画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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珠洲日記1 2017.8.22~9.5

8月22日


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金沢発、バスで3時間。片側に続く日本海。能登半島の先端の珠洲市へ向かう。今日からまた、海のそばでの生活。







8月23日

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夫の作業場の壁の看板、よく見ると奇妙な文言。
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昨日は到着してすぐ大量の藻を干す作業が待っていた。今日は合間に、自分の仕事。
アシスタントで来てもらっている芸大生のM君は、木工機材を使いこなせるようになり大活躍している。く


8月24日

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仕事机を風通しの良い外に移す。午前中は、奥能登国際芸術祭で夫の作品の前で舞って頂く舞踏家のかたのためのチラシを作れとの指令。なんか60年代アングラ的な感じになってしまいまして…
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午後、ひたすら藻を干す。藻とはだいぶ仲良くなったよね。 お互い本名も知らんけど。
煎餅のように平たく乾いた藻を盥たっぷりの水で戻してから、再度髪の毛状に成型して干す。水と塩にまみれ海藻の匂いが染み付けば、なんとなく海に潜っている擬似気分にはなるのである。


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午前2時、深夜作業。っても私は最早ボンヤリと「うまい棒」を齧って放心しているだけ。激しく吹く夜風、海底から聞こえてくるような遠雷に【越冬つばめ】が似合う。
ちあきなおみの【ダンチョネ節】もいい。



8月25日

八月のブログを読み返してみて、あんなに色々考え事をしていたことを思い出せないほど、今は何にも考えていない。環境に順応するために人は思考の方法を変えるもんなんだな。今ここであんなに考え事していたら私はぶっ壊れるだろう。早く慣れよう。

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掌くらいあるお方が、翅を休めていらっしゃる。

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午後、銭湯施設のあと藻。やはり藻がだんだん嫌いになって来た。


8月26日

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共同宿泊所の朝飯に大好きな岩海苔の味噌汁がでた。でも毎日干している藻にしか見えず、テンションがさがる。ふとアシスタントのM君が「あの藻、地元ではガスモって呼んでるそうですよ。食べられないし役に立たないカスの藻で、カスをガスっていうんだそうです」
やっぱなあ…カス感クズ感しかないとは思ってた。しかしガスモという通称まで聞くとなんだか哀愁の存在だ。なので朝から丁寧にガスモに接することにする。水撒きも兼ねてホースで湿らせてやると藻も地面も私も気持ちいいことに気づき、夢中で水を撒く。


展示場所の海辺のテントで、夫、M君と三人で昼弁当。かき氷を夫が買って来た。風が時折涼しく、海は静かで透明である。塵も藻も魚もなんの影もない澄んだ波でぼんやりと足を洗って佇んだ。とんぼがいっぱい飛んでいた。

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宿泊所はBBQで大にぎわい。しかし酒を飲まず、今日は夫とともに深夜の作業場に戻る。夫が作業場に戻ると言うと他の作家やサポーターが信じられないという顔で笑い、奥さんもか、ともっと信じられないという顔をする。奥さん絵描きで自分の仕事もあるんだよ。
午前2時まで描く。外は波音のようであるが風の音である。腰には悪いが、簡易椅子で寝る。腰痛で度々起きてしまう。そのうち、風の音がやはり遠い波のざわめきだということを悟った。
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8月27日

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簡易チェアの上やっと腰が痛まない姿勢が整い、眠りに落ちるところで、夫に起こされた。「朝日見に行こう」
車で2、3分ほどの浜辺、夫の作品の半分の船体が置いてある中に入って朝日を待つ。外は既に秋の冷気だ。長袖二枚でも寒い。
海の朝日は生まれて初めて観る。空の一部が燃えてきて、あそこだなと騒いでいるうち、大きなたまごのように、丸い太陽が生まれてきた。いや、卵というより、まさに生まれる頭部の丸さを感じた。
沈む夕日の動きより、昇る朝日の動きの方が自然の動力を感じる。
黒い波は次々に背に金色をのせてきて、私の足元で桃色に砕けた。

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アシスタントM君ダウン。今日は宿泊所で一日中休んでもらう。疲れていないわけがない。心配である。結局私も午後は作業場で爆睡して過ごした。昨夜、きゃしやなつくりの簡易チェアの上で腰痛と窮屈な姿勢に苦しみ、寝相が決まらず全く眠れなかったが、不思議と今は腰も痛くはなく、デカイ体を縮めつつアクロバティックにチェアに順応しながら熟睡した。身体って慣れるもんなのね。不思議。


