画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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# by meo-flowerless | 2016-12-01 01:00 | 日記

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# by meo-flowerless | 2016-11-06 11:39 | 日記

資生堂の赤

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授業で学生を天王州の「建築倉庫」に連れて行ったあと、隣の「PIGMENT」に寄った。
日本画画材を主に陳列販売している美しい店で、ピグメントではなくピグモンと読むらしい。壁面全てを日本画の岩絵具、洋画の顔料の瓶が虹のように覆い尽くしているのが圧巻である。ここまで綺麗だとかえって買う気も起きない。和紙、箔、膠なども揃っているが、海外観光客が「waoo amazing!」というための品揃えという感覚。



しかし例えば、玉虫色の粉体がここまで揃っている場所はあまり無いかもしれない。黒なのに緑に光るとか、金なのに紫色に光るとか。値段を見ると一両(15g)2000円前後。「高っ」と呟いているとすかさず優しいお兄さんが来て教えてくれる。「粉自体の比重が軽いので、量からすると結構かさはありますよ」ので買いそうになったが、肝心の自分の絵に使うイメージがわかないので、踏みとどまる。



赤の顔料のエリアに目をやる。その中でも特に目を引く美しい紅色、瓶の表記を見ると「天然コチニール」だ。お値段、15g7000円。特殊なサボテンに付着するカイガラムシの体を砕いて採る。要は虫の体液なのだが、この上なく美しい紅色だ。
お兄さんが、カイガラムシ本体の入った大瓶を見せてくれる。イタリアの顔料メーカーだけあって、オリーブオイルの容器のようだ。粉々の虫はまるで赤くはなく、粒胡椒のようだった。つぶすとたちまち紅色になるのだという。面白くてまたも買いそうになったが、やはり踏みとどまる。
「苺味のお菓子とか、皆さんの口紅にも入ってるんですよ。このカイガラムシは」とお兄さんが言う。

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彼は続けて、バーミリオンの大瓶とオーカーの大瓶を比べて持たせてくれる。バーミリオンの大瓶のほうが、恐ろしく重い。粉の比重が重いのだ。バーミリオンは硫化水銀であり金属だからだ。ほんの少しの粉末で恐ろしく高価で猛毒なのが、朱なのである。他には「ドラゴンの血」という植物の樹脂の赤もあった。これは日本ではあまりなじみないのではないか。ヘナのような色である。
自分が絵具研究するなら、多くの人がやっているんだろうが、やはり絶対赤を研究するぞと思った。
あまりに種類が多く美しすぎて、気分的にかえって何も買えず、シュンとして「PIGMENT」を出た。「青貝箔」という、瑠璃色に赤い虹のような点が浮かんだ美しいメタリックな箔だけでも買っておけばよかった、と思った。


しかしそこで引き下がるような経済観念の持主ではないのだ。画材に関しては比較的要らないものは買わない主義なのに、嗜好品の散財は別だ。
皆と別れてからハッと気付くとひとり、「銀座の資生堂」の店内に立っていた。赤い顔料など見たから、赤い口紅が欲しくなっているのである。目当ては、夏に発売されてから少しずつ集めている【rouge rouge】という口紅のラインだ。



【rouge rouge】は16色で発売され、全てが赤色のバリエーション、パッケージもスタイリッシュな赤黒で統一されている、資生堂久々の入魂の商品だ。
実は自分が資生堂の口紅を買うのは、20年ぶりくらいだ。資生堂インウイ(確か?)のアバンギャルドな細身の口紅に憧れ、買った。あの頃の資生堂のイメージにはまだ、山口小夜子のエキゾチックさが残っていた。しかし大人になるにつれ、メイク用品はもっと外資系の色のはっきりした色のものに変えた。日本のメーカーのものが保守的で地味なベージュやピンクしか売らなくなったからだ。
母が着物をリメイクして服を作りその色が鮮やかなので、私が鮮やかな赤い口紅をつけていないと母は文句を言う。男はそうは言わず、全く逆だ。何でもっと柔らかい色のを付けないのとか、たまにはピンクをつけたら、食われそう、などとよく言われた。両極の意見だ。女の唇の色とは一体なんのバロメーターなのか。



今回の赤バリエーションの口紅は、非常に資生堂らしいアーティスティックな試みで、嬉しい。
つけてみると、色も質も素晴らしいのだ。apple toffeeとかruby copperとか、bloodstoneとか、名前に合った、ただの真赤ではない様々な緋色、紅色、茜色、が並ぶ。正直16色の中には桃色や茶色もあるのだが、それを「すべて赤色です」と言い切る所が資生堂だ。
赤、は資生堂の精神性を象徴するカラー。それはピンクとかベージュなどオフィスでの実戦色とは全く違う、抽象的な美学の色だ。彼らがその16色について言っているのは、きっと色としての赤色のことではない。昔から女の指が知っている「紅を差す」という行為に伴った「あか」のイメージを言っているのだ、と感じる。



そういえば。
資生堂が放映中止した、インテグレートラインのテレビCM。「25歳過ぎたらもう女の子じゃない」「頑張る顔を見せているうちはプロじゃない」という台詞がセクハラだと物議をかもしたらしい。
オトナになったら普通とも言えるようなことを言って炎上するなんていやだな、と思い、youtubeで観てみた。
が、たしかになんとなくヤナ感じのCMだった。放映中止は極端だと思いつつも。
今をときめく若い女優を使っているのに、ストーリーや台詞が自分世代くらいの古さに満ちていて、つい赤面した。仕事にも恋にもフルスロットルな美人「女子」の群れが、ちょっとラグジュアルなソウルメイト限定女子会でグラスを傾けながら、あたしたちもう女子じゃない、などと宣言しているこっぱずかしさ。信用ならねえ。独りで内心呟く台詞ならまだしも。



「女子」という言葉が抹殺し続けるものは「青年」なんだろうな、という持論がある。青年に対応する女の呼称は確かにない。少女でもないし女でもない。しかしそれが無くてこそ、女が女たる由縁、のような気が自分にはしているので、「女子」などという自称は例え「女の子」などと言い換えた所で、私は好かない。
かつて「勝ち組、負け組」という言葉が流行った時、イヤな感じがした。その言葉が追いやった見えない何かがある気がした。社会から追いやられたというより、ひと一人の心の中で自ら消していったもの。極端な解釈だが、「女子、女のコ」と女が自称するときに発しているメッセージはそれに似ていて「勝者でなければ」「大多数の徒党の組に入らなければ」という同性間での圧迫と牽制だ、と感じてしまう。



資生堂は、もっと尖ったデザインのアーティスティックな広告でいけばいいのに、と思う。抽象的な美学を保持して欲しい。
だって、化粧とはほんとうは、女の行為の中でも自己完結した、特別に抽象的なものなのではないか。
その化粧の広告に、「職場」の「男」の「上司」の視線というリアルが入ってきた途端、化粧という行為の無機質な美は、いっきに消滅してしまう気がする。リアルな理由のメイクアップは、どんなにキラキラしたところで「生活感の延長」なのだ。プチ贅沢な女子会も然りだ。



社会での中でパワフル女子として充実感を誇示していくための化粧や食事だけでなく、「たった一本の取って置きの使わない赤い口紅」と「毎晩の孤独な茶漬け」という孤独なエレガンスも、この広い空の下に無数にひっそりとある。
ひとりの女とひとつの鏡の間の、孤独の時空。そういうものに私はロマンを感じてしまう。いろんな女がいろんな理由で口紅を手に取ってみたくなる、憧れと言う余地。それを資生堂はイメージとして請け負って欲しい。紅をさす行為にはどことなくいつまでも恥じらいが含まれている。その恥じらいもまた、具体的な生活感から来る理由あるものではなく、抽象的なものだ、
少女であろうが婆であろうが、社会で打たれていようが家を守っていようが、女は女。ということを表現出来る精神が資生堂にはあると思っている。勝手ながら。


顔料の話から随分飛んでしまった。紅を差すという行為を含めた赤の研究をしていこうかな。
# by meo-flowerless | 2016-10-15 10:13

