画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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白玉のブルース



ここ数日の夏風邪のあいだ、いつも部屋の隅に小さくラジオを流していた。
ある夜に「高校古文」らしき放送があり、内容は【伊勢物語・芥川】だった。訥々とした男性教師のしずかな解説だったが、妙に心に沁みる。最近短歌など読んでいるのもあるかもしれない。


プレイボーイの在原業平が、位の高い姫君をさらい出して負ぶって逃げる途中、嵐の御堂で鬼に姫君をふとした隙に喰われ、地団駄踏んで悔しがる…という筋は高校生の頃読んで覚えている。これは実際の在原業平と藤原高子の関係を下敷きにし、食った鬼は実際は、政略結婚の為の大事な女子を取り返しに来た藤原家親族だという。


負われている女は逃げる途中、草に光る露をみて「あれなあに」と訊くが、男の方は逃げることに一心で余裕がなく、その時には応えない。しかしいよいよ女を奪われて喪ってしまったときにどうしようもない悔恨とともに、なぜかその女の一言が蘇る。


白玉かなにぞと人の問ひし時露とこたへて消えなましものを



「この和歌こそが、クライマックスなのです」とラジオの先生が言う。
「あれなあに?真珠かなにかなの?と彼女が言った時に、ちゃんと『夜露だよ』と応えてやって、夜露のように二人で消えて仕舞えばよかった、という悔恨を歌った」愛おしさと切なさ極みなのだ、とも言った。
むかし授業でやったときに、このかなしさは殆ど分からなかったことを思い出した。男一人茫然と残され、たった一言のつぶやくような女の最後の台詞を空耳に何度も反芻している、この痛切。


高校のころは姫様が「あれなあに」と呑気そうに訊く状況が理解できなかったのに、今は脳裏に思い描ける。恐れ戦いておぶさっていた女が次第に宮中の監視から解放され、男との流転に身を任せ始め、一瞬間甘えた一言なのである。意訳すれば女の言葉は「ねえ、死んでもいいのよ」なのである。露はこの時代、消えてしまう儚い命の比喩である。なぜやっと二人の世界になった瞬間のその会話に応えてやらなかったか、心の声を聴きのがしたのか…という悔恨も男にはあるのだ。
無邪気な恋の逃避行にはこの苦い悔恨は有り得ないだろう。女の言葉も含めこの逃避行は初めから苦くアンニュイなのである。
言葉は悪いが、この和歌のブルース感は凄い、と感慨にふけった。


by meo-flowerless | 2017-08-13 15:27 | 絵と言葉