画家 齋藤芽生の日記


by meo-flowerless

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

外部リンク

カテゴリ

全体
絵と言葉



匂いと味



映画
日記
告知
思考
未分類

最新の記事

2020年5月の制作中音楽
at 2020-05-04 18:55
2020年4月の制作中音楽
at 2020-04-30 13:56
間つなぎ視聴覚世界
at 2020-04-29 13:19
あの逃避行への夢
at 2020-04-22 20:26
高尾駅の「さくらと一郎」
at 2020-01-11 11:51
2020年1月の日記
at 2020-01-02 00:23
2019年12月の日記
at 2019-12-02 01:35
【齋藤芽生とフローラの神殿展..
at 2019-12-02 01:07
mama!milk ミュー..
at 2019-11-04 05:36
2019年11月の日記
at 2019-11-03 10:07

ブログパーツ

以前の記事

2020年 05月
2020年 04月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
more...

画像一覧

2020年5月の制作中音楽


2020年5月の制作中音楽


今月も作業中や就寝前に聴いた音楽の記録を。





More
# by meo-flowerless | 2020-05-04 18:55 |

2020年4月の制作中音楽

2020年4月の制作中音楽





More
# by meo-flowerless | 2020-04-30 13:56 |

間つなぎ視聴覚世界


間つなぎ視聴覚世界_e0066861_13382027.jpg


非常時下だが、主要なニュースはラジオかネットで得ている。
なぜなら、うちにはテレビが無いからである。
10年くらい前に壊れて以来、買っていない。夫婦共々あまりテレビが好きではないので、それでいいとは思っている。



必要とは思っていないが、最近深夜になると、ふとテレビの青い光の存在を思い出すことがある。
十代二十代の頃、実家であれ独居のアパートであれ、深夜だけは不思議とテレビをつけていた。
生活時間に放映されるテレビでは、テレビ局や芸能人の世界とだけ家が繋がっている感覚がばかばかしかった。しかし、暗い部屋で音を消し青い光だけを発散している画面をぼんやり眺めている、というのはそれと別で、この世のどこにもないエアポケットの時空と繋がっているような気分がするのだった。CMも少ないからか、通常のテレビ受信感がない。突如明け方に延々と続く健康関係通販のダサい映像が流れたりするのも、奇妙なテレビジャック感があった。



うちにテレビはなくとも、海外出張や国内旅行の宿で、深夜の無意味な映像を眺めることは多い。
海外だと、素人の音楽オーディション放映が多いように思う。音を消して過剰な表情の出演者だけ見ていると、不思議な気分になる。そういえば夕方ではあったが、フィンランドのテレビに延々と映っている馬の記号表と退屈そうな女(やる気がなくて、よそ見したり咳き込んだりする)だけ流している時間帯があって、それもなかなか味があった。
日本の地方都市では、その街のどこかに設置されている「ライブカメラ映像」を何となく見つめてみたりする。ほとんど画像が荒く、街の光が朧に見えるだけなのだが。



この非常事態に思い出すのは、深夜に定期的に挟まれる臨時ニュースの間に流れる「間つなぎ」の映像たちだ。
台風の時などは夜更かしして、「間つなぎ映像」を寝床から無意味に眺める習慣があった。NHKだと、放送終了映像の国旗はためき、しばらく画面もツーと消え、カラーテストの帯が映し出され(その頃には一時眠っている)、明け方の3時半とか4時ごろに急にパッと風景映像に切り替わったりするのだ。ブラウン管のテレビの波長に敏感だったのか、その画面の切り替わる音波の感じで、ふっと目覚めることがあった。



他に使える再放送映像が無いのか。大自然の映像かなにかが呑気に映し出される。そしてイージーリスニングの音楽が、ふんわりとそれに添えられる。その音は消さないで、低く流しておく。
この暗い部屋の青い四角の中にある、まばゆい世界の光。一体どこの時空にあるのだろう。あまりに隔絶されているような、しかし遠くで異世界を覗いているような。宇宙船にこもって漂流しているような感覚が好きだった。



花に飾られたドイツの窓辺&やたら明るいポルカだとか、竹の子族が原宿でフラフープをする映像&80年代ヒット曲「キッスは目にして」だとか、アメリカの巨大タイヤ特別車両ショー&カントリー系ロックだとか。
「今その世界観は必要ないだろう」と思われる視聴覚世界が、心ざわめく不安な夜に逆に不思議な静寂の一滴を与えるのだった。



けれど次第に、この「間つなぎ」視聴覚世界を見たくなくなってきた。
決定的だったのはあるトンネル崩落事故だ。中にまだ車がいるのに救助が難航している事態があったが、そのトンネルの入口の明け方の映像を延々と写しながら美しいクラシック音楽が流れていた。黙ってテレビを消した。
感覚が麻痺していくとはこういうことだ、と流石に思った。
その後、世界では相次ぐテロの惨禍。日本では、大災害の後も常に季節の災害に打撃を受け続けるような時代になってしまった。
自分はテレビ自体に最低限しか触れなくなって、最近の深夜の緊急ニュースの合間にあの「間つなぎ映像」が放映されているのかどうかは知らない。



