画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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2018年8月の日記

2018年8月の日記



8月2日

谷川健一編【民衆史の遺産】全15巻、なんとしても全巻揃え集めたいものだ。

第1巻:山の漂泊民 /第2巻:鬼 / 第3巻 :遊女
第4巻:芸能漂泊民 /第5巻 :賤民 /第6巻:巫女
第7巻: 妖怪 / 第8巻: 海の民 /第9巻 :金属の民
第10巻: 民間信仰 /第11巻: 憑きもの / 第12巻:坑夫
第13巻: 沖縄 / 第14巻:アイヌ /第15巻:旅の話

高いから諦めようと思っても、目をそらせないラインナップ。
「第4巻:芸能漂泊民」をまずは注文した。


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球体、棄物、褪色、虹色。南国の花のとなり。
好きな要素だけに満ちたブツが居た。



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筒井功・著の本は良い。
前世の記憶に遺る山村の光がゾワっとフラッシュバックするような、逆にどこかの暗い木下闇をたった今もさ迷い続けているような。
地を這う現実的なフィールドワークの視線で淡々と書かれているのだが、人知れず没した魂の、儚い鬼火感覚も持ち合わせている。「…そんな生がこの同じ国土のうえにあったのか…」と有無を言わさず黙らされてしまう。タブーと郷愁が鮮やかに結びつけばついているほど、それが消滅した喪失感の強烈さも凄くなる。




8月3日


新幹線。頭痛。
近い席に家族連れがいて、例によって幼児がうるさい。3-4歳のひとりっ子がギャアギャア愚図ったり我儘ほうだい喚くのを親と親戚三人がかりで甘やかす。ずっとずっと何かを騒ぎ続けている。
うるさいなあ、とウンザリしていたが、その幼児が浜名湖を見ながら急に、
♪ うみはひろいな おおきいな つきはのぼるし ひはしずむ…
と結構精確な音程で「海」の鼻唄を歌いだした。
急にそこだけ古ぼけた牧歌的な感じがして、まあ…うるさくてもいいか、という気になった。ずっと歌を好きな人間でいてよね、と思う。


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飛行機は万が一の台風等で飛ばなくなると面倒だと思い新幹線にしたのだが、九州まで行くのはやはり無謀だ、と後悔。途中で体調不良になり始め博多で休息。全く食欲はないがなんとか中華粥を流し込み、貧血の薬を飲み、少し落ち着く。地下街のマッサージ屋で徹底的にヘッドスパをやってもらい、どれだけ自分のあたまが浮腫んでいたか理解する。水の飲み過ぎだろう。リセットし、やっと唐津へ向かう列車に乗り込む。
結局朝から10時間近くもかけてようやく辿り着くことになる。


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列車がようやく海沿いを走り始めた。海に辿り着くと解放される。

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和多田のビジネスホテルから。なんか小学生の絵日記みたいだな…


8月4日



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朝。河口の日の出。

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高校生への講座「私だけの博物学」終わる。生徒18人、みんな恐ろしいほどの集中力でいい作品描いていた。架空の生き物を想定するのだが、ヘッケルの博物学を見せたせいか、クラゲやイカ系が多かったか。
地元の高校を卒業して芸大に入ったA君が帰省がてら駆けつけてくれて、大いに助かった。
抽象的なものを立体的に描く、という見本を描いたのだが、どんどん鯵のおすし、アボガド、生ハムメロンのような食べものになってしまうので、ごまかして花なども入れてみた。




8月5日


波戸岬研修講座終わる。行き帰りの体調が悪すぎ、車でぐったりした姿を人に見せてしまい恥ずかしい。
ただ講座中は、生徒たちのリキがはいった作品群に力づけられた。「虚構は虚構」と割り切ったような描きかたをせず、本当に存在するかのように描いてみる。もやもやした空想の不定形をさまざまにビジュアル化してみて、何よりもまず自分でそれらの第一発見者になること。それらの実在の可能性を信じてあげること。自ら名前を与え、存在感をあたえ、それらに対して自分にしか発し得ない愛着を持つこと…そんなことを経験してほしい授業内容だった。




