画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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2019年2月の日記

2019年2月の日記



2月2日


【詩とデカダンス】唐木順三、【詩の日本語】大岡信、【神秘の夜の旅】若松英輔、【小林秀雄-越知保夫全作品】若松英輔編、【言語と呪術】井筒俊彦。同時に読んでいる。自分のなかの靄が少し晴れて道が見えてくる気がしている。夜闇にかろうじて反射される標識の光をたどって、道を予測しながら歩いているような楽しみ。


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おそらく自分にとって良い本とは、必ずしも同時代的な知的好奇心を満たしてくれるものでなく、表層的に解りやすく自分の立ち位置を分析させてくれるようなものではない。むしろ今を今らしく生きるにしてはもどかしい事柄について書いてある方が多い。
しかし何処か別の時空間で自分がハタと立ち止まって彷徨う時、それが風景の前であれ絵の前であれ、人のさなかであれ、いつか読んだ本の書き手なり登場した者なりの内観の眼が、自分の内観に同行二人的にふと憑依することがある。そういうことによって、自分のなかの色眼鏡が確実に色を濃く鮮烈に変えられていっているように思う。この世の明るいほうに居てフワーッと光に紛れさせてくれるのではなく、暗がりになるほど彩度をもって見えるようになる、そういう内観を私は得たいのだと思う。


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下敷きにしている木製パネルにあとで白亜地を塗ろうと思い、今回は汚さないようにしようと決めたのだが、どうしても無意識のうちに試し筆のあとを残してしまう。歴代のこたつも板も全て試書きの色とりどりの線に埋められている。自分では全く意識に上ることがない。筆先の絵具量を一瞬調節しているのだろう。


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2月3日


あの世とこの世との間のグレーゾーンに「其の世」があるという感覚は、【密愛村】シリーズを手掛けているうちに考えるようになったものだ。
しかし「其の世」という造語が果たして自分の直な世界観に本当に合致しているか、というと疑問だ。このキーワードから思いつくビジョンは、灰色に霞む幽玄の風景のみで、範囲は狭い。



自分が大事にしていきたい感覚は、表面的なモチーフの艶やかさや物語の具体性ではない。視覚で見える情緒だけではないのだ。まだ表現しきれていないが。
「あれは確かに訪れた場所だが、何処にあるのか思い出せない」もちろん地図にもない、という位置感覚の喪失感。「座標上」で自分という点が忽然と消えることへの戦慄だ。自分が座標の上の何処かにいる、あるいは「あの世界」が座標のどこかに必ずあるはずである…抽象的な身体感覚を大事にしているのだと思う。そう信じていた身体の座標そのものが、我に帰ると、この世の尺度とは全くズレて意味をなさない。神隠しから帰った後の呆け感もそこに付きまとう。



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よくよく辿っていくといくつか、作品に遠く繋がっていく作家の作品がある。
全て10代から20代前半に手に取ったものだ。


一つは【丸い輪の世界】、水木しげるの漫画。
ある日のこと、少年の行く手に、奇妙な空中の穴が現れる。体を突っ込むと向こう側に通じ、死んだ妹がポツンと一人、花畑で遊んでいるのに出会う。少年はしばし、昔のように妹と遊ぶ。別れ際に「またきてね」と言う妹との約束を、その後も、日常的に守る。丸い輪の世界は、いつも少年の前に何気なく現れ、少年も何気なくその世界とこの世界を行き来する。しかし年を重ねるにつれて受験勉強やアルバイトに追われ、丸い輪の向こうにも、あまり行かなくなる。そうして、いつしか丸い輪も現れなくなる。
…あくまで淡々と喪失を迎える話である。



二つ目は、細部までよくは覚えていないが、エドガー・A・ポーの【アルンハイムの地所】だ。
ある青年が、受け継いだ遺産でアルンハイムの地の深奥に作り上げた、壮麗な人工庭園。そこに迷い込むようにして訪れる、詳細な紀行文といった感じだったかと思う。
覚えているのは、読みながら浮かんでくる一つの強い風景。形而上学的な謎の均衡を保った水面、金属的なテンションがそのまま、桃色の夕陽に完璧な直線を描いてレーザー線のように浮かんでいる…ようなビジョンである。
何もない谷間にいきなり鑿で穿っていくような、3Dの位置感覚に、有機的な情景描写よりもさらに神秘を感じた。



三つ目は、高校生の頃から何度も何度も読み返した、梶井基次郎の小説。
その中でも特に【闇の絵巻】だ。
病身の梶井が保養地で過ごす最期の時間、と解りながら読んでいるのだが、不思議に鮮明で溌剌とした生命感を感じるのだ。夜気の中の自由な身体、五感の全てが触手となって風景にじかにさわる感覚に、息をのむ。梶井基次郎は一切の現世的ポーズの臭みを排除して、「魂」を怜悧なほどの言葉で描写出来る、稀有な作家だったのだと思う。



それら三つに共通して惹かれる部分はなんなのか。色々あるのだが、今考えられるのは「心身の実体が生きて蠢いている場所」と「魂がゆらゆらと彷徨っている場所」とが、一体的にかつ別の位相にどちらもあること、に確信を持てるということだろうか。
どちらも確実に前にあるのだが、ねじれの位置のように両者は噛み合わない。しかしそのふたつを裏返りひるがえりするように、私がどちらをも生きているということを。


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どれもが、あの世とこの世の境の「其の世」の位置づけに等しいのだろうが、【丸い輪の世界】は不在の肉親や故郷の記憶が引き寄せる「マヨイガ」的な世界観の懐かしさ、【アルンハイムの地所】は「ユートピア」というはりつめた観念の強度、【闇の絵巻】には自然の霊気と対峙する身体の覚醒感を感じ、自分の惹かれる異界感覚の系譜の分類は出来そうだ。
【密愛村】は全ての要素を帯び、この系譜が交差したあたりの位置に築きつつある世界だ。シリーズごとに、もっと要素を色濃く違えても面白いかもしれない。


