画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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2016年5月の日記

2016年5月の日記



5月4日

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付近の川の鯉のぼり流しを見に行く。高尾山を背にこの川を眺めると、京都の鴨川に似ていると時折思う。
しかし今日は高尾山がやけに迫って見えた。真徳も「高尾山あんなに低い山だったか」と言っている。
若葉の彩度が高く山の木の一つ一つが立体的に見えるから、視界の中で近く見えるのかと思った。



技材の研究室裏に野澤が自宅から鯉のぼり流しを持ってきて飾ったのだが、一日ですぐ引っ込めてしまった。まだ四月中だったからなぜ引っ込めるのかと聞くと、雨に濡れたらいやだからっすよ、と答えていた。
学部の一年生が描きたがっていたのに少し残念だった。確かに昨日のような嵐ではくちゃくちゃになっただろう。
そういえば銀ちゃんの畑のいろんなものが、嵐のあとで散乱しているだろう。
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成瀬巳喜男監督【旅役者】(1940)観る。それもまたyoutubeで。とぼけているがこんな隠れた良作あったのか。名脇役の藤原釜足が主役をつとめているが、旅一座の「馬の前足の役」という設定がもう面白く、しかもそれに物凄くプライド持っている男で、はまりすぎるくらいはまっている。ひょんなことから役をはずされ、本物の馬にお鉢を奪われ、後ろ足の弟分と旅先でふてくされている、というだけなんだが、1シーン1シーン味わいがある。




5月6日

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憧れの青緑の花を買う。ただインクで染めた菊に過ぎないんだけれど。
蛍光青緑にとても憧れがあるのだが、絵具にもそういう色はないし、蛍光ペンにも黄緑かブルーかしかない。いつも青信号の光を綺麗だと思ってみるが、ああいう電気的なものではなく自然発光するような色合いの青緑が見たい。色材としてあるエメラルド色やピーコックグリーンは何かくすんでいたり白濁りしたりしている。絵を描くときに如実にそのくすみを感じる。
花を染めた青緑は理想の色に近い。生きた白い花びらが、苦しみながら不自然な色を吸い上げ、苦しみながら滲んでいるからそういう色になるのかもしれない。


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「香港の葬祭用品店をグッチが提訴しようとして、地元民から反撃のクレームに遭い、逆にグッチ側が謝罪する」というニュースを見つけた。「無害なローカル文化のひとつ」に対して目くじらを立てたことを恥じて、謝罪という形になったらしい。
面白いニュースだなと思ったのは、この中国圏の「紙製の葬祭用品」に前から興味があったからだ。
ベトナムの市場の葬祭用品問屋街でそういうものを見かけた。偽物のお札を「あの世で使うお金」として死者と一緒に火葬する文化は有名だが、そういう偽の紙幣だけでなく、紙の衣類、紙の携帯電話や宝飾品、ドールハウスのような紙の家まで山のように売られていた。
紙細工の儚さ、キッチュな色彩、死というものと接している危うさが混在して、惹かれる場所だった。紙のワンピースや眼鏡などを買った。模型の家は大きすぎて持ち帰れなかったのだが悔やまれた。
その紙細工のかばんや靴にブランド名かロゴかなにかを入れていたのだろう。商業的に無害か否かだけではなく、文化として根付いているか否かという「線引き」を、グッチ側がある程度理解しているのだなと思った。


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小磯竜也君たちの編集した雑誌『言葉製望遠鏡』の創刊号がついに出るらしい。小磯君は芸大の油画の卒業生でいまはデザイナー。ものすごくセンスが良い。言葉製望遠鏡というコンセプトからして、よい。
私は文章をよせた。このブログの分室みたいなかんじで書かせてもらった。
創刊号の特集テーマが[花は見るだけ、写真は撮るだけ]というフシギなものだった。それは実際に花壇にあったなぞの立て看の言葉が気になった小磯君が引用したらしいのだが、自分はそれに合わせて、小さい頃に宝物だった「花の香りのボールペン」についてのエッセイを書いた。




5月7日

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今日は特に細かい衣服を描いた。



5月8日
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また母に大きな赤い花を買った。笑ってしまうくらいでかい。ベゴニア、花径20cmくらいある。
ほんとうは、大きい赤い花を母が喜ぶだろうというのはほとんど私の思い込みかもしれない。
「吾亦紅(われもこう)」というささやかな赤い花の名をかつて教えてくれたのは母である。神様が赤い花を集めた時に地味な暗い赤のその花だけ忘れたので、「我も紅!(あたいも赤いんだよー、えーん)」とみずからから名乗り出た、という謂われも、母が教えてくれた。
赤い大輪のダリアを見ても母を思うけど、山で吾亦紅を見ても、母を思う。

