画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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2018年2月の日記

2018年2月の日記




2月7日


今日は仕事で東京→埼玉→千葉と移動。埼玉の町から千葉駅まで2時間半かかり、それなりの長旅。雪の北陸の幻影で始めはぼうっとしていたが、夕暮迫る駅ホームから見える古いネオンサインの「フィリピンロシア日本  キャバレー」の桃色や緑の光に急にグッときて、我に帰る。哀愁天然色の孔雀が脳裏に浮かぶ。
そういえばずっと前から思っていた「埼玉や千葉の駅を一つ一つ降りくまなく徘徊する」なんてのも、今年あたりからやってみたいと思った。

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幼い頃、総武線に感じていた「暗いロマン」のようなものは、なんだったのか。
いや正確にはロマンではない。例えば「ロマンチカ」という時の「チカ」、「エロチカ」の「チカ」のようなものを総武線に感じていた。まあ昔の映画館ウラみたいな猥雑感を勝手に感じていた、と言ってもいいのか。
総武線の車体は、昔はなんとも気だるげなディープイエローの車両だった。山吹色と言ってもいいのだが、しかしやはり山吹の花の植物的イメージとは違う黄色だった。
立川-川崎を走行する南武線も同じイエロー車体だったが、これは夜のロマンチカ総武線に対し、白昼ロマンチカだった。
どちらもそう頻繁に乗る電車ではなかったが、自分の詩情にはがっちり組み込まれている路線である。



2月9日


ラジオ深夜便で「曲は【いい日旅立ち】、けれど山口百恵さんでも谷村新司さんでもなく、徳永英明さんです」というので、ウーン?と一瞬思ったが、いざ流れ始めるととてもよかった。
様々な県の駅前の古ぼけたデパートの佇まいなんかを写真に撮ったものを眺めながら聴いていると、徳永英明にしてはあっさりしたその寂しい声が、言葉にならない喪失感のようなものを呼んでくるのだった。

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自分が本当に表現したいものは端的にいえば、風景に対峙したときシンプルに感じる「もう、ない」という感覚と、「まだ、ある」という感覚に尽きるのだ。とふと思った。

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北陸の魚の発酵保存食である「へしこ」を買うことをずっと夢見ていたが、能登の「こんかさば(米糠鯖)」を手に入れた。鯖を発酵させたもので、同じようなものである。
張り切って四切れくらい一度に食べてしまいその塩辛さにそのときは気分が悪くなってしまったが、この「細胞に訴えかける本物のうまみ」のようなものを知ってしまったらあとには引けないのだった。
たとえば、降雪の次の日に空が藤色に見えるくらい晴れ上がった午前11時、こんかさばやへしこの塩分と深みを思いながら唾を呑み込み「ああ美味い白米が食べたい」と思うような空腹。そういうのは本当に幸せな空腹だなあ、と想像した。




2月10日

校舎を出ると生暖かい夜風に包まれた。空気に春の何かが入り混じる。やがて雨が降って来た。
よい雨である。




2月11日

能登半島・珠洲の青年Wさんが東京にひとりでやって来た。夫と共に東京を案内する。
なんと初めて私もスカイツリーに行った。行列時間を合わせ滞在時間は2時間くらいかかっただろうか。その後も殆ど行くことのない渋谷を歩き、楽器屋や表参道を見てから池袋へ。西口にあるオッさんの集まる大衆居酒屋【ふくろ】で飲む。案内しているというより自分も慣れない場所なので、Wさんとともに東京を彷徨している気分になった。




2月12日
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最近掘り出したアルバムたち…いや、中にはタワレコでおすすめされていたものもあるが。近距離大音量でじっくり聴くより、部屋の片隅でかかっているとなお渋い情緒のある4枚。

左上 MARCERO BRATKE /BRASIL
リオ・デジャネイロの現代ピアニスト、マルセロ・ブラトキ。
曲は1900年代初頭、エルネスト・ナザレ(ブラジル)とダリウス・ミヨー(フランス)による、ショーロ風ピアノ曲。いま一般にイメージされているラテン風やブラジル音楽風のありきたり具合を覆す品の良さ、抑制された明るさと哀しさ。ジャケもいい。ナザレが働いていたオデオン座のための【ODEON】という曲が有名みたいだが、すごく良い。数曲あるサウダージも絶妙な不協和音を含むシンプルな哀愁にグッとくる。



右上 TIMOFEI DOKSHITSER /JAPANESE MELODIES
ウクライナのトランペッターのティモフェイ・ドクシツェル。
全編、日本の唱歌を朗々と吹いている。【花】【赤とんぼ】【荒城の月】。枕元で小さくかけると郷愁に涙しながら眠れる。よく近距離で聴くと、逆に変奏ぶりが面白くて眠れなくなる。そうくるか…と。しかし、とにかく日本の唱歌のメロディの素晴らしさを再確認。フランス語で「耐え忍ぶ花」というタイトルは何の曲かと思って聴いてみたら【宵待草】だった。