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【密愛村】は作者の私小説な恋愛体験か、と聞かれるが(絵面を見ればそんなこともあり得んが)、具体的には違う。かと言って第三者をモデルにした全くのファンタジーなどと突き放せもしない。
自分にとっての「愛」の位置感覚を、風景を弄ることによって確認している作業なのだ。「魂が確かにそこにいるときには、愛も確かにそこにある。しかし我に帰ってしまうと、それがどこだったのか、なにを愛したのかを、私のこの身体では掴めない」



2月4日

過去を辿り確信を持てるのは、今は絵描きなれども、表現上の影響をかなり受けたのが梶井基次郎の小説だったのだろう、ということだ。
美術史上のどの辺から影響を受けたかときかれ、シュールだとか浮世絵とか言っているのは単なる方便かもしれない。


初めは文学部を目指した。なんらかの物書きになりたかった。詩が一番やりたいことなのだが、詩人という職業のイメージが持てずにいた。
小説は、私小説以外のものは難しいだろうという弱気さが当時あり、しかし数多の「私」が飽和した現代で私小説的なものを職業に出来るとも思えなかった。エッセイスト…ライター…もうなんだかわからんな、とやる気も半分くらいしかない日々だったが、梶井基次郎だけは多くの私小説のなかでもずば抜けて魅力を感じていた。
また宮沢賢治の詩の、特に補遺などにある「半分は私小説、半分は幻想劇」的な詩の感覚にははまっていた。おまもりみたいにその二冊をいつも持っていたのだった。
彼らは私に「心象スケッチ」を叩き込んでしまったのだと思う。ことばとは述べるものでも綴るものでもなく、自分にとっては「描く」ためのものになった。


広く狩猟的にほかの内外の文学を読み漁るようなエネルギーはそもそもなかったので、やはり文学部には行かなくてよかったのだと思う。
梶井基次郎と賢治の詩を必携し、自分も詩と散文の間のような文章を毎日書いていたにも関わらず、何故絵の方に行ったのか。なにが美術の畑で出来ると思ったのだったか。
未だに詩なのか、散文なのか、私小説なのか、絵なのかわからないアウトプットの穴を行きつ戻りつしながら、未決定を引き摺っている。
えがきたい、その気持ちだけがある。


文筆の世界に進んでいようが、今であろうが、なにかしつこく執着していることはずっと昔から同じのように思う。「自我と無我の同行二人感覚」というのか。


梶井の小説にしろ賢治の詩にしろ、自己の独白でありながら、自意識に雁字搦めの牢獄や自己愛に浸りきった閉塞感などを感じないのは、何故か。
「人間ならぬもの」との交歓が緻密に書かれているからではないか。自然、生物、無機物の日常品、気配や音や色感など内部の感覚に至るまで一つ一つと徹底的に交わっている豊かさがあるからこそ存分にドラマティックであり、改めて人間個々の孤立性を受け入れてみる気になるのではないか。




2月5日


夜中に寝床で越知保夫【小林秀雄論】読んでいたときに、ラジオ深夜便で中島みゆき特集をやっているのが聴こえていた。
【世情】がかかった時、物凄く鋭く沁み入ってきて、改めて、というより初めてその歌詞の意味を理解した気がした。昔から頭ではこうだろうと思っていたのだが、よくわからない部分もあった。


自分の育った家庭は政治理念的には左、今の自分もその影響からは抜け得ることはない。残る余生も、政党を選ぶ際などには右に寄ることはないだろう。


しかし、何かある踏絵のような苦しさをずっと抱いていることも変わらない。思想的な居場所がないように思うのも。
何か両極のものの、どちらかの鋳型に、自分の思想が簡単に嵌るわけはない。若気の至りやカブレならまだしも、人生を経ればその人生に応じて思想も複雑になる。言動や活動、読む本までを互いに検閲するような同調圧力のなかには、いずれにせよ光る独自の思想、その活路など見いだすことは出来ない。


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政治とは別の意味で、表現の世界にはそれはそれで、ラディカルか保守かを選別して鋳型に嵌め込む空気がある。どの世代にも、その世代の価値観においてそれは発動する。この空気の方が自分にとっては根深く重い。
自分の受けていた科の教育環境は、暗黙のうちのラディカル信仰のようなものがある。これは良くも悪くも根深い。しかもそれはイメージの上での二元論に過ぎない。
しかし皮肉なことに、そこで教鞭をとる身になれば、逆に枠の外からは体制側、保守、アカデミズムの権化などと勝手に選別される。



どんな選別であれ選別に無自覚に与する人は、おそらく、個人の人生や世界観が他者の裏にあることを見抜かない。逆に自身には身を賭してまで背負うべき大義やイデオロギーも実はないのかもしれない、表面的なポーズは身につけていたとしても。



どの流れに身を置く置かないに関わらず、「質的な判断力が滅び、量や数で判断することばかりに埋めつくされる」空気だけは確かにある。そのどれもから逃げていたいと思えば、そこには突然「傍観者」などという表層的な文学的表現に(笑)を付された烙印が押される。自分の世界観に没入すれば「中二病」である。
逆にあなたはどうなのか、と問いたくなることがある。あなたは一体何なのか、どういう訳で「首尾よく何者かになり得ている」のか。


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そこを突破していくには、やはり自分の表現行為によってしか無いのだろうと思う。成功も失敗もない。敵も味方も要らないということである。自分の判断力においての質、自覚することの孤独だけは維持したい、というだけなのだ。