今思い返すと、自分があの「間つなぎ視聴覚世界」に触れていたのはバブルの終焉前後だ。世界のシリアスな情勢も危機も、遠い世界にあるかのように思えていたのは、年齢的なものだろうか。それとも、前時代の栄光からまだ醒めきりはしなかった時代の雰囲気なのだろうか。
幼年期から思春期までがちょうどバブルだった自分にとっては、なおさらその終焉頃だけが、氷柱花のように鮮やかに閉じ込められて、今の自分の人生と分離している気がする。
昭和は何もかもが平和で鮮やかだったなどとは、とても懐古する気もしなくなっている。今回のコロナ禍で特にそうなったかもしれない。



が、あのテレビの「間つなぎ視聴覚世界」の嵐の前の不穏のマイクロ多幸感と孤独な浮遊感覚は、情報漬けネット時代の陰湿な泥沼にはなかった、遠い儚さがあった。
あの時空に関しては、今後の作品の中に登場させたいという気持ちがある。



# by meo-flowerless | 2020-04-29 13:19

あの逃避行への夢

あの逃避行への夢_e0066861_20213298.jpg


乗物の運転には、向き不向きがあるだろう。
普通車免許の取得を性格的問題で諦めた父と30代まで自転車に乗れなかった母の元に育ち、私もやはり運転能力に自信が持てない。だからいまだに車の免許を持っておらず、今後も取れないだろうと思う。
その裏返しなのだろうか....誰にも知られず当てもなく「車を走らせる」ことへの夢のような憧れが、私にはある。
普通の人には何の変哲も無いドライブも、私にとっては、一世一代の逃避行や全てを捨て去る出奔のようなイメージに膨れ上がる。



逃走願望が、元々の人生観や時には男女観とも結びついたものが、多くの自身の作品になっていった。
いい歳になってしまい、ある種の諦念や生活安定の中で、夜の逃避行の妄想は次第に遠ざかっているこの頃。しかし今こそ、何か切迫するような思いでその夢の中に再突入したい自分がいる。



思いもかけず、疫病が蔓延するSFのような世界になってしまった。「車で勝手に他県に移動したり逃げたりするのは厳禁」という、自粛呼びかけの声も高まっている。
自分も、この声には絶対に賛成なのだ。こんな時勢になってまでレジャーに行ったり、地方の山野に押しかける東京人のニュースを見るたび、激しい怒りと恥を感じる。もちろん自分も、全く移動もせず家にこもって仕事をしている。



それなのにふと、制作ノートにむかったり文章を書こうとしたりすると、ある重苦しい気詰まりに気づく。
今の私の脳裏で、夜の果ての国道が、逃避行入口の無人料金所が、廃れたドライブインや谷間の旅館が、何の光も放てず、砂塵のように遠く小さく萎縮しているのを感じるのだ。



どんな鬱々とした現実の精神状態でも、夜の街道逃避行の妄想風景は私のオアシスであり、私を救ってきた。
ほとんど人の訪れない山林で水銀燈だけが灯を放っているだろう、その明かりに蝉が昼と勘違いをして真夜中鳴いているだろう、抜き差しならぬ急用で山越えをする車のヘッドライトが周りの山肌にも分散して写っているだろう、雨の産廃処理場で静かに火が燃えているだろう...... 甘い浪漫も何も寄せ付けないような無機質な道の果てに、この心だけが覚醒して全てを目撃しながら突入していけたら!
と、何度思ったことか。
いざとなれば出奔すればいい蒸発すればいい、どこか誰も知る人のいいないところへ(運転できない問題はさておいて)その妄想で心を解放したことは、数知れぬほどあったはずなのに。



自分の作品のモデルになった具体的な土地への旅や人物も、それをそっと再訪するどころか、二度と思い出してもいけないような気さえしてくる。
浮遊する「宙づりの時間」へのアクセスが、今は一切、精神的にも禁じられているように思えてくるのだ。そういう気がすればするほど、イメージなき逃走願望だけが焦燥感とともに切迫してくる。自分で自分の想像力の蓋をしてしまっているのだ。



今は実際に何処かへ逃げられるとも思えないし、すぐに動くつもりはない。
けれどこの心をずっと支えてきた「あの逃避行への夢」の正体はなんだったのか深く考え直し、全神経を集中してあの夢をもう一度追わなければ、と思う。行動面の、というよりは精神面の問題だ。あの頃は死の覚悟についても考えていた。
社会的逼迫や経済的不安によってアイデンティティが損なわれるのではない。むしろ、未決定の自己を解き放つ自由、存在の揺らぎを、いつの間にか永遠に捨てようとしているのが危機的なのだ。



あの、逃避行への夢。
未来の夢でもなく夜見る夢でもない、そのどちらにも属さないような夢なのだ。なんと呼べばいいのだろう。虚実入り混じる印象世界。
せめてあんな夢を、絵やエッセイよりも短い時間で書き留める工夫を考えていかないと、と思う。忘れながら老いてしまう。虚実入り混じる断章的なもの、それでいて夢日記ではないもの。







