画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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カテゴリ:匂いと味( 11 )

喫茶マイアミ感

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十五歳から続けていた文章ノートは、便宜上「日記」と言っているが、事実を克明に記すことが大事だったわけではない。
なにを飽きもせず書きためていたのかというと、ひたすらに、「◯◯感」ということの蓄積だ。他人と共有出来そうで出来ない。あるいは自分の中にしかなさそうでいて意外と他人の中にもある。微妙なあの感じ、「◯◯感」。



梶井基次郎の小説を手にしたのも十五歳頃だ。その文章も「◯◯感」の連続で、主人公の台詞にも「ああ、あの感じ」と感覚を反芻するようなつぶやきが出てくる。肺病による死の焦燥がつくらせた、感覚のラッシュだったんだろう。
自分にとっての「ああ、あの感じ」というのを文章に書き止めておこうと思った。感覚を感覚のまま流さないで文章に記録しておくという意志が働き始めたのだ。



最初の頃に書き留めておきたかった「あの感じ」は、美的体験ではなく、快感というより不快感のようなものだった。



体育系の部活をやめて帰宅部になり、なんとなく早帰りの帰路を持て余していた。活発な年頃には、集団の熱のようなものから疎外されるという心の翳りは案外大きい。
ふらふらと駅ビルをウィンドウショッピングして歩いたり、夕闇迫っても郊外の繁華街を制服姿でひとりうろついた。グレさせるような仲間もまわりにいたわけではなく、もともと一人っ子の孤独は根底にあり、「緻密な退屈」を吟味するように味わった。
雑踏の中間色の中をぼんやりと泳いでいる。都会の夕闇は、泳ぐ、という言語感覚が似合う。何もかもが自分にそぐわず、そのくせ何もかもに有無を言わさず慕情したくなる。心のむなしさというものを、妙に楽しむようになった。



思春期の気怠さの延長線上に、普通だったら煙草などを覚えていくのだろうが、煙草のけむりのかわりに私の心に吹きかかったのは、別のものだった。
古い飲食店の裏の、ダクトから流れ出す排気だ。
結露の染みや廃油が糸を引いたどす黒い汚れがこびりついた、繁華街の飲食店のウラ。壊れかかった換気扇がぶーんと駅の事故時のブザーにも似た音程でうなり続ける、モワッとそこだけ蒸し暑い、夏の疲れのたまった、ポリバケツのある、かつて1970年代頃には流行ったがすでにダサいオーラをかもしだしていた飲食店の店ウラ。
そういう場所の、黄ばんだ空気感が気になって、しょうがなくなった。




新宿か立川か八王子か、どこにあったか覚えてもいない。名前を出して申し訳ないが、【マイアミ】というチェーン店の喫茶店があった。むらのある蛍光灯の光を内包したオレンジ色に青い古くさいロゴの文字看板は、非常に場末感を感じさせた。
入口のガラス戸がブラウンカラーで中が見えづらいような水商売的作りの飲食店がかつてはあったが、マイアミもそういう感じだった気がする。自分はルノアールには入れてもマイアミに入る勇気はなかった。
あとで聞くところによると、マイアミは不良のたまり場だったことが多かったようだ。たしかに不良感はぷんぷんしていたけれども、例えるならマイアミのイメージは、リーゼントの鋭角さではなく、広がってしまったパンチパーマの緩さなのだった。



中を知らないし外側は雑居ビルかなにかだから、その匂いが喫茶マイアミの匂いかどうかわからないのだが、マイアミの付近はいつも同じ匂いがするようだった。
洋食に変質した油脂の匂いがほのかに入り混じっているような。焼鳥屋の裏や小料理屋の裏では感じない匂い。トマトソース缶詰のこごった油のオレンジ色とマイアミの看板のオレンジ色は、シンクロする。オレンジ色というよりその排気口から漏れるものは、心の黄ばみのようなものだった。
わざわざそういう店裏を通って生ぬるい排気を浴びては、「ウッ」と不快感を確認するのが、好きになった。



