画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


by meo-flowerless

プロフィールを見る
画像一覧

外部リンク

カテゴリ

全体
絵と言葉



匂いと味



映画
日記
告知
未分類

最新の記事

2017年6月の日記
at 2017-06-07 02:11
2017年6月の夢
at 2017-06-06 04:41
アクの強い辞書たち
at 2017-05-22 20:00
カンボジアの絵看板
at 2017-05-14 01:55
プノンペン日記 2017.5..
at 2017-05-10 09:35
2017年5月の日記
at 2017-05-05 22:41
2017年4月の日記
at 2017-04-02 05:07
旅愁の正体
at 2017-03-18 18:39
【張込み】 野村芳太郎
at 2017-03-17 10:41
秩父三峰行
at 2017-03-05 23:49

ブログパーツ

以前の記事

2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
more...

画像一覧

子守唄とパラソル帽

e0066861_0435183.jpg


綺麗な声の子守唄はどこか怖い。それは心霊談などが広げてきたイメージだろう。
実際にそういう唄を聴いた。別に怖い話ではない。
いまの季節の匂いとともに思い出したから、聴いたのは春のことだったんだろう。



大学時代。
アパートの台所で夕飯を作っていて、ふとガスの火や水を止めた無音の一瞬だ。
どこからともなく、女の子守唄が聞こえてくる。
しばらく聞いていても、どこから聞こえているのかはっきりしない。壁の中からのようでも、天井の上からのようでもある。
そこはかとなく寒気がしたのは、心霊的な怖さではない。むしろ時代感がずれた怖さのほうだった。



恐る恐る小窓を開けてみると、夕闇の表通りに、どうもネンネコ姿の女がいるようだ。
暗くてよく見えないが、確かに人はいる。
住宅に隣接した畑のところで、おぶった子供を揺すって歌っているような気配だ。
鼻歌とも笛の音とも違う、細いゆらゆらした声。
単なる鼻歌ではないと直感したのは、語りかけるような歌い方のせいか。
今どきの若い母親があんなネンネコを着て子守唄なんか歌うか、といぶかったが、祖母が孫をあやしているのかもしれなかった。それならば年の割に声が美しい。
短調の、暗い子守唄だった。何かの春の花の匂いとともにそれを覚えている。



その子守唄を、その後も数回聴いた。
偶然だろうが、なぜか私の台所の小窓のすぐ傍で歌っていたときがあり、その時はさすがに気分的に窓から覗けなかった。
通学の通りすがり、そのネンネコらしき姿が普通に近所の人との話の輪にいたような気もした。大体アパート住まいの学生の私はそんなにしげしげと近所の人の顔を確認することもなかった。
どこの誰かは確定しないまま、声の存在だけを知っているのだった。



夜風に消えるか消えないかのそれが伝わって来ると、はっとして私は一切の音を止めた。
五木や島原の子守唄のような、たぶん同じ哀調の歌だった。ああ、となにか言葉にいえない説得力で、その妙な哀調を受け止めている自分がいた。
自分への子守唄ではないのに、自分を呼んで自分に語りかけてくるような気に、ついなった。
赤ん坊は、あんな暗い歌でいつも眠りにつくのだろうか。
私自身は「ねんねんころりよ」という、母の子守唄に育てられた。母はそれを祖母から受け継いだようだ。
他の家庭ではどうなのか。子守唄を歌うか歌わないかは、家伝のようなものかもしれない。



そのネンネコが立っていた畑のあたりには、ごみ捨場があった。
たまに夜遅くその横を通ると、一人の爺さんがそのごみ捨場に一人でいるのを見かけた。そのたび、びっくりして一瞬冷水を浴びたような気持ちになった。
その老人は、ごみの不法な捨て方をしにくる輩を見張って、そこに居るらしかった。一人で怒りまくりながら他人のごみを深夜に整理していた。



雨の深夜。まさかそんな濡れた場所にはいないだろうと思っていたごみ捨場に、また老人がいた。
土砂降りに降られたままパイプ椅子に、人形のように身じろぎもせず腰掛けているのだ。麦わら帽みたいなものをかぶっている。思わず悲鳴がもれそうになった。
それだけではなく、その麦わら帽の頭の中心から、縞縞の「小型のパラソル」が、天に向かってピョコッと伸びているのだ。傘をささずに監視出来るように、自分で帽子に傘を取り付けたのだろう。
滑稽な彼の姿を見てもとても笑うに笑えず、ああ…という気持になった。



今思えば、その畑は変な地場を持ったような、住宅地のエアポケットみたいな場所だった。
私の中では勝手に、子守唄の女とパラソル帽の男は、同じ家族だと思ったりしていた。
子供や老人の声はするが、若い父親や母親の影の不思議とない、通りの一角。
推測に過ぎないが、若い父母は働きに出ていて、子供の小さい間、実家の祖父母(変わり者)に面倒を頼んでいる。やがて子が小学校に上がると同時に、別の場所に住み、祖父母を次第に忘れていく。
大きくなって何かの拍子に誰かの歌声を聞いて、急に子守唄のことを思い出す。
勝手な妄想である。
しかしあのネンネコ姿が若い母親なのだとしたら、それはそれで別の妄想が広がる。



