画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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2017年12月の日記

2017年12月の日記







12月2日

さまざまな国の小さな切手から、時代背景や政治性や文化の特徴を読むのが面白いのは当然なのだが、私はやはり絵描きなので「絵の描き味」がとても気になる。


総じて東南アジアは優しげでどことなくユルい絵の描き方なのだが、中でもラオスの素朴さに惹かれる。ラオスでは画家とは国のお抱えの看板や印刷物を描く専門絵師のことでもあり、多くがその仕事を世襲するのだ、と聞いたことがある。ラオスの美大の先生方の絵からは看板の絵を描く人という感じは受けなかったが、西欧のデッサンを基礎としている絵画ではないことは確かだった。

ラオスの切手に出てくる人や動物たちの素朴さ、くねくねとした骨感のなさに、おっとりとした国民性を勝手に想像する。素朴なデッサン力だが、色彩感覚が抜群にいい人々なのではないか。柔らかい緑みのハーフトーンが印象的。

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猿もヒトも皆なにかフワッと性格が良さそう。こどもの脱力した顔…
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旧東ドイツなどを見ると、対照的に面白いくらいカタい。こういう硬質感もまた好きである。

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皆が労務にいそしんで午後5時にキッカリ帰る灰色の社会主義都市。
学生時代にドイツを旅した時は壁崩壊後の大工事期であった。ベルリンの東側に旧東独の面影を垣間見れたことは良い思い出になった。

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アフリカ・タンザニアの、なぞの「濃さ」も気になる。アフリカ圏では群を抜いて細密的な切手画である。アフリカやカリブの植民地国では宗主国のデザインや印刷技術の影響を多く受けているようだが、タンザニアはイギリス?しかし、独自の感性を感じる。
花切手パックでもタンザニア群にオッとのけぞり、鳥切手パックでも七面鳥らしき細密画にヤヤッと見入り、虫切手パックの毒蜘蛛切手群にはもう笑いが漏れてしまった。

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12月4日

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蘭のような襞は通常の描き方と手順を変えた方がいいことに気づいた。強いペン画のような線を先に敷いてからパステルカラーのグレーズを重ねる。

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幻覚のようなもの。
色鉛筆で塗り潰した色面抽象の海辺、遠い少年少女のカタチの色面が延々と海に石投げしている、コマ送り映像。
スペードとクラブを配した梅色と白の市松柄の彫りの入った、冷たそうな柱。
中国の都市郊外の桃色の空、遠く見える山稜は三匹のパンダの融け合った白黒。
消しゴムに植えてあるゴワゴワとしたプラスチック製の蛍光オレンジの菊。
蛍光薄緑のセーターについた8の字のプクッとした黒蟻をもぎ取っていたら、蟻の配置がヒトの目鼻口に見えてきて、幼稚園のときの鼻田君の顔になった。




12月5日


個展の制作が落ち着いたら、またちゃんとした文章の記事ベースに戻そうと思う。そして出来れば少しずつでもまた短篇小説書き溜め始めようとも思う。少しは書けそうな気がしてきた。

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佐井好子【人のいない島】。秘薬みたいに心にしみる。次の作品イメージはそういう感じだ。佐渡、平戸、三宅島、油壺、伊豆、蒲郡、紀伊半島、小豆島、珠洲…方角も風景も違うそれぞれの海の一番無言の部分だけを重ねたような【人のいない島】が自分のなかにある。実際の無人島とは違い、人がいるのに人を差し引いた風景が、私の【人のいない島】をかたちづくる。


とにかく自分の権利のために戦争のように闘わなければいけない時代になり、逃避や厭世を口にするのも許されないような空気になっていくのだとしたら、そのときは、検閲からひた隠しにする秘本のように自分のす絵や文章を存続させたい。



12月6日

一発で疲れ果てるようなことが二発あったね。

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「バルテュスの【夢見るテレーズ】がいかがわしいからメトロポリタン美術館から撤去せよ」という署名が9000人集まったニュースを見て、三発目の疲労で息も出来なくなったわ。
こんなことになると思ったよ、最近の風潮。芸術にたずさわる側からすればバカかと思うけど、世界的な論調は簡単に偏り、しかも戻っては来なくなるだろう。


