画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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島日記11

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高速艇は海のタクシーだ。ミシンみたいに一直線に青い海面を縫っていく。
小豆島沖、僅か30分弱。今日は犬島に向かう。犬島もこの夏会期から、瀬戸内国際芸術祭の舞台だ。
巨大な銅の製錬所跡にそそられる。煉瓦造りの巨大な廃墟を、今は美術館にしている。
大企業が総力を入れている島はやはり、集めるアーティスト、施設、観光客の質と量、どれをとってもレベルが違うらしい。それは犬島の港に着いてもすぐわかる。




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黒い木造のモダンなチケットセンターには、INUJIMAという渋い銀の文字が光る。
わずか20メートルくらいの入口までに、既に多くの案内スタッフがいる。
島に着いて、すぐぶらぶらしていい訳じゃない。
小豆島のあの取りつくしまのなさや、女木島のひなびた路地のような、そういうほったらかしのものは表側から見えない。
製錬所美術館方面にすぐ誘導され、帰りの船の整理券をまず渡され、その整理券を提示しながら船のチケットの列に並び、瀬戸芸パスポートに判を押してもらい、スタッフから観覧に際する注意事項を聞かされ、手荷物を預け、という美術館のセキュリティ並みの関門をくぐり抜けて、製錬所美術館散策が始まる。
すばらしい管理、手厚い保護、アートの未来は暗くない、という第一印象とともに速攻湧いてくる心の小声。
......疲れる。


製錬所跡はさすがに、前時代の乾いた傷口を露呈しながら、大迫力である。
が、「ここはもしかしたら地中海かもよ」的な、さりげなく洒落た誘導柵や案内板が、何となく違和感がある。
作品群はやはり見応えある。この夏のさなかに来ても後悔しないアートの場であることは確かだ。
ただ私自身のなにかがそれほど呼応しないだけだ。


命えぐる陽射しのなか、体中の汗水垂らしてまで他人の作品を見て回ると、心動く作品と動かない作品とが自分のなか顕著に別れる。それは作品そのものの評価では決してない。
あくまでも自分の認識の問題なんだが、こういう正直な認識というのは、表現者の自分に対する戒めにもなる。


草ぼうぼうの僻地の厳しい気候のど真ん中に放り出され、その目前に「作品と言う名の物」がただただ設置してある。
という状況には、へえ、そう、という感想しか持てない。というのが正直なところだ。
たとえは悪いけど、職場の美術学部の庶民的な大浦食堂に、真白のワンピースの音楽学部生たちが洒落た店のベーグルかなんかをわざわざ持ち込んで華やかに食しているときの感じに似ている。


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逆に不思議と、「ただの物」になら心動いたりする。
漁村の家に放置されてるブイとか、ただ積んである瓦など、よほどそのほうが芸術の本質と直結してる気がする。
それらは素直に、いろんな物語を喚起させる空気を纏っている。
説明なしの無言の空気なのに、文学とであれ音楽とであれ映画とであれ、直に血管が通じてる気がする。



いくつかの『家プロジェクト』を見て回った。
どこからどこまでが作為か無作為なのかわからず、気もそぞろに歩き回るしかない。
いい庭だなと直感的に民家に目をやっても、これもアートプロジェクトの一環なのかと思うとかえって色褪せて見えたりする。
道行く森ガールならぬ瀬戸ガールたちは、私とは全く逆の認識で「すてき、ただの田舎の島じゃない、アートっぽい島だ!」と思ってみてんのかなあ…と思うと、またむずがゆくなる。


そんな中、ジュン・グエン・ハツシバの映像はわりと素直に響いてきた。
言葉でうまく言えないのだが、「島風景の密度の中、一個の人間の密度に出会えた」感じはした。
事情はわからないが島の産業に携わる人が二人、延々と飄々と同じことを繰り返す映像。
けれどなにか出来事を想像させ、物語をこちらに喚起させる。


ああそうだ。出来事の「事」を渇望させられるのかもしれない。「物」よりも。
とくにこういう場所では。
ただの漁村のブイも、物であって物でない。
それは島での「事」の一端として見えてくるから、自分に響いてくるのかもしれない。



柳幸典の作品は、完成度も高く場所も美しく、製錬所美術館のオーラにぴったり沿っていた。
しかしこういうアクの強い場所で作品展示をする難しさというのを、妙に感じてしまったりもした。
二十世紀産業遺構が纏う光と影、旧き家屋の断片と文字の断片に潜む日本らしい情念。
というベストマッチを鮮やかに提示している。
でも、やっぱりそうじゃなきゃならんの?というつぶやきも、つい漏れる。
映像作品に使われていた血の滴るような赤い明朝体文字の文面が、三島由紀夫の文章だったと後で知る。三島の持つ重い死臭のようなものと産業廃墟の禍々しさに共通するなにか、を感じての作品らしい。自分などには、全くそのような真っ当な日本文学の料理の仕方はできないな、とぼんやり考えていた。