# by meo-flowerless | 2020-04-22 20:26 | 日記

高尾駅の「さくらと一郎」




早朝出勤が多くなる冬は起点の高尾駅を利用し、高尾始発の電車の座席を確保する。駅のホームで朝日を拝むこともある。最寄りの隣駅よりも、山に近い高尾駅の方が気温が1度くらい低いような体感があり、身が引き締まる。

朝の高尾駅は、小学校一年生の時の記憶を呼び寄せる。私立小学校への通学のためこの高尾駅から中央線に乗って行ったからだ。いつも同じ7時3分の電車、目当ての座席も決まっていて、周りの通勤客の顔ぶれも同じだった。



駅に続く道を歩くと、そのころ毎朝すれ違っていたあるカップルの姿が蘇る。男はトレンチコートで女は赤いコート。どこか役者めいているというか、周りから浮き立つカップル。これから都心に出る灰色のサラリーマンの人群と逆行して、都心から戻る電車から降りてくるのだった。

特に目に焼き付くのは、その二人が毎朝毎朝とても楽しそうな笑顔で身を寄せ合うように歩いていること。男の笑う目の細さと丸顔が、まるで記号のように見えることだ。例えるなら、挿画の「笑う月の顔」に五木ひろしをはめ込んだ感じ。張り付いたような記号性、ハンコ押したように毎日同じ笑顔に、なぜか私は若干慄いていた。

カップルの二人が普通の会社勤めではないことはすぐわかるのだが、一体どんな職業で、なぜ早朝の郊外の駅にそんな派手な格好で降り立つのかは、あまり想像もつかなかった。「ナゾ」という言葉の権化のような人々だと思って興味はあったのだが、自分が隣駅の町に引越してからはそのカップルのことは忘れてしまった。



高校の頃、60-70年代のカルチャー特に日本の歌謡や映画に興味を持ち始めていた。

ある日ビデオで観た映画、【昭和枯れすすき】に心惹かれた。「如何にも」なタイトルや主演の二人(高橋英樹、秋吉久美子)がそもそも鮮烈ではあったが、それよりもオープニングのタイトルロールが忘れられない味を残した。もうおぼろげだが確か、どこにでもある東京の私鉄沿線の駅前、中華料理屋やパチンコ店の立ち並ぶ風景に合わせて、商店街のスピーカーから割れた音声のしみったれた唄が流れている。風景の中から聞こえてくるのかそれとも映画の主題歌として挿入しているのか、一瞬わからないようなエコー具合なのである。

この「商店街の悲哀の音響」が、自分の人生の本質をズバッと貫いたかのような衝撃を感じた。低空飛行のままならなさの主題歌が、自分の中に流れたような一瞬だった。



映画の主題歌【昭和枯れすすき】を「さくらと一郎」というデュオが歌っているとわかったのはその時だったのか、あとだったのかは忘れた。しかしとにかく、近所の私立図書館の視聴コーナーで高校時代のある日、「さくらと一郎」のテープを目撃したのだった。おっ昭和枯れすすきだ借りてみようという気持とほぼ同時に、一瞬目を疑うようなジャケ写真に硬直した。

「高尾のカップル…?」

市民の手垢に汚れた図書館のカセットテープのラベルには、派手なコート姿のさくらと一郎が写っている。一郎の方は若干パンチ感のある盆栽的髪型に、ひじきのような細い目が笑っている丸顔。五木ひろしにそっくりなわけではないがどこか通じる、ボタンの穴(丸描いて点点)感覚。女のコートは派手。夜の街にいるのになぜか清々しい笑顔。様々なところに挨拶回りをしお辞儀を重ね唄も歌い重ね、心の化粧も塗り重なった、修正写真のような笑顔。

意外な記憶と不意に繋がり、忘れるはずの行きずりの他人を思い出すことが不思議だったし、小さなカセットレーベルの写真中の演歌世界に自分も生きているような錯覚を覚えた。



結局、40過ぎた今でも、あの高尾のカップルがどんな人達だったのか知る由もない。多分さくらと一郎ではないと思うし、記憶も薄れる一方だ。でも高校の時以来私の中では、あれは「さくらと一郎」で、おそらく夜の店仕事が引けて帰ってくるところだったのだ、と信じ込んでいる。

そして自分が歳を重ねるほどに、あの朝帰りの清々しい修正写真のような笑顔や、他より少し目立つコートのシルエットに、勝手に遣る瀬無い共感が募る。思えば彼らの姿は、私の生涯のごく初めに出会った初めての毒気、初めての異人、初めてのまがまがしさ、初めての悲哀だったかもしれない、とよく思う。


# by meo-flowerless | 2020-01-11 11:51 |

2020年1月の日記

2020年1月の日記

More
# by meo-flowerless | 2020-01-02 00:23 | 日記

2019年12月の日記

2019年12月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-12-02 01:35 | 日記

【齋藤芽生とフローラの神殿展】終了


【齋藤芽生とフローラの神殿展】終了_e0066861_00573267.jpg


12月1日。本日をもって【齋藤芽生とフローラの神殿】展が終了した。
振り返ると、今回の展覧会はさすがに自分の画家半生を回顧するような、節目の展覧会になったと思う。
私というずるずると連続した生活意識と、齋藤芽生という作家生涯を切り離し、一人の人間を分析しながら没入していくような批評眼で自らを省みることができた。
計5回にのぼるトークを重ねて行ったことも、良い経験になった。実際に会場で鑑賞者の声を直接聞く経験も、今まで以上に熱く具体的なやりとりとなった。