2月6日


昨日三省堂で手に入れたばかりの若松英輔【叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦】を、今読んでいる本たちに先がけて読み始め、一晩で一気に読み終えた。
なんだか新しい冥界か果てしない時空の広がりの入口に立った気がした。最近この著者に刺激を受けて本を選び読み始めているのだが、今の自分にとっては何かの啓示がちょうど来たと感じさせられる。内容を正確に理解っているのかいないのか言語化はできないが、思わぬ人から翼を貰ったような衝撃がある。この本から時間を飛び越え、井筒俊彦の生きた世界も、日本の古典、ロシア文学、いつか時間をかけて読もうと思った。私の頭ではそうとう時間がかかりそうだが。




2月7日


月が何重にもずれて見えるかのような「心の乱視」がずっとあったけれども、心の月が次第に一つに集まって来たような気がする。



2月9日


最近、夫は部屋に静物を組んで油彩を描いている。ムンク展を観て以来かと思う。実物を観て描くこと、かつスタイルにとらわれない筆致を心掛けること、簡単なようだが今の若い画家などもうそういう姿勢は少なくなったのではないか。
アドバイスを求められたので、「ラフに描いていくといっても、色の大まかな計画はしてみたら」と言ってみた。「色の計画って何だ」と言うので、画集など見ながら話す。ゴッホは話しやすい。
事物をレイアウトやトリミングする構図は考えたとしても、それを抽象に還元するような色彩計画というのは、違う観点で描く習慣のある人には、馴染みのないことらしい。(確かに大学でも別に教えない。みな感覚的にやっている)。
子どもじみているかもしれないが、自分もたまには偉そうに基礎的な講釈を垂れてみた。自分で言語化しながら、案外新鮮だった。
「色彩の計画と言っても芯まで分かったか微妙なので、俺が珠洲のインスタレーションの作品を計画した時の作業計画になぞらえて説明してほしい」て言われたのには困った。


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ラジオ深夜便、昭和のテレビドラマの劇伴特集をやっていたが、素晴らしい特集だった。ウルトラセブンのスキャット、特捜最前線のジングル…名もなき短曲でも、そこに洗練は尽くされている。こういう特集をもっとしてほしい。


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夜にスーパーに行く途中、暗がりに猫が通りかかったので、「ニャーン、おいでおいで、あれお前でかいな…」と独り言で話しかけてみると、戸惑ったような顔をして一瞬立ちどまった。狸だった。困ったように早足で住宅のガレージの中に消えていった。



2月10日


「日本語の身体感覚がどれだけ自分に影響したのか」を思い出すことにしている。平家物語、近代の愛唱歌、近代詩、昭和歌謡…色々あるけれど、一つ一つ忘れないよう徐々に書き留めておこうと思う。中学校時代、いや小学校時代にまで遡っても、今の自分に繋がる「これぞ」という経験をしてきている。


かなり大きかった一つの経験として、「百人一首」を全首覚えた、というのがまずある。
小学校低学年の時、買ってくれた百人一首カルタで親が教えてくれたのは「坊主めくり」に過ぎなかった。太夫とかヒメなどの絵札の粗い描写を見て笑うのが、まあ子供の感覚である。
しかし同時に、両親ともが絶妙な間合いで絵札に書いてある難解そうな「和歌」を、子供にも解るように説明してくれたこと、これに多大な恩恵を受けたように思う。
最初に覚えたのは「春過ぎて夏来にけらし…」の有名な持統天皇の歌だった。何が良いのかは解らないものの、日本人が歌を詠み習わしたことというのは知識としてまず入ってきたのだった。



好奇心で歌の意味を質問しているうち、和歌を一つ一つ、内容まで理解するようになってきた。学研の【まんが百人一首】(大名著)を読みに読み込んで、小学校高学年の時には全首を暗記し、だいたいの意味も理解した。もうだいぶ忘れたのもあるが。
小学校のクラスの百人一首大会では優勝したが、そういうことより重要だったのは、和歌の言葉の気韻を多少なりとも理解し始めていたということだった。



子供だと言え、「もののあはれ」が解らないというわけでは無い。解らないであろう、と決めつけるのは大人の思い込みだ。両親に感謝したいのは、彼らは「子供だから解らないだろう」という手加減を一切しなかったということだ。とくに難解な勉学として押し付けたのでもなく、自然な情緒として、文学から様々なこの世の綾を引いてきてくれた。


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例えば、
契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり (藤原元俊)

の「あはれ」に関しては、おとなになるまで流石に感覚がわからなかった。息子の昇進の道を反故にされ続ける親の寂寥や切なさが背景にあるらしいが、これには「哀れ=惨め」くらいの感情でしか子供には理解できなかった。


反して、
もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし (前大僧正行尊)

の「あはれ」の感覚は、詳しい歌の背景の事情はさておき、情景として理解できていた。まんが百人一首の描写が優れていたのも手伝っただろうが、「花よりほかに知る人もなし」の下の句は、その意味よりも先に、唇の上の風のように「口ずさめる美」として自然に入ってきた。
花としか心の交流がないなんて…友や近親者すら周囲に無さすぎる(修行者だからなんだが)、文字通りの孤独感。しかしそれとともに、人間存在の煩わしさを一切強要しない自然が無言で示してくれる、そこに在ってくれる「何か」の途方もない豊かさや香気も、同時に感じることは出来ていた。
自分が一人っ子であることもあるが、母の静かな隠遁気質を受け継いだことが一番、この歌の理解には関係がある気がする。


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また、
村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ (寂蓮法師)

などは、日本の気候や情緒的土壌の「湿気」を、一首のなかで簡潔に教えてくれた。村雨を親がどのように説明したのか覚えていないが、ジトジトした梅雨の雨ではないこと、ある時間だけにサアッと通り過ぎる気まぐれな雨だということが鮮やかだった。
村雨、露、そして立ちのぼる霧、というそれぞれ同じ水気でありながら、遠景、中景、近景のような三段構えで立体的に現れる、一幅の水の絵なのだ。
ここにこれ以上の「意味」の説明は要らないだろう。すこし感じやすい子供であれば、遠足や山登り程度の経験からも山林の湿気は思い出せる。「私も知ってる」という不思議な身体の共感だけで、充分にこの歌から様々なことを教えてもらった。


