画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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佐賀日記〜波戸岬講座


8月4日



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新幹線で九州へ。長旅の始まり。飛行機じゃなくても、列車の旅はまあ楽しいからいいや。何もせず景色見て、食べて、寝て。内田百閒みたいだ。
弁当は必ずカツサンドで今日は浅草ヨシカミのもの。凄く美味しい。ウズラのたまご燻製もちゃんと買った。
この旅も、仕事ではあるのだが、兎にも角にも夏休みなのだ。あー夏休み、何と幸せなんだろう。何と有難いのかしら。リラックスして、背が10センチくらい伸びたように感じる。
音楽を聴くのに夢中になっていたら、あっというまに九州入りしてしまった。いつ海を渡ったのか波をくぐったのか…大学から家は死ぬほど遠く感じでも、不思議と東京から博多まではそう遠く感じないものだ。
しかしここからさらに唐津まで。そちらの方は流石に距離を感じそうだ。


ようやく車窓から海が見える。ぎらつく午後の波頭、千切れながら進む雲、九州特有のぽこぽこした山や島並み、濡れたような色の深い木立、全てが立体的だ。
かつて、白い砂浜を自慢していた九州女の母を連れて来たい浜。
そして自分自身が来たかった、理想の夏景色の只中に確かに来たことを感じる。







唐津の町に着く。一気に体力を、いや命を奪われそうな暑さ。町の静まり返った感じも相まって、青い炎のなかにいるようだ。歩けども午後4時に昼食を食べさせてくれる料理屋などはなく、ホテルの人に教えてもらった喫茶店も午後5時から。


しかし目に飛び込んできた「昼からの居酒屋」の看板。
私の気持ちを全て読み取るように階段一段ごとに「もうすぐ、頑張れ」「あと三段、カウントダウン開始」などと派手な張り紙をしている。一段一段、砂漠の旅人のようにぐったりしながら上る。
自室を改造したような店内におばさまが一人だけ居る。客は誰もいないが、メニューは確かに居酒屋並。こういう一人旅だから、もちろんミートソーススパを注文。町ごとのミートソースリサーチ。予測通り、砂糖がかなり入った甘めのトマト缶詰味。

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街を歩く目的が、もう散策でも取材でもなく、ひたすら「日傘」「日焼け止め」「帽子」を探すことに変わっている。少し道を外れてしまったせいか、うまいことそれらを売る店に辿りつかない。永遠に炎天に晒される運命のような気もしてくる。矢鱈に歩き回りやっと街の中心の三軒ほどで立て続けにそれらを手に入れる。三軒ともみな白粉のような匂いがしたようだったが、それは一軒めの薬屋で買った日焼け止めが鼻に入ったからだろう。手芸屋で買った800円の帽子は、「大きさはここを調節するんですよ」と言われたリボン部分をもう店一歩出たところでうっかり引き千切ってしまった。


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赤や桃色の外壁の時代がかった雑居ビルが目を引く。
和菓子屋に「ようかんアイスキャンデー」売っていて、桜色の紅煉羊羹がミルクアイスに包まれていて大変に美味だった。


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夕暮の砂浜に出る。強い風がすべての熱や湿りを冷ましてゆく。波音も少し不機嫌なくらいが爽快だ。左手遠くでは港でフェリーの霧笛が鳴る。背後では松林が風に騒ぐ。右手遥か山の上には、西日を受け赤くなった唐津城。
誰も居ない所にいたが侘しくなったので、大学生達が和太鼓のバチに合わせ空手的な舞踊している所まで移動する。口真似で「ドンドンドコドコドン」と整然と斉唱している。
飽きた多動性の男子学生が、波打ち際の海藻を頭に被り「ちょっと待った!」と何度も往復しながら告白番組の真似をして、その都度メンバーに振られている。



城下町の静かな屋敷街の夕暮れは不思議な雰囲気に満ちていた。豪勢な水槽の、桃色の水に飼われている魚のように街を泳ぐ。次の日には鯛として料亭に出される最後の一夜。
駅外れの雑居ビル3階にある和食屋で夕食しようと決めていたが、夜に行ってみると昼間の数倍も場末感があり、寒々とした気持ちになった。広い店内でいくつか座敷もあるのだが、奥座敷に地元の婦人連が寝転がりながら寛いでいる以外は、私しか客がいない。しんみりと御膳を食べ、黙ってビールを飲む。大きな水槽の巨大な鯛の群れを、誰がいつ食べるのだろうかと不思議な気持で見つめた。




8月7日


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台風を避けるため、予定を1日早めて帰京したが、佐賀は今日もまったく荒天ではないかもしれない。
夢の中にいるような不思議な三日間だった。唐津から玄海町や波戸岬に移動し、美しい海の集落での仕事。
棚田、稲穂、凪の海。風景は日本の美を体現したような場所だが、玄海原子力発電所が日常の光景のように道の奥に見えもして、複雑な心理に陥る。

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佐賀県高等学校・美術工芸講座への参加が仕事だった。佐賀県じゅうの高校から美術工芸・メディア系に興味ある生徒が100人以上集まり、一緒に夏合宿をする。各校から先生が30人も集まり、総出で引率。18年の歴史あるこの行事に、ここ数年は様々な美大からの教員を招聘して多様な1日講座を開設しているのだ。九産大に勤める写真家の進藤環さんに誘われ、九州への個人的な興味で参加を決めた。日本各地津々浦々喜んで出張すると思うが、九州は各県とも、行ける機会があるなら行きたい。
大学からの強いお達しでの出張ではなく、半ば自主出張なものだから、他の大学のグループ参加者と違い、私だけポツンと一人参加である。