当初はもっと文章作品を間に挟み、ミステリアスで詩的な要素を入れた展示にしようと考えていたが、計画途中で方向を切り替えた。二つの花図鑑以外の文章要素は入れず、後半「旅」の章からは特に、現実の旅の写真記録をスライドショーにするなど、仮想感覚よりは現実経験の方を軸に紹介する構成にした。その狙いは功を奏したように思う。
仕事場再現の部屋は、なんだか冗談めいて見えた人もいるだろう。しかし実際にそこで絵を制作し集中している私の姿を見てくれた人には、何かは伝わった気がする。



最終に近づくにつれ、現場制作で新作を進行できたのが、とてもありがたかった。家でだらだらと菓子を食べながら描くより、なんだか集中できたかもしれない。
本来ならばこれだけ自分にとって大きい展示が終わるときには「祭りのあと」の寂寥が襲うはずだが、うまい具合に次作への現実的な移行が図れた。



ひたすら目黒区美術館の方々に感謝したい夜。
これから先、時が経てばたつほど、思い出しては胸が疼くような懐かしさに見舞われそうだ。美術館へのあの坂道を何度も何度も歩いたが、すでに夢に遠くでてきそうな幻想的な勾配をもって坂の風景が蘇る。
遠く時間が離れるから懐かしさを覚えるのではない。人生というのはたった今この瞬間を過ぎる側からもう懐かしいのだ。
「2度とはない。」その言葉を特に展覧会後半には自分に言い聞かせ、現場に行って大事に過ごせたことが嬉しかった。


自分の絵たちや自分の来し方を省みて感慨に耽るというより、いまになってあの【フローラの神殿】の絵たちの流転を想像してドッと泣けてきた。
はるか西欧の19世紀初頭、私と同じような絵師が実際それを遠い海の向こうで描いていたのだ。監修したソーントンのにがい人生。沢山のプラントハンターが航海に命をかけた時代背景。全く売れなかったはずの版画集が生き延びて残され手渡され…流転の果てに、日本のこんな繁華街の坂の下の区民センターのそばに勢揃いしている。
自分の子供のようなクセ強い私の絵たちが、その流転を手繰り寄せる糸の一本になり得たことを、生涯の思い出にしたい、と思った。



# by meo-flowerless | 2019-12-02 01:07 | 日記

mama!milk ミュージアムコンサート


昨日は目黒区美術館【齋藤芽生とフローラの神殿】と併せたミュージアムコンサートが開催された。
出演は、アコーディオンの生駒さんとコントラバスの清水さんからなるユニット「mama!milk」のお二人。
春からコンサート担当のKさんと相談。様々な音楽を知っているKさんが引き合わせてくれた御縁だった。私はそれまでmama!milkの活動を知らずに来てしまったのだが、サイトで視聴できる音源を2秒くらい聴いた時点で既に「うわ!好みのど真ん中だ…」と動揺した。そして敢えて予備知識で先に聴きこんだりせずに、昨日の生演奏当日まで聴く楽しみを待つことにした。



美術館内のワークルームに再現された、真赤なコタツの仕事部屋。飴色のコントラバスと黒赤のアコーディオン、それを取り巻くように私のドレスを纏ったマネキンボディが配置されている薄闇の演奏空間。観客の方も非常な静寂と緊張感のなかで椅子に身を固めて二人の登場を待っている。



やがて、部屋の後方から黒いシックな衣装に身を包んだ男女二人が静かに歩いてくる。姿からしてもう絵になる二人だ。
黙って微笑みながら楽器を構える、その僅かな音から、もうすでに音楽が始まっていることを感じる。
そして、本当に密やかな呼吸のような弦の掠れ、アコーディオンの空気音が、夜の大気のあてどなさを伴いながら空間に解き放たれる。情景そのもののような微音。
それがやがて楽器の強い声に高まってゆき、激情を抑制した音楽に変わって行く。


たった2つの楽器の編成でこのような複雑な表現が出来ることへの驚きと、音楽性そのものが私がずっと抱いていた絶対的好みであることの安堵が、不思議に入り混じる。
「未知の不安な道に迷っているのに、いつか来たことがある懐かしい既視感もある」
というこの感覚。何処かで知っているぞ…と考えたら、自分の絵だった。
特に【密愛村】シリーズのために自分が費やした実際の旅、空想の道、構想の迷路を、ずっと辿るような気持になって来た。


演奏される音楽はタンゴともミュゼットとも言えそうで言えない、単身の移動遊園地のような佗しさを持った曲調。しかしただ曲が掻き鳴らされるだけではなく、コツコツと僅かに楽器を叩く足音やドアの音、吹き抜ける風の音、遠いこだまのような記憶の通信音(ピーンと何かを思い出す時のような)……心の音や身体の音の微細なニュアンスに満ちている。
ああ、旅先で道を辿るときにこのような足の踏み出しかたで歩むなあ、心に風が吹き荒ぶようなときにこんな音が身体にするなあ、などと堪能しているうちに、感覚移入して涙が滲んでくる。


