画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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島日記14

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この海で泳げるのももう今日くらいか、と。荷物が減り暗くなった部屋で思い立つ。
陽に乾いた緑の森を車がくぐる。
毎日めまぐるしいカーブの揺れにも酔わず、海上を飛んで行くような車との一体感に馴染んだ。
小蒲野の浜に降りていく。
黒ずんだ電柱一本。萎れた夏草。深紅の鶏頭。墓前の造花の薄緑。






多くの旅をして、様々な土地の海を遠くから見ることには慣れ、でもどんな海ももうこの先は、立ちつくして眺めるだけとばかり思っていた。
頭の天辺から爪先まで惜しみなく水に濡れたり、痛いほど砂の上で寝たりする瞬間が、自分に訪れることはないだろう、と。
人前ではもう水着になりたかないから、と言い訳もして。


久しぶりに水の中で目を開けるときは怖かった。
いまは水底にゆらめく光を見ながら、水のなかに身体を帰すことの快感を享受する。
この海は、毎日崖の高いとこから想像を絶する半球の広さを見せてもくれたし、恐る恐る関わろうとした私を受け入れて懐に沈めてくれもした。
誰にわからなくとも、また自分はすこし変われた。この海はそれを知ってくれている。
視界を超え身の回りを覆い尽くす海の光。頭の芯まで濡らし尽くす水の浸透。
何かを喪いかけたとき、この感覚をたよりに、取り戻せる気がする。



水中眼鏡で足下の魚の群れをずっと見る。細い縞の魚一家。これが父母これが子、と名指しできる。
手で掴める位置にいるのにかわされ、自分の周りを回遊される。
楽しげではなく彼らすら何か、夏に追い立てられるような寂しい慌ただしさだ。


あんなに澄んでいた海水は今日は少し濁って、木切れや藻が波の端に浮遊している。
盆が済んだらクラゲの季節という俗説の通り、丸い白い奴がごみのように打ち寄せる。
足の裏に激痛が走ったのでクラゲに刺されたのかと思ったが、別に腫れはしなかった。
水クラゲは無害だというが、たまに肌が触ると中年男のような弛んだ感覚があった。
しばらくはひどく痛んだがムヒでなおった。

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盆が過ぎた途端に空気は一変した。
魔法のようにこの世を変えた灼熱の光は、もう確実に消えた。
晩夏の空は青く暗い。入道雲が不気味に現実を呼び返す。
しずかに熱が引いた朝の視界のように、影という影が厳密に目に残る。


自分が遠ざかるのか、この場所が遠くなるのか、それともすべて遠くはならないのか。
何もかも予測できない。
場所だけではない、誰か人に対しても、これからはわからない。遠さを測るということが。



ばたばたと思い出をつくろうとしていた自分の態度が、もういやだ。
そういう日々の消費の仕方は拒絶したい。
光り輝くものを全部過去に押しやらない。あの時はよかったなどと追想しない。
場所が変わっても続く。私の海は私の中にある。
私の魔法は私が携行している。どこにいても解き放てる。
故郷がないぶん私はみずから動いてどこにでも行き帰りできる。
願わくば、そう思いたい。


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夜は明るい。もうすぐ満月になる。
宿舎の隣は元小学校の校庭、その向こうには広い畑が広がる。月と対峙して煌煌と光る除虫菊のハウスが美しい。
海の光と山の闇、どこにでもあるそれすら目を向けないで生きていく人が風景を奪う。
それでいながら国土だ領土だと言う。道を造ったのは自分だと思い込む。


真夜中の畑の真中で毎晩誰かが大騒ぎしているように聞こえる。
初めて来た時は青い月夜に一人でわめく男の声が響き渡り不気味だった。けれど近づくとそれが次第に野球を実況しているのに気づいた。
一本の電柱に括り付けてある防災スピーカーから夜通しラジオが流れっぱなしなのだ。ラジオをくるんであるビニール袋が絶えず震えるほどの音量で。
今夜も女の声が交通情報を夜の真ん中で絶叫している。存分に夜空にエコーしている。
作物を荒らす猪を除けるためらしいんだが、見えない夜のカカシがたった一人で狂気を振りまいているようで、物凄い。

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by meo-flowerless | 2013-08-20 09:47 |