【鬼の詩】 村野鐵太郎

【鬼の詩】('75村野鐵太郎)藤本義一原作。たまたま途中から観た。
映画として面白いのかはわからないが、ATGらしい簡素さとおどろおどろしさが相まって、鬼気迫る忘れ難いものがあった。明治末の噺家・桂馬喬の零落の生涯と芸道を描いた話。馬喬とは二代目・桂米喬をモデルにしているらしい。


仲間からの追放。報われない門付芸の流浪。偏執狂的なまでの先輩芸の真似。エキセントリックな遍歴を経て馬喬は、たった一人の理解者である妻を亡くしたあとには、亡霊のような姿に身をやつし際物めいた見世物芸で蘇る。
師匠や仲間が「それは芸の本道ではない」と警告するのをよそに、サディスティックな観客の玩具として自ら弄ばれるように芸をおとしめていく彼の末路には、天然痘で滅茶苦茶になったその顔を自虐的に利用した「究極の芸」があった。


実際の噺家・四代目桂福団次が演じているが、うつろで何をも観ていないような金壺眼が、役柄に嵌まっていた。暗闇の中でひとり必死に芸をあみ出してみても常に正道から焦点がずれてしまう、どこかが偏った人物像。けれど、ものを作る私のような人間にとっては、芸道の追求と表現への執念との違いに気付かされた。


安定した芸人にとって、また固定した観客にとってだけいえば、芸道には本道と邪道、上品と下品の境界線が確かにあるだろう。しかし人間にとっての芸、と考えた時にそこに生まれ出るのは、熟練や洗練に凝縮される芸だけではないはずだ。
芸、とはその人生に応じたものなのではないか。零落したならしたなりの、瀕死ならば瀕死なりの、奢りには奢りの中の、極度に偏っていても、そこにしかあらわれないような芸の求道と達成があるのではないか。
この場合の、芸、とは、巧さや個性というような問題ではないのだ。その人生からしか絞り出せない、なにかへの拘泥とでもいおうか。その言葉なき拘泥を通過することなしには、自分のすること全てが自分自身の中で尊厳を保てないような。
拘泥と執念。芸ということにおいて、自分の惹かれるのはそういうことだ。たおやかに生と折り合いを保ちながら円熟していくことよりも、反骨精神で鮮やかに暴力的な花を咲かせるよりも、だ。


芸。美。それらの言葉の解釈は、歴史を通じて華麗に変貌もするし、何度も再生産もされる。けれど独りの人間の「執念」は、その人間の身体と命と人生に付随した一度きりのものである。ときには世間の批評を拒みながら痛々しく放置される、見たくもない傷でもある。
万華鏡のようにあれこれと世界に解釈され続ける芸や美の話よりも、独りの人間の執念にショックを受ける時のほうが、私には衝撃度が強い。作品のことを考えるにつけても、まずは自分の執念のありかを探ることが一番先なように思う。


零落を反映する無様でエグい演目を絞り出すしかなかった馬喬の表現に尊厳を感じたのは、自分自身のそういう所に理由があるんだろう。馬喬の捨身の執念を、悲愴な露悪趣味や痛々しい見世物などと片付けることは出来なかった。
表現がどこでオリジナリティに辿り着くかなど予測出来ない。予測出来るものはオリジナルではないだろう。ただ、なにかしらの執念に対する自嘲や自虐を経てそれを突破したとき、不意に出会うような気は確かにする。
原作はまた違う含蓄がある気がする。読みたい。
# by meo-flowerless | 2016-10-11 21:37 | 映画

個展【密愛村】 -秋の有隣荘特別公開-

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2009年から描き続けているシリーズ【密愛村】が、収蔵先の大原美術館・有隣荘の特別公開に合わせて展示。【密愛村】Ⅰ、Ⅱ、Ⅳが一堂に会する機会は作者にとっても初めて。
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歌舞伎の心中もの「道行」や、歌謡曲の悲恋に思いをはせながら、架空の男女の一夜の夢の逃避行を物語る世界です。絵に合わせたドレスと詩のインスタレーションは、母の全面的な協力を得て作られました。また日本家屋での展示空間は私にとっても戸惑いと新鮮さが入り混じる経験となり、思わぬ立体作品が生まれる結果に。紙で出来たちいさなドライブインやモーテルは、脳裏に広がる密愛村の精巧なマケットのような気持で作りました。
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山陰や瀬戸内にお出かけの方は是非お立ち寄り下さい。大原家別邸であった、日本家屋自体が素敵な空間です。

平成二十八年 秋の有隣荘特別公開 齋藤芽生
会期:10月7日(金)〜23日(日)
会場:大原美術館 有隣荘(旧大原家別邸)
入場料:大人 1000円 (学生500円)
住所:岡山県倉敷市中央1-1-15
お問合せ:086-422-0005 (大原美術館)
# by meo-flowerless | 2016-10-05 17:08 | 告知

山の音

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トンガリ屋根のドライブイン。前の記事にも、それを目撃する時の、独特の心踊りのことを書いた。その時は書いても上手い言葉は見つからなかった。
幼少時から、幹線道路沿いにトンガリ屋根の飲食店を見かけるたび、なんだか無性に胸苦しいような腹苦しいような切迫感に襲われる。それが山深いロードサイドの廃墟だったりするほど、切なさは緊張感を増す。


かつて誰かがその山に分け入ったが、今は安否不明、消息不明である…というような、「山」のもたらす不安さ。山小屋風のトンガリドライブインへの違和感は、それを思いださせることが決め手なようだ。


今ふと、旅の宿の天井をみつめて寝転がりながら思っている。あれを目撃して感じるのは切なさではなく「心細さ」なんだ、と。切なさにはもっと人間臭い感情が絡む。侘しさや悲哀感と言ってしまうとより精神的になる。侘しさや切なさのもっと前段階に「心細さ」がある。それは半分は感情、半分は説明つかないような身体感覚のふるえだ。自分の全ての世界観には、その「心細さ」の体感こそが何より大切な基準のなのだ、とどんどん思えてくる。
トンガリ屋根のドライブインに感じる心細さは、そこに駐車して休憩、飲食などしてしまえば、違うものに変わる。車で通り過ぎる一瞬の、亡霊的な建物の幻影に、ビクッとする感覚でなくてはいけない。



昨日マルヒの鴻池さんも言っていた。あの型の屋根の流行は、60-70年代の山ブームや歌声喫茶の名残りではないか、と。そういえば、それは子供時代の私にも分かっていた。名残であり、もう既に廃れきった古い型だろうくらいの認識はあった。
ある時期に調子に乗って作られすぎた流行りのものは、それが過ぎた時代には、陰翳の黒さが倍増される。特にああいうロッジやアルペンタイプの建物には、華やかなりし頃の歌声喫茶の「空耳」が虚しくエコーするように感じられる。「空耳」の感覚も、自分の何かを常に遠くで支配する重要な感覚であり、「心細さ」と連動している。



父はよく、幼い私に歌を教えてくれた。ある夜道で「これは登山で死んだ友達に歌う歌だよ」と言いながら【雪山讃歌】を歌いだした。たまたまその日の夜空が曇っていて、黒地に白々と光る雲が空いっぱいに不気味に浮かんでいるのに気づき、何か「死」というものの非常の感じが急に父の歌声の背後に迫って来たように感じた。そのとき覚えた「死」はダイレクトな喪失の悲しみより、「消息不明」の心細さのことだった。




小学校三年の時に初めて学級で旅行に行く行事があった。いま夫が働くのに使っている御岳山の宿坊、そこにかつての私は林間学校宿泊に行ったのだ。
一人の級友が水疱瘡でひどく発熱し、下山することになった。ただでさえ初めてのお泊りで若干殺気立つほどはしゃいでいる子供たちは、その真夜中の下山、という非常事態にものすごく興奮した。私には、彼女がそのまま夜のどこかに忽然と消息を絶つように思えてならなかった。



御岳ロープウェイは18時最終だから、真夜中の下山は記憶違いのはずだ。が、皆で窓の向こうの山の闇をみながら、赤ランプをつけたロープウェイのひっそりとした消息に思いを馳せたことは覚えている。
山の底の方からなにかビーン…という絶え間ない電子音が響いていて、あれはなんの音だろう、と耳を済ました。遠雷が音もなくチカチカ山間に光るのもあいまって、秘密のモールス信号だとか、幽霊ロープウェイだとか、子供じみた憶測にシビれた。
あの山の遠くからなんとなく響いていたビーンという音が今も本当にするか、夫に確かめればよかったが、夫は工期を終え下山している。