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母が花を持って帰る時、「後刻参じよう、だよ」と突然言った。
何のことかと思ったら、私が前に書いた昭和初期の少年の学習帳のなぞなぞ、【主人が留守の時に来た来客が五千三十合と言って帰った、どういうことか】の答えを解いたらしい。
まだポカンとしていると、紙に「1石(こく)=10斗=100升=1000合」と書いて、つまり5030合は5石と3升(ごこくとさんじょう)だから、後刻参じよう(後でまた来よう)だ、と説明した。
「そういう有名ななぞなぞが、あんの?」と聞くと、別にないが普通に解いた、という。



5月9日

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今気付いて並べてみたのだが、院生からタイのお土産に貰った「バランス帽子」と、四年生が大学の物々交換所(食堂の脇にある)から持ってきて半ば強引に譲り受けた「闇カーディガン」を合わせると、くどい。



5月11日

制作中に自分がかける選曲に酔いしれてラジオパーソナリティになりたいと昔から思うけど、喋るのが面倒くさい。有線で曲選びしたい。いや体なくして有線放送そのものになりたい。

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ある学年からは影で「メオザウルス」と呼ばれていたと昨日聞いた。それは多分D君の命名らしいが彼はまた別のときに、地べたからよいしょと立ち上がった私に「カラオケの地縛霊が動いた」と言った。




5月14日

朝から夕方まで大学の仕事が何かしらあり、夜から夜明けまで大学のアトリエで制作する生活が続いている。個展が近いから。ストレスで血圧が上がっていざ眠ろうと思っても動悸がして眠れない。眠れないまなざしをアトリエの棚に向けると、【城達也のジェットストリーム CD10枚組】が目に飛び込んできた。
前にストレスの極地だった時に買ったヤツ。いいのがあった、と思い、全曲ituneに入れたのも思い出し、久々にかけたら、とてもよかった。いそしぎ、真珠採り、ムーンリバー...これぞザ・イージーリスニングという感じ。リアルタイムで聞いていないけど、FMの深夜放送でやっていた番組の編集CDだ。夜間飛行のおとも、機長がゆっくりと音楽とともに世界旅行のご案内をする、という趣向。
「満天の星を抱く夜の海がなんとかかんとか、深い静寂になんとかかんとか...」という詩のような朗読が差し挟まれる。そういう、プラネタリウムのしじま感、アイマスクでリクライニング感、大好き。「くつろぐ」ということばを何百光年ぶりに思いだした。

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この間買った真赤なでっかい花、「球根ベゴニア」とだけ書いて売っていたヤツは、なんと「金正日花」(キムジョンギリア)というそうだ。なんだよそれ!
北朝鮮では前の将軍を記念する花として国中で栽培されているようだ。
もとは日本の栽培家が作った花だったのだが、北朝鮮から名義の権利を譲るように再三依頼されて、とうとう名義権を譲ったとか。
北朝鮮の式典映像なんかにボコボコうつっている花の山みたいな赤いやつが、あの花だとは。そしてそれが日本のホームセンターに売っているだなんて。花にもいろいろな運命がある。



5月15日

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近所の道に、今日は蝶ではなく蛾のオオミズアオが落ちていた。風で飛ばされてきたんだろう。
オオミズアオは、憧れの蛾だ。夜に揺らめくように飛んでいるのも、朝の光を受けながら飛んでいるのも、別世界の鳥のようで美しい。
でも停まっているところをしげしげ眺める、とやっぱり蛾のゾワッとする迫力がある。チョウチョのように指先に這わせるのは、ちょっと恐かった。
棒で安全な場所に移動させようとしたが、地面にしがみついて離れようとしないので、弄るのをよした。
この虫は気位が高く、孤高な感じがする。
高校の頃、デザインの授業で「自然科学のポスター」という課題が出たとき、深赤の地にこの薄緑の巨大な蛾を画面一杯に描いた。英語では【LUNA MOTH】(月の蛾)と言う。その文字は白のヘルベチカでデザインした。



5月18日

通勤路、話題の某美術展の行列が凄い。三時間待ってやっと会場に足を一歩踏み入れることが出来るそう。中はどうなっていることだか。今までも行列の出来る展覧会を目の当たりにしたことはあるが、今回の行列には、なぜか特に違和感を感じさせられる。誰が悪いと言うわけでもないが。
高校生の時から自分が憧れた作品群と言えば、色々あるなかでもやはりこの絵師の画であり、もちろん観覧したいが、今回は無理かとも思う。



