画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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無為無策旅行・ 愛知めぐり

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バス、電車、またバスを乗り継ぎ、知多半島の先端、師崎港へ。
暗い霧雨の平凡な県道景にうつらうつらしていると、時々夫が私をつついて起こす。目を開けるたび、白金色の眩しい視界のなかに広がる海があった。
師崎の港から、小さな船で日間賀島へ。ひまか島という響きがのんきで良い。着いた港の前に、数軒の魚介土産屋が軒を連ねている。一軒の前には「暇持て余し用」の椅子が三つくらい出してあり、椅子の背後の硝子戸に、ひらがなの「ま」の一字が書いてある。「ま」という字も何かまぬけで良い。
海水浴客や釣客に全く会うことのない集落の路地を、一時間ばかり、ひたすら歩く。
大きく育ったイチジクの木の多い島で、実がたくさんなっていた。




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前日は常滑に泊まった。夕刻に着き、焼物を作っている家々の路地の隙間を散策した。
黒みを帯びた焼物の欠片が垣に使われ、ときどき煉瓦の煙突の見える、小さいながらも重厚な色感のある集落だった。
行場のない陶器の破片や赤茶色の土管をそこここに埋め込み、訪問者に「焼物の町ならではの風景」を工夫して伝えているのか。本当にどうしようもなく焼物の瓦礫があるので、生活風景に自然に取り込まれているのか。判別は着かなかった。
そのなかのある家は廃墟のようだったが家回りに、他の民家とは少し趣の違う、圧倒的にどうでもいいガラクタ品を陳列していた。子供のままごと遊びの痕跡が取り残されているようにも見えた。その並べ方の繊細さに、自分の奥底の美に通電したような、静かな衝撃があった。前日の昼に観た名古屋の芸術祭展示より、よほど自分の人生を貫く光景だった。

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午前中の陽射しの中のせいか日間賀島の家々は、打って変わって水色や緑の淡い光の中にある感じ。海辺の集落の家々は寒色系のペンキで塗られているのを良く見かけるが、この島には、きれいなエメラルド色やレモン色のペンキで塗られている家があった。それとは逆に、漆黒のペンキで塗られている家もあり、西欧とまでは行かないけれども、少々異国情緒を思い出すような所もあった。


時折、小高い場所から下界の砂浜や海水浴場が見える。見えるたび、自分たちが同じ集落を延々と四角く巡回しているだけで、ちっとも東港から離れていないことに気付く。
監視台の影で女が三人電車ごっこのように縦列し、ビキニのひもを締め合っているのが遠く見える。全く遠くて見えないのだが、やっていることが何となく若い子ではなくもっと年増の、バブルのリゾートではしゃいだことのある女たちのような気がした。


夫と自分は各々マイペースで歩き、はぐれるのもそれほど気にしない。が、こういう迷路のような島では、さすがにはぐれるのはいけない。自分はかなり写真を撮ってゆっくり歩くので何度も夫を待たせたり捜させたりしてしまった。
次の乗継船出航までの時間があまり無いことに気付き、早足になった。もうここを過ぎれば、というラストスパートの直線トラックのような、長い一本坂が繁みの中にあり、「島」らしいな、と思った。そういう太陽に焼かれた一本道を、たった一台の白い軽トラに追い越されたりするのがまた夏らしい、とも思った。


着いたのとはちょうど反対側の、日間賀島西港から乗船。船は篠島に途中着しつつ、渥美半島の先端、伊良湖岬へたどり着く。熱気に身体がかなり疲弊している。船内では、冷えたポカリスエットのボトルををあご下に挟みながら眠りこけた。


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同じ愛知の知多半島と渥美半島。半島好きの自分には、半島から半島へ渡るフェリーは嬉しい。鹿児島の薩摩半島に行った時には、大隅半島に船で行けなかった記憶がある。
知多半島のほうが少し熱帯的、渥美半島は少し平野的、と勝手にイメージしていた。が、知多のほうでは大雨後の霧のせいで、どちらかと言えば暗い日本的な情緒を感じた。渥美半島に渡ると、空は裏返るほど金色に晴れ上がり、炎天下に広がる渇いた畑、スプリンクラー、風力発電の巨大風車、時折思い出したように現れる原生林的な木立が、行ったことのないアメリカ南部感を感じさせた。
「CALEXICO」の音楽にこれほど合う土地は、テキサス以外にはここしか無いかもしれないと、頭のジュークボックスで音楽を流しながら窓の外を見ていた。


