画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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カテゴリ:人( 8 )

根津甚八死す

根津甚八が死んでしまった。うう…
いい役者、大好きな役者が。
思えば高校くらいの時から、好きな芸能人を聞かれても、好みのタイプを聞かれても、憧れの男を聞かれても「…根津甚八」とボソッと答えてたものだ。
正直ほかに好きな俳優などもいるし、付き合う男も根津甚八には別に似ていなかったが、とにかく「根津甚八」と言いたい、というのがずっとあった。


出演作品全て観ているファンなどではなく、話題を博した【黄金の日々】の石川五右衛門役も見ていなかった。いつ、この役者がいいと思うようになったかは覚えていない。


高校の頃、近所の図書館の貸出カセットテープのなかに根津甚八の歌集を見つけ借りて帰った。その暗い声に惚れたというのもある。最初の曲がなんと【上海帰りのリル】で、あまりに陰鬱で淡々としていた。ほかに中島みゆきの【狼になりたい】と【ピエロ】があったが、どうしようもなく朴訥で、それが私にとっては絶品だった。
どちらも中島みゆき自身が情感込めて歌うと本当に名曲、根津甚八バージョンは声も小さく地味すぎる。が、私にはこの二曲は根津甚八の世界のなかではじめて情景が立ち上がる曲、静かな火が点る曲だ、と思った。



彼を形容する褒め言葉はいくらもあるんだろう。渋さ、色気、味、しなやかさ、アングラの雰囲気、静かな狂気。しかし、何かもっと、ある。もやもやした形容しがたい魅力が。



柳町三男の【さらば愛しき大地】で、シャブ中の果てに放心した根津甚八がじっと家の外を暗い目で見つめている場面がある。その目に映るのは、北関東の稲田にざわめきながら渡って行く嵐の前の風だ。
あのシーンのあの目に、自分にとっての根津甚八の魅力は凝縮されているように思う。



高倉健的なアイコンのような男ではなく、逆にもっと癖のある演技派の俳優たちに比べれば突出して虚無的で、色気はあれども色恋を想像させるようでもなく、ダンディな丸みを帯びたいいおっさんにもならず。
うまく言えないが、いつでも「人間の素の形を感じる男」と思いながらいつも画面を観ていた。
亡くなっても、そんなに映画を多く観ていなくても、忘れられない影であり続けるだろう。
「生前なんとなく相容れずに死別した、親族の男の誰か」みたいなもどかしさ、懐かしさ、切なさがある。
by meo-flowerless | 2016-12-31 03:02 |

ラメ糸と火事

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無機質な団地空間から川沿いの一軒家に引越したのは、小学校低学年のときだった。
川と街道に挟まれた細長い町。河原を覆い尽くす雑草といい、古い家の佇まいといい、初めて、有機的で生物的な風景の中に飛び込んで暮らし始めたのだ。



甲州街道を一度曲がると、通りの様子は静かでうららかになる。家に辿り着く最後の角の道端に、小さなスミレを見つけ、それが引越したばかりの春の日々の楽しみになった。
ある日、スミレのあるあたりを眺めながら近づくと、何かスミレの株が増えているように一瞬見えた。黒いもじゃもじゃした葉に煌めく青が散ったような塊に近づくと、それはスミレではなくて糸屑だった。
見慣れない光る屑に心を奪われ、しゃがみ込んでそれを眺めた。縮れ髪のような糸に細く青い銀線が、星のようにまだらに光っている。拾おうかな、と思ったが、その日は拾わずに帰った。



毎日、その路肩が気になり始めた。別の日には、もっと違う色の光の糸屑を見つけた。黒髪のようなもじゃもじゃに、赤い光が瞬いていた。そこらを見渡すと、さまざまな色めきの糸屑が落ちている。なかには、虹色の銀線の縺れ合ったのもあり、もうそれは速攻でポッケに収まっていた。
家に帰り、母に「これなに」と、糸屑をつまみ上げて聞いた。子供心に、何か秘密めいたものの断片であって欲しい、という願いもあった。目を凝らして驚きながら推理するかも、と思っていたのだが、母は即座に答えた。
「ああ、これはラメよ」
「ラメ?」
どこで拾ったの?と聞かれて、そこ、と近所を指差したら、母は言った。
「あの建物は織物工場なのよ。そこの織物の糸屑だね。こういう光る糸をラメ糸って言うのよ」