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が、夜になって、自分に取って重要な一つの小説のことを、稲妻のように思い出した。
松本清張の「或る『小倉日記』伝」、最初期の短編だ。


もしかしたら私のつくるもの、書くこと、生きてる上で選択することのベースには、この小説が下地に隠れてるんじゃないか、という気さえしてきた。
独学で在野の身ながら生涯をかけて、森鴎外の小倉時代の日記などという地味な研究に日々を捧げる、体の不自由な息子、それに黙って一生付き従う母。
報いも答えもないただそれだけの人生の点景。
あらすじは曖昧で、雰囲気しか記憶してない。
まして、どこか一部分の文章を切り取って私が借用するようなこともないだろう。
ただあの小説に書かれている「事」は私の中にも内在する「事」の一部であり、私の家族や周りの人々のどこかに通じる「事」の一部でもあることはたしかだ。


自分は絵の中で手を替え品を替え「物」を扱いながら、ある同じ「事」の見えない輪郭を何度も確認しているのかもしれない。
インスタレーションであっても、小説であってもそうなのかもしれない。


偶然自分の大事な何かに触れた気がして、やっぱり今日は犬島行ってよかったと思った。


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犬島で、暑さに倒れ込むようにして入った島民家改造型食堂で、真徳が言った。
「家プロジェクト、ってのは桃源郷をテーマにしてんのか。おれ、桃源郷、やってみたいな」
やってみたいとは、作り手として表現したいということだろう。


リノベーションなのか新築なのかは判然としない家屋がいくつかあったが、家プロジェクトは島民の居住地に点在していた。
その中にアート作品が花開いていた。ただ花開きすぎて桃源郷を表現しているというには遠いイメージもした。
「桃源郷テーマにするの難しいだろうな」
私がボソッとつぶやくと
「気配だよ」
と真徳は答え、また言った。
「誰かがそこに住んで、いつかいなくなる。そしたらそこが自然に桃源郷になる。別の誰かが見つける」


なるほどと思う。桃源郷は、つくろうとしてつくれるものじゃないかもしれない。
例えば建築家が目指す本質は桃源郷というより理想郷という言葉の方が合っている気がする。
今この島で見たいくつかの風景も、理想郷とかユートピアというならしっくりくるかもしれない。
言葉のイメージの問題だから厳密な答えなどないが。


桃源郷を想う。それは個々の認識の問題なのだ。と思いたい私がいる。
敢えて特定のイメージを切り取って提示するようなことは、桃源郷からずれていく気がする。
おれ桃源郷というテーマやれるな、と言った真徳が、ではどうやって作品として桃源郷を表すのか、と想像してみた。


いや、こいつならやりかねないな、と思い当たって、ぞっとした。
生涯かけて彼がどこかで一人生きて、いつか消えて、やがてそこに誰もいなくなる。
一抹の気配と痕跡を残すだけ。
誰かがそれを偶然桃源郷のように思う可能性を、草木や風が黙って待ち続けるだけ。
そうなる頃の彼の隣にもその場所にも、何故か妻としての自分がいない。
それがはっきり見えてしまう気がした。


この想像の表裏のように、私のなかに「或る『小倉日記』伝」があるんだろうか。
多分自分が重ね合わせるのは作中の母親の献身ではなくて、松本清張自身の眼差しだ。
人を愛せば自分も女だから、母親のように惜しみなく尽くす心を持つこともある。
でも自分の愛が最後に選ぶのは、この心ではない気がする。


松本清張の眼差しの中に仮にかれの桃源郷があるとしたなら、それは花咲く野辺の道ではあり得ず、山奥の迷い家でも、仙人の谷でもあり得ない。
そんな「物」たちがどこかに転がっている訳で決してはないのを、松本清張ほどその人生のなかで知っている小説家はいないがする。


「或る『小倉日記』伝」には何の桃の花も咲いてないけれど、あれを生んだ眼差しこそがじつは、桃源郷を見いだす眼差しなのだ、と思うのだ。
言い換えれば、「事」を伝える眼差しのなかにこそ、夢の本質もそして絶望さえもある、というか。
「事」を伝える人物には隠れ里からきびす返して山を下りなければならない人生が残っている。
この眼差しを私は果たして持つ覚悟なんだろうか。


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by meo-flowerless | 2013-08-13 00:53 |