見境なくなるのはたいてい皮肉にも、クリーンとかピュアであろうとする人間。強迫的に浄化することだけに夢中になる。自分と自分のまわりだけがクリーンであるという欺瞞と正当化に固執する。
視野が狭くなるどころか視野を放棄してしまい、見る目も無くなってしまってまで、声高に何かを責める。自分のフラストレーションを晴らすための権利や場所を無自覚に拡張しているだけだと気づかない。論調で優勢になり勝利感を感じれば飽きてまた次の何かを責めるだけ。それによって喪われていく何かの価値にも、ほんとうに虐げられている人間の声がかえってかき消されていくことにも、気づかない。そういう時代。


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苛々していたら普段しないような綿密エスキースをいつの間にかしていた。ムキになってエスキースすると本描きで描く気が既に失せることもある。

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「へしこ」というたべものの、とんでもない旨さを知ってしまったこの頃。





12月7日


7歳まで団地に住んでいた頃までは、12月の神秘はそりゃあサンタクロースの来訪だった。しかし一戸建ての今の実家に引越してからは、12月の謎の来訪者といえば深夜の空に響き渡る「カッ、カッ、カカッ」という木を叩く音の主になった。
薄々はそれが「火の用心」の意味だとわかっていたが、何も声が聞こえないので、もっと別の妖しげなものだとワザと思いたかった。


障子を数センチ開けて深夜のその音をいつも待っていた。遠く幽かな木の音が町を静かに移動していく進路が音でわかり、近づいてくると緊張した。不思議と、今すぐ向こうの通りに来たと思っても、人の姿が確認できたことがなかった。
数年たって「カッカッ」のあとに、音の主が傍若無人な声で「火の用心っマッチ一本火事の元っ!」と叫んでいるのを聞いてしまい、言うな!私の夢を壊すな!というような残念さを感じたことを覚えている。


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冷え切ったときの温かい缶コーヒーのようなシンプルで適切な優しさが一番しみるのであり、それ以上を差し出す世話焼きは余計だし、それをお預けにするような意地悪も余計だし、どちらも要らない。




12月9日

天の女神からのような一通のメールで、スーッと心が楽になった。土曜というのもあり快眠を貪りスッキリ起きた。人の心で救われる、ということが、久しぶり。


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新しくやってきたモナコの水棲動物切手と、チェコスロバキアの金魚切手に息をのむ。色や構図の素晴らしさも勿論だがなんといってもこの印刷技術に驚かされる。チェコスロバキアの切手は凹版切手で知られているそうな。極豆サイズの手彫りのエッチングである。艶消しの紙にくっきり刷られたインクの凹凸が手触りと陰影を作っている。
モナコ切手も独特な精緻さがあるが、どんな印刷技術かは私にはわからない。よくみるとベタ塗ではなくみな線や点で描かれている。



12月10日



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昨夜はとても集中し追加2枚があがったので、今日はさんぽをし、久しぶりに歌いに行きたい。


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もうこの頃では、独りカラオケは歌の練習が目的なのでも、ストレス発散が目的なのでもなくなった。60-70年代の歌謡ブルースを片っ端から歌いながら私は、忘れてしまった私の声を探している。私は私自身に会いにカラオケに行くのだ。
様々な歌をうたってもなかなか自分の声が掴めない。半分歌手の真似をしているカラオケおばさんの声でしかないのだが、百発百中自分の声に出会えてホッとする歌がある。日野てる子の【夏の日の想い出】である。死ぬ前にはこれを口ずさんで死にたいというくらいの私の芯の鼻歌ソングである。
しかし今日は【カスバの女】を歌いながら、私はもう一人の別の女に会いに来ているのかもしれない、とふと思った。そしてその女は、死んだ親族のある女性だな、とも。
中島みゆきでは出会えない、ちあきなおみの歌でも出会えない。しかし藤圭子の歌を歌うと出会える。そしてエト邦枝の【カスバの女】の中にも彼女はいた。