かすかな声を鼻歌ではなく子守唄だと思ったのは、延々と語りかけるようなうわの空な歌い方のせいだ。
揺さぶりすぎてかえって眠れない、祖父母の孫への愛撫にも似た感じ。
赤ん坊が、親からのはっきりした愛情のほかに、うわの空の呪文のような「親族の誰か」の愛の記憶を持って育つ。
近い愛とは違う、おぼろな霊に近いくらいのそんな愛の記憶に限って、あとから胸が痛むような懐かしさを感じる。そんなこともある気がする。
# by meo-flowerless | 2016-03-11 21:46 |

カスドース

e0066861_18324588.jpg


「カスドース」の包みが、うちに届いた。
長崎の平戸の湖月堂からわざわざ取り寄せたお菓子だ。
もう自分の誕生日に関心もなくなると、その日はいつもの日とともにスッと過ぎるのだが、何か特別なものを食べたいという思いはふと生じる。
それは高級な食物でも珍しい食物でもない。「遠い」食物だ。


昔っぽい素朴な包みを開ける。カステラの元祖、というよりは、砂糖のつぼに落っことしてしまった卵焼きのような、手に持ちにくい外観。味も、そうだ。
この「甘いだけ」、の味の描写は、難しい。
塩ではなく砂糖まじりの涙を流しながら疲れ果てて枕に顔を埋めるときのズブズブ感、そんな印象は健在だった。


「カスドース」は、遠いお菓子だ。
今スーパーで買ったポッキーについては何も書くことがなくても、あの長崎平戸の薄暗い店で眠っているようだった原始的なカステラの淡い甘さについては、どうしても留めておきたい、遠い美を感じる。


自分が何かを書く対象は、過去や失われたことに対するものが多い。
過去がただ魅力的だからではなく、私にとって形容の掴みやすい「遠い」ものごとだからだろう。
私は、遠いもののことは、よく記憶する。
景色でも人間でも遠くから、美しい、手に入らぬと思ったことは、刺しこまれるようなような痛覚とともに残り続ける。
痛覚を、私は書き残したいと思う。
日常に大事なことは多くあるが、妄想の助走距離があまりない、慕情の射程距離が短い、それら「近い」ことは、言葉にはしづらい。


十年前、子供向けの「カステラ」についての絵本の挿画を頼まれた。
私は編集者のFさんと長崎の文章家Aさんに連れられ、長崎の平戸まで十時間くらいかけて、日本におけるカステラの歴史について取材に行った。
平戸はかつて長く異国との交易に賑わった土地だが、東京が首都となった今では西の果てのようにも感じられてしまうところである。
その東京からの道中はとにかくもう、遠かった。感覚では、ヨーロッパなどより遠かったくらいだ。


二人の初老の紳士とともに黙々と、今は寂れたさいはての貿易港を歩いた。
松浦屋敷を見、丘の上のキリシタンの礼拝堂も見た。礼拝堂の中は今は滅多にはいる人もないようで、古い小学校のような優しい匂いがした。簡素だが美しい緑のステンドグラスの十字架から光が漏れていた。博識のAさんがさまざまな歴史の解説を、静かにし続けた。


古い商店街の暗くて簡素な洋菓子屋でAさんが、
「これは珍しいから絶対に食べて。ここにしかない、これが本家のカスドース」と言った。
「カステラじゃなくて、カスドースですか?」
「そう。日本でいうカステラになる前の過渡期にあった原型みたいなお菓子。平戸のこれだけが、今手に入る本物のカスドースなんだ」
こんな薄暗い菓子屋が本家か....と思いながら、そのお菓子を買った。


それは、あわあわとしたタマゴの味を良く感じる、黄色の砂糖まみれのカステラの滓のような菓子だった。その単純で素っ気ない甘さの感想に、一瞬悩んだ。まずいのではない。
なんとも美味しい。ただ、「遠い」美味しさなのだ。言葉の形容から遠く遠く離れた味なのだ。
「わかる?これがそもそものポルトガルのパン・デ・ローや、江戸時代に作られていた素朴な釜のカステラに近いものなんです」


弾圧の前のつかの間の時代、長崎に流れてきてキリスト教を布教したポルトガルの宣教師たちが、自ら焼いて、信者の子供たちに配ったかもしれない食物。
カスドースは平戸藩主の御用お菓子として甘く洗練されたものだが、この甘い感覚というのは、もっと素朴なタマゴ菓子であった中世の頃の庶民も、もしかしたらこっそり経験した感覚のはずだ。
手に入り難い砂糖やタマゴの食物を、はじめは遠巻きに見守りながらやがて口に頬簿って、怖くて眩しい海の果ての西洋に思いを馳せたであろう、戦国時代の人々を思う。
私と同じように身体を持ち、丘に登り、海風を吸い、その菓子を口に含んでしばらく黙った....
そう、同じ人間なのだな。
「時間の距離」ということを、今までにない感覚で感じさせられた。
今ある語彙にも経験的背景にも、この甘さを形容するにふさわしいものが見つからなかった。


遠い記憶ばかりを変に捕まえるこの頭が今も覚えているその旅は、長崎から平戸までの沈黙のバスの距離、佐世保やハウステンボスの寂れた道路の凹凸、金色の残光に溶けていたキリシタンの生月島の島影、
宿の水仙の花の香が暖房で気化して眠れなくなり、外に出て崖上から海の夜明けを一人で見ていたこと、そしてあのカスドースの形容しがたい遠い甘さ.....そんなものたちだ。


船着場で見えない貿易船を幻視するかのように海を眺めていた、AさんとFさんもまた、「遠い」ことへはせる想像力、の話をしていたような記憶がある。
その後幾度か年賀状などやり取りしたが、いいかげんな私はまた音信を怠っていて、お二方がどうしているか知らない。
# by meo-flowerless | 2016-03-08 14:06 | 匂いと味