興味は、ラメから織物工場に移った。この町は織物の町である。昔はよく、そのような織機のある小工場があったようだ。その木造の古い小屋も、毎日通るたびにカッチャンカッチャンと機械音がしているのは知っていたが、気をつけて見るほどでもなかった。
しかしその日から、立て付けの悪い磨りガラスの隙間から、毎日織物工場の中を覗くようになった。古い織機の複雑な生物のような動きは案外凄く、見てはいけない何かの内臓を垣間みる気持で覗き込んでいた。
一度、工場の中にいた暗い顔のおばさんとばっちり目が合ってしまったときは、冷水を浴びたような気持で一目散に逃げた。



夜九時頃、寝る時間になっても、その工場の窓の織機が動いていることに、自分の部屋の窓からの眺めで気付いた。
何かを覗き込む無邪気な冒険心が、夜の時間にシフトすると、本当の秘密を垣間みているような感覚に変わる。障子に顔を挟んで、工場の磨りガラスの薄明かりに拡大して映し出される、織機の影を見つめた。
ある夜、音を聞こう、と、そっと硝子戸を開けた。夜の冷たい外気が鼻先をかすめた。
すると、ガチャーン、と瓶かなにかを割る音が大気の中から聞こえてきた。身を強ばらせてその音の方に集中した。どこかの家の中から、男の怒鳴り声、女の鳴き声が微かに聞こえる。その工場の織機の向こうから、それは聞こえるようだった。



人間の秘密、に対して子供は大人よりもずっと慎重だ。その工場のことをあまり詮索しないようになった。
しかし、ほんのたまに夜風に乗って聞こえてくる男の荒い声には、どうしても耳を澄ましてしまう。ある夜またそっと夜の窓から見下ろすと、磨りガラスに巨大な男の頭の影がはげしく蠢いていたので、身が凍り付いた。酒に酔った工場主が光源の近くで酩酊していただけらしいのだが、織機の動物の骨のようなシルエットの一部にその巨大な頭部が組み込まれて見え、この世のものでもない恐ろしいものに見えた。
が、一二年も経つと子供と言えども、その家の事情や人の習性などが飲み込めて、夜風に怒鳴り声が聞こえてきても、驚きもしなくなった。



ある夜。母の鋭い声で起こされた。
「火事!起きて」
眠っているが体は反射的に起き上がった。目を開けると、部屋中が赤い。頭皮が縮む想いがしたが、火元はウチではないと勘で察して、障子を開けた。
あの工場が火に包まれていた。
生まれて初めて間近に見る、躍り上がる炎の柱だった。
母か自分が消防にかけたが、間違えて警察に電話した記憶がある。動揺していたのだろう。私の家に延焼をするほどには、くっついていないのだが、風向き次第でどうなるかわからなかった。
火の音は本当に轟音である。近所のがなぜ静かなのか、もう逃げてしまったのかとやきもきしたが、火の音で聞こえないだけだった。それぞれのベランダや窓から心配そうに声をかけたり見物したりしている。消防車もなかなか早く来てくれないように感じられた。



その日は、父が夜勤でいなかった。普段はあまり取り乱さない母が、その時ばかりは私を連れて、燃え盛る火のすぐ横をすり抜けて、裏の川に逃げた。メキメキとなにかが崩れていく轟音は今でも忘れない。
川沿いの誰かのお宅から、火事を皆で見守るしかなかった。赤い水族館をガラス越しに眺めるような不思議な気持ちだった。
幸い誰も怪我もせず、燃えたのは工場だけで、消防に火は消し止められた。
あとで家を空けて川に逃げたことを、父にこっぴどくしかられたが、あんな状況のことで叱られるのは理不尽な気持もした。
 


工場の機械が黒くドロドロに溶けている焼跡を、私が見たのか、近所の人から聞いたのかは全く覚えていない。それは観念的な記憶に残っているだけだ。
はっきり覚えているのは、更地になった工場の焼跡に、さっぱりしたような諦め顔の工場主のおじさんが、ひとりで佇んでいたことだけだ。
そのとき機械たちと一緒に、その人の夜な夜な怒鳴る声もあのラメ糸たちも、燃え上がって消えたのだな、と妙な感慨があった。
しばらく空地だったが、そのうち新しい家が建って、工場一家は帰ってきた。工場もなくなり、糸屑はもう見られなくなった。以前より温和そうになった工場主の、夜の怒鳴り声ももうそれ以来聞かなくなった。
by meo-flowerless | 2016-06-19 22:00 |