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30年以上前。東京に来ているから一目会いたいと彼女が言ってきたとき、様々な理由でその娘たちだけが家に訪れた。子供同士の私達は束の間20分くらいだけ遊んだ。これからはおかあさんに連れられてサドというところに行くのだ、と言っていた。遠い北の島に船で渡るのよ、と私の母がそっと呟いた。
私は何故かそのとき「風の子さっちゃん」の絵柄のお守りを娘たちに渡したのだった。サンリオのキャラクターの中で最も陰が薄く寂しげな「風の子さっちゃん」は強烈な自分のお気に入りだったのだが、その子達にはそれが伝わる、と考えたのかもしれない。
30年以上経つのにはっきりとお守りの絵柄も色も覚えている。
自分が学生時代、船で佐渡に渡る間も、海風に風の子さっちゃんの髪が吹きちぎれる妄想をしきりに思い浮かべた。
それきりその母子とは縁が途絶え、どういう経緯があったか知らない。私は話に聞かされるだけで、とうとう生身の彼女に対面する機会はなかった。娘たちがどうしたかはわかるすべもなく、彼女だけが数年前東京で無縁者として行政の手で荼毘に付されたことを人伝に聞かされた。



梶芽衣子にも左時枝にも似ていたという彼女の写真を二葉だけ見たことがあるが、そう似ているともおもわなかった。ただ冷たい石で出来た精巧な白狐、というような感じがした。その写真の顔とも女優たちの顔ともなんともつかぬ彼女の像は、常に私の血の中に生き続ける。私の絵の登場人物だというよりは、私の世界観のなかに現れる土地や建物にはどこも彼女がその流浪の中で立ち寄った形跡がある、というような。
どうしようもなく自分の生き方に行き詰まっているとき、白い炎のように彼女の勝気な面影が立ち上がることがある。「情けないねお前は」となじる幻想の声音まで聞こえそうだが、それでハッとして救われるのだ。


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散歩。家並の作り出す絵画。
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12月11日

【不思議惑星キン・ザザ】、もうずっと前にも観ていたが、いつも第1章の終わりで眠り込んでいた。きょう夫が借りてきていたDVDで観了。いまこの時期この時勢に観て良かった。トボけているので笑って観てはいるが、この砂漠のルールがテロ立国のものだったとしたら、とか、西欧キリスト教世界観以外の人間はみな温室植物に変えられてしまったら、と重ね合わせる。異郷と異人ということの、シンプルで本質的な悲哀をついてもいる。それぞれの愚かさを演じる老練な役者たちの瞳の演技が素晴らしかった。



12月12日


人生を振り返る中で「はたしてあれは私だったのか?」と閃光のようによみがえり、疑いたくなる、【何かにハマった一定の期間】がいくつかある。およそ私のハマりそうにないものにハマった一時期である。小学校のころに広島カープのファンだったことや、おとなになって太っているのにスキニーのカラージーンズを買い集めたことなどは、たいして意外でもない。
しかしどうしても理解不能なことが、その他に山ほどある。


五歳くらいのとき愛用のトランプを無性に歯で噛みたくなり、一枚一枚にかぶりつくことにハマり、すべてに歯形をつけて使えないようにしたこと。小学校一年のとき電車通学の途中であうリーゼントの兄ちゃんを何故か気に入り、「ヒヨコ」と言うあだ名を付けて勝手にからかい、なかよくなって結婚の約束を取り付けたこと。かなり嫌いだったアイドル「伊藤つかさ」のブロマイド付きガムを買い漁りけっこうな枚数集めていたこと。おやつに死ぬほどまずいベビーフードの総菜瓶のようなものばかり食べていた時期があること。好きではないはずのホットケーキが突然好きになりそればかり食べていた時期があるが、パタッとやめて以後また二十年ほどメイプルシロップというものの存在すら忘れていたこと。かにカマボコが好きだったこと。女子中学校で好きでもないバスケットボール部のマネージャーになり鬱々とした部活生活を送ったこと。吉川晃司に淡い恋心を抱いた一週間くらいの期間があったこと。突然思い立って本屋から白地図を買って来て、飽きもせず色鉛筆で「県分け」のぬりえに興じたこと。使いもしない年齢なのにいろんな領収書用紙を買い集めたこと。
何故だったのか分からない。


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なんとなく眠れないので、今まで興味のなかった顔交換アプリを今更ながら初めて試し、独りで戦慄している真夜中。


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あ、いや、逆パターンの方が更に怖いことも知った夜。
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「先生に見て欲しいものがある」と研究室のKちゃんが手渡した本は【崇徳院御製】。保元の乱の悲劇の流人である崇徳上皇の残したとされる、短歌の歌集だった。何処でそれを手に入れたのかと訊くと岡山県だそうだ。岡山から香川に渡り日本一の祟りと言われる「崇徳院」の痕跡巡りをしていたという。そういえば自分の学生時代の恋人も崇徳ファンで、京都で崇徳の怨念巡りにつきあった記憶が蘇る。


