画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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珠洲再訪日記

珠洲再訪日記 2018.2.3~2.6

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旅路。

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福良灯台、ヤセの断崖、輪島、千枚田を巡りながら、能登半島の先端に車は向かった。
場所によって冬の荒波は違う表情を見せる。と言っても今日は冬にしては穏やかな波のようだ。
珠洲にたどり着くと金色の入日が海に。はるばる来た感覚より、何故か帰って来たような安堵感さえある。


2月4日


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今日から、北陸は大雪注意報だか警報だか、発令されているという。
海辺の小さな民宿で波音を聞きながら布団にいると、明け方地響きのような雷で目が覚めた。北の海では、夏の夕立のように冬の雪前にも雷鳴が鳴り響くと言う。
目覚めると外は少し吹雪いていたが、空には晴間もある。外に出て荒波にカメラを向けると、向ける時だけ心なしか波が普通の高さになってしまうように感じる。


須須神社に参詣の後、灯台へ。懐かしい狼煙の灯台は、白い衣に包まれて一層きよらかに見えた。雪に足を踏み入れて近づくのはよして、遠くから心で挨拶をし、丘を下りる。

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そしてこれもまた懐かしの「ドライブイン狼煙」で昼食。店の奥さんは、滞在作家だった夫をちゃんと覚えていてくれた。夏に私が座って気に入った造花だらけの席には、海苔が沢山干してあった。



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昨夜は、ここで夫が大変に御世話になったS製材さんを訪問。今日は、夫の作品を設置した海岸沿いの粟津地区の方々や、滞在中の夫の友人・Tさん一家を訪ねる。どの家も、吹雪に白く煙るきびしい外界から一歩家に入ると、別世界のように暖かい。そして人も暖かい。「ただいま」と言いたくなる。炬燵で思わずゴロンチョしたくなるくらい安堵してしまうが、その気持ちは抑える。



夫とは、S製材の息子さんも、漁師で絵描きでもあるTさんも、同世代だ。側から見るとこの濃い三人がこの海で出会うということに「不思議な運命」を勝手に感じる。
本人たちはどう思っているかは知らないが。
同世代なのだが、ただ世間話や趣味で群れ合うだけではない、生きざまがシンプルに剥き出されるような緊張感も、夫は彼らに対しては抱いているようにも見える。


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粟津のHさん宅で、九月のキリコ祭の時の集合写真を受け取る。海辺の夫の作品の前に粟津地区のキリコを回し、神事をやって下さるという光栄に預かったのだ。海を背景にキリコ三基が映っている。
夫は晴衣装の着物と帽子を身につけ、酔い潰れて意識を喪う直前の笑顔である。私は太鼓山を引かせてもらったので、地区の青いハッピをきて写っている。


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この雪の中に来るなんて、と土地の人は笑う。しかし雪の荒海を見たかったのだ。私や夫にとっては波や雪が珍しいというより、光景全てがきしくも美しく、すさまじく思えるのだ。
と言いつつ、風雪の冷たさをやはりなめていた。感想など言葉では出てこないような冷たさである。


夫の展示場所の砂浜は、あの時の作品の舟の高さくらいまで雪が積もって真白だった。雪の中であの鯨骨を見たかった。作者である夫はもっとそれを夢みていただろう。
滞在した作業場の地区煙草会館も雪に埋もれている。黒い板材の家並を包みこむ白雪は、天から滴るかぼそいすすり泣きのような情緒がある。
私が作品に描いた隣家の老犬ミチはおらず、犬小屋だけが雪に埋もれていた。家の中でも、寝ぼけて何かを必死で掘る夢をまた見ているのだろう。


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2月5日



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午前4時。ふと寒くて目を開けると、十数センチ襖が開いており廊下の灯が見える。もしや…と首をあげると、枕元で、宿屋の猫が私の荷物を物色している。
やっと来た来た、と微笑む。この宿屋の看板は「猫のいるゲストハウス」。昨冬ひとりで夫が泊まった時には、布団に飛び乗ったり潜ったりして一緒に眠ったらしい。
「たま」と名前を呼ぶと、暗がりでニャーと言いつつ近づいてきて私の顔を嗅ぎ始めた。飽きると手に体を擦り付け、撫でてくれとせがむ。甘えんぼである。
ひとしきり布団の周りで遊んでいる。布団の中に「おいで」と招き入れるが、なかなか全身は入ろうとしない。着膨れている私をペタペタと「布団かどうか」確認するように触ったあと、また自分で片足で襖を開けて出て行った。


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波の花をやっと見る。

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まっしろだ。

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海の雪、山の雪を黙って浴びながら車をゆっくり走らせる。時折、息を呑むような景色に車を停め、私も夫も思い思いに写真など撮る。
午後、粟津の区長のKさん、S製材所を訪ねる。皆、この冬籠りの季節のしかも大雪の日に夫がひょっこり何をしにきたのか、いまいち掴めず驚いているようでもある。長居せずふらりと立ち寄るだけにしたいというのは、夫の美学でもあるだろう。
この土地の静かな普通の時間に遠くから対峙できれば、こちらはそれでいいのである。