8月6日


今年上半期の仕事の締めだった九州行からやっと帰り着き、疲労を取る。ちょうど、五ヶ月新潟で滞在制作していた夫が帰還した。痩せ細って鋭い顔になっていた。
疲れてはいるが景気付けに高尾山のビヤガーデンでも行くかと話していると、雷が鳴り始め、数時間恐ろしいゲリラ豪雨がやって来た。山など行かなくてよかった。
雷鳴を聴きながら、少しの間だが非常に深い居眠りをした。半年分の疲れが静かに布団の底に沈殿していくような眠りだった。



8月8日


安田登【異界を旅する能 ワキという存在】読了。ワキ方の能楽師である著者によると「ワキが異界(亡霊であるシテ)に出会えるのは何故なのか、ということを考えるつもりで書き始めた」
旅の中途で図らずもあの世とこの世の狭間に足を踏み入れ、この世ならぬ者の姿を見てしまうばかりか、夢現や他我自我の境がないなかでその者の情念を感受してしまう。そういう役割の「ワキ」の人物の背景にある旅とは、どのような旅なのか。ということが語られる。最後は芭蕉の旅、漱石の【草枕】に至る。



軽やかすぎるくらいの文章で読みやすい。最後の方、若干くどいところはあるけれど。ただ私にとっては示唆に満ちた深い言葉が随所にあった。何故私は今まで能に全く興味を持たなかったのか、半生を悔いたいような、いや今まで気づかなかったからよかったような。表現に携わる人は読んで損は無いと思った。(けど、まっったく琴線に触れない人には触れないだろうが)




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【民衆史の遺産 第4巻/芸能漂泊民】が届き、水本正人の宿神思想についての文章から読み始める。諸芸能と被差別遊行民と秘教的信仰について、非常に整理されている。宿神やら摩多羅神の謎に目がくらくらする。
山本ひろ子【異神】、あまりにも専門的すぎて、摩多羅神と白拍子・乱拍子などの芸との関係のところまでとても読み進めそうにない。?マークで頭いっぱい。
ただこの間読んだ梅原猛【地獄の思想】と関連付けて考えていくとす、自分の興味は満たされる。気になったワードは、煩悩即菩提だった。宗教用語はあまり分からないのだが。
神秘、秘教、奥義…。芸能民の歴史の見えにくいヴェールの向こうにあるのは、難解さではなく、過激なエロスや暴力性でもなく、被害者意識でもない。それは、独りの人間が持つ両義性、両義性の矛盾そのものへの濃い肯定だ。




8月13日



実家の庭の繁みに青い朝顔が咲いていた。ふと思い立ち、かねてからやりたかったことをやる。萎みかけの花びらを頂戴し、虫刺され薬キンカンをちょっと塗ってみる。
すると、念願の結果がほんのすこし現れた。つけた部分がエメラルドグリーンに変色したのだ。アンモニアへの変色反応だ、


小さい頃、何かの図鑑の実験のページに載っていた、アンモニアを当てて美しい緑に変色した朝顔の写真、その色が、40年ずっと脳裏のどこかにあった。あったのに、それと同じ実験をしようとは40年思わずに去年までいた。
去年ようやく、朝顔市で買った紫色の朝顔にアンモニアを付着させて試してみた。残念ながら桃色への変色だった。


今回はもっと空色に近い青の朝顔だから緑に反応したのだろう。しかし液の強さで瞬くまに萎びて、緑と青と桃色と茶色の混ざった複雑な色の屑に変色してしまった。
集気瓶を手に入れてちゃんと気体に当てる実験をしたい。緑のままで咲いている朝顔を見たい。緑の桜などあるが、青みの緑の花というのは私の一つの「夢」である。


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白川静【初期万葉論】読んでいる。他のも読みかけだが、つい夢中になる。
「むずかしい…(涙)」「わかんない…(涙)」といちいち和歌に困りながら読むのだが、その割に何故か読み進められてしまう、ド迫力のスリリングさがある。わからないなりに振り返れば大意はなんとか理解していて、ナルホドと怒涛の嘆息をしている。