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「ちぎる」「しのぶ」などの語感をなんとなく子供のうちに覚えてしまい、いずれ来る恋愛もそういう体感でやって来るのだろう、と当たり前に思っていたところが、自分のおかしいところである。恋愛などと高尚な翻訳語のように言い捨ててしまう感覚ではなく、これはとにかく男女がそこにある、という生々しい感覚だ。
実際には現代人の恋は「レンアイ」という便宜的な言語感覚のほうに侵食されている。あれっ、思っていたのとは違うな?とやっと気づいた青春時代に、物足りない私を慰めたのは、結局「歌謡曲」という和歌のなれのはての世界しかなかった、ということなのだ。





2月11日

絵を描くのが久々に心底楽しくなってきた時期なのだが、体調ダウン。風邪だろうか。すこし仮眠をし、目覚めた。なんだかさっきまで猫と遊んでいたような気がしてならないが、うちには猫はいない。よく思い出したら、昼は実家でずっと庭に来るシジュウカラを間近で観察していたのだった。シジュウカラはなんとなく、猫じみている。

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唐木順三【詩とデカダンス】。
哲学の流れを解っていない私には難易度高いが、嵐の船体にしがみつくように読んでいる。今の時代に今の私がこれを読むことの意義。
ダンディズム-デカダンス-ニヒリズムという反時代精神の系譜を読んでいくのだが、ニヒリズムの記述に至って圧倒的に重い気持になる。
学校教育では事実の発展史や反動史のダイナミズムは教わってきた。しかし澱のように沈殿する、精神の絶望史のような見えにくい底流には、当然のように触れられてはこなかった。そういうことは、そういう気質や感度のあるタイプの人間だけが、自ら文学や芸術から嗅ぎとらなければならないことのようである。
分厚い本の後半には【無用者の系譜】があるが、むしろ早くここに辿りつきたい。


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小林秀雄【平家物語】再読。
日本史の教育では源平合戦はとにかく「1192(いいくに)作ろう鎌倉幕府」の事実確認に流れ込むだけのように、源氏が勝ち平家が負けた、ということを教わった。
その裏にある平家方の徒花のような栄華や美学などは、古文の授業で少しでも平家物語のいくつかのテキストに触れないかぎり(冒頭を丸暗記するようなものだけではなく)、想像しようもなかった。
たまたま自分が平家の血を引いているかも知れなかったということ(よくある祖先の作り話にせよ)、思春期に歌舞伎の【碇知盛】を観て衝撃を受ける機会があったことで、自分にとっての歴史というものの在り方が、知らず知らず変わったのだと思う。
それは些細なことに過ぎないと言えば過ぎないが、やはり、一人の人間の歴史にとっては重大なことだった。



平家の物語に流れる何かをむかしから無性に憧れていた、その信念と同じものを自分の表現に対して持ち続けていて、捨てられないでいる。
ありありと浮かび上がる視覚を歌で語り継いだ琵琶法師のようなことを、自分の身においてやってみているのかもしれない。一代限りで誰に語り継がれなくとも、だ。




2月14日


澱んだ顔の居並ぶ、夕方の電車。東京駅からずっと、消えるか消えないかくらいの女の鼻歌が聞こえている。
よく注意して聴くと、それは隣席の女の歌う低い鼻歌だ。声自体は小さいが、すぐ隣で大きな体を時折息継ぎしつつ揺らすので間違いない。通勤帰りの険悪な疲労感が漂う中で、その歌だけが異界の時空に響くようだ。


本人は携帯の画面に見入っている。すぐ隣に見える手元の持物の感じから察する雰囲気は、まあ、さしてそこらの人と変わりない女性だ。
しかし新宿を過ぎても、どんなに車内が混んできても、陰鬱な静寂のなか、執拗なほど長々と歌っている。変わった人だな、と思ううち、いつしか子守唄のようにその歌に私は眠らされていた。


40分近く経ったのか、終点近い駅で大きく座席が揺らいだ。ふと目覚めると、歌の女は下車していった。夢の中でも歌声はついさっきまで響いていた。
更にもっと終点に迫った駅で降りて私も帰路を辿った。


途中スーパーマーケットで買物をしていると、何故かしきりにまた、低い女の歌が聞こえる。
まさかあの隣席のひとがついてきたのか、とぎょっとして振り向いたが、こんどは、全く別の初老の女性が低い鼻歌を歌っているのが目に飛び込んで来た。見かけはいたって普通の、小さなおばさんだ。
何故か、先程の大きな女性と同じような歌声である。子守唄のように低く微かだが、どこかな執拗な感じがある。話しかけられても歌いやめないだろう、という気がする。


私の方が耳に歌の亡霊でも取り憑いているのか、と思った。



2月15日


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メゾン・ルイ・マリーの香水【ヴァレ・ドゥ・フェルネ自然公園】。
名前がまず良い、香りも静謐。そしてコンセプトも。18世紀フランスの植物学者ルイ=マリーの子孫が手掛ける香水で、ルイ=マリーの仕事の主要な舞台となった場所に捧げらているという。「アブキール湾」、「ノワール池」、「ルロンフォン植物公園」…。
「香りの植物標本」などと謳われると、もう私には抗いがたい。


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裏の山に登る。
風と土と木の立てる音しかない、そんな時間が自分には要る。
現実的すぎる人の声に時間が侵され始めると、つい苦しくなる。心に人の油膜が覆い被さって窒息するような感じになる。