『The Black Light』  Calexico

今でもはっきり覚えている。
大型CD店の視聴のヘッドホンの中で、この一曲目の暗いギターのイントロが、ジャララーンと胸の琴線を強烈にかき鳴らしたこと。


アメリカの夜の原野で、親指を立ててヒッチハイクをしようとしている幻想。
ヘッドライトに照らされた私の顔はホワイトアウトして、目鼻だけが記号のように辛うじて印象に残り、通過する運転手をぞっとさせる。
夜の雲なのか荒野の岩なのか、青い羊のようなものが過ぎる車窓。鉄で出来ている冷たい月。
いつまでも遠ざからぬ山並を背に、やっと辿り着く蛍光緑色の小さな町。風の夜のワン・ナイト・スタンド。棺桶のようなモーテル....
新宿で勤めていた予備校講師の仕事のスキを見て、三丁目に当時あった「ヴァージン・メガストア」に視聴をしに行き、気を紛らわせるのが日課になっていた。
最初の一音で、新宿三丁目のCD屋から「アメリカメキシコ国境」に意識が飛んだ。



映像喚起的な音楽に、何かの映画のサントラだろうか、と、改めて手に持ったジャケットを見ると、ステンシルグラフィティのような味わいの車の絵に、「CALEXICO /THE BLACK LIGHT」とあった。
脳裏に継続中のテキサス妄想風景のなかで、誘蛾灯のようなブラックライトがプンッと点灯し、「テキサコ」と書かれたトラックがブーンと過ぎる。
しかしサントラでもないようだ。



映画がそこにないのに映画的な音楽を作る人には、興味がある。
自分の絵も「一枚の絵画に絵画的に向きあう」というより、「背後のストーリーを妄想しながら」作るからなのかもしれない。
エンニオ・モリコーネみたいな実際の映画音楽も聴くが、あちらはヨーロッパ的かマカロニウェスタン、こちらはハードボイルド化したマリアッチだ。
有名無名に関わらず、ついそういう映像喚起的な音楽を手にすることが多い。
余技のようにローカルな音楽性を取り入れているものは全く好きではないけれど、このアルバムの大音量でかき鳴らす見立て的映像世界は、別の奇妙な宇宙に繋がっていく予感がした。



「CALEXICOはカリフォルニアとメキシコの合成語、もともと老舗バンドのジャイアント・サンドの二人の、アリゾナ州を拠点にしたユニット」とよく書かれている。
中でもこのBLACKLIGHTは、その後のボーカル的な展開に比べ、楽器がボコボコいうインストゥルメンタルが多い。なまじ深みのある歌より、インスト曲のほうが、歌い、泣いているように思う。
雰囲気的には似ているトム・ウェイツの酒場的澱みより、むしろ「ホテル・カリフォルニア」とかTORTOISEの「Along The Banks Of Rivers」のような、店外のはてしない夜に連れ出してくれる、硬質な空気感がある。



ロードムービーという枠組み、というか観念は、私にとってはつねに、魅力的で不思議な存在だ。
「他人の旅」というものを通じて人は、おぼろげな「私の道」ということを考えることがあるのではないか。もしかすると、自己など問題にされることのなかった、はるか昔の宗教巡礼の時代から。
多数のロードムービーを見ているわけでは全然なく、ましてや本物のアメリカを走破したことないのに、アメリカの荒野を車で放浪する風景を、絵巻のように知っている気がする。
別の国の郊外で感じた砂漠感覚と、観たロードムービー系映画の記憶が相互に響きあって、私の中には勝手な「無国籍アメリカ」が存在する。



ローカルの悲哀、という定番化した虚構の部分を、この人たちの音楽は敢えて請け負っているように感じられる。
しかし、誰かの胸の酔いどれ音楽にも、特有の土地の田舎臭い民俗音楽にも流れないで、抽象化された無国籍の荒野にギリギリ踏みとどまっている。
「誰のものでもない誰かの旅」。  私がこの音楽にインスピレーションを受けた部分だった。
どこかにあるような、しかしどこにもない夜の道の、果てしないドライブ。
彼らのこの、徹底して夜しか感じさせない音のように、自分も黒を背景にした「夜の旅」をいつか絵に描いてみたいと思い始めた。



そんな思いや歌謡曲への思いが入り混じって出てきたのが、2003年の『踊場酒場』や、2006年頃から今も続く『密愛村』のシリーズだ。
とくに『密愛村』は、自分の国内外問わない旅の夜の記憶と、今まで「夜の旅」を感じた全ての音楽や映画への思いをミックスした、オムニバス映画のような気持で、描き続けている。



CALEXICOをイヤホンで聴きながら、google mapのストリートビューで、アメリカだけではないフィリピンの田舎や、イスラエルの砂漠などを旅すると、時空が変に歪んだ荒涼感で、なにか胸に迫るものがある。
マフィアや保安官も流血をせず月を眺める、イージーライダーも思わずバイクを止めて闇に歩き出す、虚構性の荒野。
今も引き続き描き続けている『密愛村』の、「誰のものでもない誰かの旅」を想定した車に音楽を積ませるとしたら、その中に入れたい一枚だ。


e0066861_1713304.png
『The Black Light』  Calexico 1998
# by meo-flowerless | 2016-03-07 12:49 |

