画家 齋藤芽生の日記


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【春雷】  ふきのとう

     突然の雷が 酔心地 春の宵に
     このままじゃ夜明けまで 野ざらし ずぶぬれ
     春の雷に 白い花が散り
     桜花吹雪 風に消えてゆく



今宵は雷が鳴っていた。春雷である。
春雷に必ず思い出す男友達がいる。大学時代の仲間。
一番近いようで一番遠い、という感覚が残る限り、一対一の「親友」とは呼ばせてはもらえないだろう。
彼は誰に対してもそう、誰からも愛されて、誰をも振り回して、誰からも遠かった。
夏の雷には思い出さない。カラオケで【春雷】を歌ったか、一緒に春の雨に降られでもしたか、それすらも思い出せないが、春雷と言えば彼であり、彼と言えば青春だった。


常に近くにいながら、決して恋人同士などにはならなかった。
飲んで管をまく典型的な泣き上戸で、たまに私も手厳しいことを言って泣かせたりした。
常日頃その酒、パチンコ、煙草、銭湯、雑魚寝の姿を間近に見て、今でも克明にデッサン出来るくらい、浮腫んだ朝の顔も、ごわごわした髪の感じも、服のよれよれした皺も、覚えている。
夜の雨に濡れて飲みの席に転がり込んでくる時の、湿った身体の匂いも覚えている。
そのお腹を枕に何度も眠り、向こうも飲んだくれた末にこっちの膝枕で泣寝入りをし、しかしついに何事も起こらなかった。それはそれで運命だったのだろう。


大学一年の春の夜、彼が自分に投げかけた言葉が今も、青春の始まりの号砲みたいに響き続ける。
夜の墓地や暗い海を無軌道に走る仲間たちの車の中で、どこまで行くのかいつ帰るのか、苛立ちを口にした私に向かい、
「身をまかせなよ、この時に」
と彼はふりむいてきつく言ったのだ。


常識的な時間や空間に拘っていた視界が開けて、星の海に繰り出したような気がした。
あの言葉から、夜の本当の長さを知らされた気もする。人と人の近さの不可解、も同時に。
友達の教えた夜の長さは、朝になりゆく空の色調を、人と向き合うまでの曖昧な距離を、言えない言葉が落ちていく深淵を、風にかき消された未遂の出来事を、たくさんはらんでいた。


面倒くさい彼のような男、面倒くさい私のような女、他の仲間もそれぞれに癖があり面倒くさかったが、共通してどこかのんびりと浮遊していられた。時代がそうだったのだろう。
あの私達の身勝手な時空に、無くてよかったと思う今の時代の言葉、例えば「リア充」「中二病」「ボケと突っ込み」。
もしそんな揶揄的な一言でもあったなら一度に霧散してしまうくらい脆弱な私達は、ほんとうにくだらない夜のかけひきを飽きもせず、緻密にしていたと、思いだす。


【春雷】  ふきのとう_e0066861_2292835.png『人生・春・横断』 ふきのとう 1979
by meo-flowerless | 2016-03-29 00:20 |