あの耳を済ました夜、子供心に、「空耳に対して耳をすましている」という感覚があったのも覚えている。それはまるで今までないがしろにしていた亡霊の微かな声を聞くような不安な悲愴の感覚だった。
ただ単に音が気になるのではなく、夜のあちこちにあるはずの、自分の想像及ばない他者の営みや、土地の過去や、風化した出来事や、封印された時間、そういうものの重い質量に、改めて思いを馳せた時間だったのだ。そういうことに対峙する自己は無防備でたよりなく、未知の暗い地球の半球に剥き身で放り出されていたのかもしれない。



圧倒的に暗い夜の闇に対峙して、必要以上に騒いで怖がるような人はきらいだし、逆に大丈夫大丈夫を連発して不遜な人もきらいだ。怯えながら分け入ってしまうような人には惹かれる。気配は確かにある。その気配との心細いやりとりが、自分が生きているということの基本的な把握なのだと感じる。



トンガリドライブインに対する心細い怯えと怖いものみたさは、そういう、闇に何かを幻視、幻聴する感覚に近い。子供の遠足の道端にポッカリと渇いた傷口を開けている、棄てられた「大人たちの営み」の痕跡。町中で脈々と続く家族の暮らしとは対局にあるような、気まぐれなレジャー感覚の果てに飽きられたそういうものに限って、なんか生々しい人間の慚愧を感じたのかもしれない。
もはや気配と化したかつての人間の念は、いつしか優しい夜風になる。優しいと言っても人の心細さを逆なでするような奥深い怖さをもった優しさだ。トンガリドライブインから発するオーラには、「何かを言おうとしたまま事切れた優しい表情の死骸のような怖さ」がある。



その感覚を、私はもっとちゃんと描けるようになりたい。
# by meo-flowerless | 2016-10-05 01:42 |

2016年10月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-10-04 21:09 | 日記

2016年10月の夢

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# by meo-flowerless | 2016-10-01 05:34 |

ドライブイン愛、再び

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茨城奥地での旅生活での個人的な興奮ポイントは、道路沿いにドライブイン廃墟の良好物件を見かけること、だった。
実際は美容院やスナックなんかだったりすることもある。なんの店であれ、自分にとって「これぞドライブイン」と認定できる、特徴的な家屋の佇まいや色合いがある。
「鮮やかで且つどす黒く、際立って且つ頼りない」。それが私のなかの感覚的なドライブイン条件である。ラブホ廃墟との違いは、「なんか単純」という感覚だ。これがドライブインには大事であり、悲哀を誘いそそるポイントだ。




ドライブイン建築で好きなのは、トンガリ屋根の多用。複合的にアルペン的な三角屋根を折り重ねたり並べたりする構造が多い。「片流れ」の屋根も多い。片方が長辺の三角屋根だ。
もちろん普通の箱型タイプもあり、それはそれで素っ気なく好きだが、トンガリタイプのドライブインの魅力はまた別物なのだ。箱型タイプにはロードムービー的西部音楽なんかが合う。しかしトンガリタイプの背後音には、重い無音がふさわしい。もしくは「…遠くの滝ツボにグランドピアノが落ちたかな…気のせいかな……」くらいの、幽かに猟奇的な気配が。



あの手の建物の窓やドアが、顔の表情に擬人化出来るという怖さもある。その方向で型に羽目過ぎるとオカルト的洋館になってしまうのだが、そこまで行かずに恐怖感を踏みとどめ、日本的「マヨイガ」の懐かしさや、夢から覚めたあとの無常な「砂の城」感もなくてはならない。
自分が閉じこもっていた、まるで子宮みたいな自分の薄皮を脱皮して振り返ってみると、そこに虚しく空洞と化したどす黒い抜け殻があった…普通の箱型ドライブイン廃墟などに感じる切なさは、例えばそういう悲哀かもしれない。廃墟そのものがそういう蝉の抜け殻的いたみを感じさせる。
しかし、子宮的回帰的な切なさとは別の切なさを、トンガリドライブインには感じるのだ。「腸にくる」切なさである。



なんというか、トンガリドライブインを見かけると、「喜びで腸管がブルブルッと震える」。あの感覚は、独特である。しかも、5歳くらいの時から、すでにそうだった。
あの腸管の震える切なさは、一体なんなんだろう。便意だろ、などどいわないでほしい(でも近い)。今でも同じトキメキが体を突き抜ける。



滞在先の大子町へ行く途中、確か名前を「民宿みき」という、素晴らしい建物を見た。三角屋根、ツギハギ建築が橋下部に掘り下げられているような客室構造、テント覆いの多用、グランドの雲梯みたいな鉄筋渡り廊下。しかも色彩が、赤青黄のバタバタした三原色に、ピンクなども入り混じっていそうな幼稚園カラーっぷり。本の一瞬しか見えなかったが、思わず車のなかでも腸が直立スタンダップするような激情を覚えた。
実際行ってみると大したことないのかな。今度きっと行くぞ。



ドライブイン(と自分で認定するところのもの)への愛は、私のなかでは歴史古く、歌謡曲愛や古いものへの執着の、もっと前段階としてあったものだ。
稲垣足穂の【A感覚とV感覚】をかつて読み、最初はその言葉の元である「肛門期的/性器期的」という発達心理学的知識にへえっと思ったくらいだったが、ある日ふと「ドライブインを見た時の腸のふるえ」を思い出し、あれが私のA感覚なのか?と思った。その後そういう趣味に特に目覚めたわけではないのだが。そしてそういう便意にも似たA感覚は、どうも、エロス的体験ではなくタナトス的体験というもののようだ。ある種の子供の感受性には、生の欲動より死の欲動がまず鮮烈な洗礼を浴びせるものなんではないか。しかし何故ドライブインが私にタナトスの魅惑を垣間見せてくれたのかは、わからない。
似たような腸管痙攣的A感覚の切なさを感じるものに、遠くの暴走族バイクの唸りがある。いまビジネスホテルの外にそれが聞こえ、ちょうど思い出した。



そう、茨城県北滞在も終わり、今日は新幹線で岡山まで来たのだ。
ドライブイン動体視力があがっていて、東海道山陽沿線にもたくさんのドライブイン的極彩色建物を見つけた。好きな人を目の前にしながら逃してゆく歯噛みするような思い、を高速濃縮したみたいに、遠く淡く、しかしどす黒く鮮やかなドライブインの姿たちに、腸がキュンキュンした。
書いていてだんだん変態みたいに思えてきたが、言語化しないだけで、皆のなかにも、それぞれのこういうフェティッシュはきっとあるんだろうと思う。
# by meo-flowerless | 2016-09-23 00:34 | 絵と言葉

大子町日記最終日

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# by meo-flowerless | 2016-09-19 14:56 | 日記

大子町日記

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# by meo-flowerless | 2016-09-11 01:45 | 日記

2016年9月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-09-08 01:34 | 日記

2016年9月の夢

9月1日

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# by meo-flowerless | 2016-09-01 12:03 |

八月の砂、九月の砂

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焼ける熱い砂の上をビーチサンダルで歩き、波打際で裸足になって立つ。熱さと冷たさの入り混じる中に足が崩れ溶けていく、不思議な感じ。
これをするなら盛夏ではなく、八月と九月の境目の今ごろがいい。日射にひりついた頬を涼しい秋風が撫でていくような、矛盾ある気候のなかがいい。砂の熱さと冷たさ、優しさと残酷さを両方感じる。
「砂の優しさと残酷さを両方感じる」。たとえるならそういう経験で一生を埋め尽くしたいし、そういう経験によって一生をほどきたい。