あの行列に対する悶々とした感覚は何か、自分で分析してみる。
遠いところから一生懸命に来てまで観たい人が行列する心に対して、いやだなどとは思わない。絵師の素晴らしさを広めるテレビも、まあ悪いと思わない。展覧会をやる美術館を悪いなどとも、全く思わない。なのに、どうして。



このイヤさの根は、自分のなかに潜んでいるのだろう。
私個人は、包容力のない時空間で誰かの創作物を見ること、に抵抗がある。もちろん見せるのも。
日本の美術館の、「鳴り物入りの企画展」は、あの包容力のない時空間から逃れられないだろう、と思う。それは発信する館側だけではなく、受け手の観客の持つ要素からも来る。
「官」の政治や権威とはまた別の圧迫、「民」にも文化 ー 情報 ー 経済の圧迫的なめまぐるしいループが存在している。この時代、日本に限らず、それがいよいよ自省不能なほど空回りしているんじゃないか。



混んでいるから見えづらい、というだけではない。話題性だの知的好奇心だのの膨張に、自分のなかのシンプルな「ものを見る」やりとりが押し潰されることによる見づらさ、がある。
自分は出来ればそれを回避しながら、ものを見たいし経験していきたい。一生に一度しか見られない機会でも、縁がなくて逃すしかないなら、逃していい。
でも、包容力のある時空間とは一体なんだ?出会いとか運を思わずポコッとうみだす温床、みたいな感覚があるが。



孤独の中でものを一からつくることと、つくったものが晒され消費されることとは、全く別の時空の出来事だ。「その両方の出来事を生きる」ことを、表現を志す者は、大なり小なり強いられる。
その齟齬にもろに苦しさを感じる作り手も、少なからずいるはずだ。自分もそのような作り手の一人であり、その苦しい齟齬を思い出さざるを得ないからついあの行列を、苦々しく思ってしまうのだろう。



表現行為というものは、人々と繋がることを目指していながらも、人々に愛でられたとたん、何かひとつの純潔が喪われていくような気がすることがある。まして話題に上り、傍若無人なまでに褒められなどすることは、あえて極端に言うならば、弄られ・蹂躙され・なぶられるのと変わりない、くらいに感じる。自分のような、注目にも値しない地味な作家が、こう言うのも、なんなんだが。

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まあもっとはっきり言えば若いやつに見せてやれよ、と思うよ。週一で三十代以下デーを作るとかさ。
中高年や観光客が美術展によくお金を落としていくというのもわかるけど。




5月20日

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隣家の「ブラシの木」の花が西日を浴びて美しかった。

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大学や上野公園ではいま楠の花の匂いがとても良い。しかし楠の花の匂いはおととし、学生に教えてもらって初めて知ったのだ。



5月22日
隣室で夫が聴いているラジオからの音声が、壁を隔てるとなぜか、ブォーボボボ、ブォーボボボという、遠い暴走族バイクのうなりに聴こえる。
日頃、孤独感は自分には適度に心地いいものだが、夜のどこかから遠い暴走族の音が聞こえてくると、なぜかそのときだけぞっとするほどの孤独感に耐えられなくなる、へんな癖がある。


かつて、寂しい湿地帯のひと気のない取手校地に泊まり、休暇中など誰も登校しないためたった一人で夜制作していたが、心細くも淋しくもなかった。
が、ある日窓から夜風に乗って、キュルキュルキュルキュルという執拗な車ブレーキのドリフト音が聞こえてきた。何回も、何回も。
突然、もくもくと心に妙な心細さがわいてきた。私今ここに本当に一人ぼっちなんだぞ…と改めて、感じはじめた。



遠い河川敷で走り屋が派手に車を回している音だと気づくには、時間がかかった。
その音が、なぜか鳥肌が立つくらいの寂しさと孤絶感を連れてきた。
もう大学で一人泊まったりするのはあまりしないようにしよう、と心底思った。
なぜかは今だにわからない。怖い、とかではない。


で、なんでラジオの誰かの声が「ブォーボボボ」というへんなリズムに聞こえるのか、確認しに行ったら、爆笑問題太田が、つぶやきシローの真似をしたイントネーションでずっと喋っていたのだった。その響きとリズムだった。


5月23日

制作の時に60~70年代歌謡曲を聴くことが多かったのだが、ここ最近1980年前後の代女性ポップスにシフトしてきた。
化粧品のCMなどの主題歌に使われていた女性シンガーの曲は都会的な大人の女性を思わせ、スタイリッシュだった。幼い頃は、何時か自分もそういう大人の世界に行くんだという憧れを抱いていた。が、歌の中の彼女たちと同じ20代になってもなぜか「私ももう大人の女性なんだわ」などと自信を持つ日はやってこなかった。なんでだろ?もっとわびしい想いをした。時代も変わりすぎた。バブルも弾けた。ネット社会に皆吸い込まれていった。あのなんというか、水の中の打ち上げ花火みたいなクールな華やいだ東京、という感じもしなくなった。