べつに哲学者ではないのだが、自分なりに深く思索が必要な人間もいるのだ。その深さの余地、ものごとの間を、埋めずに放置するような心が、それぞれにもっとあっていい。そんなことばかり思う。



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日本の言葉の詩情を通過し、日本の言葉をたずさえて旅をし、日本の言葉によって苦悩を経験し、それによる虚無を潜り、それを持って孤に向き合って…「議論」なんてそれからだ、というぐらいの気持にさせられる。そんな文章を読みたい。美文かどうか、とはまた別で。



このご時世の一体なんの怒涛に溺れているのかさえわからない、水すらない乾いた川底で転がっているだけかもしれないが、ふと自分の前に現れる示唆的な本や文章だけは、確実な筏のように見える。筏だけは解る。正しいか正しくないか、という筏ではない。心を離れるか離れないか、という筏。もう、それを逃せば簡単に溺れ死ぬこともあるんじゃないか。奇妙な海を泳がされている、と思う。



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今のご時世のなかで「日本人」「日本語」などというだけで、まやかしの国粋主義と誤解されそうで厄介だ。それは有り得ない。他国や他文化にも言葉と歴史があり、美が魂があり、痛みも苦闘もある、ということをまず受容しないところで発せらるものなど、思想とは言えない。妄想だ。いや「想」ですらなくて妄言、だろう。テレビやネット上の軽い言葉が掻き混ざりあうなかでは、普通に使いたい言葉も容易には持ち出せなくなる。嫌な時代だ。




2月16日


取手に行った。相変わらずの枯野である。記憶の弁の片側が開け放され、脳裏を映像が縦横無尽に駆け回る。
赤いシロップを凍らせた氷屋が川道を歩いている場面が鮮やかに見えた気がする。見たこともないのに。



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かつて取手校地にアトリエがあった頃。全て精読などしないが「松尾芭蕉集」の布張りの本を棚のいつも見える場所に置いていた。自分のよくやる「御守り」のような書物の持ち方だったのだろう。気の向いた時に好きなところを読んでいた。
それよりももっと以前、修士論文を「漂泊」というテーマで書いた時も、芭蕉のイメージは脳裏にはあった。結局、ご当地ソングと松本清張のことを書いて終わってしまったが、自分の中では、書ききれなかった「風狂の旅」のすさび、という感覚は本当はもっと大切だった。



【詩とデカダンス】で唐木順三が、芭蕉と蕪村の違いを断言的なまでに鮮やかに書いている。読んで胸を突かれるような気持がした。



「風狂」を身をもって生き、自由と死の深淵に片側を開け放した世界で言葉を口ずさんだ芭蕉。閉ざされた室内の固定された視点から観るがごとくに「風流の風景」を写生しつつ、そこに自我をからめた奇想性まで加味した蕪村。
蕪村は絵を描くだけに、私にとっては共感も魅力も感じるのだが、芭蕉の風狂を蕪村が理解していたとは言い難い、という文章には、何か自分のことまで見抜かれたような痛烈さを感じた。



取手に来ると思い出す。自分は若い時、「一生、旅をしながら表現を繰り出していこう」と胸に決めていたのではなかったか。なんでもない荒地、なんでもない空、どこにでもある街道、名前のない地点から、どれだけ、鬼火のような不意の光を感じられるか、その不意の火花のためだけの彷徨を考えていたのではなかったか。
あの自由さやあてもなさ、身軽さを、思い出したい。



2月17日


四畳もない、三畳くらいの暗い畳の空間に押し込められ、硬い冷たい藺草の目の上に転がって、片側の開け放された硝子戸から雪の日本海を見ている。墨汁で描いたような色しかない海だ。
この三畳の空間は、日本海沿いを列車のように走っているのである。暗い貨物列車である。重厚な食器棚をごろんごろんと運ぶような揺れがあり、私もそういう音を立てて揺れている。
もちろん実経験ではないが、妄想や夢とは断言もできない、あんがい地道な身体感覚と切り離せないところにある謎の記憶。そういうことが多く自分にはある。





2月18日


秋に開催の目黒区美術館での個展のために、いよいよ具体的な打ち合わせ。自分のえがいた展示のストーリーは、だいたい学芸の方々が思い描いていたのと一致していたようだ。一気にイメージが見えてきた。
若い頃からずっと憧れの博物図【フローラの神殿】30点と、私の博物図たち、大学外に初出しの卒業制作24点が、競演する部屋になるかも。楽しみである。
図鑑シリーズはライフワークにしたいと思いつつなかなかアイディアを考えずにいたのだが、この間、駅のホームで突如、新シリーズの案が降ってきた。まあ降ってきたのか湧いたのか、どっちでもいいのだけど。
しかしそれを手がけるとしても、今年ではないだろう。



2月19日


グールドの弾くバッハを聴いていると「構想=構造ではない」ということがよくわかる。
作者から恣意的に与えられた構想とは別に、音には音の自律した秩序があり響きあう関係があり、一つの音が別の音たちとの構造を常に形成しようとし、一つのリズムの契機はその後の流れを欲求する。音はまるで生命体のようだ。



絵画における色彩や形態もそれにあたり、作者はもちろん恣意的に絵を企図しようとはするのだが、生きもののような彼ら(色彩や形態)の秩序の自律性も何処か別にあり、それを見抜きながら読みながら、画面中の世界を構築していくのだ。



音やリズムや色や形態の謎と付き合うのは難しく、作者が構想や企図で頭をあまりに一杯にしている時には、あれらの秩序は片鱗さえも姿を現してくれない。
本当に月並みな言葉しか言えないが、時々本当に笑ってしまうくらい「心・技・体」の連動の必要性を感じる。頭の拵えごとだけのものは、有機的な喰入りかたをしてくれない。