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作家本人はさすがに休めはしない。
空は見たことないほど微細なうろこ雲。風も心地よく、秋の到来を感じる。
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8月28日


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ヘルプを頼み、藻で御神体の髪を作る。全長20メートル。ボランティアの方々の仕事の丁寧さは完璧だった。藻が報われた。

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9/3、海の朝日とともに、夫の作品の前で繰り広げられる舞踏家の舞。「鯨の声」に合わせて舞ってもらうのだと言う。
「バイオリンで鯨の声をやって」と夫がいつにも増して難題を平気で指示してくる。「バイオリン持ってきてないか」だと。能登半島にかい。持ってきてるわけないでしよ。
東京の研究室に置いてあるバイオリン二台を急遽送ってもらい、そのうえバイオリン本格的にやっている学生一人を東京から呼び寄せることに。二人で弾くのだが…鯨の声をどう表現するか。やったこともないし演奏者でもない。しかし表現者の端くれなので出来ないというのも悔しい。なんとかやろう。


8月29日

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早朝、夫の作品の御神体が運ばれてゆく。新出製材さんの全面協力により。
四月から六月までは群馬中之条の丸伊製材さんに生活・制作全てお世話になり船体部分を制作、能登入り後は新出製材さんにお世話になりながら鯨の骨と、人魚を。本当に感謝致します。

8月30日


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夫の作品の隙間から海を臨む。砂浜に全長20メートル程の作品を昨日の雨のなか設置するのは死闘だった。男たちほど役に立てない自分でも、冷たい風雨と濡れた砂に全身まみれてグチャグチャだったな…。今日は打って変わって涼しく晴れ上がり、裸足で遊べ、砂まみれの意味が違う。さあどんな作品か、お披露目の日を楽しみに、だ。


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月夜の浜辺で投光器をともし作業。夜の激しい潮騒の横で、ひたすら100個のホゾにエポキシを塗る。



午前一時、波打ち際でバイオリンを弾いてみる。夜の波に対峙する気持は最高だが、バイオリンという楽器は全く自分に向いていないことを悟る。貧弱な音しか出せない。
しかし、旋律のイメージは浮かぶ。日本ならではの子守唄の音階が波にはやはり似合う。なんの明かりが、工場の灯りか漁船か。見えるか見えないかほどの点の光が連なって点滅しているのが、光るイカの体液のようだった。


夫が作業している船体の奥に入り込み、寝転んで丸くなってみると、すぐ眠くなった。
波音はゆりかごである、と実感する。どんなに言い古されている例えでも。船底の形は私を胎児のようにすっぽりと納める。波音には胎内に回帰させるような力がある。いつしか自然に居眠りしていた。



夢のなかで考えている。心が解放されている時に一番喜ぶ身体の部分は、私の場合は髪だ。長い髪がざんばらに解け、ロープのようにスルスルスルと四方に伸びていく感覚。そういえば夫の作品の漂着神は、まさにそのように髪が海に伸びていく形である。
昼間に浜辺でアシスタントM君が言っていた言葉を、そのまま実感する。「海まで伸びている漂着神の長い髪がじつは臍の緒であり、海の母胎と繋がっている」
心のなかで日に日にほどけ伸びていく想像の髪に、全くその通りのことをいつのまにか実感する毎日である。自分でも、何かから本当に解放されていっているのだろう。
夢のなかで寒くなり、居眠りから目覚めると、海風はぐっと冷え込んでいた。先ほどまで夜空にあった月や無数の星が全く見えない暗闇になっていた。


8月31日


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安永蕗子「風波のほか何もなき海に来て心一つの塊ぞ濃き」という歌が来るたびに浮かぶ浜。心一つの塊ぞ濃き、その一フレーズをとくに繰り返す。
風が強い。今日は立山連峰が遠く姿を見せてくれている。静かに穴埋め作業。


9月3日


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芸術祭開幕の夜明け、夫の作品のお披露目に、三輪福さんに舞をして頂く。
制作中全面的に支えて下さった製材所の新出さんがふと助言したことから始まった。舞手の三輪福さんを呼ぶ提案に、夫も彼女と面識を持ったことがあり、また彼女自身が実はこの地区で生まれた経緯があるなど、偶然が重なって話が急速に膨らんだのだ。


