画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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日記

心の逃げ場も身体の逃げ場も、いくらもあるけれど、意識の逃げ場がいま全く無い。
誰からも遠いところで、たった一人で自分に刑罰を科したい。
誰も知らないとこで自分を半殺しにしてから、誰にも知られないように自分をそっと助けたい。







......


「文化人」的な物言いをしたがる輩の土俵にすぐ引きずり上げられそうな立場で働いているけれど、そんな土俵に上がってはいけない。


......



黙ったままでいたら、それはどこにも何も届かないのは当たり前なので、
黙らないけれども、
怒濤の渦を巻き起こすことだけが社会への意思表明なのだ、という風潮にも、乗ってはいけない。



同じく、黙ったままではたったひとりの人の元へも気持ちは届かないんだけれども、
口に出して手に入れさえすれば望みが叶うというわけじゃない、ということも知っていなきゃいけない。


......



意思表示、を水に喩えたとしたら、私は水を水槽に閉じ込める。
暗がりの大水槽に、音も無く色彩が回遊するのを、人が黙って佇んで傍観する為に。



外部に流して人を巻き込んでこそ水の流れだろうが。
と、唆されても、自分で思っても、踏みとどまるのだ。



水温の冷たさ、色の匂い、届いてはこない流音。
そういうものを硝子の皮膜一枚隔てて想像させることが、私にとっての、社会への批評の距離だ。
という自負から、ぶれてはいけないのだ。



.....



箱の中におとなしく閉じ込められた表現なんて、社会のどこにも、誰にも突き刺さっていかないよ。
というような物言いを、学生時代から何度、聞いただろう。
でも、そんな言葉に反発したから今の自分があるのだった。



一人の人間が何かを黙って見つめることで世界を感じようとする、そういう余地を、
勢いやら義憤やらから出た攻撃性の洪水で押し流そうとするのは、無知なひとのすることだ。
いまの社会の流れに対しては敏感でも、人間を、世界を、歴史を知らない。そういうひとのすることだ。


引っ掻き回した濁り水は、時代の荒波風に見せかけながら、本当にただ誤魔化しに濁ってるだけかもしれないから、そんな水は避けたい。
それを無視して、静かに時間を掛けて、澄みたい。


気取りやがって、という物言いに対しても、
どこかの野暮が自分の野暮を再確認しているだけの話であって、乗ってはいけないのだ。


.....




意味ありげな言葉の応酬ほど、想像力を奪うものは無い。
と、いつか思ったあの実感も、忘れてはいけない。
私の言葉は正面から投げつけるためのものではなく、横顔を眺めさせるためのものだった、ということも、忘れてはいけない。


.....



私本人に対してではない、私の立場に対しての、当てこすりや無責任なつるし上げは、場所を変えない限り止むことは無いだろう。


いちいち傷つき揺れないために、どうやり過ごせばいいか。
雑念を何もかも忘れられる圧倒的な空気や色や音は無いかな、といつも思う。
それをいつも探している。
そして同じようにそれを探す人間のために自分もそういうものを作ることを目指すのだ。



.....


見知らぬ誰かを救済するとか、未来ある若手を育てるとか、まだ見ぬ国の将来を憂うとか、
ということに夢中になる前に、
私は私の苦悩を悩み抜く時間をきっちり取るべきだ。






ざわめきながら噂をする声がして、その方に向かって言葉を投げて見たとたん、白い目と沈黙が返ってくる。
そんな状況には思わず怯んでしまうけれど、言葉を投げかけるのでなく、作品を投げかけるのであれば、返ってくる沈黙の意味はかなり別物である。


....


いつかひとに届くのだ、ということがどうしても信じられずに、
どんどんボリューム上げて声高になっていく言葉は、たとえ内容が素晴らしくとも、正しくとも、単純に聞き苦しく、見苦しい。


言葉であれ図像であれ、容(かたち)と姿(すがた)を駆使してひとに表現を届けることが、私にできること。
それを忘れてはならない。







目の前に光の道があっても、影に隠した秘密の宝物がもう一日中気になって気になって、人生がちっとも進んでいかない。
みんなどうぞ成功して真昼の光に消えてってほしい。華やかな世界に飛んでって、視界から消えてほしい。私だけ一人残り、ゆっくり宝物を堪能する時間をお願いだから頂戴よ。
という気持ち。




素敵な思い出の遺し方を心得る大人になればなるほど、じつは想い出より切羽詰まったものを強烈に焦がれるようになる。

そんな中年の切実は青春よりずっと汚いし、受け手も皆無なのだ。
風船の中一人で砲丸のように居ることは、誰をも幸せな気分にさせない。
by meo-flowerless | 2013-12-15 02:26 | 日記