自分は絵描きだが、昔から音楽や映画や文学のほうにむしろ憧れていた。
特に音楽は、自分でやってみたいと強く憧れながらその素養がないため、今でも深い憧れを持っている。
自分が出来ることは絵しかなかったからこの道を今でもやっているが、私の中では絵がロードムービーのように映像的に動いたり、空想の音響も伴っているのだ。その世界観を小さな絵筆でしか出せないことが、強いコンプレックスでも抑圧でもあるのだが、まるでその憧れの音を言い当てるような音楽が目前で繰り広げられ「やっと抑圧から解き放たれ解ってもらった」ような気分になった。
そんな思いや、過去の旅の記憶などがドッと押し寄せてくる。また、今のなかなかまだ観客に来てもらえない自分の表現の発信力や挫折感も思い出したり、音楽そのものへの純粋な憧れに動揺したり、最後の方はドッと涙が溢れてしまって止まらなかった。



演奏の後、お二人に御礼と感激の思いを言いに行ったのだが、自分でも珍しくて驚くくらい泣き顔のままで挨拶してしまい、恥ずかしかった。
どのように曲を作るのか、との質問に答えてくれた生駒さんの言葉に、やはり音楽家にしかわからない技術と勘所の絶妙さを知り、さらに私の絵に対峙してイメージを高めて下さったことを聴いて、また泣ける…という鼻水混じりの邂逅だった。取り乱してすみません、
特に、私が技術を駆使しながらイメージを統御しているときのシビアな入魂の時間について、その部分に共感しながら今日に臨んだ、と言ってもらったことが、本当に表現者冥利に尽きる経験だった。



静かで深い、言葉のない音に満ちた旅。男女の道行。あらたな絵が浮かんでくる。
闇に消える行手に、未知の場面がいくつも展開してくる。そんな音楽に触れ、これからまた彼らの世界観を追いかけたい、と思った。


# by meo-flowerless | 2019-11-04 05:36 | 告知

2019年11月の日記

2019年11月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-11-03 10:07

【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】開催!

【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】開催!_e0066861_12514193.jpg


目黒区美術館にて10/12から開催される、【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】のお知らせです。



齋藤芽生にとっても約100点出品の規模の大きな回顧展であるとともに、19世紀博物図譜の最高傑作とも言われている【フローラの神殿】全作品(町田市立国際版画美術館蔵)が合わせて勢揃い。
学生時代から憧れていた博物図との競演という、緊張みなぎる機会となりました。
またとない機会ですのでみなさまお見逃しなく!



本展覧会の出品作は、まず「第1章 花の迷宮と銘打って」、「フローラ」に合わせ私の「花図鑑シリーズ」を総覧。
珍しいところでは、東京芸大美術館所蔵の卒業制作【日本花色考】を展示。これは卒業制作展以来20年近くの時を経ての公開となります。


(▼【日本花色考 二十四の図案・二十四の読解】より一部作品 1995)
【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】開催!_e0066861_13114297.jpeg



「第2章 窓の光景」では、図鑑形式からの気づきで原風景に立ち戻った、2000年代の団地シリーズからの展示。
【晒野団地聖母子堂】【晒野団地聖処女堂】【香星群アルデヒド】等は、あまり外に出る機会のなかった作品。


(▼上【晒野団地聖処女堂】2007-1009、下【ロビリンス ニルヴァーナ・ハイツ】2012)
【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】開催!_e0066861_13120625.jpeg
【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】開催!_e0066861_13122946.jpeg



「第3章 旅をする魂」は近年の代表作【密愛村】からⅢ、Ⅳシリーズ、【野火賊】【獣道八十八号線】【暗虹街道】など、芸術新聞社刊の画集にも未収録の近作が多数出品されます。


(▼上【獣道八十八号線・見世物通り 水神バレエ】2011、下【野火賊 修羅浜】2012)
【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】開催!_e0066861_13125983.jpeg
【線の迷宮Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿】開催!_e0066861_13124771.jpeg

今回の展示では幻想性や詩情の演出より、実際に私がどこへ旅をしたりどのような材の取り方で日常景の中を歩いているか、に焦点を当て、会場内モニターで日頃の膨大なストック写真がスライドショーされます。
私の絵の世界が必ずしもファンタジックなものではなくて、案外「現実」の風景から組み立てられていることや、作家の現実世界への視点が垣間見られるかもしれません。



会期中には山下裕二先生との対談や、mama!milkさんのコンサート等、様々な催しも開催されます。
また展示とは別室にて私の小さなコタツ仕事場の再現や、学生時代のドローイング、四畳半みくじなども楽しめます。
展示の密度はおそらくかなりボリュームがありますが、気負わず、気軽な気持ちでお立ち寄りください。
カタログもかなり読み応えありますから、ぜひ手にとってみてください!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

会場:目黒区美術館

会期:2019-10/12~2019-12/01
休催日 月曜日 ただし、10月14日(月・祝)及び11月4日(月・休)は開館し、10月15日(火)及び11月5日(火)は休館。

開催時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)