バスの中から自分の作品の参考になりそうなドライブインや、場末の喫茶店をいくつも見かけ、たくさん写真に撮った。
途中の国民休暇村のだだっ広い駐車場が、砂まみれの旅愁を誘う。前時代的な建物と、たった一台の観光バスのぽつねんとした色彩。冷戦時代のソビエトの工作員が何かを仕掛けそうな風景。褪せた1960年代の天然色写真のような視界だった。
忘れられない過酷な暑さ、渇いた苛烈な風景。何かが凄く気に入り、自分一人の世界に浸ることが出来た。夫が何を思ってバスの車窓風景を見ていたのかは知らない。
この土地には、また来るような気がした。

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田原にバスが着いた途端、夫に爆走を促され、僅か一分も無い乗換時間で、ローカル電車に乗り継いだ。二両編成のやつである。
行先は義姉の家。姉は美容師なので、夫と私は散髪し、パーマを当ててもらった。夫はパンチに近い時の松田優作くらいになり、私もかなり強いパーマをかけてもらった。ますます「アメリカ南部旅感」が、自分の中で勝手に色濃くなった。
夫の実家で義母や義兄たちに食事に連れて行ってもらい、夜は広い家の畳に床を敷いてもらい、寝た。
自分は深夜まで一人オリンピックのレスリングに見入っていたが、横で夫が半分眠りながら暑さに苦しみ始めた。具合が悪そうで、顔が土気色になっている。額や身体は不思議と冷たい。内臓は暑くて表皮は冷えている。これは熱中症だなと思い、もって来たヒヤロンをあげると、首に当てながらすやすや眠り始めた。


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朝のうちに墓参をすませ、豊橋駅まで送ってくれた義母と別れる。
旅は二泊三日。今日で帰京だが様々な場所に移動し様々な目的を果たし、体感一週間くらいの濃度の旅になった。


あいちトリエンナーレの「豊橋会場」を観て帰る。出身地というのもあり、夫は名古屋会場よりこちらを楽しみにしていた。メインになるのは町中の、昭和色濃い雑居ビルだ。
名古屋会場の展示がピンと来なかったのは作家個々が原因というより、大きな美術館の箱モノ性と、芸術祭のテーマとのアンバランスのせいか。
【虹のキャラバンサライ】。旅のイメージは好きだが、【虹の】という抽象的で包括的な、平和・カラフル・多様性のイメージ語がどうしても大雑把に思えてしまう。ローカルのエグ味を甘いグローバル砂糖でコーティングしてさらにアート・メッセージ印字包装紙でつつんだアメを皆に配るような。


作品個々に関しては、場のスケールに見合ったインスタレーション手法の手本、テーマとリンクするメッセージ的表現の見本、その両極は存在した。が、そういうのの隙間にあるはずのモヤッとした「個の匂い」に満ちた作品(個の匂いとはは人のことでもあり場所のことでもある)が無い気がして、自分のようなタイプは、入り込めない。「凌駕するグローバルへのローカルの抵抗」的な命題より、「個こそ普遍を内包する」と考えるほうが、性に合っている。メッセージを盛り込みすぎず大型展にスペックを合わせすぎない、各文化圏の淡々とした手仕事的な作品を、もっと観てみたい。


しかし豊橋会場では、違う感想を持った。足で観て巡る理由、を自分自身感じられた。町並みのせいもある。適度な廃れ。ガタガタ市電の走る風景。絶妙に汚く哀調を帯びた建築。
ホワイトキューブに似合う引き締まったインスタレーションや、手業なしでテキスト等で意味のみ伝えるコンセプチュアル作品などは、ここの会場ではキツいだろう。展示としての難易度はそういうもののほうが高いかもしれないが、作品とはそういうことだけではない、と思う。逆に最近よくある、ドローイングや既製品を廃墟のゴミのようにただ散らしたような展示も、何の意外性も生まないだろうから、雑居ビル展示や廃墟展示は、たぶんそれはそれで難しい。


薄い建築物が長細く延々と続く不思議なテナントビルの、「水上ビル」。70年代のデザインセンスが色濃く残る高層雑居ビルの、「開発ビル」。その二つがメイン会場だったが、ビルの個性が作家を選んだのか、作家がこのビルを喜んで選んだのか、個々の作品イメージが合致していて、観ている自分の意識にも流れが出来た。
水上ビルの一階から四階までの廃墟空間を、すべて生きた小鳥100羽の飛び交う巣にした、ブラジルの作家ラウラ・リマの作品。小鳥がビルに住まう、それだけ。細い階段と、人が住んでいたとも思えない狭い空間。儚さと生命感に至近距離で対峙させられ、余計な言葉が一切無い。シンプルで、目の前の状況とその場所の磁場を、こちらがどのようにも観ることが出来て、不思議に飽きない。この作家がこの町に来て、何を思って何を観て何を発想するに至ったのか、想像する余地があった。