言語の呪術性について知りたかったこと、長いこと勉強もせずぼんやり感覚で想像していたが、やっと扉を開いて見た感じがある。万葉集のことだけではなく記紀の解読、中国の詩や言語の歴史を同時に知れるので、もの凄く密度がある。ただし、自分の頭脳じゃ何度も反芻して読み返す必要があるだろうけど。
学説としてどうかということは門外漢の自分にはわからない。が、何か言語外の別の回路にフッと電気を送られるような閃光感がある。



初期万葉集中の名歌と言われるものがことごとく、儀式的・呪歌的な言の葉の連なりであって(でしかなく)、後世の日本人が好みそうな「季節の風物に対して繊細に感興を述べた叙景歌」などではあり得ない!という強烈な断言には、やはりショックを受けた。しかし非常に納得がいってしまう。他のロマンティックな万葉歌論などを、もう読めなさそうな衝撃。



けれど、言葉の効力というものは、その同時代に実際どのような意味があったか、という枠のなかだけで語れるものでも無いだろうから、例えば「ひんがしの野にかぎろいの…」の情景に目一杯、広大な寂寥や叙情を感じていた今迄の自分も、それはそれでいいのだと思う。


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神・対・仏と一概に言えはしないだろうが、日本人にとっての神にまつわることがあまりにも簡潔で絵画的でない(良し悪しではなく)、という絵描きなりの常日頃の実感を、読みながら思い出す。
神的なパワーを身体に取り込み一体化する、神を擬いたり真似ぶ、バイブレーションで感じる、言霊の響きに感応する、ということは、象徴・記号・抽象とは相入れても、「何かを客観描写し、景物として観る」たぐいの絵画意識とは相入れない。そこに客觀の焦点距離は入り込まない。距離を置いた観察眼を挟んで「自我」を発生させるべきではないのである。
では仏教的世界に覆われてからの日本人の絵画意識、視覚、物事に対する距離感がどう変わったのか。中国の山水の距離感覚とどう思想の背景が違うのか。わかんない。
つくづく、何も知っちゃいないんだな、と思う。



少なくとも、自分が学生のとき【地霊に宿られた花輪】という一連の絵画作品でなにがやり始めたかったのか、あれがなんの鎮魂なのかなんの旅の記録なのか、なんの叙景の凝集体なのか…
いまだにあの作品への思い入れが終わるどころか、自分自身理解できてもいない。それについて、なにか新たな考えがすすんでいくきっかけになりそうだ。



8月14日


甲子園で打席に入った球児が延々とファウルで粘る、気だるいテレビ画面をずっと見ている。
…という夢を、大学のシーンとした部屋の簡易ベッドで、長々とみていた。
部屋にはテレビなんか無い。アナウンサーの言い回し、スタンドの楽隊の音楽、ファウルの球音。夢から覚めた方が、あれ?と何が何だかわからなくなるほど、余韻がリアルだった。


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夫と帰りを合わせ高円寺の中華料理店Sで夕食。7、8年ぶりくらいに行った。
腹ごなしに阿佐ヶ谷まで、うらうらと夜の散歩。都内の夜道をあてずっぽうに歩くことも久しぶりだ。夏の闇の、生暖かい風。
和洋折衷の文化住宅風の家屋や、南国風の棕櫚の木を見かける。かつて【遊隠地】という作品でモデルにした、しっとりした住宅街の夜景である。



夫が公園の便所に駆け込んだ。
立ち止まって静かに周りを見渡すと、なんとなく不思議な公園である。白くてすべすべとしたかなり太い幹の大木がドン、と立つ。葉はまるで柳のように枝垂れていて、ざわざわと風に騒いでいる。幹には枯れた葉が注連縄のように絡まっている。人為的に巻きつけられたものだろう。どう見ても神の依代である。
それに不思議と、はじめて見る木の種類のように思える。

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その奥にも別の大木があるが、まるで池の中に佇むように大きな水溜りが静かに広がっている。今日、豪雨があったのか?鏡のように止まった水面には滑り台の反映がぴたっとはりついている。
便所から出た夫も何か不思議そうに二本の大木を見比べながら佇んでいる。