もし砂というものに自我があったら。それは岩とも水とも違う感情を持つだろう。
陽にも水にも馴染み、熱くも冷たくもある。何かをきつく埋めもし、何者にも掴ませずに散りもする。その変幻自在さは、自我というもののイメージからはほど遠い。けれどそのように存在する自我というのもあるんじゃないか。何をも静かに偲び、ぎっちりと埋め、虚しく風化させる。そういう最終形態のような自我、というのにずっと憧れ続けている気がする。
人らしく暑苦しく蠢かずとも、砂のようでありさえすれば関われる世界もきっとあるはずだ。と、そんなことばかり考える。



八月と九月の境目にはよく、二十代前半の頃を思い出す。様々な場所への旅は、大体この季節に行った。孤独の密度を吟味していた頃。あの孤独は実は、青春を過ぎた今も続いているのかもしれない。
石川セリの【八月の濡れた砂】の、「あたしの夏は明日も続く」という歌詞のように、身体の老いや時の進行とは裏腹に、永遠に時も経ず取り残されたままの自我が、いまもどこかにある気がする。



この歌が、甘い青春の痛みを歌っているのには違いない。が、「あたしの夏は明日も続く」という歌詞の不滅感と不死感には、静かな凄まじさを感じる。打ち捨てられた船や取り残された人の、季節に焼き尽くされる側の痛みではなく、何をかもを焼き尽くしてしまってまだなお残る、太陽の側の孤独を感じる。
「あたしの海」「あたしの夏」、それらを所有するのと引き換えに、この歌の「あたし」は決して、「あたしのあの人」や「あたしの幸福」のようなものは所有出来ないのではないかと思う。



あたしの海を真っ赤に染めて
夕陽が血潮を流しているわ
あの夏の光と影は どこへ行ってしまったの
悲しみさえも焼き尽くされた
あたしの夏は明日もつづく



この曲が大好きで、この晩夏の情緒で一生を生き抜きたい、と思っていた。明るくはじけたりはしない、暗く焦げ付く灼熱。光と影のコントラストの強い、夜のような真昼。不気味に眩しい時間。青春という虚構に冴え渡る孤独。濡れた砂のように、熱さと冷たさ、堅さと柔らかさの入り混じる情緒。



中島みゆきの【船を出すのなら九月】という歌もまた、自分の世界の形成の底にずっと横たわっている一曲である。八月の灼熱が醒めたあとの世界だ。
歌詞の夢幻感だけでない、冷たくはりつめたメロディー、遠い他人の夢の中みたいな声、世界への拒絶や距離をそのまま音にしたような編曲、すべて醒め果てている。
【八月の濡れた砂】の「あたしだけの海」は、つまり「誰もいない海」なのだ。「あたし」のすべては「残骸」のようなものの全てに等しい。濡れて熱い八月と、渇いて醒め果てた九月、この二曲は、自分の中で対のような曲だ。



二十代のころ、薄ら涼しい九月の北海道へ船旅をした光景が、この曲に重なる。
台風後の黒く荒れた海原。銀色のイルカクジラの群れ。遠い国後の島影。ロシア語の混線ラジオ。蜃気楼か国籍不明の難破船か、遠い白い船の影。青々した幻灯のように、脳裏に残っている。



あなたがいなくても 愛は愛は愛は
まるで砂のようにある
人を捨てるなら九月 誰も皆冬を見ている頃の九月
船を出すのなら九月 誰も皆海を見飽きた頃の九月



中島みゆきの歌には、さいはての土地で孤独に生きる時間感覚、たとえば灯台守や誰も来ない山の観測所勤務や、海原の船上で日誌をつけている人々などの持つであろう、ぎっちり密度の詰まった孤独な時間を感じる。
いわゆる「世間」のペースについていけないようなときがたまにある。時勢の雰囲気や様々な風潮に押し流される。そんなとき彼女の歌を聴くと、自分の中の時間の流れ方、ものの見つめ方が、ふと変わる。



この曲もまた「砂」的だ。延々と砂時計で時間が測られている感じ。
砂の凝縮感だけではなく、その脆さや、あらゆる密度が結局無に帰する無常感、も、この歌の底に流れる。
人情の不安定さ、愛の永遠ではなさ、に嫌気がさすとき、無機物や殺風景の非人情にかえって心を寄せたくなる。自分の存在よりも遥か時を超えて残り続けるものたちは、想像を絶するような優しさを持って感じられることがある。風化しようと、言葉なきものであろうと。



これらをよく聴いていた二十代のある日に思ったのだ。
砂のように緻密な孤独を観察することに、一生を賭けよう。徹底的に個と対峙する、そういう人生がこの世の片隅にあることくらいは許されているはずだと。何かを見失いそうになったら、砂を裸足で踏みにいけばいい。
そういう感覚は、今も喪われずに自分にある。
# by meo-flowerless | 2016-08-29 08:10 |

無為無策旅行・ 愛知めぐり

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バス、電車、またバスを乗り継ぎ、知多半島の先端、師崎港へ。
暗い霧雨の平凡な県道景にうつらうつらしていると、時々夫が私をつついて起こす。目を開けるたび、白金色の眩しい視界のなかに広がる海があった。
師崎の港から、小さな船で日間賀島へ。ひまか島という響きがのんきで良い。着いた港の前に、数軒の魚介土産屋が軒を連ねている。一軒の前には「暇持て余し用」の椅子が三つくらい出してあり、椅子の背後の硝子戸に、ひらがなの「ま」の一字が書いてある。「ま」という字も何かまぬけで良い。
海水浴客や釣客に全く会うことのない集落の路地を、一時間ばかり、ひたすら歩く。
大きく育ったイチジクの木の多い島で、実がたくさんなっていた。

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# by meo-flowerless | 2016-08-20 21:30 |

ラシャ紙への愛

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世界堂の紙コーナーで色紙を物色していて、A3、B4などほとんどの紙サイズの棚が「タント紙」に占拠されているのにがっかりした。がっかりした、と言ってはタント紙がかわいそうなのだが、同じようなプレーンな色画用紙でも「ラシャ紙」の各サイズが揃っていて欲しいのだ。



ラシャ紙は、日本人ならたいていの人が図画工作教育で一度は手にしたことがあるであろう、歴史の古い、日本製の色紙である。小学校の図工室の紙棚の匂いや色彩を思い出し、ノスタルジックな気分になる。
色数は現在120色もにのぼり、それぞれ「ひわ」「たばこ」「ときわ」「あざみ」「かすみ」などの日本の色名がついている。特急の名前のようで良い。
町の文房具屋でさすがに120色全てを揃えている所は少ないだろうが、一枚一枚色見本で丁寧に見ていくと、目に優しい懐かしい色合いばかりだ。それとも、幼児体験にラシャ紙の記憶が先に刷り込まれたから、そのような色合いを無意識に好むのか。



ラシャ紙の名前の由来は、起毛服地の「羅紗」の質感のような暖かみを目指して作られているから、らしい。1940年代から作られている、日清紡開発と竹尾販売のロングセラー品である。
世界堂本店では今、ラシャ紙は巨大な四六版の大きさのみ売っており、店員に言って一枚一枚出してもらうような売り方である。椅子に上って恭しく一枚一枚丁寧に引き出してくれる店員さんの姿を見ながらこれを買うと、少し感動が増す。まあ、だからいいのかな。



かたやタント紙を自分が画材屋で見かけるようになったのは、浪人生の頃だった気がする。もっと前からあったのかな。わからないが。
色の美しさや少し凹凸のある表面、高い質に間違いは無いのだが、自分個人は、最初手に取った時から、なぜかこの紙種が好きになれなかった。素材には作り手との相性というものがある。タント紙は特に色彩が、自分にとっては、なにかはねつけるようなよそよそしさがある気がしてならない。
質感にしても、多様な色材ドローイングには耐水性が過ぎ、鉛筆やコンテなどのデッサンには滑り過ぎ(もともと描画用紙ではないだろう)、工作には厚みが薄すぎる。
でも、このタント紙が世間一般に受け入れられることは理解出来る。なにか表面的なキャッチーさはある。PC世代の感性を感じる。
いまこの記事を書いていてキャンソン社の「ミ・タント紙」とこれを間違えていた。タントは日本製のようだ。ちなみに凸凹の強いキャンソン紙も使いづらくて自分はほとんど使えない。