しかしパラパラとめくって文字を読んだところ大変叙情的で、伝説上の怨霊のイメージからはほど遠い描写細やかな御歌が並んでいる。
和歌というのは何とも生々しい感じがすることがある。みやびで観念的な部分ももちろんあるのだが、その人の息づかいや声音やリズムのくせが一瞬ふっと感じられるような気がする時があるのである。
崇徳院の癖や人柄までは分からないが、数知れない怨霊伝説の間から顔をのぞかせるか細い本人の肉声を一瞬聴いてしまってドキッとするような、そんな気がした。


流人になる前の歌が多いのかもしれないが。「怨念のイメージがないね」というとKちゃんも頷き「実際には恨み節のような歌は一首もないらしくて、流島先の地元の言い伝えでは、土地の人と物々交換などをして静かに暮らしていたらしいんです」
その話を私も何処かで読んだような気がする。大根などを両手に下げて草の間を歩く華奢で猫背な男性の姿など想像してしまう。自分で大根をお持ちになったかは分からないが。


遠い流島でひたすら仏に帰依する生活の中で写経したものをせめてもの思いとともに奉納をしたが、後白河法王に突っ返され、恨みのあまり舌を噛み切り血で綴った[日本の大魔縁となり..]
という言葉によってその強力な怨念が言い伝えられている。
しかし怨霊伝説と言うのは政争に利用された一面的なドラマでもあっただろう。化物的に作り上げられた憤怒譚の裏にあるのは、実在した人間のリアルすぎる悲しみである。誰にも愚痴すら言えず、耐えに耐え諦めきった人生である。目を背けたくなるような惨めな孤独である。
独りの人間の実際の悲しみや諦念の深さを、追体験する重さに耐えられないがゆえに、ひとは分かりやすい爆発的な怒りの権化「怨霊」の姿でその想像をごまかすのかもしれない。




12月16日

茫然とするような報せあり。言葉が見つからない。

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何がどうしてしまったのか…。でも、推測できるほどに近しくはなかった。
その人を見ていると、自分がギリギリ意識せずに来てしまった就職氷河期、ロスジェネと呼ばれる世代のリアルを、生々しく感じたものだった。そのことだけがとりあえず実感として胸を締め付ける。



12月17日

高幡不動尊の骨董市をプラつくが、見るべきものはあまりなし。陽だまりでたこ焼きを食べて帰る。
片隅にあった段ボールに一番琴線が触れた。どうやら話題のデザインの段ボール、引越会社のものらしい。真ん中に「ワレモノ!」などと書くみたい。

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光る雲が雪の山脈のように見える日。




12月18日


修了作品【地霊に宿られた花輪】14枚組は非常に精密で精魂込めたシリーズだったが、7枚に半年以上掛け、残り7枚を冬休みに死ぬ勢いで仕上げたのだ。このスパート期間の記憶もほぼ無い。スケジュール的に何故可能だったかもわからない。
学生だったとはいえ、予備校講師をしていたので年末まで仕事はあったはずだ。今だにあの後半7枚を謎として思い出す。



いや、本当は15枚目も描き上げていたんだった。日本の様々な土地をテーマにし、北海道まで行って最後は東京に戻るシリーズ。15枚目には東京タワーが描いてある。しかし描き上げてみても、なんかタワーがしっくりいかない。待てよ、と思って改めて比率をはかったら、寸法を測り違えてずっとアシンメトリーの花輪を描いていたのだ。東京タワーも斜めだったのだ。信じがたいミスで、15枚目「東京都港区」はお蔵入りになった。


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ちあきなおみの【なみだの宿】を今夜は聴きたい。
遠いスナック、遠い灯台、遠い宿。


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なつかしい娘からたよりあり。ソウルからではなく沖縄からだった。
教え子だったのだが、何故か際立って肉親感覚が強い存在でもある。
彼女こそ流転の人生を生きているのだな、と思う。この日本の南で新生活を選び、いい人に出会いながら生きていけるようにと切に祈る。



