画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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風景


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風景の酸欠状態、いや風景自体の欠乏状態をここ数年感じる。
風景など何処にでもあるし、いま目の前にあるのも風景だろ、と言われても、それは違う。



旅などから帰るたび、東京の息苦しさに気が滅入る。しかし東京という土地のせいだけでもない気がする。
旅の浮遊感からもとの生活に戻ると結局ネット生活に依存したり、携帯から流れる一方的なニュースに感覚が支配されていく。つい過剰に受け取ってしまう、時代の同調圧力、伝染性。息苦しさにはそういうものが入り混じる。


社会というものが、あたかも大きな一枚岩の塊のように君臨しているように思えてくるのだ。実際に「社会」とは一つの目に見える単体なのではなく、無数の小さな人間のつながり、地域、微細な局面一つ一つが別々に連動しているものなのに。
それにも関わらず、同じ質のメディアの情報を毎日受け取りながら暮らすうち、「一枚岩の塊に組み込まれるか、組み込まれないか」という苦しい決断を迫られているかのような錯覚に陥る。


結局どこにも居ないしなにも見ていない時間、が、非常に長くなるのである。そうして「あらゆる別個の場所のどこかしこにこんな風景がある」いう想像の余地が、次々と薄れていってしまうのだ。


:::


花札の通称「坊主札」。あの何もない禿げ山の札を棄てるとき、「要らない札だけど、この札が一番カッコいい」と思う。他のはただの不動の絵柄だが、禿げ山はもしかすると、揺らぎ続ける「風景」のようなのである。あのニュートラルな空隙にはちゃんと幽かな風が吹いているのだ。それは何か、想像を託せるような余白に満ちているのだ。飛び込んで行けそうな余地、静寂があるのだ。


「風景」とはたぶん、棄て札であるべきなのだ。社会という大きな虚構の塊イメージからピッピッとはねられる、何の役にも立たず大義不在のよりしろこそが「風景」なのだ。


禿げ山の札には、佐渡島の突端、つかみ所のない大きな乳型の丘・大野亀を思い出す。冬の曇天。金色の海面の光。黙りがちな青年たちの寒そうな背。過去からずっと旋回して吹き続けているような重い風。無国籍な地の果ての空模様。
本当に何一つないところだった。枯れた草や石ころががポシャッとあっただけだ。
大学に入って目的もなく行った旅である。


最も風景の怒濤の恩恵を受けていたのはいつだったか、と思い出すと、大学一、二年の頃だとはっきり言える。
住んでいた柏から大学のある取手まで一帯の荒涼とした平野がベースになり、夜の東京、日本の果てへの旅、大学をさぼって流れて行く海辺....愛の鞭のように毎日毎日「風景」に自分は打たれていた。
あの頃の「風景」の総体が記憶にある限り、この先自分の魂は死なない気がするのだ。別に美しい景色ではないが、感情と感覚の全ての温床のようにそれらは今も私の圧倒的な拠り所になっている。


:::


「場所」という言葉には、皆の知っている土地などのイメージだけではなく、自分だけしか知らぬ所在不明の地点の孤絶感も含まれるように思う。しかし「場」という言葉はそれより多くの共有的性質をおびて、みなの場、あらゆるものの交錯ポイントのイメージを纏う。
いまの学生と話していると多くの子が、「場所」を語るより「場」について言及する傾向がある、と感じる。しゃべり場、社交場、のような感覚で。
伝わらなくてもいいから、みなで共有する「場」の話よりも、各々しか知らないそれぞれの「あの場所」の風景を語って欲しい。くどくどと描写して欲しい。
そういう願いがある。

:::


たとえば「思いを馳せる」といったときに、その人の思いは一体どんな天地どんな時空を駆けて飛んでいくのか。どんな距離でどんなスピードなのか。
そんな想像の一連の中にある天地、時空、距離の総体が私にとっての「風景」であるとも言える。


20年前のある湖畔から、たくさんのヘリウムガス風船を身体に装着して空に舞い上がり、アメリカ行きを決行したもののそれ以来消息を絶ったままの【風船おじさん】。都市伝説のようだが、リアルタイムで普通の夕方のニュースになっていたことをぼんやり思い出す。
彼のことをたまに私は考えるのだ。
一度、海上保安庁の飛行機が太平洋上の【風船おじさん】を追跡したのだそうだ。救助のサインをしたのだが、おじさんは装着していた荷物や重しをどんどん身から放して落とし、逃げるように高度を上げていったのだという。救助を拒絶する意志を見て取ったため、海保はそれ以上追跡をせずに戻ったのだという。国家の判断というのがときどき信じ難いようなものにおもえることがあるが、この伝聞にもそれを感じる。


高度を上げて行った時の彼の心に映っていた風景、身体が次第に冷え暗い天空に下界が見えなくなって行く風景、風船が一つ一つ萎み割れていくたびに覚悟とともに反芻したかもしれない人生の風景。
彼のその一連の「風景」について、自分の知る限りの記憶の山河を飛び越えつつ、私はたまに思いを馳せてみるのである。


by meo-flowerless | 2017-12-16 21:05 |