犬猫とむらい人

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もう何年も前の、ある日の出来事を書き留めないまま過ぎたことを、この写真で思い出した。
散策の途中、強烈な印象の一軒の民家に立ち寄ったときのことだ。
印象が深すぎたので、どうにも書きあぐねて時が過ぎた。


いなかじみた勤務先からテクテク歩き、鄙びた畑地を散策していた。
夏か秋かすら定かではないが、ある住宅の垣の赤い花を撮っていた。新しいカメラを買ったばかりで、何かを撮りたかった。まわりは田畑や林。数軒ずつ建売り住宅が組になって並ぶような集落だ。
撮ったのは縷紅草だと思うから、そんな季節だ。その家の庭先は、割合美しかった。
ブリキの猫の目にビー玉がはめ込んである「カラス除け」のまわりに、様々な花がからんでいた。幾匹もの猫が蛇のような身のこなしで、するすると植物の間を過ぎる。沢山飼っているな、と思った。


ふと気付くと門のところに、笑顔の女主人が立っていた。写真を撮っていた私はバツが悪く、
「すみません、花がきれいだったんで撮りました」
と正直に挨拶した。
女主人は怒りもせず大変嬉しそうな顔をして、花の話や猫の話をはじめたので、少しほっとした。


しかし、それが段々熱心な感じになってきた。
私の肩を掴み、これが縁だからどうか家に上がっていってくれ、一目見て欲しいものがある、と言い始めた。
緊張で顔が強ばる私に、その人はしきりに言った。
「大丈夫よ、何か怖いことを見せるんでも何でもないの。でもね、こういう生きざまもあるということを、誰かが知っておくべきだと思うのよ」
その台詞にそこはかとない恐怖を感じ、振り切って逃げ出したかったが、家の中の窓ガラスを引っ掻くようにして愛らしい犬たちが来客に愛嬌を振りまくのを見て、つい油断した。


一歩玄関に入ってすぐ、何かを悟った。
「靴のままで上がっていいわよ。床は、あの子たちのオシッコやら毛やらで汚れているから」
鼻を突く臭気。犬猫屋敷、とでもいう感じのお宅らしかった。
女主人は見たところ、非常に優雅で穏やかそうな物腰だ。たまにいる、猫に生活を捧げ過ぎて自分の身じまいも収拾がつかなくなっている人、とは少し違うようにも見えた。
が、やはり、犬や猫の幸福に任せ、人の暮らしのスペースがあまりない部屋の有様には、つい身を強ばらせてしまった。


一階では老いた病犬がだるそうに窓の外の光を見ていた。一家の主の老人のように見えた。
ひっきりなしに猫のような犬のようなどちらか、毛むくじゃらのものたちが私に群がった。
女主人は二階に私をいざなった。何とか言って早々に家を退散しようとしたが、
「私はあなたに、迷惑をかけるつもりは無いのよ。誰かに知って欲しい。それだけ、それだけなの」
と切々と言った。その言葉に負けて、二階の部屋に上がった。


破れるに任せた障子が風に揺れている。眺めのよい畳の部屋が、二つほどあった。
「私が見せたいのはこれ」
と、彼女は手を開いて一方の壁を刺さし示した。
壁一面びっしりと何十もの、赤や紫の錦布の飾りを付けた陶器の「骨壺」が、夥しく陳列されている。
おお........ としか感想がでない。
女主人は頷きながら満足げに微笑んだ。
「写真も撮っていってください。一人でも多くの誰かに、この子たちの魂を守っていることを知って欲しい」
ひとつひとつの骨壺の前には、猫の名前の位牌がある。
彼女はその名をいくつか例に挙げ、各々の猫の生前がどうであったかを語った。
その骨壺だけがこの家の中で整理され、埃をかぶらないように手入れされ、細心の注意で美しく守られているものだった。
私はさすがにその壷は、促されても写真を撮る気にならなかった。


猫の生きざまを聞いているうちに、私もいくらか慣れてきて、普通に女主人と猫的世間話などを交わし、笑ったりもした。
猫を拾った傍から次々と死んでしまうのか、長い時を経て骨壺がたまったのかは、わからなかった。
彼女はそれさえ見てくれれば本当に感謝だ、というように、私を玄関へ送り出した。
ひたすら最後まで何度も何度も繰り返していたのは、
「世の中にはね、いろんな人間がいるんです。こういうことに生涯を注ぐ、そんな人間も、忘れられてはいるけれど、いるんです。それを知って欲しかった。誰かに知って欲しかった」
という言葉だった。