12月19日


研究室でヘビ男先生の講義。日本画の定義と日本の蛇信仰を結び付ける研究。日本画についてよくわからないからか、うちの学生がいまいちポカっとしているのが残念。では西洋圏の絵画空間について勉強してきたかというと…それもさせていないのが問題。
なぜあの、どんなもののルーツにも蛇を求める面白い人を呼んだのか。まだ皆にはわからないかも知れない。


一人の画家一人の作り手がふと自分の作品や制作環境から興味を持ったことのルーツを、自力であんな年月をかけ辿っている。自分の身に置き換えてみるとその凄さがわかると思う。信憑性があるかないかとか、学術的に正しいか正しくないか。だけではないんだよ。学問も表現もな。


今誰かがすでに証明して定説になっている情報だけを受け取る姿勢は例えば、ネットのニュースを疑いもなく鵜呑みにすること、他人の表現物をなんのためらいもなしに自分に取り入れることにも等しいのかも、と自問自答してほしい…そういう思いをよく学生に抱くのである。極端な推察力を求める訳ではないが、推察をしようとするきっかけもなく生きているのだとしたら、まずいと思うのです。




12月20日


日本画科の特別授業で、中国の美大の先生方が「中国水墨画の線」について実演講義する。私も少し見学。前半一時間半はたっぷり人物水墨、後半は花鳥画の描き方だった。
後半の花鳥画の先生は喋りながらの実演のベテランのようだった。


基礎は蘭の花の描き方。
「葉は一枚一枚を別々に考えながら描いたらもうダメ。学生は皆そうだけど。一連の筆の“輪の動き”のなかで塊で数本の葉を描く。必ずワンセットで描く!」と20回くらいお話しされた。20回の中でつい私はウトウトもしてしまった。
「次は蘭の花の描き方。五本の線で表す。12345。12345」と夢うつつの中で聞いている。「仏の合掌のように前部の花びらを二拍子でササッと描く。そして後ろの花びらは、メルセデス・ベンツだ」と言いながら三本の中心に向かうベンツマークのような線をポッポッポッと引くところで目覚めた。
仏とベンツ、覚えてね。と言われ、なるほど…と納得したようなしてないような感じで納得をした。



しかしそれは決して描き方の決まりを教えているのではない。
自由な身体性のなかで自分なりのコツやリズムを体得しなさい、ということなのだった。太極拳みたいな動きだなと思っていたら先生自身も太極拳のようにと話されていた。
私の描き方では水墨はちょっと遠い世界だなと思っていたが、決してそうではない。いつも苦心する松葉やススキ野原などのリズムを自分なりにどうするか考えないとな、と実感した。





12月22日


山が海に迫るような土地の、静かすぎる宿に泊まり、部屋にはコタツがあって蛍光赤のチェックの上掛けがたまにほつれて指に引っかかり、消灯後はやたら厚めの重く冷たい布団にくるまって自らの体温で時間をかけて温まり、朝食に魚の切身のカワのすこし焦げたとこを食べ、冷たい白いタクアンをポリッと齧る…ような旅を二泊ぐらいしたい。


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あと、貝のお吸物の底のうっすらした濁りをじっと見つめるとか。まだ人の集まらない時間帯の地域祭で地元の爺さんの焼いてる磯部巻を食べるとか。水仙の花を三本くらい活けるとか。土踏まずに灸をすえる以外はラジオを聴きながら一日中うつらうつら寝て過ごすとか。
そういうことを切実にしたい。



12月23日

なぜか「地図記号」が無性に好きだ。まあ、昔の地図帖の少し細長目のフォントや地名表記の赤インク具合など、総体的に地図が好きではあったのだが。
紙上山脈のミクロ空間に名勝の三ポツマークとか炭鉱のツルハシマークがパラパラと散っているのを見るときめき。何とかそのときめきを言語化してみたいんだが。かぶれや蕁麻疹のポツポツがだんだん肌の上に見つかる時の寒気に似た快感もあるし、人里離れた山林にも人の営みの意思が及んでいることへの感慨もあるし。砕石地や荒地の記号などには、見ているだけで実際の荒涼とした空気の中にワープしたように思う。また、煙突や電波塔の孤立感も身にしみる。