漠然と未来に感じた浮かび上がれなさ。網の目の都会の細かさにもすくい上げられない微塵。形のはっきりした不幸や不遇ではないかもしれないが、自分は低空飛行のうつろな想いを常に保持するんだろう、という感覚があった。
希望や絶望という明確な感情より、浮かびも沈みもしない澱みの水面下5㎝みたいな感覚が、実は人生の大半をずっと占め続けるのではないか、と思った。
そういうやるせない予感のことを、心で【マイアミ感】と呼びようになったのだ。
喫茶マイアミ、ほんとにごめんなさい。でも、あのやるせなさのBGMには、マイアミ裏の換気扇のぶーん音こそがぴったりとふさわしかったのだ。



褪せてしまって白になれない感情。逆ベクトルの枯れた情欲。暮らしのなかのふとした奈落。幸せそうな世の全てのよそよそしさ。
しかし人間のどこかには、誰にも見返られない時間と空間から発する、不思議な情念がある気がするのだ。
夢の成就も終わりもない中途半端な【マイアミ感】は、窶れ(やつれ)という文字のゴチャゴチャした密度にも似て、じつに複雑で微妙なのだ。私は今も常にこころの【マイアミ感】の維持につとめているのかもしれない。
私の絵を評して「この人は一体何が楽しいんだろう」と書いた言葉を、ネット上に見つけて苦笑いしてしまった。その通り、「どうせ」という投げやりな怨念は、自分にとっては何故か、豊かなディティールに満ちている。口には出さなくても心では、幸福にも愛にも芸術にも、必ずこの【どうせマイアミ】感のくさびを打ち込んでしまう。



【マイアミ感】の詩情化されたものが、自分にとっての歌謡曲だ。とくにその後出会ったザ・ピーナッツの【ウナ・セラディ東京】の歌詞が柔らかく奥ゆかしく、【マイアミ感】の曖昧な疎外感を言い当てていることを知った。



街はいつでも後姿の幸せばかり 
ウナ・セラディ東京 あああ
by meo-flowerless | 2016-05-06 22:25 | 匂いと味

カスドース

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「カスドース」の包みが、うちに届いた。
長崎の平戸の湖月堂からわざわざ取り寄せたお菓子だ。
もう自分の誕生日に関心もなくなると、その日はいつもの日とともにスッと過ぎるのだが、何か特別なものを食べたいという思いはふと生じる。
それは高級な食物でも珍しい食物でもない。「遠い」食物だ。


昔っぽい素朴な包みを開ける。カステラの元祖、というよりは、砂糖のつぼに落っことしてしまった卵焼きのような、手に持ちにくい外観。味も、そうだ。
この「甘いだけ」、の味の描写は、難しい。
塩ではなく砂糖まじりの涙を流しながら疲れ果てて枕に顔を埋めるときのズブズブ感、そんな印象は健在だった。


「カスドース」は、遠いお菓子だ。
今スーパーで買ったポッキーについては何も書くことがなくても、あの長崎平戸の薄暗い店で眠っているようだった原始的なカステラの淡い甘さについては、どうしても留めておきたい、遠い美を感じる。


自分が何かを書く対象は、過去や失われたことに対するものが多い。
過去がただ魅力的だからではなく、私にとって形容の掴みやすい「遠い」ものごとだからだろう。
私は、遠いもののことは、よく記憶する。
景色でも人間でも遠くから、美しい、手に入らぬと思ったことは、刺しこまれるようなような痛覚とともに残り続ける。
痛覚を、私は書き残したいと思う。
日常に大事なことは多くあるが、妄想の助走距離があまりない、慕情の射程距離が短い、それら「近い」ことは、言葉にはしづらい。


十年前、子供向けの「カステラ」についての絵本の挿画を頼まれた。
私は編集者のFさんと長崎の文章家Aさんに連れられ、長崎の平戸まで十時間くらいかけて、日本におけるカステラの歴史について取材に行った。
平戸はかつて長く異国との交易に賑わった土地だが、東京が首都となった今では西の果てのようにも感じられてしまうところである。
その東京からの道中はとにかくもう、遠かった。感覚では、ヨーロッパなどより遠かったくらいだ。


二人の初老の紳士とともに黙々と、今は寂れたさいはての貿易港を歩いた。
松浦屋敷を見、丘の上のキリシタンの礼拝堂も見た。礼拝堂の中は今は滅多にはいる人もないようで、古い小学校のような優しい匂いがした。簡素だが美しい緑のステンドグラスの十字架から光が漏れていた。博識のAさんがさまざまな歴史の解説を、静かにし続けた。