そこに頻りと音楽が聞こえている。男性がひとり暗いベンチで、熱心に激しくウクレレを奏でている。複雑なジャズの曲。ふと背景の高架にファーっと亡霊のような中央線が来て走り去った。
それ以外別に何が起きたわけでもないんだが、久々に遭った、奇妙な時空の歪み感だった。




8月17日


朝。
このひと月の湿熱を一気に冷ましていくようないい風。秋を感じる。
去年は能登の北端の海で、こういう、夏から秋への風に吹かれて過ごした。
喧騒から離れて、ただ海面や雲間に風が荒々しく遊んでいるのを見つめていると、自分の人生だけの時間ではない、過去の人間たちの生の長さのなかに身を置いているのを感じた。無数の身体の中をずっと同じ風の感覚が吹き抜け続けているような。あの感覚に名前はあるのだろうか。かつてはそういう言葉があっただろうか。
今日は田んぼや一面の野の真中に立っていたい。
蝉が張り切って鳴き始めたのでもうすぐ風も止むかもしれないが。




8月18日

久々に口紅を新調しようと、伊勢丹の化粧品売場に行く。二、三年前くらいと売れ筋の様相が変わっていて驚く。
自分はむかしから赤より暗めの色しかつけない。唇の色素が濃いというか暗いのだ。
が、そんな私が驚くほど、2018年の巷の女子の間では、ダークレッド、暗い茶色、黒っぽいプラム色などが大人気らしい。


つい数年前だったら、アート系キワ者か、くすんだ大人か、センシティブなおかまにしか手にとられなかったような、ドス黒いカサブタ色口紅。そんな口紅が「売切、入荷待ち」続出なのである。
いくつかのカウンターに行って、店員さんの手で試し塗りをしてもらう。私の濃い顔からも浮くようなカサブタ色を、どの店員さんも「かわいい色味ですよね!」と言っていた。いやいやいや、さすがにかわいい色ではないだろう。ワインを飲んだ後「口染まってるよ」と男に冷めた顔される時の色だろう。さもなくばスズメの頭部の茶色だろう。


しかし流行っていれば、女というものは、何でもとりあえず「かわいい」と表現するのだな。
数年前は猫も杓子もうっすいピンクベージュしか売場になかった気がする。暗色流行りの余波で、落ちついた紅色や茜色のクラシカルな口紅が商品化されているのは、私にとっては良かった。


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少なくとも十二、十三、十四世紀の日本人の感覚の歴史、美意識の歴史とその混沌の背景くらいはある程度知っていないと、どうにもならないのでは、と今更だが思い始めた。こんな時代だからこそ、やっと気付かされたのかもしれない。
江戸以降の儒教的武士道の道徳観、明治以降の国家主義下の理想論、の流れだけで日本人のアイデンティティを考えることが当たり前になっているのはもうヤバいだろう。現代における生きづらさはそういう偏りと関係あるのでは、と感じる。


自分個人にも重要なことだ。
平安から中世の何かに触れたと言えば、和歌文化、服飾文化と色名、源氏物語、平家物語、徒然草…。10代のころに実際に興味持ったのはそれらしかなかったが、そこに共通して流れる暗い中間色の美意識、幾多の悲哀の揃い踏みのようなものは、決定的にのちの自分の何かにつながったと思う。歌舞伎に一時期はまったが、同じように能をみておけばなあ…と後悔もするが、まあしょうがない。
魂の彷徨、低徊、混沌のもやもやを豊かな母胎と思えないような文化ならば特に加担したくもないし、そんなの継承したくはない、とつくづく思う。

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心情史、精神史のような読み物は多少誘導的なところがあるので全部を歴史として鵜呑みにする訳ではないが、鮮やかに的を得た感覚的な単語がたくさんあり、それを探しつつ自分自身の経験と重ね合わせて読むと、アイディアや考えが浮かんでくる。



8月20日


【ありてなければ 「無常」の日本精神史】竹内整一著、読了。良い書だった。
柔らかな語りきかせ口調の読みやすい文体だから、そういうふわっとした内容なのかと思ったのは、読み始めのうちの誤解だった。読み進めるほどにいつのまにか濃い密度を感じられる本だった。