林地の記号は木の種によっていくつか別れている。広葉樹、針葉樹、それ以外に桑、竹、笹などがある。このことにも妙に感激していた。さらに細分化してナラとかケヤキなどだったらどんな記号になるだろうかと考えた。
また「まんが日本の歴史」という歴史教材シリーズがあったのだが、登場する民の着物の模様がどことなく地図記号のような簡略化された模様だった。ので、どんな模様があるか片端からピックアップして書き写したこともある。
あの熱は何だったのだ。


そのくせ象形文字にもロゴマークなどにも興味を持ちはしなかった。江戸小紋の文様帖などは好きで持ってはいたが、地図記号に対する、心がクシャッとするような独特の愛着には及ばない。あれは…なんなのか一度もっと言語化してみたい。


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今の若い人はメールの顔文字などを通して「記号への愛着」を記憶するのだろうな。でも地図記号と全く別の位相にあるから比べたりは出来ない。だいたい自分の世代の人が地図記号に愛着を持っているなんてことも別にないし。私個人の趣味だ。
誰かがひっそりとした研究所(国土地理院ですかね)であの記号を考え出している「遠い針穴世界のルール感」に魅力を感じるのだろう。灯台守への憧れに似たものを国土地理院に感じ、小さな記号たちはそこから発せられる遠い光か微弱電波のようなものとも思える。遭難した時に孤立感の中で頼る最低限のよすが。モールス信号にも同じような憧れを感じる。


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休日にも関わらず、昼飯以外7時間ぶっ通しの作品講評。椅子もなく広い会場で立ったまま。久々にアツく厳しめの講評だった。NM・OJ両先生のスイッチが入った迫力に非常勤GTの滋味が加わり、聞き応えあり。大学ならばこれくらいじゃないと。ヨシヨシしててもしょうがない。
ただし全て自分の作品に言われているようでもあって冷汗もかいた。


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彼らを甘やかしている者の正体。自己愛を満たすネット内の「私」、同世代間の馴れ合い、後輩のリスペクト、オーディエンスの消費欲求。そういう他者からなんとか褒められ励まされ安心して一日を終えるオチを用意しているので、他者からの批評内容も今ひとつ刺さっていかない。
自分自身の人生経験、世界観、哲学がスッとそこに立ち上がっているような際立った学生は、前はもう少しいたけど。
話せば皆可愛らしいし素直。でも表現者として立っていくかどうかは見えない。群れから離れるなら今だよ、と思うんだけど。





12月24日


クリスマスに完全に興味のない年齢になった。子供がいないからかもしれない。然しそのことに少しホッともする。

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ネット内の社会は「隣人の【上から目線】が気にくわない」という基調意識で動く傾向が強い。ひとには誰しもそういう本音があるので、集まれば多大な動力にはなるのだが、そのエネルギーの内容が空虚であることも多いように思う。いや「当事者のたった今」の存在理由にしか効力のないエネルギー、というか。
自分もネットを使ってはいるが、ネット内の人的エネルギーには極力依存したくない。ネットは好きなモノを買ったり置いたりする整理棚や書庫くらいのものでいいと思う。


12月25日


賛美歌は好きでも、ほとんどのクリスマスソングは嫌いだ。
今すぐ浸りたい「自分ひとりのクリスマスプレイリスト」ならこんな感じ。
不幸感極まりない。冬の歌詞かどうかも定かではない。
ザ・ピーナッツ【東京ブルーレイン】/ちあきなおみ【霧笛】/藤圭子【暗い港のブルース】/ジュリー・ロンドン【Cry Me a River】/伊集加代子【ワレリアの恋〜赤いテント】/相曽晴日【舞】/稲葉喜美子【雪】/ザ・ビートルズ【For No One】/土井まさる【カレンダー】/グラシェラ・スサーナ【愛さないの愛せないの】/森進一【雪が降る】/カルメン・マキ【私が死んでも】/北原ミレイ【何も死ぬことはないだろうに】/ヘレン・メリル【Smog】/ヘンリー・マンシーニ【シャレード】/根津甚八【上海帰りのリル】/ハイ・ファイ・セット【観覧車】/青江三奈【ブルー・ブルース】/浅川マキ【ふしあわせという名の猫】/中島みゆき【サッポロSNOWY】。