同じブラジル作家の作品で、「ナーヴェ」という、アマゾン川流域独特のカルチャーで使用されるDJブースを展示したのも、なんかよかった。ここの土地に来て発想したのではないかもしれないが、モノと場所との合致が微笑ましい。
暗い空店舗に砂を敷き詰めた奥に、オレンジや緑のプラ板をギンギンに組上げた、尖ったデコトラか子供の70年代超合金メカ玩具を巨大化したような物体が、唐突に鎮座している。用無しになった時代遅れディスコの化身。フルーツ屋看板のメカ化。鋭角にカッティングされた古臭さが、目の前にそこだけ切り取られて単体であると、未知の異物に思える。


鋭角カッティングは、続く会場の「開発ビル」の最上階の石田尚志の展示に繋がる。作品は映像だが、選んだ場所の素晴らしさ。多角形のスタジオ、ホール、楽屋、硝子張りの廊下のイレギュラーなリズムを全面的に使ったインスタレーションで、よく計算されている、と感心する。この場所を堪能したんだろう、と想像する。スタジオ奥の、逆台形にカットされた映写スクリーン、丸いネオン電球、建物裏階段の壁の真黄色と手摺の赤....前に見た「ナーヴェ」のカラフルな鋭角とシンクロして、流れのある「視線の旅」をしている気分になった。


水上ビルで立ち寄った花火の問屋の、花火のカラーテープの色彩や、中国製のLED発光玩具の色。【キャロン】という喫茶店のカラーリング。打ち捨てられた場所の無国籍性に寄り添うような表現体。
五感が勝手に、記憶を採集し編集できるような旅の仕方は、嬉しい。
美術体験にしても、作家や作品の有名性・話題性だけを辿らされるような道筋は苦痛だ。美術作品であれ町のオブジェであれ「誰のかわからないけれど誰かしらの『心』であった」という、モノの無銘性のほうを尋ね歩きたい。そういう思いがいつもある。


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最後のほう、キルギスのグリナラ・カスマリエワ&ムラトベック・ジュマリエフの映像作品に辿り着いた。「中央アジア、産廃を運ぶトラックの映像」というコメントだけで、多分自分の好みだとわかってはいた。
9分ほどの、きわめて単純で何の説明も無い映像作品だった。自国で展開している淡々としたドキュメンタリー制作作業の紹介、という感じなのだが、「世界は一生かかっても人が知ることの不可能な未知の光景に満ちている、その光景への裂目を自分なりに黙って提示する」という、無言だが堂々としたメッセージを感じた。


ごく短い無愛想な映像にも関わらず、涙が出て涙が出て止まらなくなった。美術展で泣くことはこれまでにほぼ無いのだが。
草一つない砂礫の荒野に延々と続く道路。巨大な産廃のジャンクを四角く固めただけの、黒汚れたトレーラー。中国語の書かれた、氷のように白い五台のトラック・キャラバン。中継地点で黙々と、梱包の烈しい重労働をする男たち。移動する家族なのか、スカーフの女たち。道沿いの、投げ捨てられ角がへこんだ小荷物のような、たった一軒の民家。そしてモンゴル系の顔のごつごつした男性がアコーディオン持って、トラックの脇に皆を集めて歌う、土地の歌。
【虹のキャラバン・サライ】に僅かに期待していた「旅」の部分が、怒濤のような正答として自分に押し寄せた感があった。


自分の中に感覚として溢れていながら、形にして出すことが出来ていないなにか。表現の段階になると急に手の届かなくなる、ある情感。濃密な旅への無言の、余韻ある返答。この短い映像にはそれらが詰まっている。
いつもなら泣いている私をからかいまくる夫が、この時ばかりはからかわなかった。夫も見終わったあとしんとしながら「これが普遍だよな」と呟いた。
暗い黄色の灯で照らされているタイル張りの給湯室には、同じ彼らの、同じ旅のドキュメント写真が貼ってある。写真には映像より遥かな雄弁な色彩や、出来事の濃密さを思わせるものが、映り込んでいた。映像と写真のバランスを思って二度泣けてきた。「たぶんその涙は忘れないほうがいいよ」とまた夫が言った。
by meo-flowerless | 2016-08-20 21:30 |