「はかどる(はかがいく)」、「計り知れる」という合理的な現代社会の思考の対極に「はかない」「はかりしれない」の価値観を置き、平安から現代に至るまでの「有限」「無限」を巡る日本人の精神史を辿る。無常観/諦念/遁世/夢/ニヒリズムという、ともすれば内向に終始しそうな精神の在り方を、逆に現代の効率主義への警鐘と変化への提言に繋げている。
「夢と現のあわい」に生きる、というのは自分の命題でもあるので、目から鱗という驚きはなかったが、それに触れている古今の様々な書き手の思想に細かく触れられて面白かった。最後竹田青嗣による井上陽水論までちらりと登場し、最初「いろは歌」の色は匂へど…に繋がるところなど、アッと思った。


書かれている基調の主張を理解しなければならないというより、まず様々な書物からの引用が要所を得ていて、読む手ごたえを感じる。様々な読書体験を渡り歩くことで内面の思想を編んでいくことの意味がよくわかる。他文化との比較文化論的な論が好きな人にはもどかしいかもしれないが、日本人がこの風土でそもそも何をもやもやと記述してきたか、その靄の内部に入り込み夢のなかに沈滞してみる経験をすることも、面白いのではないかと感じた。


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大学に泊まって夜に銭湯に行く途中、よくパリパリッと枯れた葉っぱを自転車で踏む音がするなあ、と思っていた。あまり気にもせず頭にはでかい鈴懸かなんかの渇いた夏落葉を思い浮かべて居たが、今日自宅の前で気絶しているセミを踏んでバリバリッとセミを怒らせてしまい、ああ私がいつも踏んでいるのはセミだぞ…と気づいてしまった。




8月22日


【近代日本の心情の歴史 - 流行歌の社会心理史】見田宗介 1967年、読了。
自分がきっともっと早く読むべき本だったかもしれないが、まあ他の沢山の本同様に。出会わなかったのである。
昭和30年代までの流行歌しか分析はされていないが、明治の「民権演歌」から、軍歌、股旅、任侠、故郷もの等の流れについて、やっと少し理解出来た。
「第1章 怒りの歴史」「第2章 かなしみの歴史」と始まって、よろこび - 慕情 - 義侠 -未練 - おどけ - 孤独 - 郷愁とあこがれ - 無常感と漂泊感…という世間の心情の変遷を、流行歌詞の世界観から読み解く。

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「慕情は距離の感覚を前提とするが、現在の流行歌の世界のなかで、このような距離の感覚をうみだす社会的な基盤としてあるものが、二つあるように思われる。すなわち一つは、東京など大都市への人口の移動に伴う、故郷-異郷の空間的な距離の実在であり、もう一つは階級的、階層的なさまざまの差別に伴う「身分」的な距離の実在である」


「義侠とは、〈自己の内にあるはげしい愛着や欲求を他者ないし集団への忠誠のために自らすすんで断念すること……(略)……流行歌に歌い込まれるさまざまな義侠のかたちへの、民衆の心情的な共鳴の核は、結果としての行為の方向性よりむしろ、前提としての「愛着の断念」にあるように思われる」


「真珠貝が体内に突き刺さるものを、粘液で丸く覆ってしまうように、日本人は心の傷みを、美によって包んで対象化する。悲しみの原因をとり除こうとするよりもさきに、悲しみを悲しみのままに、美によって価値づけようとする。このような心の働きを、ここでは仮に、悲しみの〈真珠化〉と呼ぼう」


「内にかなしみを持つ人間が笑顔を作らねばならないとき、その人は「おどける」のである」


「悲しみの歌についても未練の歌についても、あるいは郷愁や無常感の歌についても言えることであるが、日本人はふつうよくいわれるように、これらの感情をまぎらわしたり忘れるために歌うのではない。むしろ反対にこれらの感情をいっそう深め、純粋化し極限化し対象化することによって、不安の深淵の底をたしかめ、心の動揺を収束する機能が大きいのではあるまいか」