古い商店街の暗くて簡素な洋菓子屋でAさんが、
「これは珍しいから絶対に食べて。ここにしかない、これが本家のカスドース」と言った。
「カステラじゃなくて、カスドースですか?」
「そう。日本でいうカステラになる前の過渡期にあった原型みたいなお菓子。平戸のこれだけが、今手に入る本物のカスドースなんだ」
こんな薄暗い菓子屋が本家か....と思いながら、そのお菓子を買った。


それは、あわあわとしたタマゴの味を良く感じる、黄色の砂糖まみれのカステラの滓のような菓子だった。その単純で素っ気ない甘さの感想に、一瞬悩んだ。まずいのではない。
なんとも美味しい。ただ、「遠い」美味しさなのだ。言葉の形容から遠く遠く離れた味なのだ。
「わかる?これがそもそものポルトガルのパン・デ・ローや、江戸時代に作られていた素朴な釜のカステラに近いものなんです」


弾圧の前のつかの間の時代、長崎に流れてきてキリスト教を布教したポルトガルの宣教師たちが、自ら焼いて、信者の子供たちに配ったかもしれない食物。
カスドースは平戸藩主の御用お菓子として甘く洗練されたものだが、この甘い感覚というのは、もっと素朴なタマゴ菓子であった中世の頃の庶民も、もしかしたらこっそり経験した感覚のはずだ。
手に入り難い砂糖やタマゴの食物を、はじめは遠巻きに見守りながらやがて口に頬簿って、怖くて眩しい海の果ての西洋に思いを馳せたであろう、戦国時代の人々を思う。
私と同じように身体を持ち、丘に登り、海風を吸い、その菓子を口に含んでしばらく黙った....
そう、同じ人間なのだな。
「時間の距離」ということを、今までにない感覚で感じさせられた。
今ある語彙にも経験的背景にも、この甘さを形容するにふさわしいものが見つからなかった。


遠い記憶ばかりを変に捕まえるこの頭が今も覚えているその旅は、長崎から平戸までの沈黙のバスの距離、佐世保やハウステンボスの寂れた道路の凹凸、金色の残光に溶けていたキリシタンの生月島の島影、
宿の水仙の花の香が暖房で気化して眠れなくなり、外に出て崖上から海の夜明けを一人で見ていたこと、そしてあのカスドースの形容しがたい遠い甘さ.....そんなものたちだ。


船着場で見えない貿易船を幻視するかのように海を眺めていた、AさんとFさんもまた、「遠い」ことへはせる想像力、の話をしていたような記憶がある。
その後幾度か年賀状などやり取りしたが、いいかげんな私はまた音信を怠っていて、お二方がどうしているか知らない。
by meo-flowerless | 2016-03-08 14:06 | 匂いと味

ミートソース感

スパゲッティをパスタと呼ぶようになって久しい。
けど、パスタという語感ゆえに失ってしまった何かがある。
「ミートソース」感だ。


母がひき肉から手作りするミートソーススパゲッティ、場末の喫茶店で出てくるピーマンとタマネギといためてあるミートソーススパゲッティ、スーパーで買える甘ったるい缶詰のミートソーススパゲッティ、どこかの学食のフカフカのウドン麺にかかったほとんど煮こごりのようなミートソーススパゲッティ。
それぞれの位相で全部、好きである。


何か日常で思うところあるときは、必ず何らかのミートソースを食べる。
三歳くらいのときからあれは特別な食べ物だ、と思っていた。


団地の商店街に「春乃屋」という喫茶レストランがあって、そこのミートソースを食べさせてもらうことが子供のころの楽しみだった。 
赤いパンチパーマの、男みたいなきさくなお姉さんがウェイターをしていた。
男かな?と思ったことがあるが、子供心にも、白い上っ張りのすきまの鎖骨を見て、やっぱり女だ、とわかった。
その人は私にとってミートソースの化身だった。今でもオーマイミートソースの缶を食べると、その人の髪の色を思い出す。


ようするに私の「ミートソース」感は、床屋のガラスにカッティングシールで貼ってある「アイパー、パンチパーマ」の情緒に通じる。
それは演歌とも違う「歌謡曲」であり、ヤンキーというよりはいまは死語の「ツッパリ」に通じる。
あらゆる駅の改装工事前の、暗い地下通路のクサい匂いと、「ミートソース」は友達だった。
「ミートソース」にとっては、イタリアという国の名前はきいたことがあっても「イタリ×アン」なんて言い方は知らないし、ましてや、「−ゼ」「−ネ」「ーニ」なんて語尾は別の宇宙の言語である。