左下 SEPTURA/ MUSIC FOR BRASS SEPTET
管楽器ばかり七重奏団によるラヴェル・フォーレ・ドビュッシー。クラシックファンの人からするとこういう編曲ものは邪道だったりするのか?でも曲の良さや構造が、違う楽器で演奏されると逆に聴こえてきたりしないだろうか。私には楽しめる。



右下 LEILA RANSONYI・ERICA MAYER/MASTERS OF JEWISH MUSIC
ユダヤ音楽のヴァイオリン曲を探していたが、自分の求める感じのものをなかなか探せなかった。ユダヤ音楽のメロディはミステリアスで暗く美しいが、演奏や歌い方はアジア人の私にはそうとうクセを感じてしまう。重いというか、時にやぼったい機械音をいれてしまっていたり。これは全編、曲がよく、東欧的な軽やかさがありシンプルで良いと思った。




2月16日


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一年ぶりくらいに取手校地での仕事。帰路は新松戸から乗り換えて、好きな武蔵野線で帰る。荒野に夕陽。





2月17日

仕事の悩みを引きずりながら上野駅校内のインドカレースタンドで、鬱々と空きっ腹を埋めていた。悩みは指導内容そのもののこと。
ふとカウンター席の隣に大きな黒い人影が座ろうとし、私を見て、ヒャオッというような声をあげた。見上げると版画のS先生が偶然にも隣席に座るところだったのだ。
偶然の遭遇にお互いしばらく笑っていたが、カレーを食しながら色々な話をする。
S先生はオーストリア人である。彼の英語は非常に明瞭で完璧なようで、私さえ英語堪能なら会話がもっと深まるだろうが、S先生のほうが結局物凄い努力をして日本語会話をしなくてはならない。テンポの早くて複雑な会議などはやはり大変だとため息をついている。


博士課程の指導のはなしをしていたら「*○×△というドイツの美術史家を勉強させると面白いのだが」と話していた。初めはドイツ発音で誰かわからなかったが、ふとアビ・ヴァールブルクのことと理解して、アッと思った。
数年前なにかのアビ・ヴァールブルク関係の評伝かヴァールブルク学派についての本を買って読もうとした気がするが、肝心のどの本を買おうとしていたか買ったのかすら思い出せない。買っても結局読む根性がない本棚が私の雑然とした本棚である。
イコノグラフィー、アトラス…といった言葉がS先生の会話からも出てくる。ヴァールブルクの思考法とアトラスの作り方そのもののことを言おうとしているようだった。
今年は図像学をちゃんと本腰入れて勉強しようと思っていた矢先、まずはアビ・ヴァールブルクの名を思い出させてくれた、このカレースタンドでの邂逅に感謝をした。


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色々な作曲家についてよみものをかじり読みしていると、ブラームスはハタチ以前から対位法を徹底的に勉強したからあのような構築的な曲作りをするようになった、とか、ベートーヴェンやモーツァルトに至っても若書きのホモフォニー的な作曲法からやはり対位法を勉強し直した時期があり晩年の変化に到った、などと書いてある。


対位法とは聞いたことはあるが、厳密にはわかってはいない。バッハのあの感じだな、くらいのもんである。
旅館の複雑な回廊と無数の階段を、同時間に別々の仲居が膳を運び回っている…というと音楽家に怒られそうだが、そんな感じ。
和声法についても調べてみると「五度の移行の禁止」など非常に厳密なルールがある(あたりまえのことらしい)。絵画でそういう「当たり前」の禁じ手はあるかな?と思い出すが、大昔ならば逆パースとか、画面の四辺に描画対象物の輪郭がピッタリくっついてしまっている…とか、ウルトラマリンやクリムゾンなどの油絵具の透明色を厚塗りしない…などということなんだろうか。しかし西洋音楽の「構造そのものについて」のルールのほうが断然厳しそうである。


やはり音楽には素人なので、そうやって理論を読んでも途中からちんぷんかんぷんになる。しかしちょっとでもそれを齧るか齧らないかで、曲の聴きかたは確実に変わる感覚がある。
素人ではあれど全くの無知ではなかったからかもしれない。バイオリンをやっていた少女時代はバッハやヴィヴァルディばかり弾くのが楽しかった。教本で上下パートに分かれているものの下のパートを自分で先に録音し、あとで再生して上のパートを合わせて弾く楽しみがあった。
複雑ではないが情感表現力を要するロマンティックなソロの名曲(クライスラーなどの)までレッスンが進んで、逆にそれが苦手でつまらなくなってしまい、次第に教室に行かなくなってしまった。


