画家 齋藤芽生の日記


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仮眠景20・銀砂子

仮眠景20・銀砂子_e0066861_23425439.jpg



旅館の廊下は、物凄く長い。暗くて、もう二部屋先の様子は見えないほどだ。
遠い部屋の人に、緊密に切実に話したいことがあり、電話をかける。
電話機は、昔風の黒電話だ。相手の声が肝心の所で途切れてもどかしく思う。
ふと見ると、実はそれは黒電話ふうの糸電話だった。



顔も場所も見えない相手に対し、なんとか糸をピンと張るよう、闇をあちこち動きまわる。
糸の調節に疲れはてた頃、自分のどこかから、ずるずると電話機の渦巻コードが垂れ下がっているのに気づいた。
腹部から垂れ下がっているのだ。
コードの先に別の受話器があるかもしれない、と辿っていく。
明かりが漏れている近くの部屋をそっと覗くと、そこに浴衣姿でいる、別の誰かの腹部に繋がっていた。
「そうか、臍の緒なんだ」
と呟いてしまった瞬間、遠い糸電話の相手が、思い切り張り詰めた糸を一方的にぶった切ってきた。
弾みで飛んできた向こうの紙コップ受話器が、私の頬を激しく打った。


.......



黒雲の下が真白に底光る北国の砂浜で、旗取り競争に参加している。
波打ち際に立っているのは、旗ではなく、魚掬いのような網だ。
網は二本突っ立っている。遠目にも、粗目の網と細目の網だとわかる。
スタートと同時に砂上を爆走した。



なぜか、細目の網の方に突進したのは自分だけだった。
粗目の網には、五人の女が群がり取っ組み合いの奪い合いをしている。
自分が手にしているのは絹のように繊細な美しい網なのに、皆なぜ選ばないのか、不思議でならない。


貴女はこちらへ、と誰かに言われるがままに、別の場所に網を持って移動する。
「その網は、銀砂子をさらう為の網です。銀砂子を分離してください」
と言われる。
砂の上に這いつくばり、浜の砂から黒銀に光る粒子を、延々と絹の網でさらい続ける。
こうやってさらさらともの言わぬ光の粒だけを相手にしていたら、いつか気が狂うな、と次第に不安になってくる。



隙を見て、砂上から逃げだした。
暗い漁村の一軒の家に助けを求めた。声を掛けつつも応答のない暗い廊下を進むと、一番奥に襖があった。
襖を開けるとそこには、一面壁材に銀砂子を使った、黒銀に光る部屋があった。
声にならぬ悲鳴を身の内に感じた。
と同時に、部屋内部につき押され、ピシッと襖を閉められた。



暗がりで畳に這ったまましばらくじっと様子を伺うと、数十センチ先に、白い蝋みたいな半透明の海老の稚魚が、黙って黒目がちの目でこっちを見ていた。
気味は悪いが、何か可愛い。
銀砂子を欲してるのはこの可愛い海老らしかった。


......


「くるしみのかたち」
という小品展覧会に出品を頼まれた。
来たな、という感じがした。今なら描けそうだ。
鉛筆と紙だけの表現限定というので若干不満だが、腕を振るおうと思った。



描いているときの記憶は一切なく、いつのまにかもう展示場で自分の絵を見ている。
何故か自分は、4Bくらいの濃い鉛筆のはっきりした一本線で、鏡餅のもちの部分だけをデカデカと描いたのだった。
身悶えするほど後悔した。

.....



大きい蝋燭と卓球をしている。
こっちがサーブ権を持つと、非情に良くないことがおこる、と私はわかっている。



それなのに相手はそれを分かってくれていない。
「先にどうぞ」
と言って、蝋燭のくせにピンポン球を渡してくる。
「私のほうはサーブしないんで、遠慮せず打込んでください」
と言って自分も投げ返すのだが、また蝋燭は、
「でも、そっちからどうぞ」
と言って球を放ってくる。それを数回繰り返した。



しまいには蝋燭の火めがけて球を投げつけ、
「あんたから打たないと始まらないのよ!」と罵声まで浴びせている。
球は焦げてしまった。蝋燭はどこかから球(多分自分の蝋を丸めた)を取り出した。
打つかな、と思っているとやはり躊躇している。
躊躇したまま蝋燭は短くなっていく。
芯が燃えて卓球台すれすれの背丈になった時、ようやくサーブを打ってきた。
我慢した力が溜まっていた私が、渾身の力で返球すると、溶けた蝋燭の中に球が埋まってしまった。
黙り込む蝋燭を見て初めて、ああ蝋燭を傷つけてしまったな、と後悔した。



しょうがなく次は自分からサーブを打った。
しかし案の定、返球しようとしてバランスを崩した蝋燭が倒れ、あっという間にまわりは火の海になった。


.....


夜の荒れた川景色の上を、浮遊している。
川景色は横長過ぎて、奥行きはなく、自分はただ上空を右往左往するしかない。
自分が小汚いので、こんなところで延々と飛ばされているのだと思う。
羽根ではなく、皮の空気ボールのようなものを背負って飛んでいる。


上空からやかんのお湯を川面に注いで、霧を発生させることができる。
霧の中に映画の白い字幕のようなものが現れる。
"愛を知れば夜は長い"
と浮かび上がって、水映の中にまた消える。
いい台詞だな、と思っていると、
「蛾には関係ないない」とどこかから声が聞こえる。
蛾って自分のことか、失礼な、と思う。



そのうち何か猛烈に右腕が痛くなってきて、身体も重くなってきた。
見る見るうちに水面に向かって墜落して行く。
白い字幕や湯気の辺りは何か温泉のように暖かそうに見えたにもかかわらず、落ちてみると拒絶的な水温だ。


......


肩から腕が猛烈に痛くて眠れない。
完全に腕をやられた。腱鞘炎の肩バージョン、何というの?


……


口にだせぬことが多すぎ、技巧をこらすしかない。
命削るほどの技巧を身につけるしかない。
これをわからない「子供」は「砂細工実習室」にまわされ、さらさらした砂で練習する。
わかってしまった「大人」は個室に机を与えられ、エメラルドの角を永遠に削って成形する仕事が待っている。そうやって強制的に別室にさせられ、縦の繋がりというものは無い。


......



そうだ、砂で細工を造るような緻密さが好きだった。つい最近まで。
でも今のこの感覚は、もっと硬い鉱物を物凄く慎重に削って成型していってるのに近い。
砂が崩れていく徒労感を逆に楽しんでたような人間だったと思うんだけど、変わりつつあるのかもしれない。
砂遊びに終わってしまうのが、もう本当に嫌なんだ。
そんなにまでして慎重に削った鉱物を、宝石のように身につけたり見せびらかしたりできるわけではないだろう。かと言って棄て去ることもできないのはわかってる。
胆石じゃないけど、この身のうちに異物として抱えながら生きて行くことになるんだろう。
by meo-flowerless | 2014-01-07 23:55 |