画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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涅槃花

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絵に描きたいほど「瞼に焼き付く光景」というのは、たいてい一瞬の通りすがりの場所だったりする。




車や列車で過ぎていく一片の色彩。
観光地の風景はその時感激して写真になどに納めたりしても、案外あとで記憶に残らないことの方が多い。前の記事に書いたような「観光ジオラマ感覚」の良さは別として。
その場で一瞬でもその風景の良さを理解しようと努めてしまうと、風景は萎れる。
経験とは理解してはいけないものかもしれない。

思いも掛けず通過したり迷い込んだりした場所から、神懸かりとは言わないまでも強烈な印象と啓示をもらうことがある。

私の目に焼き付くものの中で圧倒的に多いのは、なぜか道端の供花や墓花の色彩だ。
あるいは、何でもない商店のショーウインドウに丁寧に飾られたまま色褪せた造花。
供花や墓花や造花の佇まいによって、その土地の空気感や肌触りを確かめる癖がある。

「死」「帰らぬもの」「過去」にたいしての想いや距離感がどのようであるか、を、人の言葉や態度よりも、供花や飾花のありかたについ感じ取ってしまうというか。
親戚や先祖や信仰などとまったく疎遠だから、かえって勝手にそういうものに郷愁を感じているだけなのかも知れないが。

房総半島を知人の車で旅していたとき。半島の先の方に行けば行くほど、花卉の名産地らしく、花畑をよく見掛けるようになった。その時分は藤桃色ストックと橙色金盞花の季節だったので、何処でもその色の花畑ばかり。
それは綺麗とか可憐とかという印象とは違う、とても農業的というか地場産業的な匂いのする呑気な風景だった。

道に迷って海の断崖付近を行きつ戻りつしていると、ふと車窓から見上げた斜面一帯に、ふわっと鄙びた花畑の色彩が広がった。
「あっ、ここにも花が」
と言いかけて気付くと、それは陽当たりの良い斜面一杯に立っている墓石と卒塔婆、墓地なのだった。

その色彩は花畑ではなく、一面の墓の供花の色だった。
ストックと金盞花が名産なので、墓の花にもストックと金盞花しかないのだった。見事なまで、どこもかしこも藤桃色と橙色。
それも一瞬で通り過ぎた。
その土地に咲いている花だけで作られた墓というのは凄いな、と妙に胸を突かれた。
昔はそれ以上にありのままの野辺の花だけで飾られていたのだろうが。

たった二種類の花の墓に供花としての素気なさを感じつつも、それ以上にその場所に、「涅槃感」のようなものを感じた。
なにげない花がいったん「供花」に意味を変えると、見てはいけないものを見てしまったような、あの世の色のあでやかさに化けるのはなぜだろう。

日常的にその墓を守っている人は日々その花卉を、鑑賞用として売るために栽培している。それでいてそれを死者にも供える。
その人たちにとってのさりげない花との距離が、死との距離と等しい気がした。
毎日、あの優しくも虚無でもある涅槃と隣り合わせで生きているのだ。
死と粛々と隣り合わせにいながら、自分の魂は淡々と「生」を生き続ける。
それが人間本来の自然だと思う。東京にいるとその辺の感覚を失う。

または、去年鹿児島旅行の際にふらりと立ち寄った「山川」という半島の先端の漁港。
昼間は人っ子独りいず、ただカツオ加工工場からカツぶしの匂いが立ちこめるだけの、燃え尽きた煙のような風景。

不思議な形態をした墓地には、土地の女性たちが黙々と、墓花の手入れをするために集まっている。
ひとつひとつの墓が家仕立てになっている。そしてその屋根の下に飾られた花は、見たこともないくらい豪華で鮮やかな生花。
そして二つと同じ供花の組み合わせがないと思うほど、それぞれの墓の花に活け方の心が凝らしてある。あまりのさびれと鮮やかさのギャップに圧倒されてしまい、その墓を見るためだけに二日間通ってしまった。

墓を観察した二日間、土地の女性たちの姿がそこに絶える時間はなかった。
皆一心に供花の茎を切り花形を整え、束に仕立て、水を換え、その作業が終わると墓の真ん中に集まって静かに閑話している。
どの墓を見ても殆ど萎れた花はなかった。

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墓の前に住んでいる家の年輩の女性がでてきて、立ち話をした。
「昔は祭りの時は本当に賑やかだった、そこらじゅうに提灯を張り巡らせて」
と、目の中に青い鬼火が燃えるような遠い感じで話していた。
一斉に揺れる薄白い盆提灯と祭囃子、その日だけ還ってくる海難者の影と花々のこの世ならぬ色彩が、異様に青ざめた幻想で浮かんだ。

このようにこの土地の人が墓を大事にするのも、海で死ぬ漁関係者などが昔から多いからなんだとその人は言う。

息子や娘はみんな東京にでている、この間調度里帰りしてまた東京に戻ったばかり、とまたその人は言っていた。
飛行機なら東京は今、思うほど遠くはないからね、と。
しかし、絶対的に遠いのだ。本当に遠いのだ、と思った。
by meo-flowerless | 2006-03-22 02:54 |