画家 齋藤芽生の日記


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【張込み】 野村芳太郎



【張込み】(野村芳太郎監督 '58)DVDをまた観る。好きな映画ばかり何度も観る。松本清張の簡潔な傑作短編を映画化したのだ。


刑事二人。同じ日課を繰り返すだけの凡庸な主婦を、ただひたすら張り込むだけのシーンが、大半を占める。刑事の心理がリアルに伝わってくるのは、実際に殺人課の刑事に徹底取材した結果らしい。
ストイックなテーマも音楽もフィルムノワール風に行くのかと思いきや、印象は全くちがう、ぎらぎらとしたドキュメンタリータッチだ。黒ではなく真夏の光、灼熱の照り返しの白だ。何よりもそこのところが自分は好きだ。地方の街角のかつての佇まいが、埃っぽさとともに絵巻のように流れてゆく。この風景の絵巻をじっと眺めているだけでも、傑作だと思わされる。また、商店街に流れる割れたスピーカー音の【港町十三番地】やサーカスの呼び込み、祭囃子、山の発破の破裂音など、音の要素が、全編を流れる淡々とした哀切さのクサビになっている。


刑事がほんの些細な手掛かりをあてに東京から佐賀まで延々と汽車に揺られていくのだが、車窓や駅の様子が順番に映し出され、その道のりの長さがやけに丁寧に描写される。青い山河、静かな瀬戸内海、車内に溢れかえる乗客、時代の様子が鮮やかに読み取れる。淡々とした描写に見えながらもちゃんと作られているな、と思うのは、距離の表現だ。特別に気の利いたナレーションやカメラワークがあるというのではない。けれど、ひとが何かを思い詰めて費やす流転の距離感と、目の前の生活光景の退屈極まりない固定感との釣り合い(不釣り合い)が、映像表現のなかで取れているのだ。


東京で犯罪を犯し逃亡した病身の青年がはたして、かつての恋人のもと、はるか九州に現れるのか。元恋人の女はもうよその人妻になっている。若い刑事は、勘だけで犯人が現れると信じ、わざわざ遠い九州に足を運ぶ。しかし、張込み先の家の生気もない凡庸な主婦には、犯人が遥かな距離を流れてまで会いに来るような魅力はなにひとつなく、事実何日立っても、犯人が接触しにくる気配はない。
見たて違いかと張込みを諦めた頃に、事態は動く。



主婦役の高峰秀子は、顔は平凡な主婦になり得ても、体つきや全体の姿がやっぱり華やかで、この話の生気のない主婦にはそぐわない感じがする。もっと身近なその辺にいそうな近所の女性などを想像しながら、この女の運命を見ていると、やっと胸に迫ってくるものがある。



男と女がつかの間逃避するのは、やはり「温泉地」なのだ。刑事が湯治場まで激走する野山の光景があまりに美しく切迫感に満ちている。意外なほど無邪気に語らい合う男女を刑事は見つけ、再び物陰から張り込む。ほんの数時間の淡い再開の会話のなかで、女は青春の光を取り戻す。一度生気を喪った人生を置き去り生まれ変わることを決意するのも虚しく、山宿の風呂から上がった時には、刑事だけが彼女を待っている。


「今すぐバスに乗れば夕方の主人の帰還に間に合うはずです」と帰宅を促す刑事の言葉の裏にも、女の人生の全てを察した苦さが滲んでいる。本当にこれ以上残酷な言葉はなかっただろう。別の場合ならば家庭への安らぎのなかに無事帰す言葉であるはずでも。



本当にそれだけの映画でケレン味もヒネリもなにもないのだが、それが一層悲哀を募らせる。まずは原作がいいんだな。
この映画のなにがいつも胸に突き刺さるのか。遠い親族などの幻影を絡めたりしているからその理由は複雑だけれども。
強いて言葉にするなら、愛のためにかける距離と、人生のためにかける距離とは、決して一致しない…ということ、が突き刺さるのかもしれない。
届かなくなったもの、叶わなくなったこと。そういう物事には皮肉にも夏の光の眩しさが似合う。

by meo-flowerless | 2017-03-17 10:41 | 映画