藻を干していた私も、この数日だけはその音響を任され、東京からヴァイオリンを本格的に演奏出来る油画学生の久保さんを呼び寄せて、構成を考えた。三輪福さんの舞は憑依的なものであり、音の方を決め事だらけには出来ない。当初私一人頭を悩ませていたが、久保さんのヴァイオリン即興力を得て、表現の幅が広がった。
珠洲はキリコ祭りの伝統がある。地元粟津地区の皆さんが大太鼓を叩いて下さることが昨日決まり、松明や竹灯篭を皆さんの提案で急遽用意して頂き、場が出来上がった。

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夫の作品は、この地区に伝わる「漂着神」の為のお宮をイメージした、破船と鯨骨を組み合わせたような大きな構造物。奥に人魚の像が祀られている。
浜辺を彷徨って破船にたどり着く三輪福さんの女神が、やがて大太鼓に合わせて激しく躍動し、鯨の声を思わせる久保さんのヴァイオリンと、アシスタント宮下君の打ち鳴らす太鼓の掛け合い音で、骨の輪くぐりのように舞う。
三輪福さんが取って代わり激しく丸い太鼓を打ち鳴らすと同時に、海面から真赤な朝日が顔を出した。朝日だ、朝日だ、と観客が騒然とする。なにもリハーサルもせず時間も測らないにも関わらず、まるで舞と音の流れに空が従うように変わっていく。
太陽を引き出した女神が太鼓を手放すと、私のアコーディオンの波音に久保さんが即興で合わせる静かな曲がはじまり、女神が波打ちぎわにたどり着くまでに、丁度朝日が破船の真正面に上りきった。

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東の空が真っ赤に燃えているにも関わらず、最後の締めの大太鼓に合わせるように激しい通り雨がこの場所だけに降り、皆四方に散る。
夫は船の上で全てを見守り泣いていたようだ。
奇跡というのは誰が起こすのだろう。誰にも起こせないから奇跡なのであり、皆で起こすから奇跡だとも言える。シャーマンのような三輪福さんが全てを繋いだ。
長い髪の三輪福女神の神々しさには鳥肌が立つような思いがした。静かな浜辺に打ち捨てられた「漂着神」に目覚ましいような夜明けを連れて命を吹き込むのをこの目ではっきり目撃した。


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昼間、作業テントを撤去した状態で初めて全容を見る。

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午後。ヴァイオリン奏者を東京に見送ったあと、夫・アシスタント・私の3人は作業場の思い思いの場所でやっと睡眠を貪る。久々に訪れた安楽の眠りは、けれど例えようのない虚脱感に満ちてもいる。秋の空のなにもなさ、届かなさが、大きな空白としてのしかかる。この虚脱感は私のものなのかわからない、全てほかの当事者たちのものでしかない、ということが余計に寂寥として感じられる。
別の人の夢にもぐりこんで、その夢を観ていたような夏だった。何処から何処までが私自身の経験で、感動で、動揺なのか、わからない。海の美しさも土地の印象深さも、全て夫に返さなければいけないような気がする。
経験とは誰のものなのか、創るとはなんのためなのか、夫婦とはなんなのか、芸術家とはなんなのか…海が美しければ美しいほど、モヤモヤとしたわからなさの中に迷い込む日々だった。


9月5日

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私は一旦帰京の朝。アシスタント宮下君もまた、今日を限りにこの作品も見納めか。
海も人々も経験も彼の青春に鮮やかな一撃を与えたんじゃないか。夫だけではなく私も彼の冷静な判断力に助けられることが多かった。感謝。昨日3人で見た小泊の灯台の月も廃駅の月も最高だった。

次は集落の祭りの際に、私は再び訪れる。


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一人帰る新幹線の座席ポッケに雑誌が入れてあり、夫の記事が載っていた。
当初のエスキースにほぼ忠実に出来たということ以上に、このものを作った時間に関わった人々の様々な知恵や創意や助力が吹き込まれているのを知っていることが、私にとって幸福である。
中之条と珠洲のふたつの製材所のバックアップに加えて、背骨部分の16メートルの巨大な流木と御神体を等身大で彫れるくらいの流木とが偶然展示場所付近に流れ着いてきたこと、それを集落の方々が引き揚げて下さったこと、そういう経緯もこのエスキースの形態を実現させている。奇跡というのは人外の魔法よりも、人の「縁」の方に近いところにあるのだと感じる。

by meo-flowerless | 2017-09-05 12:52 |