正院は白鳥の飛来地。遥かな彼方、雪の平原に、同じ方向見ながら行列している白鳥が見える。しきりにクークーとお喋りし合う声が聞こえる。行列のうちの数羽ずつが何か別の方角に頭の向きを変えたかと思うと飛び立って行く。グループごとに空を舞いに行くようだった。



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夕刻、雪の勢いが酷くなり、早めに街を引き上げた。
大谷峠を越えるあたりは視界がはっきりせず、雪の怖さを漠然と感じた。


宿に帰ると宿猫のタマがすぐに自力で宿泊部屋を開けてまっしぐらに甘えてくる。
実はタマは2匹いる。姉妹でどちらもタマという名前なんだそうだ。
白黒のお転婆なほうだけがしきりに訪ねてくる。
布団も好きだがノートパソコンの上も好きなようで、音楽流れている赤い丸スピーカーに時々爪を立てている。今夜はここで眠るようですね。
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車内の音楽係として勝手にいろいろな音楽をかけさせてもらった。新たに色々探しつつ自分好みのも入れ込む。静寂の雪、暗い海に似合っていた曲。
シューベルト【冬の旅】ヴィオラ編。ブラームス六重奏曲【第一番第二楽章】。ヴィラ・ロボスの【ブラジル風バッハ 第四番】。フェラーリ【マドンナの宝石】。グリーグのペール・ギュント【ソルヴェーグの歌】。フォーレのピアノ五重奏【第一番第一楽章】。伊福部昭の【日本狂詩曲~ノクターン】。ドビュッシーの【シランクス】や【沈める寺】。ハチャトゥリアン【少年時代の画集~小さな歌】のトランペット編。コダーイ・ゾルターン【ガランタ組曲】。ラフマニノフのピアノ協奏曲全般。鳥羽一郎【裏と表のブルース】。根津甚八の唄。稲葉喜美子【雪】。藤圭子【暗い港のブルース】。山崎ハコ【望郷】。美空ひばり【哀愁波止場】。浅川マキ【港の彼岸花】。北原ミレイ【海猫】。


2月6日



布団に潜り込んできてさらに腕の中にスッポリ収まり甘えまくるタマを抱っこしながら眠り、トイレに行くにも足に纏わりついて邪魔され、朝は早くからまた甘え攻勢で起こされたが、今朝で猫ともお別れ。
金沢の方に車で帰って行くのだが、そちらの方面の方が大雪らしい。珠洲は綺麗に晴れ上がっている。道は積もった雪がこびりついて危ない。

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漂着物は、一個だけ気に入ったのを拾った。

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白鳥はまだ、おねむ。

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小泊の灯台も見て行く。夏にここで月を見たな。



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珠洲でTさんが見送ってくれ、車は金沢に向かう。見送りしてもらうために待ち合わせたキャンプ場の森は雪を被り、そこに晴れたり曇ったり氷の粒がきらきらと舞う。Tさんのあの、思い溢れて、最後までは言い切らない感じがよい。彼は物凄くいい絵を描くが、絵だけではなくあのスタンスの取り方は真似ができるものではない。絵を描くことで「子供になる」というはなしをしたが、彼はむしろ日が落ちてまた昇るたび、次の波が立つたび、「新しく生まれ直す」ような感じという方が合っているように思った。


内陸はさらに過酷な雪模様。
白い視界のなかをほじくるように進むけれども出口があるとは思えない。
慣れていない自分には、雪の恐怖感は常にある。

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市街地でも視界が殆どないような吹雪のなか、やっと金沢駅に辿り着き、レンタカーを返す。新幹線は動いているが在来線は大体休止しているようだ。
金沢にいたSさんが雪のなか見送りに来てくれた。何か食べようということになったが、駅ビルや周辺の殆どの店が大雪で早く店仕舞いだった。構内の蕎麦スタンドだけが20:00までということなので、そこに入る。Sさんのおごりで蕎麦・うどんにビールを頂く。夫の作品の話などまたアドバイスしてもらう。客観的に夫の作品も性格も大掴みに指摘してくれる人間関係はあまり他にないのではないか。夫はある意味で型にはまらない人間だと思うが、別のベクトルでSさんはスケールのでかい人だ。相手の器量を冷静によく見えているのはSさんのようにも思う。
SさんもTさんもそれぞれ夫にとって独特の距離感の友だろう。私から見ると男のそういう関係性はうらやましい。


北陸では37年ぶりの豪雪日だったそうだ。何もせず海を見て猫と遊んでいるだけの滞在だったが、旅らしい旅が出来た。旅とは「何処かに移動する」というよりまず「身も心もあけ渡す」ことなのだ。そう実感する冬になった。


by meo-flowerless | 2018-02-08 20:58 |