:::

私の講座内容は、言葉遊びからシュールな世界観を引き出すねらい。まず文章で「架空の観光地」の光景を穴埋め式で書いてみて、そのイメージをさらに勝手に膨らませ、絵と説明書織り交ぜた、ある土地の「観光案内図」にするというもの。




町民会館と言えども立派な公会堂のような建築、その広いホールを与えられ、20人強の生徒に指導する。生徒は高1,2年で、中には中学1,2も混じっているため、どれほど語彙力が違うのか心配したが、中学生は優秀で、うちの芸大生と遜色ないくらいの語彙力で課題に向かっていた。



みな緊張しているのか、お喋りしながらやってもいいよと言っても静かで、試験のように真面目にカリカリ机に向かっている。たった5時間程度だが、みな密度の濃い仕事をしている。マインドマップを作っている子もいれば、言葉ではなく図的なドローイングを重ねる子もいる。小声で話し合いながらイメージを交換し合っている子たちもいる。
緊張が集中に変わってきたのか、最後の追い込みが凄い。一人一人じっくり講評できる時間設定ではないのが残念だ。


男子の方は作るものは骨太だが人懐こくて少し甘えん坊、先生先生とよく質問してくる。女子はとてもシャイでおっとりしており、繊細な感性の作例が多い。九州といっても隣の福岡とも長崎ともかなり違う気質を持っている気がする。


車の送迎から授業準備までK高校の中村先生という同世代の女性が担当して下さったが、非常に聡明で話の面白い、活発で魅力的な方だった。その後様々な高校の先生方が授業を見にきて下さったが、皆それぞれ熱い思いに溢れていて、接していても話しやすく楽しく仕事が出来た。建前の会話や過剰な挨拶などではなく、釣りの話や生徒たちの生活のことなど、ざっくばらんに話した。


夜は他大学の先生や高校の先生方と、漁村の小さな民宿で交流会だった。全講座の高校生たちは別の施設で合宿、きょうはキャンプファイヤーらしい。
大学の先生も高校の先生も、みな驚くほど仲が良い。上は60才くらいの人々だが、ほとんど青年団の飲み会か、年の近い親族や従兄弟の集まりのようにツーカーで楽しそうだった。皆が私を気遣ってくれ暖かく迎えてくださり、もう自分も昔からこの講座の参加者だったような錯覚さえした。途中、中村先生のバースデーを祝うケーキが登場し、部屋を暗くして祝った。


皆が民宿はボロだから期待しないで、と最初に言われていたが、私の旅の経験では十分満足のいく味わい深い、民家のような宿だった。客の足で磨き抜かれた廊下が懐かしい。交通安全の少女人形が何故か玄関先に設置されてあり、注意書きのフダを持たされていた。部屋は簡素だが、電気のスイッチだけハイテクなリモコン式で、フェードアウトのように静かに暗くなる。ここがやはり発電所の町だと感じさせられた。
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最終日は全講座の発表会、高校生も先生も一堂に会し互いの講座の内容を知る。九産大、九大、佐賀大、九州造形大、女子美、武蔵美、多摩美、東京藝大。陶芸の粘土ワークショップからクレイアニメ、デザイン企画、写真講座まで幅広い講座内容で、見ていてこちらが高校生として勉強し直しているようで、面白かった。
ただ、発表時間が僅か20分と短く、生徒にも私にとってもプレゼンが難しかった。


この佐賀の高校のような取り組みをしているところは全国にどれ位あるのか?先生達の熱い想いに驚き、なかなかこういう機会は自分にも訪れるわけではなかったので心動かされた。
県展の入選者を増やすとか大学に多く合格させる、といった目先の利益を厳密に避け、もっと深いところで感性教育に力を入れる覚悟を先生方から感じた。
講座内容も、単なる大学の客寄せに陥ることのない、ダイレクトに子供たちの思考に揺さぶりをかける授業ばかりで、私が全部受講してみたかった。大学と高校の交流というとともすると受験の話に終始してしまうが、もっと先の将来や人生の夢に繋がるような姿勢を各教員がが持ちながら取り組んでいた。
私自身、ああ今いい経験してるなあと思える機会で、訳も分からぬまま身一つで飛び込んでみたが勘に間違いはなかった、と思えた。


大学という教育機関に関わっているが大学生はもちろん、高校生だけではなく子供も年輩の人も、多様な人生と接し合うことほど大事なことはない、と実感している。
「どこか抽象的なところに天才がいてそれがたまたま自分の大学に入ってきてこのアーティストの自分様に出会い自分様が育ててやる」みたいなことをイメージするのは実に浅はかなことだ。現実には、様々な光景、様々な人生模様の中で、身近な先生や大人に大切なことを教えてもらいながら、子供はデリケートに各自の感性を抱きつつ何かを探している。その一人一人の人生の延長線上に、たまたま自分も加わらせてもらうのだ。こちらも現場に出会いに行き、頭ごなしに教育とかアートを理由に据えることなく、まず「人対人」として人の背景を知るべきなんだろう。いい経験をした。



by meo-flowerless | 2017-08-07 23:22 |