どんな受け答えをしていたか、自分自身の言葉は全く記憶に残っていない。あまり言葉が出ず、ひたすら頷いていたように思う。
暗い畳の間に安置されていた骨壺の整然とした姿は、異様に絵画的な光景でもあり、見る人によっては私の作品に似ている、などと言われかねない感じだった。
けれども、そのときの彼女の言葉通りに「ひとつの現実を知った」あとでは、「イメージなんか何ひとつその現実を越えられない」という思いに、しばらく苛まれた。
by meo-flowerless | 2016-06-16 02:05 |

薔薇と瀬川

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夕闇迫る新宿紀伊国屋付近。
なにか他とは気配の違う花壇がある。埃カスのようなパンジーの群れのなかに、変に屹立する鮮やかな色彩。
薔薇の花が、紅白交互にぐさぐさと花壇の土のうえに挿してある。まるで、笑いながら意気消沈する複雑な年頃の娘、みたいなしおれ方で萎れている。
誰かが、もらった花束を解体して挿していったんだろう。謝恩会か送別会か。そんな花束をやり取りする季節だ。知らぬ誰かの別れの夜更け、もしかすると夜明けの旅立ち、そんな場面を想像する。


この季節、前にもそんな風に置き去りに挿された花を見たことがある。それも薔薇だった。
二次会など渡り歩くうちに萎れてしまう花を、帰宅して家の屑箱に捨てるにはしのびない微妙な気持、は自分にも記憶がある。
私はそういう、微妙な人の心理が乗っかった花が好きだ。生花であれ造花であれ、野に咲く花とは違う美しさを感じたくなってしまう。


そこから数メートル先、ふと人混みに見慣れた顔を見つける。
瀬川さん、今年卒業する大学院生だ。出会うはずのないような場所で出会った私に、いつもの独特な仕草の軟体動物みたいな体で何度も飛び上がっている。


瀬川。学生のなかで私が史上一番プニプニと触り、じゃれついた娘。一番恋の話をきいた娘。素晴らしい色彩と眩暈のするようなスピードの絵を描く娘。
あの赤い薔薇のヘタっとした姿は、制作の合間に真赤な作業服で直接床に座り込み、茶漬をすすっていた彼女にそっくりだ。
今年の春は、そんな彼女も、とうとう見送らなければならない。
by meo-flowerless | 2016-03-03 22:18 |

巻貝

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昨日はなんとなく遠出して海へ行った。
土産屋のガラスケースに何年もありっ放しのさまざまな貝を眺め、いくつかの巻貝を買った。
巻貝、というと必ずある人を思い出す。


実家から一番近い駅のことなので、JRを通学に使っていた小学校のときのことだったと思う。
いつから知っていたのか定かではない。
でも数ヶ月おきに見かけては、身体がびくっとするほど、変にときめくのが常だった。


改札を出て人の流れに紛れ、階段を下りる手前の窓のところで、視界が一瞬絵画化してしまうくらいの厚化粧の女が立っている。歳は五十がらみだったのか、もっと年なのか。
鈴木その子ほど白くはないが、奥村チヨを十回塗り直したような顔の女性。
染めつけた真黒な頭髪をぐるっぐるにカールし、頭の上に、べっとりと糊にまみれた螺旋塔のように結い上げている。
あっ! 巻貝!と、いつも瞬時に思った。
団地の夜の壁に巨大な水色の蛾がビタッと止まっている、あれよりもっと恐怖と鮮やかさを感じさせた。

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by meo-flowerless | 2014-02-02 00:20 |

デコ様逝く

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あけましておめでとうございます。今年も皆様どうぞよろしく。

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by meo-flowerless | 2011-01-06 00:06 |

篠田昌己のビデオテープ

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Sは高校一年生。
私の母校の女子中・高校で土曜三時間のみ開いている「休日絵画教室」の生徒だ。
中学校時代の彼女に初めて会った第一印象。何でも「なぜ?」「どうして?」と理屈っぽい顔で聞き、親を困らせる子供。

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by meo-flowerless | 2005-11-28 02:23 |

街の遊撃手

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by meo-flowerless | 2005-11-19 22:15 |