「無常感が時間的な変化の意識を前提とするのに対し、漂泊感は空間的な変化の意識を前提とする。(略)漂泊感のカセクシス(関心投入)はもっぱら、これから行くべき目標にたいしてではなくて、通りすぎていくみちすじにたいしてそそがれる。従って漂泊感は、いわば、去りゆく者としての自意識と定義することもできよう」


以上の引用で語られていることは、Jポップにはなく歌謡曲にはある必須要素のように思える。
ただこの本は「世相と心情」史であって、「時代の情景」史ではない。ラジオや映画館や写真などのメディアについて、あるいは大衆演芸、娯楽、写真、そして映画の与えてきた圧倒的な視覚の刺激、という面と切り離せないはずの歌の「情景」について、は、また別のやり方で調べたい。



8月23日


中世の歌文化の湿度や暗さと、近現代の歌謡曲の黒い影とは、遺伝子を引き継ぎながらも別物である、と思う。戦前のことはあまり詳しくはないので置くが、戦後の映画なり歌謡なりに差している脂っこい苦みばしった翳りは、他ならぬ「アメリカの影」であったと思う。
ウェットなだけではなく、実は裏側に黒く乾いた焦げが広がっている感じ。
どんなしみじみとした時代劇や任侠ものであれ、そこにはそういう乾いた影を感じる。



幼い頃、政治のことも分からずアメリカのなんたるかを知らなくても、アメリカの「あの感じ」を確かに感じていた。
それをあるときから全く感じられなくなった。いつだったのだろう。
冷戦が終わったことは大きかったろう。けれど東南アジアのどの国にいっても、イスラエルにいっても、アメリカ(とソビエト)のあの黒い影は濃厚にまだ残留していると思うのだが。


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ふと夜中に目覚め、先ほどの続きを寝ぼけ眼で考える。
「演歌の女がなぜ北を目指したのか」という疑問、遥か過去の「東下り」の漂流感の継承とも、都市化で引き裂かれた故郷への土着性回帰とも、なんか違うように思う。
本当に勝手な推測と感覚に過ぎないんだけれども、それは実は「アメリカ的なもの」からの逃走の心だったのじゃないか。
実際の米国文化嫌いや政治的思想なんかでは決してない。ただなんとなく、の疲れというか。【星の流れに】などから女歌がどこか背負わされていた「パンパンの嘆きの匂い」を捨てに行く理由というか。


アメリカの脂臭を拭い去るために江戸的京都的日本文化回帰みたいなことをしてもしょうもなかっただろう。歯の浮くような「美しき日本」の見直しなどには絶対に乗れないような虚しさを、一部の人々は心の何処かに黙って飼っていたのではないか。むしろ、見たことのないもう一つの彼岸のユーラシア大陸の影、もっと暗い影を見でもしなければ、こびりついてしまった濁りを捨てられないような無意識の心性が、あったのではないか。或いは、大陸から帰還した兵士である日本の男が語らない沈黙の風景と、無言で対峙しにいくような心情が。
ただそれは女自身からの自発的な心情ではなく、男が女に仮託した心情かもしれないが。
という、本当に勝手な妄想。


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【近代日本の心情の歴史】の最終章は、戦後の【北帰行】(旧旅順高校の校歌)リバイバルについて触れ、その歌詞の小さな矛盾に触れて終わる。



北へ帰る旅人ひとり….さらば祖国いとしき人よ、明日は何処の町か。
「都を去って北へ行くことがなぜ『さらば祖国』なのか」という問いを著者は書いている。リバイバル時には故郷の山河がすでになきものとして風土から消え、都市に根を置く人々にとっての祖国とは都市のことだったのではないか、それゆえ琴線に触れたのではないか、という結論だった。



けれどもっと言えば、戦後復興の底にあったのは実は、「祖国日本にいながらにしてもはや祖国に帰れなくなった」乾いた想いだったはずだ。つまり、自分の国という素朴な想念自体をもう喪ってしまった葬いの「さらば」なのではなかったか、ということだ。
特に戦争からやっと帰還した男にとって、故国がすでに新しい復興の喧騒に沸き立っている絶望は計り知れないものだったに違いない。その絶望の薄暗い乱反射は、様々なブルース歌謡に、任侠映画に、言葉を変えて影響していったのではないか。