他の紙と比べれば比べるほど、暖かい手ざわりのラシャ紙への愛が募る。
「かつての日本の各企業、職人や技術者のものつくり精神」という自分の中の戦後や昭和のイメージをそのまま地でいくような、堅実な高品質さ、愛着を持てるわかりやすさ、くせのない使いやすさがある。これが無くなってしまったら、自分の寿命も物悲しく縮んでしまう、そんな気さえする。
「ラシャ紙」は「トーヨーの教材おりがみ」の古くからある素晴らしい色出し(特に蛍光に近いピンク群の素晴らしさ)と合わせて、日本人による日本の商品として、決して無くなって欲しくないものである。
どちらも一度、工場見学で制作行程を見てみたい。
# by meo-flowerless | 2016-08-11 17:30 | 絵と言葉

私的昭和キラキラ史

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いま聴くと【キラキラ星】という曲は、その題にふさわしい優しい音楽だと思う。キラというのが英語ではtwinkleという美しい響きなのだと知ったのは、幼時この曲を覚えたおかげだ。しかしまたこの曲から直接的に夜空に光る星をイメージすることが出来ないのは、耳にこびりつく自分のへたくそバイオリンの調べのせいだ。
三歳の時初めて小さなバイオリンを持たされて、同じ団地の若い男の先生のところに習いにいくようになった。とても優しくて素敵な先生なのが良かったが、自分のバイオリンの音は一向に優しくて素敵にはならなかった。
鈴木教本の一番最初の曲が【キラキラ星変奏曲】だった。様々な弓使いの練習のために【キラキラ星】をいろいろなリズムで刻んで弾かなくてはいけない。「ギギギギギッッギ」という潰された蝉みたいな自分の音が、この曲の記憶のすべてを支配してしまった。

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幼いとき、何時頃に寝かしつけられていたのかは覚えていない。真夜中、尿意や寂しさなどで急に起き、寝ぼけ眼でテレビのついている居間にふらふら歩いていく時間帯があった。必ず母が「どうしたの?おトイレ?」と優しく笑って振り向いた。
その必ずの向こうに、もう一つの必ず、があった気がする。【スター千一夜】のオープニングテレビ画面である。同じ時間に起きる癖があったのだろう。言葉を覚えるのは早い子だったので、スターの意味もなんとなく分かったし、発音は分からないが千・一・夜のそれぞれの漢字の意味も分かった。ただ、しばらく「ちいちよ」と読んでいたと思う。



ああ、「夜」…。その文字は印象的だった。「夜」か「タ」の文字のどこかの点が星になっていて、キラリンと煌めていた。
「キラ」という煌めきに、現代人はほぼ、ウィンドベルをかき鳴らした音をイメージするのではないか。形はやはり、十字やダイヤ形の点滅するイメージだろう。それまでその一般的「キラ」をあまり理解出来ていなかったのだが、真夜中の母の笑顔の向こうの【スター千一夜】こそが、キラキラの凝縮形態との出会いだったと思う。親の役目を解放されてぼんやりとくつろぐ新鮮な母の顔と十字&ダイヤ型の光とともに、真夜中の時空への誘い、大人の深い時間帯の憧れ、宇宙の遠い距離…が自分の中に定着された。



それからというものしばらく、なんにでもキラキラの形を書き入れた。ただし、★という星の描きかたを親に教わってしまってからは、十字型のキラキラをほとんど絵に描かなくなってしまった。これは70年代少女漫画から80年代少女漫画絵の移行期の、はやりの記号の変遷ともリンクする。十字形のキラキラが古くさい、というイメージになってしまったのだった。
今では十字形のキラキラのノスタルジックな汎用性のほうが好きだ。



写真にある自作の定期券にも、しきりに★を書き入れている。というより、いまみると「ある所⇔そこの所」という大雑把な時空の広がり感が凄い。昔の私のなかには宇宙が広がっていたのだろう。今辛うじて残っているのは「どういうところ経由」という中途半端な寄り道感だけである。



さきほど調べてみたら【スター千一夜】の放映時間はたかだか20:00前後だったようで、可笑しくなった。私はあれが真の「真夜中」なのだと思っていた。今ならようやく大学の仕事が一段落つき、自分の一日が始まる時間だ。


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自分の中の「キラキラ」の五感的最高形態はいったん、小学生頃に発売された【宝石箱アイス】で完成を見た。そんなにロングセラー商品でもなくわりと高かったカップアイスだが、昭和の菓子話ではよく登場する伝説的アイスだ。
縁をラウンドにした立方体に近いカップは、黒い色をしていた。そのデザインが素晴らしかった。蓋に赤、黄色、緑のそれぞれの味に合わせた色の宝石とも氷とも十字星とも言えないキラキラしたものの写真が印刷され、白い細斜体文字で【宝石箱】と印字されている。【スター千一夜】を思い出した。



なんて素晴らしいのだろう、高いけどこれは売れるぞ、と一目見て思った。バニラではなくミルクのアイスに、ザクザクと色のついた氷の粒が混じっている。それを宝石に見立てているのだ。とくに「エメラルド=メロン」の味が最高だった。高級というより、洒落た味わいだった。
やがてどこの菓子屋でもアップルカクテル味しか見かけなくなり、【宝石箱】の廃番に気付いた。子供心に寂しかった。ときめきをもう一度、と思っていた。
その頃にはテレビ番組【スター千一夜】も終わっていたようで、自分が夜の時間にそれを観覧することは、その後なかった。


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一回「キラキラ」に撹乱が起こったのは、地元八王子のカルト盆踊り曲【太陽おどり(歌・佐良直美)】によってだった。
盆踊りの時、変なエグい曲がかかるなぁ、とは思っていた。しだいにそのゴーゴーサイケな編曲や中性的ボーカル「はっぱキラキラキンラキラ、ハァ!キンラキラキラキンラキラ」というわけのわからない歌詞が気になり始め、違和感を覚え出した。
丸顔にラウンドカットの、男か女かわからない、いつも笑顔のままで低音の歌を歌う佐良直美が、当時は意味もなく恐くてしょうがなかったので、ご当地盆踊りをあの人が歌っていると思うといやだったのだ。
「葉っぱのなにがキラキラすんだ?キラキラは太陽ではなくスターではないのか?しかも、チラチラともギラギラとも聞こえるあの発音は、何だ?」



しかし大人になるにつけ、昭和の歌謡曲に嵌まり、【いいじゃないの幸せならば】の佐良直美の深い歌唱力に嵌まり、【太陽おどり】が「ひとりGS歌謡」の名曲だと気付いたのだった。
夏祭りには八王子のどこででも、彼女の声の原形をとどめない焼き直しテープの【太陽おどり】を聴けるけれども、音源がちゃんと聴きたくなった。ようやく、八王子中央図書館に三本しかないテープを借りて聴くことができた。が、こともあろうにそのテープを誤って延ばしてしまう、という罪を犯し、貴重な【太陽おどり】テープは、図書館に二本になってしまった。数年後に行ってみたら、もう皆無だった。生涯最悪の罪悪感は、これである。



「はっぱキラキラ」の歌詞は、今でもちゃんとした意味を知らない。葉っぱは、高尾山の葉っぱのことである。
太陽、平和、キラキラ….60年代後期〜70年代初頭のキーワードをただぶち込んだだけなのだろう。平凡な歌謡盆踊りになるところが、GS的アレンジと佐良直美の絶妙なボーカルで、またとない名曲になっている。地元のファンキーモンキーベイビーズがカバーしていた。
youtubeで「世界でいちばんナウい新八王子音頭」という題で太陽おどりをあげている人が居て、馬鹿にされてるなあと思いつつ秀逸。やはり名曲。
先日近所の盆踊りでも、しょっぱなにかかっていた。夏の間、どんなに音声が悪くてもあの「はっぱキラキラ」を聴かないと、夏を過ごした気がしない。
今年初甲子園出場の八王子高校は、ブラスバンドも全日本レベルらしいから、どうか応援のブラス曲に「はっぱキラキラ」を取り入れて欲しい。滅茶苦茶応援してるぞ。テレビないけど。
# by meo-flowerless | 2016-08-02 22:40 | 絵と言葉

2016年8月の夢

2016年8月の夢

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# by meo-flowerless | 2016-08-01 07:29 |