八丁堀

この間、夜の運動場に水の反射がただ揺らめいている夢を見た。
ナイターの灯に照らされる何かの運動場。80年代のB級映画にはそんなテニスコートや夜のプールがたまに出て来る。12チャンネルでよくやっていたようなSF・エロ・ホラーの要素がいい加減にはいった映画。


その夢から覚め、「八丁堀」に、そんな夜のバスケットコートがあったような記憶が蘇った。
八丁堀。江戸前な土地の名と、B級SFの欧米人感覚のミスマッチ。
無人のバスケットコートは集光灯の白光をさえざえと照り返していた。宝石のないショーケースのようだった。
誰かの家に夜お邪魔する途中だった気がする。川もあり、水の照り返しの上ゆらゆらと橋も渡った。


なぜ八丁堀の記憶があるんだったか。経緯の記憶というのは本当にか細く淡い。
意識を遡ると、「Burnableごみ」という下手な字とともにその夜の記憶がある。
あの辺にあった外国人向けアパートの階段下に、誰か留学生が英語と日本語のチャンポンで書いていた貼紙だ。


そういえば、イタリア娘のフランカの下宿だった。
なぜか同い年くらいのイタリアの女の子の家に三回だけイタリア語を習いに通った。
油画科の級友が数人いた。その中の誰かが、殆ど行きずりのようにたまたま知り合ったイタリア人だった。それ以上の経緯が全く思い出せない。
青く浮遊する町と、下宿の壁にあった子供の落書きみたいな外国人たちの貼紙、ささやかなパーティーの残骸の折紙装飾の色彩だけが、次元スリップした別の星の記憶のように残る。


普段寡黙で訥々と喋る親友のワッコが「あなたの喋り方はイタリア語ではなくスペイン語に向いている。まるでスペイン人のようだ」とフランカに妙に褒められていた。フランカの作るカルボナーラスパゲッティに期待していたが、本場のイタリア人のパスタはこんなにまずいのかと思うほどまずかった。
確か三回しかレッスンがないままフランカが帰国してしまったので、イタリア語も全く上達なんかしなかった。ワッコが数を3まで数える「ウーノ、ドゥエッ、トレッ!」という叫び声が浮かぶから、そこまでは習ったのだろう。
そしてそれだけの記憶である。


そんなことを不意に思い出したあとに、たまたま永代橋から近代美術館のフィルムセンターまで歩いて散歩した日があった。
八丁堀も通った。この土地を歩くことは普段滅多にない。真昼の光景から何の記憶も辿れはしない。
あの不思議な時空、宇宙の星のようだと思った空間は夜の光のなせるわざだったのか、それとも土地自体が変わってしまったのかさえ、わからない。たしかに川はあるが、あれはこの橋を渡った記憶ではない。


バスケットコートなんかももうどこにあるのかわからないだろうな、と思った瞬間、斜めに伸びている細い庶民的な道が、急に目に入った。
おそらくここがフランカのアパートのあった路地だろう、と直感した。
赤いクレヨンの「Burnableごみ」の文字が、脳裏にまた揺らめいた。
連れが先を急いでいたので行ってみはしなかったが、記憶の本丸だけが、むきだしの果実の種みたいに最後に残されている気がして、不思議だった。


あの時のまずかったフランカのツナカルボナーラのスパゲッティの味だけはよく覚えている。これを書いてみたら、それが妙に食べたくなった。
自分も幸い料理はそんなにうまくないし、今日は一人だし、ぼそぼそスパゲッティにしてして作ってみようかと思う。
# by meo-flowerless | 2016-03-06 12:19 |

ミートソース感

スパゲッティをパスタと呼ぶようになって久しい。
けど、パスタという語感ゆえに失ってしまった何かがある。
「ミートソース」感だ。


母がひき肉から手作りするミートソーススパゲッティ、場末の喫茶店で出てくるピーマンとタマネギといためてあるミートソーススパゲッティ、スーパーで買える甘ったるい缶詰のミートソーススパゲッティ、どこかの学食のフカフカのウドン麺にかかったほとんど煮こごりのようなミートソーススパゲッティ。
それぞれの位相で全部、好きである。


何か日常で思うところあるときは、必ず何らかのミートソースを食べる。
三歳くらいのときからあれは特別な食べ物だ、と思っていた。


団地の商店街に「春乃屋」という喫茶レストランがあって、そこのミートソースを食べさせてもらうことが子供のころの楽しみだった。 
赤いパンチパーマの、男みたいなきさくなお姉さんがウェイターをしていた。
男かな?と思ったことがあるが、子供心にも、白い上っ張りのすきまの鎖骨を見て、やっぱり女だ、とわかった。
その人は私にとってミートソースの化身だった。今でもオーマイミートソースの缶を食べると、その人の髪の色を思い出す。


ようするに私の「ミートソース」感は、床屋のガラスにカッティングシールで貼ってある「アイパー、パンチパーマ」の情緒に通じる。
それは演歌とも違う「歌謡曲」であり、ヤンキーというよりはいまは死語の「ツッパリ」に通じる。
あらゆる駅の改装工事前の、暗い地下通路のクサい匂いと、「ミートソース」は友達だった。
「ミートソース」にとっては、イタリアという国の名前はきいたことがあっても「イタリ×アン」なんて言い方は知らないし、ましてや、「−ゼ」「−ネ」「ーニ」なんて語尾は別の宇宙の言語である。



孤独になりたいときと、孤独だなあと思う時に、食べる気がする。
孤独というよりは、私の幼い日の何らかの「自立の芽生え」の記念食なのかもしれない。
仕事の隙にも出張の隙にもそこを抜け出し、よく、どうでもいい喫茶店でどうでもいいミートソーススパゲッティを食べる。


