画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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日記

人が集まって白紙から何かを作ることそのものよりも、
既に色が付いて重さのある複数の人生がどうしようもなく交錯すること、の方に、
自分は多くを学んだ気がする。
その重さや傷が身体にあって初めて、ではその身体を使って白紙から描いてみようか、
と言えるんだと思う。








......

この職場には老年から青年まで居て、いろいろ言う。
時には合わない人がいることもあるかもしれない。
でも、初めは雑音に聞こえることでも、あとからその雑音が胸に突き刺さる音になってくる。


昨日の佐藤一郎先生の展覧会レセプションで、かつて退任された先生方から頂いた言葉、今いる学生達から聞いた言葉たちは、どちらも今の私にとって瞬時に胸に突き刺さる、切実な美しいものだった。
どこの場所にどういう立場でいようと、なにかの当事者としてちゃんと語る率直な言葉の重みは、重い。


......


先日ある涙に立ち会って、口では励ましてみたけれど、心は電気に打たれたように立ちすくんだ。
切実とは、たんに切羽詰まっていることではなく、切ないなにかが実るということだ。
憎悪であれ焦燥であれ愛であれ、実らせたくない果実が歯止め効かなく熟することの苦しさだ。
その実の重みに耐えられないほど、まだ幹が細くて若いなら、なおさら。



彼らの人生の切実さは、鳩尾を短剣で抉ってくるかのように、表現の表層以外のところから、急に襲ってくる。
こちらが何か言い聞かせたがっている限りは、見えず聞こえずすぎてしまう。
そして切実さには、生半可な言葉でも抱擁でも答えられない。
切実さに対峙出来るのは、切実さだけなんだ。



.....


どの年代のアーティストか、学校の何期生か何年生か、
などという俯瞰図で人の名前を記憶しようとする日常の中で、
時を越えて直接自分に深く突き刺さってくるひとがいる。
どうしても思い出とか青春とかに属せない種の出会い。


.....



若ければ無垢な白色だと言うわけではないし、逆に老いているから純化されて神々しいわけでもない。
人にはもっと色味や濁りがある。密度がある。
空疎な看板文字を白く磨く仕事より、密度で支えることの仕事のほうを自分は担う。


......


絵を描くってやはり、身体反応なんだよ。どんな風な仕組みややり方があろうとも。
その瞬間をじっくり受けて反応し、身体反応で返すというようなことを忘れてはいけないんだよ。
人間も同じ。あなたがここでやるべきことも、そう言うことだと思う。

と、坂本一道先生に言葉を頂いた。



.....
by meo-flowerless | 2014-01-10 14:02 | 日記