口で言うは易し、だ。頭で拵えることを無理やり回避して野性的に造ること自体がまた、倍くらい作為的な拵えごとになっていたりする、という矛盾がある。無心になれるためには、あるていどの企図も必要な気がする。変奏曲のはじめに主題があるように。



技を身につける、というのは決して「拵える」ための目的だけではなく、むしろなにか見えないものたちの自律性のための「媒介」となるために ー もっと言うなら「霊媒」というくらいの感受性と判断力を持つために、多くの鍛錬の時間を要するような気がする。



グールドの技術というのは、たんに正確なだけの上手さや他人に受け入れられるための芸の旨さなどからは、全くはみ出ていく。この人はなにを捕まえようとしているのか?と感じながら「聞こえない、見えないなにかを聴く」ことの不思議さは、素敵なBGMに陶酔したり超絶技巧に舌を巻いたりすることの楽しさとは別物である。どちらが良いとかではないが、とにかく、魂へ全く違う喰入りかたをする。


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自分の絵は、具体物が描いてあり構図の設定もはっきりしているので、たいていは、作者の企図の部分や拵えごとの部分しか、他人には観てもらえない。
私なりに例えば、はじめの企図から外れていく時間……画面の空気感と延々と対話する時間や、面相筆の筆致の一回一回に無数の霊媒的判断を下している時間の、言葉にし難い複雑さは、結局私にしかわからないままだ。私とともに墓の中で滅びていく、孤独な秘儀の時間なんだろう。まあ、そういうものか。




2月20日


ピクニックの夢を2セット見て、それぞれの夢に違うチラシ寿司が出てきた。それぞれに別の食材が散りばめられた全然違う、絵画的なチラシ寿司だった。
味はどちらも実家のチラシ寿司の味だった。


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「魂」という言葉を、文章や会話に使用することは、とても難しい。
人魂が見えるわけでも、心霊現象に触れたことがあるわけでもなく、その系統には鈍い。
けれど明らかに「魂」と感覚している何かが自分の生にはある。他人のためではなく自分のしくみのために必要な言葉だと思う。その上でこの言葉を使うとして。



魂の調律、のようなことにかなり時間を要してしまう。自分の深いところの因果律に達することが出来るか、というのにエネルギーを集中させる性質らしい。
来て欲しくない隕石のようなものがそばを通過するだけで律がざわざわと狂ってしまうし、逆に惹かれる引力に近づいただけで魂の全秩序が一瞬でビシーッと整然としたりする。フーリエの「情念引力」なども、あながち嘘でも似非科学でもないぐらいだと感じる。


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お守りのような意味で本を持ったりしている。自分の魂の秩序や機能を、体を触って確かめるかのように好きな本の表紙を触れたりするのだ。決して読書家なのではなく、濫読は全く出来ない。本のなかの言葉の韻律は見えない戒律であり、まあとにかく「律」なのである。



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よきシャッター、よきマネキンを見た。




2月21日


ラジオは夜明け前に水前寺清子のウタをかけないでほしい。お昼にしてほしい。起きてしまった。ラジオをつけ放しているのがいけないのかもだけど。


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昨年ブラームスとフォーレに嵌ってのち、声楽曲以外はだいたい音源を集めたが、ふと気付けばやはり同じ少数の曲ばかり聴き続けた一年。
毎日iPodをポケットに入れ、上野の改札からは、公園を歩いて芸大に辿り着くまでブラームスのピアノ四重奏曲第1番の最終楽章ジプシー風ロンドを聴いていく。結局、学生の頃からずっと聴いていたブラームスのこれは必須である。



何度も聴くと音楽の聴きかたが変わる、ということを体で分かっているのだが、なかなか言語化出来ない。昨日書いた「律」に関わることなのだろうが。



むかしテレビが自宅にあった頃、冬季オリンピックなどで深夜まれにスキーのスラロームやアルペンを放映していると、必ず観た。スキーは全く滑れないしスポーツ愛好者でもないが、あのスキーの滑降と回転のリズムに一体化する感覚は自分にとって何か特別に大事だった。受験の時にずっとアルペン競技の雪の斜面を身体の中に思い出しながら描いたことを覚えている。



それからすると「律」というのは当然リズム感やアーティキュレーションの把握が肝要なのだろうが、上記の二作曲家を思い出すと、さらに多重になった「綾」という感覚も自分にとって重要だということがわかる。



ブラームスは「フィジカルな綾織物」という感じがダイレクトに魂に来るんだと思う。微細な綾に強い運動神経を働かせて大変になっている感じが好きだ。精神性や晦渋さが特徴と言われるブラームスだが、私は室内楽ばかり聴いているせいか、ブラームスのフィジカルな強さが随所に現れているようなところに惹かれる。
絵画的でも情景喚起的でもないし具象的言語に置き換えられないからこそ、よけいなもののない詩の原点を感じる、と言ってもいいかもしれない。




2月22日


短い夢。那須研修旅行を引率し、学生たちの中に二つの掃除班を任命した。
一つの掃除班の名前は「牛の鼻」班で、もうひとつの班は「馬の鼻」である。
【圭子の夢は夜ひらく】のメロディーにあわせ、
「(一人)勝手、夜回り」「(合唱)牛の鼻~」
「(一人)予測、ALSOK」「(合唱)馬の鼻〜」
と歌わせている。夢でよかった。


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コムデギャルソンの香水、「インセンス」シリーズの秀逸さを再発見している。
5種のラインナップは、フランス「アヴィニョン」カトリック教会の香、インド「ジャイサルマー」ヒンドゥー寺院の香、ロシア「ザゴルスク」ロシア正教会の香、モロッコ「ワルザザット」イスラムモスクの香、日本「京都」仏教寺院の香。