2016年8月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-08-01 06:26 | 日記

個展 【密愛村Ⅳ〜不気味な女】

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The Godess of Weather Disturbance / 不安定な気象の女神 2016 60×60cm 紙、アクリル


齋藤芽生個展  【密愛村Ⅳ〜不気味な女】(リンクあり)
7月13日(土)~8月13日(土)、ギャラリーアートアンリミテッド(東京・乃木坂)にて開催です。
営業時間:13時〜19時
休廊:日曜・祝日・火曜

歌謡曲的な男女の虚構の世界を描いてきた『密愛村』シリーズ。その第四シリーズは、私自身を取り巻く女性性を考えるために描き始めた。
女が社会での何らかの役割を演じるのをやめたとき、姿の見えない世論の総攻撃が何故かそこだけに集中する風潮。女という性が不気味に宙吊りになる、新たなる「魔女狩り」時代の幕開けなのだろうか。いまの私は、それに抵抗しようとする自分の中の感覚の蠢きを描こうとしているのかもしれない。



今秋、大原美術館 有隣荘での個展を控え、「密愛村」と「野火族」を発表します。おぼろげな顔の女たちが登場する妖艶で不思議な絵画世界。ご高覧ください。


【予告】
平成二十八年 秋の有隣荘特別公開
齊藤芽生
会期:10月7日(金)〜23日(日)
会場:大原美術館 有隣荘(旧大原家別邸)
住所:岡山県倉敷市中央1-1-15
お問合せ:086-422-0005 (大原美術館)

# by meo-flowerless | 2016-07-26 18:06 | 告知

女の写真

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花園神社は久しぶりである。骨董市をやっている。
中国人のおじさんが番をしている或る露店。
壷や筆などの他に、毛沢東時代の中国人の集合写真、香港辺りのレトロポスター、カー&女の絵が入れ替わるレンチキュラーシート、などが並べてある。
端のほうのダンボールにはどこの露店にもよくある、アルバムの切端や白黒写真の山。兵隊の出征写真や写真館で撮った家族写真などには、触れてはいけない他人の人生の質量を感じる。が結局、いつもその山を、癖のようにぼんやり漁ってしまう。



その山に、ビニール袋に小分けしてある写真の束がいくつかあった。
もしやと中の束を開いてみると、やっぱり。女の局部のドアップの写真が出てきた。思わずデヘッと笑ってしまう。白黒の陰毛写真や、開脚の女の股などの写真も重ねてある。
こういうのを撮っては温泉地などで売って小銭を稼いでいたかもしれない、昔のチンピラのような便利屋のような男を想像した。顔は小沢昭一だ。



その他の普通の家族や観光写真の山の中にも、時折、同様のエロ写真が単独で混じっている。
青いような桃色のような淡さに色褪せた、カラー写真のヌード。白いシーツの上で、顔も体もフツーの女性が、これでもかというくらい開脚してそこを見せている。女のモモには蚊に刺された痕がある。
箸にも棒にも引っかからない素人ポルノグラフィーなのに、なにか妙に魅かれる。エロでも色気でも美でもない、胸がギュッとするような良さがある。
おそらく昭和四十年代くらいの写真だと思うが、多分その頃の商業モデルならばもっと特有の仏頂面をしていたと思う(イメージ)。けれどこの写真の中の女性には、カメラの主にたぶらかされた「その辺の主婦の匂い」がむんむんする。
うまいことのせられおだてられ、ちょっといい気になっている平凡な女の顔は、哀しいほどきれいなことがある。



むかし山林などに捨てられていた雨ざらしビニ本のページに垣間見えるヌード女の顔には、妙なドロンとしたまなざしがあった。
子供の私達は棒でつついて湿ったページをめくった。その中に垣間みる女たちの表情は、当時の自分にとって裸体より衝撃だった。別にスタイルも良くない美人でもない女の、胸に隠し星が乗っかってるような写真に限って、えもいわれぬ暗い恍惚の表情をしていた気がする。いとこの部屋の「平凡パンチ」の女にはない顔だった。



自撮り時代のナルシスティックな現代の女からは、永遠に消えてしまった表情なのではないか。
カメラと目を合わさず伏せているが、とろんとした目。恍惚まではいかない恥じらいの中に一抹のノリと、心身を半分だけ開きかけているツヤのようなもの。自意識から発するのではなく引きずられて出てくる「なまめかしさ」、死語。
決して褒められたものでもないのに妙に感心してしまって「白い蒲団の開脚写真」に真剣に見入っている私に、同じように古写真を漁っていた中国人観光客の女の子が、思い切りドン引いている。
そうだな、私がこの写真を持っていてもしょうがない。



このエロの何が、こんな「純に」胸を打つのか。
単純に、その時空には男と女しかいなかっただろうから、だと思う。それはどんなにうらぶれていても、ある意味の蜜月なのだ。
ジェンダーから性をあぶり出す表現などに立ち会うとき、こっちの意識に絶対に入り込む批評性というか説明的なものを、過剰と感じる。そこに生きざまや社会を読み取らなければいけないときは、尚更だ。表現者本人がその気ではなくとも、表現された場には余計な第三者たちのまなざしが付加される。素人の男が撮った素人の女のド下手写真のドシンプルな蜜月性に、ひっくり返っても叶わない気がしてしまう。



しかしそもそも、この良さを「表現」なんていうものの世界に無理に引っぱってこようとすれば、蜜月性が消えるのはおろか、官能にも情緒にも何かしらの正当な大義名分が必要になり、その本質は泡と消えるだろう。自分自身の表現が超えられないのもそこだ。



そんな写真の中に、ふと、構図も状況も渋いのが一枚あった。
白黒写真、蒲団上の臀部。重ね焼きの失敗なのか、シュミーズの上にもう一枚ベールがかかっているような。畳の上には牛乳瓶....かな?違うかな?。室内の生々しさがいい。
もう一枚別の、それは普通の、男女が婚礼の前に廊下で一緒に歩いている瞬間の写真。
それも絶妙にいいので、その二枚を中国人のおじさんから買った。


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# by meo-flowerless | 2016-07-25 01:51 |

別府温泉の海綿手品

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いかにも地獄という言葉を好みそうに思われるが、自分にとっての地獄のイメージを冷静に遡っていくと、温泉に行き着く。
別府鉄輪温泉の「地獄巡り」のせいだ。
いかに地獄のような宿題に終われようと、地獄のような片想いに身を焦がそうと、昔から「はぁ〜地獄だ」と溜息つくたび、脳裏に赤茶色の温泉池がぼこぼこと泡を立てているのが見える。別府血の池地獄である。「もうだめ....死....」くらいにまで疲労が達して見える灰色の不気味な泥世界は、別府坊主地獄である。



思春期に別府を訪れるまでに、私の頭には既に色とりどりの泥地獄のイメージが出来上がっていた。母は大分を点々と移り住んだが、回想する時に一番多いのが別府の話だったからだ。
煉瓦を溶かしたような赤、ミントアイスのような水色。
不思議な温泉池の色たちを事前に正確にイメージ出来ていたのは、母の形容が的確だったのだと思う。おどろおどろしい血の池地獄より、涼やかに青い海地獄が100度の熱さだ、というようなギャップが、「美しいものは怖い」という信念をさらに掻き立てた。



初めて訪れた時には、池そのものよりも、「地獄の釜」的に硫黄汚れした温泉施設の建物や、ホテルからの湯気に圧倒された。工場群が無機質な内臓のように生々しく思えることがあるが、剥き出しの温泉施設の配管やポンプは、別種の黄色な内臓のように感じられた。
くたびれた地獄の動物園の獣たちの倦怠感が、温泉毒にやられる日常を見せつけてくる。濁った水にサンゴ色の嘴の黒鳥が泳いでいたり、巨大な黒い猛禽類が目の前で翼を広げたり、晴天の空が黒いくらいに青かったり、「別府にはコントラストの黒い影がある」というイメージが焼き付いた。