12月26日


大学を仕事締めして短い休みに入る。束の間の休日気分、と思ってビル9階でイタリアンを食べるが、何だかわびしくなるような味である。
しかし、高層階から絡み合う線路を見下ろす鳥瞰景だけは面白い。
桃色に褪せたようなガラス越しに線路むこうの建築中タワーマンション群を眺めるが、ふとその合間、サワサワと不思議にざわめく斜めの屋根面に気付く。空中にいきなり丘の斜面があるように見える。確かに草だ。
わざと草を生やしているのだと夫が言う。私は面白がるが、夫のほうはエコ都市感覚が嫌なようである。

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風そよぎ草靡く天空の斜面を、いま自分が歩くことを想像する。自分は高所恐怖症なのでもうあの高度と斜度を見るだけで身体の力が抜けて行くが、都会の隙間でもっとも他人を遮断し、しずけさに没入出来る場所だろうな、と思う。たった一人風船に身体を吊って空高く消えて行った「風船おじさん」の気持が一瞬シンクロしたように思った。


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久しぶりに、デジタルカメラに中望遠のレンズを付け替えてみた。と言っても私は一眼レフは重いので持っていない。ミラーレスにアダプターを取り付け、フィルムカメラのオールドレンズを使うのだ。
コンタックスPlanar 85mm f1.4は、ポートレート用の人気レンズだったようだ。詳しくはないがプラナーというだけで伝説とまでいわれたらしいから、その中望遠はさぞかし、と私の財布にとっては結構な出費をしてかなり前に買った。


別に写真の腕があるわけでもなく、そもそもミラーレスにくっつけるなど邪道をしているので、そこそこの写真しか採れないだろうと思っていた。が、初めて使ったのが大学の遠足で船上の学生たちをとった時。これがもう自分でも吃驚するほど自然な、表情の良い人物写真ばかり撮れたのだ。さすがの伝説ぶりをさっそく味わうことになったことを思い出す。
ただ良かったのは最初だけで、結局まだ宝の持ち腐れをしている状態だ。

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日常物や風景ではやはり使いこなせず、重いのであまり出番がない。距離感に慣れていないので、大体どんなものをとったらコレが生きるのかが掴めない。解放時のピント合わせは私などにはやはり難しい。近所のつまらない風景の中では何をとってもレンズが対象物を鼻で笑っていい加減に応じているようになってしまう。
しかしさすがに、持っているだけで興奮はする。




12月27日

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最後の二枚のところでヤバい描写を始めてしまい引くに引けん。コツは全く掴めない。でも意地!

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骨に包丁でそっと薄い傷をスワッスワッと少しずつ刻み込んでいくような嫌な痛みが全身、特に肩周りにずっとある。


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犬の鼻に自分の鼻をくっつけて見つめ合うときのように、キャベツの芯のところに鼻を押し当ててキャベツと見つめ合い「…?」と思う夢。



12月28日


年末のラジオでいろいろな寺が厄よけのコマーシャルをやっているのは、風情があるな。簡易なおふだのデザインにも通じるような、シンプルな台詞だけのやつ。「◯◯厄よけ大師。◯◯駅何分」、そして「ゴーン」と鐘の音ひとつ入ると、尚更良い。


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イルミネーションは趣味ではないが、ふと道の奥や電車の車窓に垣間見るときはぞわっと異界性を放って見える。路地が路地であることを引き立たせる。

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北海道留萌の灯台が嵐で折れたのだ、と母に聞いた。テレビがないから知らなかった。
下の方だけ残しポッキリといったようだ。誰にも見られず荒波に打たれて、流されていった灯台のあたま。今頃は海の底を漂っているのか。灯台が好きなので胸が痛む。

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夢。布団からぼんやり見上げると襖の上から何か小さなものたちがじっとこちらを見ている。喉が紅色なツバメの雛が5、6匹ダマになっている。可愛いと思って手を差し伸ばそうとすると親鳥が私の首めがけて飛んで来た。敵意かと身構えたが私の首の隙間にうずくまって心地よさそうに丸くなったようだ。触っても動こうとしない。恐る恐る掴んで引っ張ろうとしたら首の肉と一体化して取れなくなっていた。雛たちもこちらを見てダイビングの準備をしている。




12月29日

ラジオ子供相談室はいつも少し笑いながら聴いてしまう。質問する方の無邪気さに対し答えることの難しさ、大人の四苦八苦が剥き出しになる。自分が答えることを考えると参ってしまう。