もうひとつ私の恥部を言うと、「クラフトのパルメザンチーズ」を、小缶ならば一食に一缶くらいザーッとかけて食べる。
春乃屋でも、どこの喫茶レストランでも、店の人に眉をひそめられていたと思う。


「ミートソース」はスパゲッティの気の置けない相棒であるが、「ボロネーゼ」なんか、高飛車なパスタの奴隷で、駄目である。
腹へった。今日は自分で作って食べよう。
# by meo-flowerless | 2016-03-05 12:33 | 匂いと味

薔薇と瀬川

e0066861_22191335.jpg

夕闇迫る新宿紀伊国屋付近。
なにか他とは気配の違う花壇がある。埃カスのようなパンジーの群れのなかに、変に屹立する鮮やかな色彩。
薔薇の花が、紅白交互にぐさぐさと花壇の土のうえに挿してある。まるで、笑いながら意気消沈する複雑な年頃の娘、みたいなしおれ方で萎れている。
誰かが、もらった花束を解体して挿していったんだろう。謝恩会か送別会か。そんな花束をやり取りする季節だ。知らぬ誰かの別れの夜更け、もしかすると夜明けの旅立ち、そんな場面を想像する。


この季節、前にもそんな風に置き去りに挿された花を見たことがある。それも薔薇だった。
二次会など渡り歩くうちに萎れてしまう花を、帰宅して家の屑箱に捨てるにはしのびない微妙な気持、は自分にも記憶がある。
私はそういう、微妙な人の心理が乗っかった花が好きだ。生花であれ造花であれ、野に咲く花とは違う美しさを感じたくなってしまう。


そこから数メートル先、ふと人混みに見慣れた顔を見つける。
瀬川さん、今年卒業する大学院生だ。出会うはずのないような場所で出会った私に、いつもの独特な仕草の軟体動物みたいな体で何度も飛び上がっている。


瀬川。学生のなかで私が史上一番プニプニと触り、じゃれついた娘。一番恋の話をきいた娘。素晴らしい色彩と眩暈のするようなスピードの絵を描く娘。
あの赤い薔薇のヘタっとした姿は、制作の合間に真赤な作業服で直接床に座り込み、茶漬をすすっていた彼女にそっくりだ。
今年の春は、そんな彼女も、とうとう見送らなければならない。
# by meo-flowerless | 2016-03-03 22:18 |

ホーチミン日記8.18-2

e0066861_8321390.jpg


午後は、念願の「チョロン」地区へ。
チョロンとは地名ではなく、大きい市場街というような意味の地域で、屋根つき施設の大きな「ビンタイ市場を」中心とした、中華系問屋街の総称だ。
東京で言えば合羽橋やら蔵前やら浅草橋と、横浜中華街が合わさった感じ。
でもその熱気と言うか混沌の風景は、とてもとても日本人が自国で今の時代お目にかかれるようなものとは違う。


昨日は市の中心部の「ベンタイン市場」へ行ったが、これは観光客にも対応したスレっからしたところのある綺麗な市場だった。
けれどチョロンは、本当の中華系ベトナム庶民の生きる場としての問屋街だ。
タクシーが市中心部からはずれチョロンに近づくごとに、夢のなかで見たような捩じれた猥雑さを持つ混沌景が繰り広げられていく。
ありとあらゆる声の出し方のクラクションでお互いを牽制し注意をしあって、轢かれそうになっても何も気にせずバイクと車が進路を絡ませる。
日本人が住みついてもまずこの交通事情でストレスに陥るだろう。日本の硬質なスピード感覚、真直ぐな進路感覚で道を歩いたり走ったりすると、かえって危険だ。


バイクと同速度でゆく自転車のドラえもんガール。ドラえもんはベトナムで根強い人気キャラクター。

e0066861_8322847.jpg

e0066861_8333653.jpg


More
# by meo-flowerless | 2014-08-19 08:43 |

ホーチミン日記8.18-1

午前中のうちに、ホーチミン市立美大にて、このプログラムの開会式があった。
ベトナム、タイ、カンボジア、ラオスはそれぞれ近いので各美大同士の交流もある。極東から滑り込むような形で、芸大はこの東南アジアの交流に名乗りを上げたのだ。
芸大の偉い先生方は「東京芸大がいずれアジアのリーダーになるべく、交流の礎石を置いてこい」みたいなことを一応私に言っていたんだけど、そんなたやすいことじゃないし、そういう感覚ではいずれ何もかもから取り残されるような気がする。



ベトナムを初めとした東南アジアの国々が経験している様々な他国からの蹂躙と干渉の歴史、少数民族の存在、その結果による複雑な文化の絡まり具合。
一方、自国の文化が奇跡的な形で温存されているタイの人々の優雅さと誇り高さ。
背景を知らないまま近づいたところで、本当の意味での交流はなされないだろう、と感じる。

この市立美術大学にしても、「国立」ではないのは社会主義の国だからだ。国家は自由な芸術活動を奨励するわけがない。ベトナムの美術家たちは先鋭的であればあるほどアンダーグラウンドでの作家活動を余儀なくされていると言ってよい。
学生たちの作品は大まかに言ってやはりソビエト時代の美術の影響を受けたものがほとんどで、素朴な写実油彩や、労働や戦争をテーマにしたプロパガンダ的彫刻などが主だ。
そのなかでベトナムの伝統として温存されているのが「漆絵」「絹絵」のジャンルで、これの専門セクションは芸大で言えば日本画のように、絵画科の一部になっている。