一通り観光を終え、親が疲れて宿で眠ってしまうと、私はぶらぶら土産物漁りに出た。
暇そうなおじさんたちが店番をしている店。ただでさえ古びた温泉世界から、逆レンズで昭和初期を覗いたような色合いが、レジの後ろ辺りにぶちまけられている。見世物小屋の楽屋裏というのはこんなだろう。
蛍光色のエビやカニの玩具をひたひたと水につけている水槽、金魚鉢などがレジまわりにゴチャッと置いてあった気がする。安花火の染料が雨で沁みた色、褪せた水中花、そんな色の空間。



濃い青空の記憶からすると、季節は決して秋冬ではなかったはずだ。
けれど派手な花柄の「ドテラ」を着た男の人がいた。
劇場幕のようなカーテンの向こうの畳には、ストーブの赤い灯があったイメージさえある。ドテラ男はカンカン帽をかぶっていた。古物屋の主人によくいる感じの「シレッとした根暗な丸顔」だったように思う。



私の視線を感じたドテラ男は新聞から二、三度顔をあげて私を見て、三度目でおもむろに話しかけてきた。「手品見せてあげるよ」
唐突だったが、既に先方のいでたちが唐突にふさわしいので、驚きもせず私はうなずいて男の前に立った。散らかった机のどこかから男はポヨッと赤い柔らかいものを手の中につかみあげ、レジの混沌の中のどれかの水槽の水に、一瞬それを浸した。
「手品というよりも、まずこの海綿がチョット珍しいんだよね。大分でしか手に入らない」
「海綿.....」
「こう水につけるのがポイント。海綿だからね」
言いながらドテラ男は手の中で濡れた赤い海綿を揉んでいる。



「城下ガレイはもう食べた?」「いえまだ」「是非食べなさいよ」のような覚束ない会話の間も、ずっと男は海綿を揉んでいる。
「別府湾のね。非常に特殊なところに、この海綿がとれるところがある」
と少し遠い目をして男が言う想像の先にぼんやり別府の海を想像しかけたときだ。男の手から、さっきの塊の子どものような小さな赤い丸い海綿の玉が、ころころ、次々とこぼれだしてきた。
「あっ!!!」



もう一度見せてください。とせがむと男は「何度でも。だって特殊な海綿なんだもん、自由自在」と言いながらまた揉み、手の中ではまた一つの赤い丸い塊に変わっている。
「ええ、どうして?手品ですよねこれ、どういう仕掛けなの」
「仕掛けも何も、そういう海綿なんだって」
揉んではぱっと手を開き、揉んではまた開きを繰り返し、その度に赤い海綿は分離したり親玉に戻ったりする。「海綿」という言葉が私の想像力を狂わせた。暗紅色の海綿が豊後水道に漂っている様を、夢のように思い浮かべた。その海綿だけが、手品、とか仕掛、とかいう言葉から勝ち抜いて、頭に残る。
そして何より一番の魔術的なせりふを、とうとう男は私に言ったのだ。
「こんなの、珍しくもなんでもねえよ。その棚に売ってるよ、いくらでも。800円」



【SPONGE MAGIC】とか何とか商品名が描かれた安っぽい箱を、宿の部屋で私は開けていた。
両親が、何か言いたそうだが言わない、と言う顔でちらっと見ている。
箱から出てきたのは、赤いスポンジの球(大1ケ、小9ケくらい)と赤いスポンジの鳩だった。
自分が思い描いていた豊後水道の海綿と随分違うな、と、いやな予感がした。
説明書の通りに、私はスポンジを弄った。
「スポンジボール小を小さく折り畳んで、スポンジボール大の穴の中に押し入れます」
穴ってなんだよ、と思い手にとると、スポンジボール大は真中がぱっくり空いた袋状になっていた。それに、あれ?水に浸したりしなくてもいいのか。もみもみして、揉んでいるうちに大ボールの穴から、畳んだ小ボールを揉み出します。以上、終わり。




.......そうだよな、魔法の海綿なんかじゃないよな、と独り言を言っている私に、母は「今気付いたの?」と冷静に言い、父は、「ばかだねぇ」とあくびまじりに言った。やけになってその旅行中スポンジ手品をマスターしようとしたが、難しくて出来なかった。



20年近く経って今度は夫と、また別府を訪れた。
硫黄の匂い、温泉卵の湯気のもうもうと立つ中、だみ声の投げやりな調子で、地獄池を解説している拡声器の男がいた。
顔は定かではなかったが、そのカンカン帽姿を見て、瞬間的にあのドテラ男だ、と思った。
だとしたら、相変わらず投げやりながらも、前見たときよりも真剣に仕事をしていた。



九州育ちの母も自分の幼時体験の中にただの一度も地震の記憶はないと言う。
久住高原、別府、博多.....親族がいたり母の縁故の土地だったりするだけではなく、熊本では市立美術館での展示や作品収蔵など、自分にとっても縁が深い九州。
思い出の中にあるというよりも、九州と四国は、いずれ移り住みたいと思うくらい好きな土地である。
被災のことも今後のことも、心配でならない。
# by meo-flowerless | 2016-07-23 12:36 |

個展 【密愛村Ⅳ〜不気味な女】

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齋藤芽生個展  【密愛村Ⅳ〜不気味な女】(リンクあり)
7月13日(土)~8月13日(土)、ギャラリーアートアンリミテッド(東京・乃木坂)にて開催です。
営業時間:13時〜19時
休廊:日曜・祝日・火曜

【不気味な女】

不気味な女がいる。遠くにひとりでいる。自由に彷徨っている。
こちらの出方を待っているように見える。誘いかけているようにも見える。精霊かなにかなのかもしれない。まがまがしくて、あれに近づきたくはない。きっと、夕陽に闇に乱反射に向かって人の存在をひもといてしまう。狂おしく光る海や深い夜への扉を、開いたりしてしまう。
あれは封印されている女だ。なにかの引導を渡す女だ。霊媒をする女だ。岐路や境界に立つ女だ。眩しさと暗さの、いずれもの元凶。あの女に選ばれても恐いし、選ばれなくても恐い。人からもっと遠く存在する限りはあの女も、ひとつの聖域であり続けるのだろうけれど。


今回の「不気味な女」のシリーズのいくつかには、精霊か地霊のような女が出てくる。【密愛村】のシリーズで隣に寄り添っていた男は姿を消した。【野火賊】で不穏な同盟を結んでいた集団からは放逐されひとりになった。ここにいるのは、そんな解き放たれてぼんやりした女、存在がむだになってしまった少女たちなどだ。いかにも不気味な有様などはしていないが、私は彼女らにまがまがしさを込めて描いている。これからの続編には、もっと自由でうわの空な少女、ひとりで秘事に没頭する狂女、わけもなく孤高な女、そんな者たちが登場するだろう。


ひとり遊びを好み、憧れの何たるかを知らぬまま憧れ、夢想の世界に遊ぶような女は、少女であろうが成人であろうが、世間からたしなめられる。制裁を加えられる。ある種の天然に生きるような女は、きっとなんらかの魔女狩りに遭う宿命にある。古今東西、かわりなく。


魔女狩りを恐れる女たちは今や、自分の社会的価値や役割をうまく纏うようになるばかりだ。しかも、世間からの押しつけでもなく自ら選び取ったかのように纏ってみせる。
世間を渡り歩く女性の生きざまなどを描きたくはない。私なりに節度を持って社会生活していたりするのだけれど辛い。ジェンダーとして語られる女にも興味がない。美少女の市場価値にも興味はない。
立派に役割のある女など、まがまがしくもなんともない。まがまがしさと懐かしさの混在する所にしか私にとっての美はなく、その美にずっとふけっていたい。本当は。


遠い女。神出鬼没の女。孤独な夢に遊ぶ女。自然に近い女。常識から放逐された女。社会を知らない女。
いまの世間からは何となく浮いてしまい沈んでしまう、他者にとって凶と出るか吉と出るか全く読めぬ存在、不穏で扱いにくい不気味な人影が、私には慕わしく懐かしい。



 【懐かしい女】

小川未明の【牛女】は、私にとって忘れられぬ童話の一つだ。
村人から多少の嘲笑を含め【牛女】と呼ばれる、言葉を語れないが気は優しい、力持ちの大女がいた。彼女は村人のぶんまで力仕事を買って出つつ、共同体にささやかな居場所を作った。
彼女はたった一人の息子を残し病死する。しかし冬になると遠くの山に積もる雪の形が、女の面影になって毎年現れる。彼女は、息子や村を見守る、いわば地霊になったのだ。
 