観覧料:一 般 800(600)円 大高生・65歳以上 600(500)円 小中生 無料
*障がいのある方・その付添者1名は無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*目黒区内在住、在勤、在学の方は、受付で証明書類をご提示頂くと団体料金になります。(他の割引との併用はできません。)


主催者:
公益財団法人目黒区芸術文化振興財団 目黒区美術館

協賛・協力等:
協力:ギャラリー・アートアンリミテッド、町田市立国際版画美術館




# by meo-flowerless | 2019-10-06 00:17 | 告知

2019年10月の日記

2019年10月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-10-02 14:33 | 日記

2019年9月の日記

2019年9月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-09-03 00:12 | 日記

2019年8月の日記

2019年8月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-08-04 05:31 | 日記

2019年7月の日記

2019年7月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-07-08 10:25 | 日記

2019年6月の日記

2019年6月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-06-04 00:20 | 日記

2019年5月の日記

2019年5月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-05-02 00:45 | 日記

岐阜日記


岐阜日記_e0066861_23475182.jpg


春は久々に旅に出かけようよ、と夫に誘われたが、金欠と休息を理由に「一人で行っといで」と送り出した。
しかし、結局寂しくなったので、一人旅の夫を追いかけて、汽車に乗る。
レンタカーで旅をする夫に私が拾われたのは、岐阜の多治見駅だった。
岐阜への旅は初めてだ。全都道府県中、自分にとって41県目の探訪地になる。
「多治見、夏は暑いところだなあ、39度とか…」というくらいのイメージしかなかったのだが、来てみるとなんとも町並が良い。窯業の町らしい褪せた色彩の町だ。夏は暑いらしい多治見、しかし今は花曇りの寒さの中にある。


More
# by meo-flowerless | 2019-04-16 03:35 |

2019年4月の日記



2019年4月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-04-02 11:44 | 日記

四十路【今さら】スケッチ道②




四十路【今さら】スケッチ道②_e0066861_01213238.jpg


「こんな山のなかに池がある」と夫が寝床で地図を眺めながら呟く。
等高線の山上部に水色の丸い区画、記名もない池だ。
休日はどこに出かけるかと思案していた私に、夫は「この謎の池に行きたい」と訴えでた。彼の惹かれた謎の無名池は二箇所だそうだ。県境の、そう深くはない山林の中にあるらしい。
というわけで、バスを乗り継ぎ、終点まで出かける。


More
# by meo-flowerless | 2019-03-31 22:04

四十路【今さら】スケッチ道①


四十路【今さら】スケッチ道①_e0066861_23025896.jpg


スケッチをあまりしない人生を、画家としては見直さなくてはいけない。
私は、言葉によってイメージをメモする半生を送ってきてしまったのである。
言葉のイメージ自体に後悔はなくとも、最近色々と、人生やり直しの反省点に立ち竦んでいるのである。
何にでも、地道な迂路を考えたり、滋味が出るまでゆっくり噛みしだくようにならなくては、空虚な余生しかないのではないか。
とにかくじっくりと、じわじわと実感して生きていきたいのだ。感受性の癇癪玉を自分にぎっしり充填していきたいのである。


まあ、そういう思いが最近強いので、夫を誘ってスケッチ散歩に出る。
夫がいい場所を思い出してくれた。家の前のバス停から不意にバスに乗って終点の街まで気まぐれに行ったことがあるが、その時に偶然出会った風景である。



家からバスで20分強。
......




More
# by meo-flowerless | 2019-03-17 23:06 | 絵と言葉

メモ・憑依力のある言葉 ② 〜安永蕗子【魚愁】

安永蕗子全歌集(河出書房新社)を枕元に置いている。
最近、メモとして彼女の歌の憑依力について書いた。
ただし、二年前の北陸への旅に抜粋の歌集を持参して、風景の中で読んだからこそ、その憑依力を感じた部分も大きいかもしれない。


そこで、改めて歌に向き合う。憑依力についての話はいまは措く。
歌一首の意味や彼女の人生について解釈など出来はしないので、とにかく琴線に触れるものを何度も読む。
まだ膨大な歌のすべてなど読みきれはしないが、私が惹かれる歌の多くはは処女歌集【魚愁】なかのものだ。安永蕗子が42歳の時に満を持して世に出した歌集だ。



歳を追うごとの円熟や滋味がその後の歌集には現れてくるようだが、やはり処女歌集の抉るような悲哀、抑制の内に感じる絶唱感は、特別なものを感じる。
肺病を持っていたため縁遠く、独り身を貫いた。この処女歌集の頃は特別、その孤独の境遇の暗さを溜息のようにダイレクトにうたう「細い声のブルース感」があるように思う。



ただ、同じ歌集の中でも、Ⅰ.孤独の室内で自我を見つめる懊悩から、Ⅱ.外界に身を運び風景に紛れて無我を知り、Ⅲ.やがて風景を自分の魂のうちに取り込み、自我無我の一体感を歌の身体として屹立させる......ような歌いぶりの違いが見て取れる。
歌を詠んで歌集【魚愁】を編むまでの彼女の、対象、言葉との距離を、しばらく読み返し読み返しして、掴んで行こうと思った。