「京都」は20代の終わり頃によく付けていた。これをつけると気持がスッと真っ直ぐになった。当時は食指が伸びなかった「アヴィニョン」の乳香の匂いには、今になって救済型の魅力を感じるようになった。木シリーズの「セコイア」「杉」なども持っているが、どれもとにかく人間的外界を遮断するようなシールド感があり、今の自分が一番欲するものである。
魔除けみたいに長谷寺の塗香を手に塗りたい日もある。本当に必要なんだ、見えないシールド感。



2月23日


「日が昇ったら牛丼屋に朝飯食べに行こう」
と思いついた昼夜逆転人間の夫が誘うので、眠い目をこすりながら早朝の駅前へ。夫は肉を食べていたが、私はハムエッグと納豆の定食…旅先の朝食などでいつも欠かせないやつ。
近所なのだが、不思議と旅気分になる。ちょっとしたルーティン変更で気持は変わるもんだ。


帰り、裏の山に登る。夫は木にも昇った。
朝の住宅地の屋根屋根は神々しい何かを沈ませている。一匹の黒猫が、目玉のついた球体のようになって、道から一心に私達を見上げている。


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木の根元に座って幹に背を持たせ、しばらく鳥の声を聴く。
コゲラらしき鳥がしきりに木を穿とうとしている。シジュウカラよりも一回り繊細な鳥。ジョウビタキかと思われる鳥。遠くの方では、神秘的に天と話しているような画眉鳥。
眼下には、紅白それぞれの梅の木がある。無言の笑みを漂わせながら咲いている。
山から降りたら、夫は「つまんない下界に帰ってきた」と言った。



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昼間は、夫の所望する黒い帽子を買いに、地元の大通りの老舗帽子屋を覗きに行く。
バスのアナウンスが甲高い声で読みあげる「Y町4丁目」「Y町1丁目」などの停留所名に、古い地方都市の昔日の幻を聴く。
「昔は三つもデパートがあってね」と嘆息をつく自分は、そのバスの中で最も年長者のような気がしてくる。



M帽子店。外観はある時新装したらしく、記憶にある建物よりモダンな造りになっていた。しかし一旦店に入ると、商品のラインナップもテーブルや椅子もガラスケースも、20世紀を存分に生きてきた古めかしさのままだった。爺婆の帽子と言えばそうだが、その辺の中高年の日常帽とは違う。


親切な店の奥さんに色々尋ねながら、紳士帽子を選んでいく。
夫が欲しいのは昔の文士が被っていた中折れハットで、先日買った古物の立派なマントに併せるのである。例えるなら宮沢賢治である。
ボルサリーノなどが入っている硝子棚の全ての帽子は、見るからに形良く肌理よく、という感じ。しかし、数万から十万の値段を聞き、見るだけにする。それにしては素朴な積まれ方をしているところが、尚更見栄えよい。



夫は、値段的にはだいぶ手頃な帽子を選んだ。しかしそれでも充分に味のある格好いいドイツ製のウサギ毛の帽子だ。
店の人が空箱に入れてくれ、そのうえ、白水玉の昔っぽいビニールで風呂敷のように包んでくれた。その地元都市感覚が嬉しかった。
メンテナンスにも対応してくれるという。昔ながらの商店で買物をすることの充実感を久しぶりに味わった。



本当はこの店の娘さんは、教え子だったはずだ。とすると目の前の奥さんは彼女のお母さんだろうか。非常に魅力的な作品を作る-自分で独自の洋服を作る学生だったが。今はどうしているだろうか。
しかし、そのことはあえて尋ねず、買物客として、店を出た。




2月24日




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いい色の花を見つけたので、色だけ参考にして描く。

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イランのキアロスタミ監督の映画DVDを、夫が連続で借りて来て観ている。自分もずっと観たいと思っていたが、いまはあまり画面に向かえるような体調ではない。
しかし絶対に良さそうだ。夫も「はずれなしだ、すべて」と言っていた。纏めて観たい。




2月26日


甲、乙、丙という漢字をはじめて知ったときの「ひっそりゲシュタルト崩壊感」。父の書斎の引き出しに入っていた謎の文具や金具や知恵の輪の取り留めない存在感にも通じる感じ。

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夢だ。父がすっくと立ってすたすたと洗面所に行く夢をみた。
心配すると、「ちょっと頑張ってみたくて」というようなことを言う。体の不随はこんなに快復するものかと混乱して、母の顔を見ると、逆にもう全てを観念したような黙りかたをしている。やはり無理をしたのか部屋に戻ってきて、床に横たえてほしい、と父が言う。必死で頭を支えて寝かせる。
目覚めて、何かの暗示ではないか、ともやもやする。

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貨物列車をひっぱる、あの青だとか赤白だとかの、たいへん重そうな一両電車、凄い走行音がするのに惹かれる。あの電車を何というのだろう。ディーゼル車でいいのか。青いやつの車体には、ブルーサンダーと書いてある。

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ほんの一瞬の夢。
数えきれない蛾の、羽の模様の目玉のところだけを幾つも描いて「眼状紋図鑑」にしている。




2月27日


精神の修養が必要になっている。居合道でも習うか。能を習うか、詩吟か。やりたいことは沢山ある。
その想像の要求もひたすら、自分の核になっている言霊のためなのかもしれない。
言葉を発するならば、人の心のなかにすっと置くように、したいではないか。言葉に傷つけられるならば、太刀筋粗い言葉に汚されないで、刀跡にみだれのない美しい刀傷でやられたいではないか。雑なやつが多すぎる。


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言葉は確実に、この体をつくり血肉になる。モノとしてという以外の意味でも、自分のボディを造ってくれる。
名前や意味や文脈を「知った」だけではなく、読み取れないなにかを「識る」感覚がなければ、なかなか蛇遣いのように言葉をつかうことは難しいのだろうな、と最近は実感する。識って、遣(つか)う、という常態に自分をもっていくために、じわじわと鍛えなければいけない。遣うときには、言語表現に限らず絵になって出てもくる。
他人に言葉を披瀝するためではなく、言葉にならない行間を豊かにするためにこそ、言葉が欲しい。