地霊としてあり続ける在りかた。言葉無き無限の言葉。私のなかの究極の「女」というものの原型は、この【牛女】なのかもしれない、とたまに思う。
小さい頃初めて読んだ時に、号泣した。その涙の感覚は、今もあまりうまく説明出来ない。ただ一つ覚えたのは、「懐かしさ」はつねに「取り返しのつかなさ」とともに存在する、という感覚だ。
一児の母親としての包容力でこの童話を読み解こうとするのは簡単だ。が、そういうふくよかさよりもっと深い寂寥を、私はこの童話に感じる。全ての雌が生殖不能にならない限り、生理としての母性はこの先も減少こそすれ生命体に受け継がれ、語り継がれるだろう。しかし【牛女】に漂う、どうにも行き場の無い喪失感は、そのように自然に還ることの循環性とは、ちがうところから来るように思う。
 

村人の見る錯覚の牛女の面影には、彼女を軽く蔑んでいた自分たちの後悔と憐憫がほのかに入り交じる。それ故に牛女の地霊としてのまなざしは、決して優しいだけのものではない。取り返しのつかなさ、手の届かなさ。忌まわしさ、恥ずかしさ、悔い。そして諦め。残された者たちにそういう人間感情を教える存在は、微笑みながらも手厳しい。
 

「懐かしい」という感情は、アンビバレントを帯びた感情だ。レトロ商店街や懐メロ風ポップスのように甘く価値化された暖かみのことを私は言っているのではない。
私達はあの感情に助けられ励まされることもあるが、激しく切なく心身を削られることも多い。人というものはせわしなく人生を送るうちに、この甘美でもあり過酷でもある「懐かしい」感情に耐えられなくなる時が来る気がする。どこかの時点でそんな複雑な心の揺れを、手放す判断を下す気がする。
 

「懐かしんではいけない懐かしいこと」を不意に思い出してしまう時に、手厳しい寂寥は襲いくる。
人は、自分の愛する懐かしい感情をなぜか同時に恥じ、自分の誇る懐かしいものになぜか自嘲を込め、自分が語りたい懐かしいことになぜか押し黙る。懐かしいことはときに不気味であり、さらに罪悪である。私達は懐かしい対象に、制裁を加える。私の描きたい女の姿は、押し殺され封印された懐かしさの、化身の姿もといえる。
# by meo-flowerless | 2016-07-18 02:38 | 告知

【天国と地獄】  黒澤明

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私は全く映画通ではない。が、とにかく好きな映画だけをDVDで何遍も何遍も観る癖がある。
東西新旧問わないが、しかるべき時にしかるべき音楽が流れる、というのが好きな映画の共通点かもしれない。
【天国と地獄】(1963)は黒澤明の大傑作中でも、数多くはないクールな現代劇だ。
原作は、エド・マクベイン【キングの身代金】という推理小説、子供の取り違え誘拐を巡る大人たちの心理劇、という内容。この映画が切っ掛けで、誘拐事件が多発する社会現象になったともいう。



靴会社の常務に三船敏郎、貧しい医大生に若き山崎努、刑事に仲代達矢、という配役。
ギラギラした駆引きを想像するが、前半のモダンな邸宅での室内心理劇のせいか、全体の印象がひんやりクールな感じがする。特に仲代達矢が、他の映画に比べ、抑えた存在感で非常に格好いい。
黒沢好きなら別だが、まだ観たことのない他人にこの映画をお勧めしても、前半のシンプルなセット撮影の演劇のような流れで、退屈してやめてしまう人もいるかもしれない。
逆に映画好きは、前半の緊張感ばかり評価するみたいだ。



後半、カメラが高台の下の貧しい町に紛れ、犯人が暗示されるところから、画面、音楽ともに、目くるめく展開を始める。圧巻の流れをバッチリと支えているのは、その時々その場所に流れ来る、音のキマリ具合だ。
ドブ川のほとりの貧しいアパート、ラジオから流れるシューベルトの【鱒】。緊迫した場面での特急こだまの列車音。酒匂川のシーンで印象的に流れる、テーマ曲の高らかなトランペット。捜査会議での、一人一人の捜査員の冗長なまでな報告。
伊勢佐木町の夜の多国籍ビヤホールで流れる南国的ジャズ。黄金町の麻薬窟で中毒者がトタンを引っ掻く感覚。推理の決定打となる、湘南電車の軋み。
そして、高台の別荘でラジオからの美しい【オー・ソレ・ミオ】。
多くのシーンに、絶好な音楽があり、絶妙な環境音を通過する。何度も観ても「来た!」と毎回、思う。音にこだわりのある映画監督の映画にはPVみたいでイラッとするものもなくはないが、さすがに黒澤明の映画の音楽にはいつも興奮させられる。



犯人はひじょうに冷酷無比で、なににも溺れない。
彼のいるシーンでの、楽園を思わせるクラシック音楽は、どこか「麻薬的」なロマンチシズムの増幅を感じさせる。その楽園は、転落と紙一重の楽園だ。映画タイトルがぴったり来る。
この映画は音楽が違っただけで、犯罪心理の描写が無理なものになっただろう、と思われる。
彼とともに流れるミスマッチな甘ったるい音楽がいちばん、彼の動機のニヒリズムを感覚的にあらわしている。「他人の幸福の音」、「世間の勝ち組の奴らのバックグラウンドミュージック」を、彼は聴いている。



被害者や刑事たちの背後にはテーマのファンファーレ以外に、ほとんど現場の緊迫した音しか聞こえない。それに比べ、犯人の背後には「音楽の絵巻」のようなものがずっとある。憎しみが美に転じた音だ。刑事たちは、最後の緊迫した伊勢佐木町あたりから、その「音楽の絵巻」に飛び込んで合流する。
高台の小さな家の庭に揺れる夜の花。何よりも好きなシーンだ。
月明かりなのか、やけに明るい深夜の海が幻想的だ。変にトロピカルな植物が静かに揺れる中で【オーソレミオ】が流れる。撹乱のためにラジオの音楽をつけたであろう捜査側からの、犯人への皮肉なはなむけにも思える。



この映画で大事な二曲の詞を知っていると、暗示的にそれが使われているのがわかる。(映画には詞は出てこない)例えば【鱒】は、小さい時に父が口ずさんでいた記憶がある。清き流れに鱒は住みて....と言ったか。ここでは、ドブ川のほとりでそれがかかるのだ。オーソレミオも、歌詞を訳すとこの映画の基調感情を言い表しているらしい。
むかしの人は今より西洋音楽の日本語詞を良く知っているはずで、そういうことが当時の日本人に、自然に内面化されていたようにも思う。



悪組織や酒や女なんかをいっさいはしょって、生真面目な生活から一気に、成れの果ての死臭に突入する。天国と地獄の間に、寄り道は無いのだ。犯罪心理的な面では今一歩理解しづらくても、何か別の犯人の情念が伝わってくる。
この映画のアクセントにもなっているのが麻薬ヘロインだが、そのイメージの持つ穿孔のような死の黒さが無ければ成り立たない雰囲気がある。喧噪中の麻薬受渡しシーンの多国籍ビヤホールのような店舗は、実際にあった店らしい。国籍入り乱れた猥雑な人間の顔たちが全て効いている。そのあとにくる麻薬窟のシーンの演劇めいた廃人たちと対比になっている。



捜査陣のうだるような真昼の汗、殺人者の夏の夜の涼しげな顔。実は、全ての場面がわざと冬に撮られたという。「メインシーンのために電車沿いの民家を一軒取り壊させた」「白黒映画と思いきや実は一瞬カラーである」など、様々な逸話もある。
ストーリー、シーン、演技全てにおいて、様々な人が語り尽くしている有名な作品で、自分には映画評などは書けない。しかしとにかく、泣くような粗筋でもないのに「音楽の決定的なキマリ具合」だけでかっこよくて、ついジンと来る映画である。
# by meo-flowerless | 2016-07-10 12:19 | 映画

2016年7月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-07-02 22:33 | 日記