画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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デコ様逝く

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あけましておめでとうございます。今年も皆様どうぞよろしく。




腹の風邪に苦しんだため年越蕎麦やお節やお屠蘇もそこそこに実家を退散した。
すぐにアパートに帰り、ひもじい気持ちで絵を描いていただけの、静かな静かな大晦日とお正月だった。が、さいきんだいぶ年老いて静かな両親と寡黙な彼とで黙々と過ごす正月は、けっこうよかった。


日本の年越しの匂いも町から消え失せたなという寂しさの中、年末に大女優が独り鬼籍に入った。
高峰秀子。日本の光と影の一番濃い陰翳が逝ってしまった。気高いお方。
私にとっては、だいじなな日本人を失った集団的喪失感だけではなかった。
むしろ妙に個人的な、憧れ続けた伯母が昨夏一生会えぬまま勝手に逝ってしまったのと似た、血縁の血が一気に薄まってゆくような淋しさを感じた。


ああ。逝くのは昭和だけじゃない、それだけではすまされない、こんな歳の私のいうのもなんだけども。


親族の誰かに似ているという訳ではないのに、高峰秀子は、私の中の「血縁の近い」女の感じの原型だった。
昨夏ひとりで死んでいった伯母は、数少ない写真から見ても猫虎型の顔だったようで、母がいうには左幸子と梶芽衣子のあいだのような顔らしく、高峰秀子ではまったくない。もっと猛女でおそらく悪女だった。
母の昔語りに聴かされた若い美しい伯母は陸上をやっていてすばしっこく、博多の盛り場で因縁を付けてきたその筋の男にいきなり自分の履いていた下駄で猛烈な一撃を喰らわせさっと逃げたらしい。いや...その逸話が凄いというよりも、おそらく一生そういう生き方をして、そのまま逝ってしまったということなのだ。
母は眼が二重で大きくおっとり静かすぎて、高峰秀子ではない。声も違う。
でも私の身体の中には小さい頃から、高峰秀子的なあの女のきつい啖呵の記憶が刻み込まれている。母の声の中にもあの響きが聴こえるし、聴くことのなかった伯母の声はあの声なのである。



高峰秀子の映画で号泣したのは『二十四の瞳』とか『喜びも悲しみも幾年月』とかいっぱいあるが、ふとよく思い出すのは『張込み』(野村芳太郎 監督、1958年)と、『永遠の人』(木下惠介 監督、1961年)である。


ああ、もう夏の白シャツの似合うこと。どうでもない平凡な女が時々見せる狂気のような情念が、似合うこと。
そういうのを台詞や身振りで演じるのではない。眼の光一つでやるのだ。氷と炎を一緒に、動と静を一緒に、生と死を一緒に、ほぼ無意識の一瞬で閃かせる。
風景のどこかにピンときて眼をそこに据える時の素早い生物電気のようなもの。もともと小癪なくらい知的な人なのだろうが、そういう知性よりもっとすばしっこい直感で何かを本当に感じることの出来た人なのだろう。


『張込み』。昭和三十年代の佐賀県の無名の商店街に流れる「港町十三番地」。醤油がムッと匂ってきそうな夕方の灯の中で買物をする主婦の平凡な単調な生活、それを来る日も汗にまみれながら張込みする刑事。松本清張の原作が淡くてよいのだが、あの淡々とした点景のような話の強烈な悲哀を映画の中で表現しきるとしたら高峰秀子の姿以外にない。
『永遠の人』。仲代達矢に手込めにされ強奪のように阿蘇山麓の旧家に娶られた女の生涯。女として、妻として、母として、ある時は逃げ、ある時は追い、ある時は彷徨い.......何度も何度も通る、夏の田のギラギラした畦道。うんざりするような因果と運命の世界。がんじがらめの世界。その中でやっと個の尊厳を守り通す物凄さ。


『張込み』はそんなに台詞がなかった気がするのだが、映画の終ってからのぞっとする存在の余韻があるのだ。
彼女のような女が日本の何処かに今もいる。何度季節が巡り人の生き死にがあっても、彼女は平然とそこに居る。その懐かしいような見たくないような影。
当たり前の、典型的な、もっとも日本人らしい女の体つき。あらゆる親族の女の残像のような顔立ち。優しいだけでも親しいだけでも険しいだけでもないあらゆる人生の微妙を帯びた眼の光。


私の祖父が死んだのは昭和も末のことだったが、まだ二十年代の村落の面影を残す大分の山中の、小さな小屋でのことだった。
家族の大半からは「無縁」の人となっていた山の奥の祖父の遺骸のもとに、黙々と初めて集る新旧入り乱れた血族一同の顔合わせ。
その葬儀にも、参加することはおろか何処の空でいつどうやって祖父の死を知るのやら.....という風来坊の伯母は、死んだ祖父の家に置傘だけのこし、行方知れず。
どうにもならないしろものばかりの遺品を投げ込む穴に、伯父が黙々とその伯母の傘も投げ入れていたような記憶がある。
しかしそんな記憶ですら小学生の私には妙に官能的で美しく感じたのだ。
東京郊外に隔離され親族の匂いをあまりにも知らされず育ったからなのか。その時の私には、血縁や死というものは、自分の生を興奮させるものでしかなかった。


開け放しの窓と蠅、するわけでもないのにする死臭。小川の上の小さな板敷き。
祖父の残したものはいくつかの筆記具と、磨いた木の切り株と本当に些細なものだけだった。
九州の山地独特の天候、高原の朝は早く目が覚めすぎて、自分のすぐ頭の真上で同時に存在する晴天と夕立と虹の境界が夢のようだった。
ネギボーズやらヒオウギやらの夏草の腐臭、草色の几帳面に魅かれた絨毯の部屋に残されていた遺品。
そのなかの、物凄く古いウチワに印刷されていた写真が、確か高峰秀子だった。


結局祖父よりももっと世間と無縁の生き方で、風来坊の伯母は勝手に逝ってしまった。
そんな彼女を立派な大女優高峰秀子とは並べることなど出来ない。並べたら立派な高峰秀子に物凄い一喝を喰らってしまうかもしれない。
でも、なぜかわからないがスクリーンの中の高峰秀子の光と影に私はいつまでたっても、その伯母だけではない、自分の血縁の女たちの幻影を重ねてしまう。奔放に生きた女にせよ、黙々と動かずそこで生きたにせよ。
生きているのに死の匂いを知っていて、死んでいるのに生の匂いを遺す。目尻の端からその極のどちらをも見た光を放つ。
それが女としての私の理想の女であり、それを教えてくれた女たちは、みな影が似ているのかもしれない。
初めて生死というものの生々しさを知った夏を、私は何故かあの女優さんのたたずまいに重ね合わせてしまうのだ。


お好きな方は申し訳ありません。往年の名女優にこんなたわけた私事を絡ませるとは。
いずれにせよどんな理由にせよ私にとってもひとりの永遠の女性である。
by meo-flowerless | 2011-01-06 00:06 |