かれらは頑なに自国の歴史をこちらに突きつけるような硬い態度を取るわけではない。
柔らかく細くしなる竹。それが東南アジアの第一印象だ。



日本のメンバーは私の他に、通訳のジャック、彼は米国からの留学生で博識な博士三年生。
高倉君はレバノンから帰国したばかりの第四研究室の卒業生、通訳可能なほど英語は堪能。
後藤さんは技法材料研究室の非常勤講師の女性。
西岡さんは日本画家の教育研究質の女性。


現地へ来てやっとその日その日の細かい時間スケジュールが発表された。
10日間のうちの初めのほうは、午前中に合同で様々な施設を見学、午後は自由、と言った形。
それでも朝、昼、晩はホテルに帰って食卓につくということが基本。
日本の旅館の食事つき宿泊とはまた違うのだろうが、食事に関しては外食抜きではなかなか不便ではある。

ベトナム料理は日本人の口に合うだけではなく、とにかく味のセンスがいいと言うか、何を食べても美味しい、と感じる。
すぐ隣にあるでかいスーパーで買うポテトチップの味付けまでもが、程よくガーリック、程よく肉パウダーが効いていて美味い。
二度目に訪れた漠然とした感想から言うと、悶絶するほど上手いレストラン飯を毎色食べて胃が疲弊するよりも、一汁一飯三菜を毎日違う形で簡易に出してくれるホテル飯のほうが健康的でいいのかもしれないけど。
# by meo-flowerless | 2014-08-19 08:29 |

ホーチミン日記8.17-2

四時ちょうどくらいにお約束のスコールが降ってきて、またお約束のように止んだ。
私達のいる二階建てのホテルは、ビジネスでグループ宿泊するときの離れのヴィラのようなもの。
一日中となりのテニスコートから誰かのプレーする声が聞こえてくる。
赤いカーペットの廊下に新しい旅行客の男性陣、あれはきっとカンボジアの美大の先生方だ。
手を振ってみたら物凄く人なつこくみんなよってきて、お互い挨拶を交わした。


私達日本のグループは、ホテルでの夕食前にちょっとでもいいから、とタクシーで、市の中心部ベンタイン市場へ。
カラフルな虫のようなバイクの光景は、二度目の目にはもう珍しいというより包装紙の模様のようなデザイン的なものに見える。



味のわからない味つき煙草かなにかのエキゾチックな紙箱と銀紙をくしゃくしゃっとしたような、アジア的アルファベットの看板群。
フランスの植民地時代の名残のアパート建築群はどんなボロ屋であっても麗しい感じ。水色にひしゃげたリンドウの花のアールデコ調鉄柵に、安いお菓子色した洗濯物が引っかかっている。
コンクリートの壁がはげて結露とともに腐れ落ちそうだ。しばらく土の眠りから覚めることのない静まりきった過去の怨念を感じる。

e0066861_0304389.jpg


More
# by meo-flowerless | 2014-08-18 00:58 |

ホーチミン日記8.17-1

e0066861_14231562.jpg


最近偏りきっているtwitterからじゃないのは、ここがベトナム・ホーチミンだから。
wifi環境はあるしネットは繋がり放題だが、twitterだけはアクセス出来ないのは、社会主義国ゆえの制限が掛かっているとかいないとか。
でも、久しぶりに旅行の手記を書くには、ブログのほうがいい。
最近長い文章を書く暇も書く気持ちも持てなかったけれど。ぼつぼつ再開するか。
去年も今ごろ小豆島の手記でブログ再開したんだよな。


観光旅行ではなく、完全に大学の仕事である。
学長が七月に訪越した際に、ホーチミン市立美術大学での、アジア各国美大・絵画系教員サマーセミナーの参加を決めてきた。
けれど、夏休みひと月前に急に東南アジア出張を決められるような余裕のある教授は、あまりいない。
私は話を伺って、二つ返事で承諾したのだが、他の四人の招待枠は教授たちではなく、卒業生、助手、非常勤講師、博士三年の若いチームとして構成された。
ので、気楽で楽しい。


夜中の一時に羽田を発って、タンサンニャット空港についたのは朝の五時。
それでも、先方の漆画のミン先生が、自ら車でホテルに送り迎えしてくださる。
事前にはあまり知らされなかった日程と、10日間の内容が、何となく今朝になって明らかに。
明日から芸大、ラオスの美大、カンボジアの美大、タイのシュラパコ−ン美大各5名ずつ計20名の先生が、同じホーチミンのホテルで寝起きと三食をともにし、ホーチミン市立美大で絵画制作と展示、そして最終的に3日間のセミナーを行うのだ。
自由な観光旅行ではなく、本当に学校の交流のため。
今日だけが完全にフリーな日だ。


早朝からホテルで残りの睡眠を取っていたが、私と同室の日本画の助手の西岡さんは、けっこう自分とも似通った気質があるのか、そわそわしてすぐ起きてしまった。
ので、炎天下の正午前に近所のスーパーまで二人で出て、初買物。
観光客としてまだ緊張感はあるものの、二人ともすぐにカラフルでキッチュな混合アジアグッズの世界に心奪われ、いろいろ買い込んでしまう。

More
# by meo-flowerless | 2014-08-17 14:34 |

香星群アルデヒド・第九回

短編小説・香星群アルデヒド
第九回 UPしました。

http://www.geishin.co.jp/comunity/27/9.html
# by meo-flowerless | 2014-06-28 10:55 | 告知