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外界からの刺激をじかに反射で返すのではなく、自分の血肉にするために一旦沈滞させ、一旦もどかしい時間を持てる.....そういうことを再度かんがえなければいけない。もぎたての果実だけがみずみずしいわけではないかもしれない。

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啓示を受けて他を拒絶するが、暗示によって他に忍び込む、というような心性。

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ほしいのは「悲哀」の戦闘力。悲観的な破壊力ではなく。

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ドナルド・キーン【百代の過客】【能・文楽・歌舞伎】買う。しかし読めるのはもっと先だろう。


2月28日


真夜中のラジオ。とても荒涼とした女声のスキャットジャズがかかっている。映画【ラウンド・ミッドナイト】からだと。
都会から郊外へ知らぬ山林へヒューッと夜空の魂みたいに飛んでいくような、寂しいスキャットが大好きである。

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詩そのものを詩の価値として受け取ることと、詩ではない表現体の中にふと詩を垣間みてしまうこととは、違う。
自分は、後者の「詩の兆し」のようなものが気になってしまうのである。詩のプロからは怒られるかもしれないが。
しかしとにかく、生き別れたきょうだいを探すかのような執念で、その兆しというべきものを、さまざまな物事の中に探してしまう。


詩の形式で作られた詩そのものにはさまざまなものがあり、何かをことほぐような幸せなもの、詠嘆もあれば怒りもプロパガンダもある。まあそれは詩のプロに任せておけばよい。
垣間みられた「詩の兆し」のようなものは私個人にとってもっと、言葉以前の何か、一瞬の炎との出会いのようなものである。暗くてそっけない邂逅だが、燃えていたものの残像は残る。


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小林秀雄【「悪の華」一面】を読んで思うところあり。全く難解で途方に暮れるが、文が神経的で美しいので、刻み込まれてしまう。大意は本能的に解る。しかしイメージを掴みかねる部分についむきになる。呪文のような言葉を受けるとその呪文の意味するところを解かなければすまないような気になって来る。
もやもやとしながらボードレール語録や西田幾多郎について書かれた本など同時に読む(本体はまだ私ごときには難しい)。檜垣立哉【西田幾多郎の生命科学】が面白くて、それと一緒に読むと不思議と【「悪の華」一面】の内容が入って来る。
自分が今考えたい「なにか」はこれらの本のなかに溢れていることは解るのだが、朦朧としか掴めない。本のページから抽象的なキーワードが登場するたび、呪文だけが増えていく。


ある夏、山に滞在した時のこと。夜の灯に集まって来る虫たちの中に、一匹だけよろめいて扉から這い出ようとするカマドウマを見た。まるで「泥酔客がちょっと涼みにいくと言いながら外に出て、そのまま飲み屋にはかえって来ない」というような悲哀感で、思わずじっと見ていた。
夫が「ああ、そいつは針金虫に寄生されてるんだよ」と教えてくれた。聞いて、肌が粟立つような感じがした。
カマドウマのあのよろめいた動きは、カマドウマの意志では無いのだ。カマドウマの体内で受胎した針金虫が自分の生存の環境を求め、池や川の水などに向かってまっしぐらに向かってゆくのである。操っているのは、針金虫の生命の意思なのだ。傀儡になったカマドウマは、自分の内部の寄生虫の意志に従うしかない。
そして入水するのである。カマドウマは溺死し、針金虫は水を得て生き延びる。
おぞましいと感じると同時に、凄惨な美も感じた。


「主客が一体化した境地」のくだりを読み、原始的意識の純粋さを想像するより先に、その針金虫とカマドウマの「一体化した生」の凄惨な感じを思い出してしまった。二匹の虫の合体感というより、傀儡になった体と水との死の瞬間の一体感に興味を引かれてしまう。カマドウマの魂はなにを思って水に入るんだろう。
こんな自然の摂理にまで、「自己とは何か」「自意識とは何か」などと考える自分の人間的思考を、一瞬はくだらないと思ってみたが、いやそうではない....やはり自己とはカマドウマの生と同様なのかもしれない、と思えて来た。



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氷点下でひとたたきで割れる、凍った花。
呆れられ、低く嗤われているのに、なぜか美しい相手の一瞥。
山林から見下ろす遠い町灯り。
集める時は高揚していたのに、急に馬鹿らしくなって手からばらばら棄てる物質たちの、バンド解散感覚。

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自分がいつも拘っていることの一つは、端的に言えば、憑依感覚なのだろう。もちろん、その感覚を絵のモチーフなどで説明的に提示すればいいという話ではない。もっと日常における感じ方や思考回路の癖の段階からもう、その感覚がある。
宗教的憑依感覚と、文学的憑依感覚と、造形的憑依感覚と、音楽的憑依感覚は、違うのか。違うとしたらどのように違い、逆にそれらを一つに統べる何かがあるとすれば、どんなものなのか、というようなことを、飽きもせず考えているのである。

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「水」のことを語るとして、私は例えば、国土の水資源のことも排他的経済水域のことも語れない人間であり、水質検査にも明るくない人間であり、打って変わって湖景の美のようなこともまた語れない人間だと思う。
ただひたすら、「地下水は地中の誰にも見えない深層で、じわじわと遍くつながっている」というようなことを見抜きたがり、そこに何か途方もなく微妙な可能性を見いだしたがる。そういう質の人間だなのだと思う。


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日記は思考の記録のために続けていく。けれど自分の言葉やイメージのためには、ネット上メディアの即時性や速報性にこれ以上馴染まない方がいい、と自省。ある程度まで書き溜めたら、ひと月後くらいに纏めてアップするのでいいのではないか。




by meo-flowerless | 2019-02-02 04:38 | 日記