高倉健は何を一体どうして彷徨っているんだろう、その時空はなんなんだろう、とかつて映画を観て思ったことがある。あの頃ふいにぽっかりと想念の「さすらいの時空」は日本人の何処かに広がっていたのではないか。70年代のディスカバージャパンのキャンペーンあたりで大学生達が気軽に旅行するようになるとともに、いつのまにか忘れ去られていったんだろうが。



8月24日


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我ながらフッと脱力してしまう落書きが出てきた。数年前、大子町合宿でタイ学生に献立を説明した紙だったと思う。何考えてたんだろ。何も考えてないんだよな、おそらく。


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NHK・BS【新日本風土記】の「廃墟」特集の回が放送されていた。実家で観る。
かつて本で憧れた軍艦島や摩耶観光ホテルなどから始まる。廃墟ツアーの人気スポットになっているので、まあ、という感じで観ている。
が、「化女沼レジャーランド」あたりから、俄然良くなってくる。
リゾート法施行時代に、全財産投げ打って遊園地を作った男性。今でも、閉園した荒れ野の遊園地に通い、土地の伝説の主である姫の像を拝む。高齢になり、小さな不動産屋業に収まった今も、夢破れてはいない。かつて終戦時に憧れた西洋の文化を超える、何かを作ってやるのだ、と笑う。



伝統ある採石場だった、瀬戸内海の小さな島。しかし、いよいよ石の掘り過ぎで巨大な水溜りだらけになってしまった島は、大きなリゾートホテルを誘致。しかし、バブル崩壊とともに廃業した。
たった一組の夫婦だけが、いまも島に住む。もうかつての仕事だった採石は出来ないが、土地を去るつもりはない。そればかりか、元の風景にいつか戻るよう、土を重機で集めては、無残な採掘跡の水溜りを埋め戻す日々である。
まるで、大岩だらけの山水画が乾ききったような不思議な風景になってしまった土地で、黙々と元の地面を再生しようとする姿に、泣けてくる。



頓挫した白い洋館風ホテルは、多分だが、自分もいつか瀬戸内海滞在時に、遠くから気になっていた建物だったと思う。行きにくそうな入り組んだ海辺に孤立して立つホテルに、いつか行ってみたいと思っていたのだが、もともと廃墟だったのか。



来年八ッ場ダムの水底に沈む「川原湯温泉」。私は夫と、二度フラリと行ったことがある。
「廃業の瞬間まで営業する」と断言する御主人の旅館が、一軒だけ残る。
かつて自分が写真に撮ったコンガリした色の日向ぼっこ犬は、この宿の近辺にいたのじゃなかったか。あの頃はまだ、もう少し他の宿が営業していたようだったが。しかし重機が入って既に解体している家もあったし、大半は、宿の礎と温泉井戸の装置の跡だけが残るのみだった。



最後は、いまも東北の地で、廃坑穴から止めどなく毒分の泉を溢れさせ続ける廃鉱山。硫黄の採掘に沸き、雲上の楽園とまで言われた「松尾鉱山」の高層住宅群は今は、夥しい黒い孔が口を開けている黒ずんだ廃墟群になっている。
画面でみるだけでも二度と忘れはしないほどの荒涼景に、声を上げてしまった。自分が中学校の修学旅行でバスから目撃し衝撃を受けたあの廃墟だったからだ。私はずっとあれを尾去沢鉱山と勘違いし続けていた。
廃れた木造の鉱夫住宅の集落は、閉山後、政府によって大規模災害訓練のために、衆人環視のもとで、すべて炎で焼きつくされた。そこで生まれ育った人びとは、その盛大な実験の激しい炎と煙を、見ないようにした、と言う。人間というのは、心底、残酷なことをする、と思った。
かつて鉱山で働いていた老人達は、鉱毒水を吐き続け「負の遺産」になってしまった荒野に、新しく木を植え始めた。いつか遠い未来、そこが自然の森になるように。




8月26日



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紙製ドライブイン模型【小箱町】シリーズの特別版を制作中。9月、芸大のアートプラザに出す。
【鬼の家 -白玉】と【鬼の家 - 紅葉狩】。もはや家の立体ではなく御神体(か、その眷属)のような。
おだんごか何かを備えたくなる立体物。



