画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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ドライブイン愛、再び

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茨城奥地での旅生活での個人的な興奮ポイントは、道路沿いにドライブイン廃墟の良好物件を見かけること、だった。
実際は美容院やスナックなんかだったりすることもある。なんの店であれ、自分にとって「これぞドライブイン」と認定できる、特徴的な家屋の佇まいや色合いがある。
「鮮やかで且つどす黒く、際立って且つ頼りない」。それが私のなかの感覚的なドライブイン条件である。ラブホ廃墟との違いは、「なんか単純」という感覚だ。これがドライブインには大事であり、悲哀を誘いそそるポイントだ。




ドライブイン建築で好きなのは、トンガリ屋根の多用。複合的にアルペン的な三角屋根を折り重ねたり並べたりする構造が多い。「片流れ」の屋根も多い。片方が長辺の三角屋根だ。
もちろん普通の箱型タイプもあり、それはそれで素っ気なく好きだが、トンガリタイプのドライブインの魅力はまた別物なのだ。箱型タイプにはロードムービー的西部音楽なんかが合う。しかしトンガリタイプの背後音には、重い無音がふさわしい。もしくは「…遠くの滝ツボにグランドピアノが落ちたかな…気のせいかな……」くらいの、幽かに猟奇的な気配が。



あの手の建物の窓やドアが、顔の表情に擬人化出来るという怖さもある。その方向で型に羽目過ぎるとオカルト的洋館になってしまうのだが、そこまで行かずに恐怖感を踏みとどめ、日本的「マヨイガ」の懐かしさや、夢から覚めたあとの無常な「砂の城」感もなくてはならない。
自分が閉じこもっていた、まるで子宮みたいな自分の薄皮を脱皮して振り返ってみると、そこに虚しく空洞と化したどす黒い抜け殻があった…普通の箱型ドライブイン廃墟などに感じる切なさは、例えばそういう悲哀かもしれない。廃墟そのものがそういう蝉の抜け殻的いたみを感じさせる。
しかし、子宮的回帰的な切なさとは別の切なさを、トンガリドライブインには感じるのだ。「腸にくる」切なさである。



なんというか、トンガリドライブインを見かけると、「喜びで腸管がブルブルッと震える」。あの感覚は、独特である。しかも、5歳くらいの時から、すでにそうだった。
あの腸管の震える切なさは、一体なんなんだろう。便意だろ、などどいわないでほしい(でも近い)。今でも同じトキメキが体を突き抜ける。



滞在先の大子町へ行く途中、確か名前を「民宿みき」という、素晴らしい建物を見た。三角屋根、ツギハギ建築が橋下部に掘り下げられているような客室構造、テント覆いの多用、グランドの雲梯みたいな鉄筋渡り廊下。しかも色彩が、赤青黄のバタバタした三原色に、ピンクなども入り混じっていそうな幼稚園カラーっぷり。本の一瞬しか見えなかったが、思わず車のなかでも腸が直立スタンダップするような激情を覚えた。
実際行ってみると大したことないのかな。今度きっと行くぞ。



ドライブイン(と自分で認定するところのもの)への愛は、私のなかでは歴史古く、歌謡曲愛や古いものへの執着の、もっと前段階としてあったものだ。
稲垣足穂の【A感覚とV感覚】をかつて読み、最初はその言葉の元である「肛門期的/性器期的」という発達心理学的知識にへえっと思ったくらいだったが、ある日ふと「ドライブインを見た時の腸のふるえ」を思い出し、あれが私のA感覚なのか?と思った。その後そういう趣味に特に目覚めたわけではないのだが。そしてそういう便意にも似たA感覚は、どうも、エロス的体験ではなくタナトス的体験というもののようだ。ある種の子供の感受性には、生の欲動より死の欲動がまず鮮烈な洗礼を浴びせるものなんではないか。しかし何故ドライブインが私にタナトスの魅惑を垣間見せてくれたのかは、わからない。
似たような腸管痙攣的A感覚の切なさを感じるものに、遠くの暴走族バイクの唸りがある。いまビジネスホテルの外にそれが聞こえ、ちょうど思い出した。



そう、茨城県北滞在も終わり、今日は新幹線で岡山まで来たのだ。
ドライブイン動体視力があがっていて、東海道山陽沿線にもたくさんのドライブイン的極彩色建物を見つけた。好きな人を目の前にしながら逃してゆく歯噛みするような思い、を高速濃縮したみたいに、遠く淡く、しかしどす黒く鮮やかなドライブインの姿たちに、腸がキュンキュンした。
書いていてだんだん変態みたいに思えてきたが、言語化しないだけで、皆のなかにも、それぞれのこういうフェティッシュはきっとあるんだろうと思う。
by meo-flowerless | 2016-09-23 00:34 | 絵と言葉

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