画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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別府温泉の海綿手品

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いかにも地獄という言葉を好みそうに思われるが、自分にとっての地獄のイメージを冷静に遡っていくと、温泉に行き着く。
別府鉄輪温泉の「地獄巡り」のせいだ。
いかに地獄のような宿題に終われようと、地獄のような片想いに身を焦がそうと、昔から「はぁ〜地獄だ」と溜息つくたび、脳裏に赤茶色の温泉池がぼこぼこと泡を立てているのが見える。別府血の池地獄である。「もうだめ....死....」くらいにまで疲労が達して見える灰色の不気味な泥世界は、別府坊主地獄である。



思春期に別府を訪れるまでに、私の頭には既に色とりどりの泥地獄のイメージが出来上がっていた。母は大分を点々と移り住んだが、回想する時に一番多いのが別府の話だったからだ。
煉瓦を溶かしたような赤、ミントアイスのような水色。
不思議な温泉池の色たちを事前に正確にイメージ出来ていたのは、母の形容が的確だったのだと思う。おどろおどろしい血の池地獄より、涼やかに青い海地獄が100度の熱さだ、というようなギャップが、「美しいものは怖い」という信念をさらに掻き立てた。



初めて訪れた時には、池そのものよりも、「地獄の釜」的に硫黄汚れした温泉施設の建物や、ホテルからの湯気に圧倒された。工場群が無機質な内臓のように生々しく思えることがあるが、剥き出しの温泉施設の配管やポンプは、別種の黄色な内臓のように感じられた。
くたびれた地獄の動物園の獣たちの倦怠感が、温泉毒にやられる日常を見せつけてくる。濁った水にサンゴ色の嘴の黒鳥が泳いでいたり、巨大な黒い猛禽類が目の前で翼を広げたり、晴天の空が黒いくらいに青かったり、「別府にはコントラストの黒い影がある」というイメージが焼き付いた。



一通り観光を終え、親が疲れて宿で眠ってしまうと、私はぶらぶら土産物漁りに出た。
暇そうなおじさんたちが店番をしている店。ただでさえ古びた温泉世界から、逆レンズで昭和初期を覗いたような色合いが、レジの後ろ辺りにぶちまけられている。見世物小屋の楽屋裏というのはこんなだろう。
蛍光色のエビやカニの玩具をひたひたと水につけている水槽、金魚鉢などがレジまわりにゴチャッと置いてあった気がする。安花火の染料が雨で沁みた色、褪せた水中花、そんな色の空間。



濃い青空の記憶からすると、季節は決して秋冬ではなかったはずだ。
けれど派手な花柄の「ドテラ」を着た男の人がいた。
劇場幕のようなカーテンの向こうの畳には、ストーブの赤い灯があったイメージさえある。ドテラ男はカンカン帽をかぶっていた。古物屋の主人によくいる感じの「シレッとした根暗な丸顔」だったように思う。



私の視線を感じたドテラ男は新聞から二、三度顔をあげて私を見て、三度目でおもむろに話しかけてきた。「手品見せてあげるよ」
唐突だったが、既に先方のいでたちが唐突にふさわしいので、驚きもせず私はうなずいて男の前に立った。散らかった机のどこかから男はポヨッと赤い柔らかいものを手の中につかみあげ、レジの混沌の中のどれかの水槽の水に、一瞬それを浸した。
「手品というよりも、まずこの海綿がチョット珍しいんだよね。大分でしか手に入らない」
「海綿.....」
「こう水につけるのがポイント。海綿だからね」
言いながらドテラ男は手の中で濡れた赤い海綿を揉んでいる。



「城下ガレイはもう食べた?」「いえまだ」「是非食べなさいよ」のような覚束ない会話の間も、ずっと男は海綿を揉んでいる。
「別府湾のね。非常に特殊なところに、この海綿がとれるところがある」
と少し遠い目をして男が言う想像の先にぼんやり別府の海を想像しかけたときだ。男の手から、さっきの塊の子どものような小さな赤い丸い海綿の玉が、ころころ、次々とこぼれだしてきた。
「あっ!!!」



もう一度見せてください。とせがむと男は「何度でも。だって特殊な海綿なんだもん、自由自在」と言いながらまた揉み、手の中ではまた一つの赤い丸い塊に変わっている。
「ええ、どうして?手品ですよねこれ、どういう仕掛けなの」
「仕掛けも何も、そういう海綿なんだって」
揉んではぱっと手を開き、揉んではまた開きを繰り返し、その度に赤い海綿は分離したり親玉に戻ったりする。「海綿」という言葉が私の想像力を狂わせた。暗紅色の海綿が豊後水道に漂っている様を、夢のように思い浮かべた。その海綿だけが、手品、とか仕掛、とかいう言葉から勝ち抜いて、頭に残る。
そして何より一番の魔術的なせりふを、とうとう男は私に言ったのだ。
「こんなの、珍しくもなんでもねえよ。その棚に売ってるよ、いくらでも。800円」



【SPONGE MAGIC】とか何とか商品名が描かれた安っぽい箱を、宿の部屋で私は開けていた。
両親が、何か言いたそうだが言わない、と言う顔でちらっと見ている。
箱から出てきたのは、赤いスポンジの球(大1ケ、小9ケくらい)と赤いスポンジの鳩だった。
自分が思い描いていた豊後水道の海綿と随分違うな、と、いやな予感がした。
説明書の通りに、私はスポンジを弄った。
「スポンジボール小を小さく折り畳んで、スポンジボール大の穴の中に押し入れます」
穴ってなんだよ、と思い手にとると、スポンジボール大は真中がぱっくり空いた袋状になっていた。それに、あれ?水に浸したりしなくてもいいのか。もみもみして、揉んでいるうちに大ボールの穴から、畳んだ小ボールを揉み出します。以上、終わり。




.......そうだよな、魔法の海綿なんかじゃないよな、と独り言を言っている私に、母は「今気付いたの?」と冷静に言い、父は、「ばかだねぇ」とあくびまじりに言った。やけになってその旅行中スポンジ手品をマスターしようとしたが、難しくて出来なかった。



20年近く経って今度は夫と、また別府を訪れた。
硫黄の匂い、温泉卵の湯気のもうもうと立つ中、だみ声の投げやりな調子で、地獄池を解説している拡声器の男がいた。
顔は定かではなかったが、そのカンカン帽姿を見て、瞬間的にあのドテラ男だ、と思った。
だとしたら、相変わらず投げやりながらも、前見たときよりも真剣に仕事をしていた。



九州育ちの母も自分の幼時体験の中にただの一度も地震の記憶はないと言う。
久住高原、別府、博多.....親族がいたり母の縁故の土地だったりするだけではなく、熊本では市立美術館での展示や作品収蔵など、自分にとっても縁が深い九州。
思い出の中にあるというよりも、九州と四国は、いずれ移り住みたいと思うくらい好きな土地である。
被災のことも今後のことも、心配でならない。
by meo-flowerless | 2016-07-23 12:36 |