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先日製版し擦って頂いた版画も。



8月27日


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家の玄関を開けると空から轟音がする。見上げると、オスプレイ2機が向かってきていた。歩きながら見ていたが、ほぼうちの真上を飛行していった。ここか訓練ルートということなのか。



8月29日

夜中にラジオから小さく演歌が流れている。どれも紋切り型で特徴がないところにラジオの雑音も相まって、なんかこう、無名性の安堵感みたいなものを感じる。
だいたいの大衆歌、流行歌は、それを聴いている人間の人生の位置よりも、内陸にある。平地にある。中央に近い場所にあるのである。寒い冬を歌いながらも暖かい灯りを感じるからこそ、そういう歌は、ラジオから流れるのに相応しいのだ。


聴き手と、海の荒涼や山の闇とのあいだに、侵入し立ち上がって来るような歌。そんなのはなかなか滅多にない。
けれどごく稀に、果ての果てまで突き抜けてくる歌がある。むしろ聴く者をさらなるはて、さらなる奥に誘う歌。
歌に限らず、果てに連れて行ってくれる表現、に自分は惹かれ、そういうものを探し求め、自らも追求したいのだろう。



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様々な著者の日本文学史や精神史を拾い読みしていて思うのは、和歌の変遷だけ追っているとその「はてに連れて行く感覚」とは違う場所にしか行かない、ということだ。貴族が磨き抜いた様式美には、具体的な体験の匂いも手触りもない。風雅な音韻と余情を学ぶことができても、果てや闇に出会うことはあまりない。だから西行が抜きん出て思えるのだろう。女の身からすると和泉式部もやはり闇を見つめている。かれらの歌には他の宮廷歌人と違って「絶唱」感覚があるのである。
古今集以降の和歌を見るよりは、俗謡、俚謡と言われるものを知った方が、そういう絶唱感覚に出会えるだろうか。歌詞を読むだけでは無理かもしれない。音とともにあったものはそのように聴かないかぎり、わからないだろう。市のような場で行われたという民間の歌垣などというのも、いったいどんな雰囲気の中にあったのだろうか。
催馬楽とか古謡について書いた本を検索すると、恐ろしく高い値の本ばかりだ。研究者が少なく、未解明の分野なのだろう。


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高橋睦郎 【読みなおし日本文学史 歌の漂泊】、かなり面白く読んだ。詩人の著者だからこそ書ける内容。参考書みたいなタイトルだが.名著だと思った。「歌の漂泊」が本題でいいと思う。
その副題の通り、かつて文字を持たなかった人々が神に捧げていた口承の「歌」に、大陸からの文字文化が圧倒的にぶつかってきた時代から、「歌」は様々な意味において、存在の意味の漂泊を余儀なくされる。ある時は漢語に駆逐され、ある時は政治に利用され、神秘性を与えられ、漂泊者とともに土地をさすらう。
歌、とは和歌に限定されるものでもないし、現代で考える楽曲の感覚とはもちろん違う。言語文化全般などと言ったら台無しだし、呪歌といえば一番近いのだろうが、もっと形態をそぎ落とした歌魂の漂流、について言っているのだろう。


しつこく「歌の漂泊」を繰り返す論は、合わない人には本当に「何のこっちゃ」だろう。しかしそもそも、本質的に詩を愛してしまう人や詩が身体にある人(詩を作らなくとも)にとっては、漂泊という言葉だけでもうだいぶ魅力的なんではないか。
歌、という存在がまるで、神格化というよりは擬人化してさすらっている様が浮かぶ。絵、ではこうは行かないのだ。自分は絵描きなのだが、本当のところでは、歌の何かを追い求めることを、絵筆でやっているようにも思う。


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腰痛、肩痛、首痛が悪化して、一睡も出来ない。鎮痛剤をしょうがなく飲む。この歳でこんな身体で、歳とったらどうなってしまうのだろう。それだけではなく、もう色々、考えてしまって、暗い気持にしかなれない。




by meo-flowerless | 2018-08-02 01:43 | 日記