画家 齋藤芽生の日記
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薔薇と瀬川
夕闇迫る新宿紀伊国屋付近。
なにか他とは気配の違う花壇がある。埃カスのようなパンジーの群れのなかに、変に屹立する鮮やかな色彩。
薔薇の花が、紅白交互にぐさぐさと花壇の土のうえに挿してある。まるで、笑いながら意気消沈する複雑な年頃の娘、みたいなしおれ方で萎れている。
誰かが、もらった花束を解体して挿していったんだろう。謝恩会か送別会か。そんな花束をやり取りする季節だ。知らぬ誰かの別れの夜更け、もしかすると夜明けの旅立ち、そんな場面を想像する。
この季節、前にもそんな風に置き去りに挿された花を見たことがある。それも薔薇だった。
二次会など渡り歩くうちに萎れてしまう花を、帰宅して家の屑箱に捨てるにはしのびない微妙な気持、は自分にも記憶がある。
私はそういう、微妙な人の心理が乗っかった花が好きだ。生花であれ造花であれ、野に咲く花とは違う美しさを感じたくなってしまう。
そこから数メートル先、ふと人混みに見慣れた顔を見つける。
瀬川さん、今年卒業する大学院生だ。出会うはずのないような場所で出会った私に、いつもの独特な仕草の軟体動物みたいな体で何度も飛び上がっている。
瀬川。学生のなかで私が史上一番プニプニと触り、じゃれついた娘。一番恋の話をきいた娘。素晴らしい色彩と眩暈のするようなスピードの絵を描く娘。
あの赤い薔薇のヘタっとした姿は、制作の合間に真赤な作業服で直接床に座り込み、茶漬をすすっていた彼女にそっくりだ。
今年の春は、そんな彼女も、とうとう見送らなければならない。
by meo-flowerless
| 2016-03-03 22:18
| 人