裏山に行ってみた。昼間は木を渡る風の音が轟々と聴こえる場所だが、夜はただ、春雨がぱらぱらと木の枝に当たるささやかな音しかしなかった。
多々、表現上での夢もあるがなかなか今だに力及ばずうまくやれない、にがい思いを噛みしめる。


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【いかなる思考であれ、なにものかの上に固定されるとき、いわば催眠状態のような性格を帯び、論理学者の言葉で言う、偶像となる。詩の構築と芸術の領域ではそうした思考は不毛な単調さとなってしまう】
ヴァレリーの言葉。メモ。







3月24日




F公園に、独り来る。市のあちこちから家族連れや仲間たちが集まり、敷物をひいて宴を楽しんでいる。屋台も立ち並んでいる。
市民の特徴であるヤンキー度が、良い具合に西日に飽和している。
ヤンキーガールの嬌声を聞きつつ、ヴァレリーの分厚い詩論を読みつつ、デカたこ焼きを食べつつ、木々のスケッチを時々する…いっけん優雅なようだが、確実に感覚が混乱して不安定になるような日だ。ここに来ることも、何もかも無理矢理のような気さえした。数枚やったスケッチも集中力に欠け、空間の辻褄が全く合わず、調子が悪かった。






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しかし、日が傾いて家族連れの姿が逆光になったころ、やっと和らいできて素直な心でものを見ることが出来た。



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横断歩道の脇にある祠。今日は何処かの老夫婦が来て座っている。
奥さんは補助椅子に座って後に控え、御主人は仏に蝋燭の火を立て、経を唱えている。
僧侶の経とは違う、御詠歌とは言わぬが何処となく歌のような声の経だ。未知の土地で民間信仰の祈りを聞いているような気にもなって来た。
夕暮の燻んだ交差点の向こう、火の揺らめく色だけが目に鮮やかで、なんとも言えない気持が掻き立てられる。
この場面を見たことで、今日一日の不本意が消え去るような気がした。




3月27日


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夫とM公園の山林に上る。聞いたことのない鳥の鳴き声がして、夫が望遠鏡で梢を探すと「鷹だ」という。望遠鏡を借りて覗きこむと、やや小型の鷹の、気高い姿が見えた。


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詩作を中断し、50年もの間260を超える思索ノートを書き続けていたというのに惹かれ、また人間を「錯綜体」と意識する方法にも惹かれて、ヴァレリーの【カイエ】を中心に読み始めた。
然し。本の厚みや文字の配列を見ているだけで興奮するものの、嵌まり込むに至れない。
若い時から異様に書くだけは書いて自分をずっと分析する癖があるとは言えるが、まさかこんな透明な骨まで剥ぐくらい自己言及的・原理的になれるかというと、とても無理な感じがする。それ以前にここまで知的に生まれて来ていない。
私自身は浮かび来るイメージを懐疑する質ではなくて、むしろイメージを信じるタイプなのだ、と改めて思う。特に風景の記憶に纏わるイメージからは離れ難い。
とは言え【カイエ】は、「嵌れない」ということに嵌ってしまう魔力のあるテキストである。苦い心地良さと、無闇なイメージの浮遊感から目覚めさせる重力がある。
詩学講義などの方がよく噛み砕かれてわかりやすいので、それらとも合わせて読んでいる。


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「無数の栄光が繰りひろげられ、無数の作品表題が一秒ごとに現れては、巨大化するこの星雲のなかに朦朧と姿を消してゆく。こういう常軌を逸した騒がしさを、さあ、わたしは眼にしているのか、耳にしているのか。わめきたてるさまざまな文章、言葉が人間であり、人間たちは名前であり…このパリには、文学と科学と芸術、そして一大国の政治が、他の都市を突き放して集中している。およそこの地上に、ここほど、言語活動が激しく行われ、反響がつよくこだまし、つつしみが忘れられているところはない、そうわたしは考えました。フランス人は自分たちのありとあらゆる観念をひとつの囲いのなかに集めてしまったのです。わたしたちはそういう囲い地のなかで、自分たちの火に焼かれながら生きている」(【ムッシュー・テスト】清水徹 訳)


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19世紀末のパリの形容を読むとき、都市という存在こそが「錯綜体」であったのだ、と思わされる。人間存在を錯綜体と観る感覚というのが、この時代の都市のありさまの照応のように生じたと言えないか。



当時のパリと現代の東京では意味も質も違うだろうが、自身を取り巻く時空で言えば、ネットの普及につれ【都市】が生々しい錯綜体のようなものとして認識されることが次第になくなっていくのを感じていた。
自己を錯綜体として考えるなら、それを対置させる根拠であった錯綜体都市のカラダたる生成感はいよいよ消失しただろう。かわりに、複雑に蠢く機能と生成の瞬間は、舞台をネットの内部に移したようだ。
だが世代的なものか気質なのか、私はどうしてもそのネット世界の記号の複雑に対峙する自己を考えられないし、或いは永遠に細分化された乱反射のなかに没していく人間存在を把握出来ない。




3月28日


東京でも「郊外」の風景の中に育ったからだろうか。
私の中で【情報量=モノの物量=都市】という一脈絡に、心底は迫真性など感じていない青春時代だったように思う。



郊外。だだっ広い田や荒地を背景に、倉庫や大型資材店やファミリーレストランが淡々と繰り返される光景。
都心の高速道路の不思議な有機性に比べると非人間的で大雑把なジャンクションの向こうには、それを里山と言っていいのかわからないような潤い不足の里山の森林が、しかし案外深い奥を持って広がっている。
そのカスッとした歯抜けの人工物の狭間は、果たして何もない空虚だったのか。いや、たんなる空虚というよりは、白い密度がぎっちり満ちた虚空だった、という感覚が自分には残っている。



白い虚空を背景にした雑木林の、枯れたシルエットの一本一本。
荒れた資材置場に散る投げやりなモノたちの、微細な色調。
一店一店同じフォーマットながらも、位置的に微妙な光の差違を持つファミレス店舗の作り。
私にとっての「情報量」というのは、そういうカスのようなディティールにあった。
さらにいえば、郊外のそういった情報量とは、撹拌され放しの舞い踊る情報量では無く、スノードームの中で沈殿する様相も見せる「静的な情報量」なのだった。



何故スケッチなどにこだわり始めたかと言うと、別に絵がうまくなりたいからではない。ササッとスケッチが描けたところで別に人生の徳にも得にもなりはしないので興味は無い。
なにか身体で確認したいことが感じられて来て、それを内部で確かめたくなったのだと思う。
それは一つには上に書いたような、情報量の氾濫よりも「沈殿」の様相を身体で確認する、沈殿していくさま、沈殿の果てにこびりついた底を観る眼力が欲しくなったからなのかもしれない。







by meo-flowerless | 2019-03-05 12:17