今回は、いつか聴いた先生陣よりとても内省的で難しい言葉を言う大人が多かった。
「おばあちゃんは死んでからどこにいってしまったのか」という問いに、一人の先生が物凄く長く語り始めた。肉体の消滅、輪廻、魂の所在、仏教感をずーっと一人語りのように語っている。子供に伝わっているのか…とラジオの前で気になっていた。


「○○君わかったかな?どう思う?」と最後に振られ、アッサリと几帳面に「はい、ボクはどこにも居ないんだということがわかりました」と子供が答えていたので、本当に大丈夫かなと笑ってしまった。


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流行語大賞にどんな意味があんのかと思えども、「忖度」などという非日常語が引っ張り出されたことで、一人一人の意識に「あ、今自分は忖度している。馬鹿馬鹿しいな」と我が身を一歩冷静に振り返る機会が出来たと思えば、流行語もやはり意味があるんだろう。



この一年いやというほど考えさせらたことを言葉にすると、出鱈目、恫喝、自己愛である。出鱈目がまかり通ってしまう。恫喝がまかり通ってしまう。自己愛がまかり通ってしまう。アメリカの七割がトランプをidiotと揶揄しながらどうすることも出来ていないことが様々に波及しているのか、それともあれは現代の象徴的な例としてたまたま顕在化したのか。その時の論調に数で威圧しさえすれば誰を傷つけようとのうのうと生きていられるやつ、自分の取り巻きやシンパだけで世界を成立させようとするやつ、幼稚なまま状況の主導権だけは握っていたいやつ、都合の悪いことから逃げる正当化だけが唯一のロジックという輩。そんな輩はきっと、たくさんいる。



結局、良心もロジックも文化の力も過去の教訓も通用しないのを晒し続ける、無力感に皆が傷付いているんだろう。(まあ西欧先進国中心主義的な皆だが)
歴史から学びながらなにかの崩壊を食い止めようとしてきた人間の価値観までもが、どうしようもなく変わりつつあるのを感じる。



Twitterやyoutubeなどの小さな端末画面から、ただの自己愛が肥大化しただけの鈍感さ、他人の批判にも炎上にも何も感じない感覚の欠落が延々と垂れ流されるうち、それを「強さ」としてよしとする流れが出来てくる。
#Metooが何故今この時代に噴出したのか、その憤怒の対象は単なる男というジェンダーだけでもなく、旧態然とした保守社会に対してだけではないはずだ。どんな正論も通用しないトランプ型の自己愛性障害型の暴虐と闘う労力には最も疲れ果てさせられ、言葉を喪い、戦意を喪失してしまう。自分自身の戦意喪失の記憶やそれが世界基準で正統にされていく悲鳴のような危機感が、あの運動の背景にはあると思う。日本でも然り。そういう真意に繋がる連帯ならば理解出来る。



12月30日

ラジオから遠く流れてくる曲、かすかな音量だが、良い。寝起きの耳を澄まして聞き取る「水沢ゆうこの哀愁なんとか」。水沢夕子という人の【最終列車に乗る女】とわかる。阿久悠作詞だった。


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2018は具体的な目標を立てよう。作品の目標は守れないから、少なくとも資料面で。
最低50箇所の町の廃れゆく建物や町並みを写真記録に収めに、自分の足で出向くこと。
あと母と過ごす時間を復活させたい。

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私が眠ったり絵を描いたりしている間、真徳君が部屋を綺麗に掃除してくれた。申し訳なりがとう。
年内に一枚仕上がりそうなのだが、ご飯を作って食べたら集中力がブツッと切れて放心してしまった。外ではポクポクと火の用心通っている。


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使う色はあらかじめ予測を立て、数十色パレットに練っておいて一気に描いていく。アクリル絵具は乾きやすいので練ったらラップ掛け3日以内で描かないとだめ。炎のぼかしは、ありんこの喉を筆で撫でているような世界だった。
久々に「手を入れ過ぎてバランスを見失う」状態になって冷や汗かいて頭を抱え、もうムキになっても仕方ないから、筆置いた。11枚目了。



12月31日

大晦日。来年の私に言っとくこと。
心は、手の仕事・足の仕事に全て乗せていく。心を心に滞留させない。
「影響力」という言葉や感覚の周囲に近づかない。



by meo-flowerless | 2017-12-02 17:37 | 日記