教室に通うのもやめたあと、大好きなバッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」第一楽章の第1ヴァイオリンも第2も自力で練習して弾いたりもし、言葉で理論は教わらなくても対位法の勉強は身体でしていたんだと思う。今でもこの曲は自分の中で完全無欠の至高の曲である。歌いあげる美しさと理論的な構造美の両方を備えている。
プロの名手とオケを聴くのもいいが、youtubeにあるどこかの生徒やお子さんなどがピアノに合わせてこの曲を一生懸命弾くのを見ると凄く面白い。曲の凄さも解るし、特に第2ヴァイオリンの人が相手の何を聴いて合わせているのかが体の動きでよく解る。


直接的に絵画に置き換えられるかは分からないが1つの絵の中にある抽象性と具象性の関係なども、例えば美術史上で「抽象作家」「具象作家」などという馬鹿げた区分けを信じ込む前に、例えばバッハの音楽を知ったことなど、音楽を通じて間接的に早く理解するきっかけになったのかもしれない。


追記
名匠オイストラフ親子が弾いている映像がyoutubeにあるが、それがなんといっても良い。このくらいの落ち着いたテンポで一音一音聴きたい。姿に全く花のないおじさん二人が真面目腐って弾いている姿が、またステキである。
どのテンポが正しいのかは知らないが、個人的には、オケの無慈悲なスピードに乗せられるように身体揺らしながら強弱つけて弾き飛ばしていたりしている演奏者のは聴きたくない。


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もう1つ自分の半生のなかで至高の曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ第1番である。月光、悲愴、熱情あたりは中学生頃から知っていたが、それ以外のピアノソナタを聴いたのは大学に入ってからだった。
第1番は、第1番だけにとてもシンプルである。数多の複雑なピアノ曲に比べ、練習曲じみて華やかさは全くない。でも「何か全てがここにある」という気のする曲である。特に第4楽章は、理屈抜きで青春の初々しさと輝きと戸惑いと勢い、を感じるだけでも良い。学生時、ドイツの五月の若葉のなかの学生寮に短期滞在した時に聴きまくったからかもしれない。第1番ばかりをことあるごとに聴いてきたけど、いくら好きでもこの曲を語る言葉は、まだ私の中には見つからない。





2月19日

アンコール・ワットにいよいよもうすぐ行くのだが、言葉に出来ない世界が広がっているのだろうな、と思う。プノンペンに行った時のように手記を書いたり出来ないような気がする。ガイドブックの写真ですら圧倒されて黙り込んでしまうので、実際に行ったらボーッと高熱を出してしまうかもしれない。




2月21日


数日前のラジオで【夢は夜ひらく】の聴き比べをやっていた。別格の藤圭子は置いておいて、執念の横笛のようなちあきなおみ、陰鬱なボサノバ調のヘレン・メリルなどは、聞き応え満点だった。
水原宏のものは期待はずれて歌詞が凡庸、しかも唐突に裏声のマヒナスターズが間の手を入れてきたから調子が狂う。
学生運動を挟んだ70年前後の風潮をうたった歌詞の方が、60年代半ばの雰囲気よりもこの曲には合っているように思った。【夢は夜ひらく】はもともと刑務所で歌われていた戯れ歌を作曲者が拾い上げたとか、何とか。本当なのか。
一番グッと来たのは根津甚八のバージョン。歌詞がいかにも時代らしく、世界観が役者に合っていた。
好きな啄木 朔太郎  ボストンバッグの隅に居る
何処で縒れたかドヤ暮らし 夢は夜ひらく


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大杉漣が亡くなったとの報。ファンというのでもなかったが、今後も歳をとれば取るほど良さが出そうな役者だったであろうに。
いつか世田谷ボロ市の喧噪をはずれて蕎麦屋にふらりと入ったら、隣席で大杉漣がゆっくり飲食していたことを思い出した。


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妄想。
中央アジアの広大な荒地と険しい山岳。巨大な屋外シアターのスクリーンが山並みからヌッと顔を出しているが、裏を向いていて何が映し出されているのかわからない。
夜の暗さ、スクリーンの向こう側は明るく画像から漏れる光が虹のように移ろっているが、こちらからは黒いスクリーンの背面が見えるだけである。
後ろに回って見ようかと思うがあの山岳を越えるまでに遭難か餓死かゲリラと遭遇して死ぬだろうことがわかるので、あきらめてコオロギとともに砂漠の中にいる。
寂しいが、幸せなような気もする。

by meo-flowerless | 2018-02-03 10:21 | 日記