30代後半くらいからようやく、「私ももう歳だし色々責任もたないと」という渋々した気持とともに、憧れとは違うかたちながらも、大人の何たるかを少し分かり始めている気がする。
今更AOR風味のはいった80年代女性歌謡がしっくり来ている。
黒のクレール/大貫妙子、舫い舟/小坂恭子、まぼろしの人/茶木みやこ、やさしい人/大橋純子、漂流/八神純子、荒涼/ハイ・ファイ・セット、走馬灯/森山良子 うみなり/渡辺真知子….大ヒット曲ではないものに、名曲が多々ある。

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八王子駅ビルに「富澤商店」があるの知らなかった。久しぶりに「焼きココナツ」を買って幸せいっぱいになった。駅の自販機で「バニラミルク」という飲料が売っていてすぐ飲んでしまった後で、焼きココナツと合っただろうに、と後悔した。焼きココナツを焼きアーモンドスライスと一緒に、学校でポリポリ齧った。人間には「何かをポリポリかじる」という、欲望の大きな領域がきっとある、と感じた。


5月27日

ひと月あまり食わず寝ずの生活が続き、講義の緊張の開放感からいきなり体育館で激しくバドミントンなどしてしまい、また朝の6時まで制作して、さすがに具合が悪くなった。帰る途中のファミレスで出されたパスタを一口食べてもう気持が悪くなった。食欲がないことは珍しい。しかし夜中に冷蔵庫に湯葉を見つけて、つるつる食べたら、身にしみるほどおいしかった。湯葉、たまご、レタスくらいしか食べたくない。


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バスに老女集団が乗ってきて激しくお喋りしている。ひとりが噂話で「おしゃれだよね、あのおばあちゃん」と言ってすぐ「おばあちゃん、はないか....あの」と自分で省みて、何て言い直すのかと聞いていたら、「....先輩」と言ったので、思わず笑ってしまった。

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どこかの公職の人が同僚の女性に対し「老いて劣化が激しい」という手紙を送りつけたとかいうので問題になっていると言う。呆れるけど身につまされる。どういう状況だったんだろう。
最近、若い頃とはまた違う意味で、自分が女であることの何とも言えない不気味な影みたいなのに怯えている。年齢のせいもあるけど時代のせいでもある。非常に魔女狩り感を感じる。今度の個展の主題もそんなところである。





5月30日

黒い留袖の着物には、いろんな裾模様がある。黒から白にグラデーションに明るくなって、ポツポツと波やら橋やら漁り網やらが描いてあるタイプのやつがあるが、そういうのには妙な、宇宙の真昼のような時空感を感じて、絵の中に入りたくなる。

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この季節、夕方ごろ気を失うように眠ってしまう傾向があるのは、気圧のせいか疲れがたまる時期なのか。アトリエで疲れたなあと横たわったら、いつの間にか記憶がなかった。
しょっちゅう見る「何かの合宿に学生を引率に連れて行く」夢を見た。
【「先に寝る」と宴会を退散して雑魚寝の蒲団が敷いてある大部屋に早く引き上げる。古い家屋のような場所で、昭和三十年代や四十年代の古い婦人公論やプレイボーイなどが積んである。へえと思って蒲団でパラパラめくる。エッチな劇画を「おお...」と思って読んでいたら、部屋の入口に人影がある。学生の誰かが逆光になってこちらを見ている。エッチなページを見ていたのを見られたのが恥ずかしいのでごまかしてパラパラ違うページをめくっていると、人影が何故か枕元まで来ていて、「証拠よこせ!」と言いながら雑誌を引きちぎって持っていこうとつかみ掛かられる。おどろいて顔を見るとそいつは張り子の鶴のかぶり物をしていて、嘴で頻りにつついてくる。恐怖だった。】

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S先生の授業で潮干狩りに行ったようでアサリのお裾分けをほんのすこし貰った。なかにヤドカリが紛れ込んでいて、家も喪い、瀕死の状態だった。お盆に塩水を貼り、むき身のヤドカリのまわりに、銀ちゃんの貝コレクションをいくつか並べて「好きな家にお入り」と皆で見守った。
ウニのまるいカラに一生懸命入ろうとする姿を、皆に見せてくれた。そのうち視線を感じたのか、動きを止め、陰に隠れるような素振りを見せて、弱っていった。そして死んだ。
by meo-flowerless | 2016-05-01 19:50 | 日記