多摩美にてレクチャー

本日6月14日(土)、多摩美術大学芸術学科21世紀文化論の枠で、講義をさせていただきます。た


ー 『其の世の博物学』齋藤芽生 レクチャーホールBホール 13:00開場 ー
多摩美術大学八王子校舎にて。
興味のあるかた是非どうぞ。

# by meo-flowerless | 2014-06-14 10:41 | 告知

香星群アルデヒド・第八回

短編小説連載 『香星群アルデヒド』 第八回、アップしました。


http://www.gei-shin.co.jp/comunity/27/8.html
# by meo-flowerless | 2014-05-27 23:23 | 告知

山下裕二さんとの対談、「美しき畸形」

e0066861_231553.jpg


齋藤さんはウルトラ・ドメスティックだよね、という言葉で盛り上がった山下裕二先生との対談。
ウルトラ・ドメスティックって、北新宿辺りの雨のアパートで繰り広げられるドメスティックバイオレンスっぽくて、いいですな。
直訳なら超・国産的とかいうことなのだが。
私にとってはずっしりと密度の詰まった、自分への形容を頂いた、と思った。



対談の中で心に刺さった山下先生の言葉は、「美しき畸形」という言葉。
畸形は奇形という字じゃない、とも。
「日本のドメスティックなものを『美しき畸形』と自分は呼びたい。洋楽の刺激を受けながら奇妙に捩じ曲がった昭和の歌謡曲は、『美しき畸形』だ。それに、明治の日本の絵画もそうだといえる。美しき畸形と言える以外のものには心を惹かれたりしない。思春期に洋楽に皆かぶれていたりしたけれど、歌謡曲のあの感覚の前にはなにほどのものでもないと感じていたし、西洋美術だって、自分は本当には心を動かされなかった」
というお話。
大竹さんも都築さんも中野さんもそうだったけれど、やはり自分の憧れる人、陰ながら励ましの言葉を頂ける「おとな」には、どこか共通する感覚がある。

More
# by meo-flowerless | 2014-04-20 23:15 | 絵と言葉

個展初日・御礼

昨日は、私の個展の開始日だった。オープニングパーティを開催致しました。
来ていただいた方々、見てくれた学生、手伝ってくれた人々に心からの感謝を申し上げます。
本当にありがとうございます。



私自身は本来パーティやイベントが実は大の苦手なのだが、「美術作家という一つの職種を営む」上で必要な人との関わりの中で、晴れの舞台がどういうように必要なのかということを、年を重ねるにつれ学ばせてもらっています。
本来は静けさの中でいろいろな対話をしたり、作品を自由に眺めていただきたいとも思いはあれど、一度しかない人生の中でああいう場所でいろいろな再会や邂逅が交錯するのは、それも一つのドラマなのだと思います。



そしてトークショーにも沢山の方に集まって頂きました。
山下裕二先生のお話によって会場がとても濃密な一体感に包まれた気がします。
あと一時間長かったら、二人とも歌謡曲を歌いだしたような...気がする。
自分にとってそういう雰囲気ほど幸せなことは、他にない!
# by meo-flowerless | 2014-04-20 22:54 | 告知

香星群アルデヒド・第六回

短編小説連載 『香星群アルデヒド』 第六回、アップしました。


http://www.gei-shin.co.jp/comunity/27/6.html
# by meo-flowerless | 2014-04-11 20:03 | 告知

個展 『香星群アルデヒド』

e0066861_22204953.jpg


『香星群アルデヒド』   
齋藤芽生展
2014.4.19(土)~5.24(土)


ギャラリーアートアンリミテッド

協力:岡部版画工房 芸術新聞社


営業:13:00-19:00 (4.19のみ22:00まで営業)
休廊:日曜、火曜

トークイベント:4月19日(土)
齋藤芽生 (画家)×山下裕二(評論家)
開場16:40、トーク17:00〜18:30
要予約 info@artunlimited.co.jp 定員30名  料金1000円
 
日本美術研究者であり、現代でもっともアクティブな評論家の山下裕二氏をゲストに迎えて齋藤芽生との対談。初個 展以来、齋藤芽生を見続けて来た山下裕二氏と初の対談。


オープニングパーティ:4月19日(土)
20:00~21:30

More
# by meo-flowerless | 2014-04-05 22:30 | 告知

四畳半店頭みくじ!

e0066861_1754130.jpg



男と女の『四畳半みくじ』、各書店に現れ始めているようです。
芸術新聞社さんのTwitterから写真をお借りしたのですが、これは丸善丸の内本店、書店店頭にてのおみくじディスプレイです。なんか不思議な夢みたい。
箱の穴に手を突っ込んでおみくじを、ひいてください!


私はまだ家にて制作浸けで見に行けていませんが.....
本当に芸術新聞社さん、誰より根本さんには心より感謝しております。
みんなみくじひいてくれるといいなあ。
気軽にくじを引いてみて、思わずディープすぎる内容に愕然としたり、して欲しいです。



e0066861_17575422.jpg



また、先日の東京新聞にもこんな広告が。
これはすごく、本を出版させてもらった!という実感が湧いてきます。
[本邦初のおみくじ文学を堪能あれ!]に、しびれます。



心がざわつく愛のおみくじ集。
ひねりの入ったプレゼントとかにもどうぞ。
まだイマイチ目覚めていない恋の相手や涸れはてた伴侶に、性教育ならぬ情操教育ならぬ、情念教育をして差し上げてください。
もしそれでふられたら、すみません。


おおっぴらな「恋愛」のようすを描いているというよりは、かくされた「慕情」を秘密裏に言い当てる、といったほうがいいでしょうか。そういうことにピンと来たら、買いましょう。
# by meo-flowerless | 2014-04-02 18:04 | 告知

『四畳半みくじ』発売!

e0066861_13050677.jpg

男と女の『四畳半みくじ』、発売になりました!
大きめ書店には、おみくじを引けるボックスも置いてあります。
早く引きにいこう!


