画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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ソビエト花葉書

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憧れの地ロシアから小包が届くのは、初めてである。ネットでロシアの人が出品していた1970年前後の写真葉書を購入したのだ。
深夜にモスクワ放送ラジオの微弱電波に夢中になっていた、中学生の頃のときめき。旧ソビエト圏の風景は、今だに自分の遠き桃源郷である。




また一方で、こういう「修正写真のような違うようなギリギリ現実感のない生け花写真」には、もっと古くから憧れていた。
そもそも小さい頃から学研の図鑑を飽きもせず眺めていたが、小学校高学年ころに「図鑑のこの写真の色彩の飛び具合、カッコいいなあ。ロングセラーで古い本の方が、そういう写真があるな」と気づいた。



科学図鑑などで、明るいブルーの背景の前に実験器具を置いている写真を見かける。このブルーは何だろう、と不思議な無機質さに魅入られた。
同じブルーが、レンチキュラー下敷き(動かすと絵が変わる)の図柄によくある「猫や造花の写真」の背景に使われていることにも気づいた。コバルトブルーや空色ではない、少しだけ黄みのある、浅葱色やセルリアンブルー系統の青であることも気になった。擬似的な空のようでいて水槽の中でもありそうな、くぐもった空間をその背景は演出するのだった。
写真館で記念写真を撮るときになんとも曖昧カラーオーラが漂うスクリーンを背後に吊り下げられるが、あのような「距離感のわからない空間性」が気になるのだ。



大学時代には、自分で活けた花瓶の背景に原色のラシャ紙などを敷いて、実験写真や図鑑写真めいたものを撮った。結局それが【百花一言絶句】という150枚ほどのアクリル画の連作に繋がりもした。自分にとっては大事な作品シリーズで、手放さず手元にある。



中国のチープな70年代花カードなどはこれまでに持っていたが、最近、旧ソビエトのグリーティングカードにああいう「背後感の曖昧なカラー花写真」がよく使われていたことを知った。そして手に入れることにした。
紫系統がオレンジに浮いてしまったり、群青によけいな黄味がはいったり、赤だけがやたらつぶれて彩度が高かったりする、絶妙な印刷色彩空間。澱んだ熱帯魚の水槽をぼんやり漂うような感覚におちいる。



素晴らしいのが「緑」の色感だ。マゼンタとイエローに逃げられた頼りない青緑、氷河の水の深緑、青と黄のフィルターをかさねて微妙に光の弱まるスポットライト、一人一人にとっての「エメラルドグリーン」のイメージが幅広くぶれている不安定さ…
写真界、印刷界では緑の表現が難しい、ときいたことがある。物理的に難しいだけではなく、人間の網膜の個人差が緑色感受性に凝縮されているのでは、とも思う。



ロシアから送られてきた旧ソビエト花葉書は、とても平凡なバラやかすみ草、水仙などの生け花写真が多かった。だがブルーや緑ではなくあらゆる色の魅力的な印刷色彩空間、くぐもった曖昧な距離感が、期待を裏切らずに広がっている。
このくぐもった感じ、レンズの内側に水分があるが拭けないもどかしさ、みたいな感じは、私の使っているアクリルガッシュでは出しにくい質感だ。油彩なら合っていると思うが、ボケ写真を油彩画にするスタイルはよく見かけるので、まあ自分がそこまで質感再現性を高める必要もない。遠因のように花写真や科学写真が在ってくれればそれでいい。



葉書の裏にも不思議な文字世界が広がっていた。ひたすらeeeeeuuuuuのようにしか見えないような箇所もある。



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by meo-flowerless | 2017-12-12 13:07 | 絵と言葉