More
# by meo-flowerless | 2019-03-03 00:10

タイの田んぼのルークトゥン

タイの田んぼのルークトゥン_e0066861_1126815.jpg


電線にカミナリが落ち紫色の火花がバババッと走る凄まじい光を見たことがあるが、音にもそんなものがある。
タイの田んぼに突然流れた、忘れられない音楽。海外を旅行する時などに、「観るべきアートシーンを観る機会」よりも私が待っているのは、ひょっとすると、「忘れられない音楽に出会う」瞬間のほうである。
音というのは、記憶を突き破る。爆音であれざわめきであれ遠い反響音であれ、感覚の防護膜を貫通してこっちにくる。



今から数年前、二月。はじめて東南アジアを訪れた。
現地では初夏。訪れたチェンマイは、タイ北部の農村地域だ。
緑の草の濡れたような光。天国に着いたと誤解しているようなダレた犬たちが、埃っぽい道路のそこかしこに横たわる。
タイの現代美術家との交流は、仕事というより、ユートピア探訪という感じだった。
カミンさんはタイ人の現代美術家だ。複数の広大な邸宅や拠点を、チェンマイに持っている。
森林の崩れそうな二階建てロッジで風に吹かれたり、誰が乗るのかわからない蔓草ブランコの蔓を引っ張ってみたり、コンテナを使った「茶室」に人々が持ち込んだその辺のコップの「美」を説明されたり、渦巻型の座布団がちょこんと置いてあるひんやりした小屋で「瞑想」を試してみたりして、日を過ごした。



その日の行程の最後が、田園地帯に彼が展開した「land」という、建築家たちの半芸半農コミュニティのような場所だった。
しかし今は、建築家たちも去り、田んぼの真中の屋敷森のようなところに櫓のようなものの廃墟や、農具的な巨大作品や、放置された池や畑が残っているだけだ。
農作業のリヤカー式トラックを止めた横で、痩せたおじさんが一人こちらをのんびりと見ている。
「今はあの地元の人が、辛うじてここを管理しているだけなのさ」とカミン氏は言った。



疲労感のつのった私と同じくらい疲れていそうな七面鳥が、茫然とした顔で一匹池のほとりに佇んでいる。放っておかれたアヒルやニワトリが時々空気に何を感じ取るのか、一斉に騒いだり黙ったりする。夜には蛍なんぞが出るのだろうな、などと思いながら私は、ぽりぽりとヤブ蚊に刺されたところを掻いていた。
とそのとき、激しい山びこのような大音量の歌が田んぼ中に響き渡った。暗くなりかけた空に青い雷電がバババッと見えた気がした。
何?と振り向くと、先ほどのトラックのおじさんが爆音のラジオをスイッチオンした音響だった。



聴いたことのない異様にボルテージの高い民謡が、高速変拍子ドラムにのせて空に放たれる。
男声なのか女声なのかわからない舞踊ロック。メランコリックかつ太く低くてまた高くもある発声のテンションに、機関銃のような打楽器がズデデデデン、ドドドコドンとまとわりつく。
そして歌の間に、時々叫ぶような喋るような早口の台詞を入れる。ラップでもライブのMCでもないその感じ。演歌と中東の祈りの入り混じったようなこぶしに、東南アジアらしい熱病的なエコーがやかましくかぶさる。何もないこの田んぼのどこに反響していいのかわからないその音たちが、上空高くハイトーンで泣き叫んでいる。
何かのお祭り歌フェスの音源か。中高年の村人の歓声も解き放たれる。聞きながら佇んでいると、
「ああ、あれは、タイの北部ルーツの歌だよ」とカミンさんが言った。



同行した人々は思い思いに散策していたが、私はいつまでもそのラジカセ音声にこだわり「いいなあーこの音楽」と何度も呟いて、訴えていた。しかし皆まったく興味も示さない。
やがておじさんは大爆音をならしたまま、あぜ道をオートバイトラック走らせて行ってしまった。目に見えない蛍光色の雷を引き連れながら鬼が去る、みたいな感じだった。



帰国してからもその音楽が忘れられず、youtubeで「タイ 北 歌謡」などで検索しまくった。
通りすがりに聴いた音楽を「もう一度絶対に聞きたい」と強く思ってしまう。
インターネットは言葉から名前を逆引き辞書のように探すことが出来ても、五感から名前を逆引きで探して言葉に行き当たるができない。
タイの歌謡曲が「ルークトゥン」と呼ばれるということくらいは分かった。「モーラム」というジャンルになると、演劇を伴った民謡形式のようだ。雷がひらめいたようだった中性的な声のあの名曲は、アジアショップのcdなども漁ったがいまだに行き当たらない。



音楽の記憶のなかでも、ただ気に入ったというレベルと、人生に刻み込まれるときとがある。
琵琶湖温泉のホテルのCMソング、モスクワラジオのある深夜の賛美歌、油壷の崖下から聞こえてきた空気オルガン、京都来迎院の声明、ポーランド映画【夜行列車】のスキャット、そしてこのタイのルークトゥン。曲がいいからという理由とは違う、過去の稲妻と通電したような、知らないどこかの未来と電気力強めの電話が繋がったような、「他人とは思えない」が音楽たち、がたまにある。