四畳半みくじは、2008年の美術展に出品したおみくじインスタレーション作品でした。あの当時からみくじの数も増え、より濃厚な内容になっています。
一見エンターテイメント性の強い作品にも思えますが、よく読んで頂くと、内容は人生の切実に迫ったものとなっています。
思春期のもやもやから結婚後の倦怠、老年の枯れまで、長い人生の点景を描写しています。長い時間お手元に置いて頂き、ふと忘れた頃に頁を開いてその年齢なりの苦さの映し返しに出会うような、そんな本になってくれたら、と願います。


私の世界観は到底、爽やかな浄化や救いからは程遠いものだと思います。
ただ一つ自分の伝えたい世界があるとするなら「表には曝け出しようのない涙や虚しさ」への許容なのかな、と思います。


痛みを避けてなかったことにした身体よりも、痛みを通過した身体にこそ手応えのある歓びの瞬間も訪れるような気がします。
人前に出したら恥ずかしいような濃厚な感情を、少なくとも自分自身だけは内部でちゃんと認めてあげる。それは切実に大事なことだと感じています。
私の持つ世界が、何処にあるのかわからないが何処かに確実に、そういう濃厚な感情を黙って守り切るための温床として誰かのために存在できるのなら、本望です。















# by meo-flowerless | 2014-03-30 12:34 | 告知

香星群アルデヒド・第五回

短編小説連載『香星群アルデヒド』・連載第五回 アップしました。

http://www.gei-shin.co.jp/comunity/27/5.html
# by meo-flowerless | 2014-03-13 12:02 | 告知

香星群アルデヒド・第四回

短編小説連載『香星群アルデヒド』・第四回、アップいたしました。

http://www.gei-shin.co.jp/comunity/27/4.html
# by meo-flowerless | 2014-02-27 14:58 | 告知

日記

ソチオリンピック終わる。
競技自体を張り付いてみていたわけではないが、楽しめた。
一つには、憧れのロシアの地でのオリンピックだということ。
小さい頃モスクワオリンピックを観ることができなかったゆえ、今回は初めて観るロシアの表現の底力みたいなものを感じた。


特に開会式と閉会式は、心の奥に来る感動を感じた。
北京の「壮大さ」とも違う感動、古いのだとバルセロナやアルベールビルもよかったが、ああいう「趣向の美しさ」と違う感動だ。
普通の欧米圏が24色の色鉛筆で何かを描写しているとしたら、ロシアは60色くらい使っているのではないか、という思いがする。
それは単なる虹色的なカラフルさという意味ではなく、エモーションの翻訳をそのくらいの振幅で使い分け演出することが当然、というような感じの意味である。
人間の内面と内面同士の疎通を普通に信じている、複雑さの表現である。

More
# by meo-flowerless | 2014-02-24 04:18 | 日記

仮眠景24・山岳寺院

e0066861_15305457.jpg



寝惚けながら手洗いに立ったら、そのまま道に迷ってしまった。
アジアのどこかの国の、夜の小路を彷徨っている。
靴下姿で、目覚めた時の半眼が張り付いたように直らないまま、異国に揺らめき出てていってしまった。


道の果ての山岳寺院の灯以外は、歩き続けられないほどの暗闇だ。
その遠い寺院から、何故か間近な感じで、異国的なお経と香気が流れてくる。
「たった一人で逃げよう」と願ってさっき眠りについたのだから、早くもその願いは叶ったんだ。
でも、取り返しのつかない闇に落ちてしまった気がする。
いったんこの眠い瞳を閉じれば、それが本当の死に直結している、のをどこかで認識している。

More
# by meo-flowerless | 2014-02-19 15:29 |

仮眠景23・花言葉

e0066861_8431517.jpg




白昼の体育館の壁がうららかに日を照り返す。
体育館の中では一般公開現代美術講座のようなことをやっている。
言葉によるグルーピング、というのをその先生は重視しているようだ。
先生は私たち学生の持つそれぞれのキーワードを紙片に印刷し、体育館に並べグルーピングマップを作っているようだ。



私の名札は他人より大きくて、おそらくは重視してくれてるんだろう。
しかしキーワードカードに、新刊書のようにわざわざ銀色の帯が付いてて、そこに仰々しいキャッチフレーズがある。
『ふと……きづいたんです。私にとっての、花ことばを…』



そんなのは私が言った言葉じゃない。
でも先生はその場所に立ちながら、聴講生に説明している。
「この人は花言葉においてのみ、特別に抜きん出ている。だからこのグルーピングの山に位置する」
違うんだけどな、と思っていても、私は真昼の体育館を外の茂みから覗いているだけである。
繁みは、燃えあがるような桃色の花の海である。

More
# by meo-flowerless | 2014-02-16 08:48 |

香星群アルデヒド・連載第三回

短編小説連載『香星群アルデヒド』・第三回、アップいたしました。

http://www.gei-shin.co.jp/comunity/27/3.html
# by meo-flowerless | 2014-02-12 14:51 | 告知