孤独になりたいときと、孤独だなあと思う時に、食べる気がする。
孤独というよりは、私の幼い日の何らかの「自立の芽生え」の記念食なのかもしれない。
仕事の隙にも出張の隙にもそこを抜け出し、よく、どうでもいい喫茶店でどうでもいいミートソーススパゲッティを食べる。


もうひとつ私の恥部を言うと、「クラフトのパルメザンチーズ」を、小缶ならば一食に一缶くらいザーッとかけて食べる。
春乃屋でも、どこの喫茶レストランでも、店の人に眉をひそめられていたと思う。


「ミートソース」はスパゲッティの気の置けない相棒であるが、「ボロネーゼ」なんか、高飛車なパスタの奴隷で、駄目である。
腹へった。今日は自分で作って食べよう。
by meo-flowerless | 2016-03-05 12:33 | 匂いと味

イリスの香水

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「イリス」。体の芯まで紺青に染まりそう。
ストイックの中の、ストイック女王。


アイリスの仲間のアヤメ、菖蒲、カキツバタ等はどれがどれなのか、見当もつかないのだが、青や紫の凛とした立姿は共通している。
青を連想させる理由は、姿だけではなく、アイリス系の香料のもたらすあの端正で暗い粉黛系の匂いも手伝っている。

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by meo-flowerless | 2012-05-05 03:08 | 匂いと味

徒花香水帖

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私の作品は大抵自分の体験、とくに旅などで視覚的に印象に残った断片を元に組み立てていくが、『徒花図鑑』に関しては、実は様々な「香りの創造物」の援護射撃で発想している部分も多かった気がする。
優れた香水を一つ知ると、極上の小説を読んだような気持ちになる。
私の棚には、沢山の謎の花エキス、麝香など織り交ぜた、香水の花畑がある。
もう収入をかなりつぎ込んで買い集めましたもんね。愚かと笑え。

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by meo-flowerless | 2011-09-01 05:43 | 匂いと味

夢のミルクホール

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「ミルクホール」という言葉を初めて小説かなにかで見たときに、なんていい言葉なのだろう!と思った。
それは明治時代発祥の、牛乳を飲ませる喫茶店のことなのだが、小学校で無理矢理飲まされた牛乳とは絶対に違う、甘い冷たい天上のミルクを想像してしまうのだった。


同じように「水菓子」という言葉。乾き菓子と区別した生のフルーツ等の呼び名だが、消えてしまった日本の夏の塵、埃、光と影のすべてがそこに凝縮しているみたいな涼しさがある。


夢のミルクホールで飲みたい、私の中での極上の飲み物達を集めてみた。
もう二度と口にすることはない、もしかしたら夢だったかもしれない、あの日の喉の潤いと、甘さ。
思わずごくりと唾を飲み込む、すてきな甘露のご紹介。

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by meo-flowerless | 2010-11-04 02:26 | 匂いと味

ていかかずら

恋の至極は忍ぶ恋と見立申候。逢ふてからは、恋のたけがひくし。一生忍びて思ひ死するこそ、恋の本意なれ。『葉隠』(聞書二)

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by meo-flowerless | 2010-08-10 01:10 | 匂いと味

よき香りの男

「よきかほり」の男性がいた。今日、電車の中に。
私はあまり男の人が香水をつけているのは好きではないが、その人の匂いは多分自分も付けている香水で、しかも自分とは結構違う薫り方をしているように思えたので、鼻をくんくんさせた。

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by meo-flowerless | 2010-07-30 00:32 | 匂いと味

サラセン人

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SARRASINS。紫色の香水がうちに来た。
深夜のジャスミン、皮革、インクの匂い。
と言うよりも本当にインクかと思った。文字も書ける。
私は白い服を着ないので大丈夫。肌に浸潤させ紫の人になる。
これが約束の最後の香水。もう買わない。
by meo-flowerless | 2010-06-27 13:59 | 匂いと味

ガラム

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九月の雨の夜には、ガラムの匂いを思い出す。甘くて癖のある、香煙のようなインドネシア煙草。
青春は苦く、地味だった。
ガラムはその青春の匂いだった。

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by meo-flowerless | 2005-09-30 01:03 | 匂いと味