懐かしさにも種類があり、自分と他者の記憶が交錯し、過去も未来も混濁するような感覚の、往来感のある懐かしさというのがある。そういう懐かしさを、感じているのだろう。
音楽や匂いが、記憶の時空を飛ばしてくれる力はすごい。「経験」ということの、ほんとうの自由な内実を差し出されている気がする。



チェンマイのその日の夕食、夜の屋外のレストランで舌鼓を打った。風には、もう日本では山でしか薫らない本当の夏の匂いが入り混じっていた。
雨上がりに立ち上る甘い葉やコブミカンやレモングラスの料理臭に包まれて、夜の木に引っかかる涙の雫のようなイルミネーションの白い流れを見つめていた。
五感の喜びの質が全て一致する土地だ、と思った。
はじめの瞑想的美術体験は少し眠かったけれど、段々うなりをあげるように、タイ人の心に響く幽遠なエコーが伝わってきた日だった。懐かしく思いだす。

# by meo-flowerless | 2019-02-26 05:50 |

2019年1月の日記

2019年1月の日記

More
# by meo-flowerless | 2019-01-04 01:44 | 日記

冬の香水

冬の香水_e0066861_21143247.jpg


冬には冬らしい香水を使いたい。抑制の効いた、枯れた感じのだ。
最近は気分的にもまったく、花の咲くような気分ではない。
香木、煙、灰や粉。燃え尽きた気持、燻る年月。冷め果てた肌合い、新鮮な乾燥、粒子化して砂に化ける湿気。そういうものの匂いを欲する、乾いた心身がある。



雪の来る前、空が真珠色になってなんとなくキーンとはりつめた電気的な音が聞こえるくらいの日。アトリエコロンの【バニラ・アンサンセ】をつけるだろう。
甘さのあまりない突き放したようなバニラで、香木のトーンもある。
かちこちに凍ったバニラアイスの丸い頭の上で、これももまた身動き出来ないほど固まったホワイトチョコレートのコーティングが霜を吹いている。その上にわずかに乗っているピスタチオの欠片だけをつまんでみる。




雪が微かに舞うくらいの日。新たに手に入れたアンドレア・マークの【ソフト・テンション】をつけたい。
その名の通りの、曖昧な白の匂い。霧のなかで鼻がツンとするときの、「ツン」の匂いである。苔むした石の感じもある。清潔な病院の感じもある。形容しがたいが、ムスクは感じる。
どこかで競技大会があった後の花火かピストルか、残る幽かな硝煙の匂い。しばらく開けていない理科室の棚の薬品の匂い。暗い高校の廊下の向こうから一番怖い男性教師がスリッパをパスパスさせてやってくる影。身が強ばるが決してその教師が嫌いではない感じ。
その時の校舎裏に見える、雑木林と白い空と鳥。



大雪で雑木林が白く煙ったら、パヒューメリエ・ジェネラーレ【ボワ・ブロン】。白い森、の意。
たとえば、寒い外界で新鮮な木の切屑香を散々嗅いでから、暖かい室内に戻ったときの、部屋の古い家具の甘い匂い。アンダートーンにとても落ち着くアンバーとムスクの匂いがある。
厚手のタートルネックの首の折れ目に鼻の半分を埋めてその水平をじっと保ちながら座り、ストーブの前に座っている。足にしもやけが出来ている。
木っ端からにじみだして冷えて固まった松の樹脂を、ビーズのように剥がして取り、キラキラと眺めて、やがて鼻先に持っていって嗅いで、さらに指ですりつぶす。



普段の枯れた林や野を見ながら結局いつもつけるのは、ルタンスの【ロルフェリン】だ。
サイトには「灰の乙女」と和訳してあるが、ロルフェリンとは「孤児」の意味である。フランス人はこういうところ、凄い。日本人だったら「孤児」なんて、香水や化粧品にネーミングしないだろう。美術作品の主題のようだし、そのまま詩のタイトルだ。
「父は木で、母は炎。星屑のように優美で純粋。けれどもやがて塵にまみれ、霞んでいく人生の軌跡」と、香調の説明に書いてある。訳が分からないようだが、纏うと、そのまんまの香りだと思う。灰色の上に紫とローアンバーでうっすらグレーズを重ねたような色合。
冬の早朝の一番空気の澄んだ冷気のなか、かじかんだ鼻が充血している向こうに、うっすらと他人の煙草のひと吸い目を感じる、ような匂いだ。
どこかの野の、夕暮の煙の匂いでもよい。晩秋、かじかんだ足で枯草を踏みしめながら楽しんで歩く。孤独ではあるが、まだ心の底には信念も憧れもある、一抹の温もり。




もう一つ、冬の香水として、最高に冷ややかでシンとした冬の水のような、ウッディな胡椒の、エルメス【ポワーヴル・サマルカンド】の携帯サイズを持っていた。
これがいくら探しても見つからない。残念でならないが、かわりに宝物の棚の奥に(毒の植物のタネなども入ってる)、ここのところずっと探していた本、北原白秋の【雪と花火】をやっと見つけたので、喜んで読むことにした。

# by meo-flowerless | 2019-01-03 21:14 | 匂いと味