画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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島日記2

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朝の雷と大雨で目覚める。
昨夜の制作では疲れがたまってて、眠りながら手だけは絵を描いているという二十年ぶりの状態を経験した。朝見ると他人が描いたような粗い筆跡になってて焦る。

朝のうちに別の島に渡る行程をやめた。雨がやんで昼すぎ母を国民宿舎に迎えに行く。
母は楽しそうにしている。
でも私は常に心のどこかで、小津安二郎の映画みたいに親が一抹の寂寥を感じていやしないか、と心配でならない。

げんに今日が母の誕生日だということ忘れていた。
旅行させることに夢中になっていて、肝心のことを。



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昼食、島でも評判の海辺の食堂に連れて行く。
「亀の手」という名の......これなんなんだ、貝なのか、藤壷類なのか、海藻なのか、とにかく亀の手の形した珍味のつまみを頼む。
ほんのり磯の塩味の、爪の先ほどのみをむしって食べる。母はおそるおそる口にしている。
食べるとこが一口しか無いオコゼの唐揚げを千円も出して食したがほとんど鋭利な骨で口の中がずたずたになる。

店の子供が描いたのか一句張り紙がしてある。
「ひつぱられる糸まつすぐやかぶと虫」
こんな俳句ひねり出す子供は天才かと思ったが、ちゃんとした俳人の句らしい。




昼後は二十四の瞳の映画村に行く。
木下惠介の映画、高峰秀子が大石先生やるやつはもう何度も見てその都度百回ぐらい泣くのだ。


岬の分教場の教室のセットが今も海に面してある。
白砂の運動場で、訪れる客や子供が竹馬や輪追いをしている。
シュールレアリスムの絵みたいなうす青い非現実的な風景。

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母は海辺の灰色っぽい灌木が潮風にざわめくのにとても反応していた。夾竹桃の花の林に風がざっと渡るのにも。
かえって他の島に渡ったり名所観光したりせず良かったと思う。
彼女がいつも反応するのは、風、植物、匂い、空気、光、そして、過去。
ゆっくりそれを探す旅だ。


島の裏側を占める苛烈な採石場の山岳の風景の中で、松の木から松葉を一本だけ抜いて、思い切りにおいを吸い込んでいた。
それは母の故郷の久住高原のにおいだ、と私も思った。



島のほぼ裏まで車で行って、いつも気になっていた誰もいない海の家の海岸で停まった。
旅でなにがしたいかとはじめに訊いた時母は「貝拾い」と言ったのだ。
母は貝を拾い私と夫はそれぞれ別々に漂着物遊びをする。
誰かのブラジャーを拾った時点で内心「勝った」と軽く優越感に浸る。
でもすぐこの墓標は風が倒して行った。

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棚田の所では私はかかしに夢中で、母は害鳥駆除の赤や金色のテープをしきりに写真に撮る。
明日真徳は自分のワークショップで「本気の忌避物体」というテーマをやるらしい。
忌避物体とは鳩よけとか猫よけとか何か忌避するものを駆除する為の人形とかそういうものだという。

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彼がこの数ヶ月の遍路生活の過酷な孤独の中、忘我の疲労感で山路をあるいていたときにいつも目に飛び込んでくるのが、家々の軒や脇にぶら下がったり置いてあったりする、その家の人が作った害鳥除けや害獣除けの造形だった。
「なんか本気の物体なんだよ、獣と直にやり取りしているブツだから。俺らのやってる美術なんか、何となににも突刺さらない代物なんだろうと思った」



 
私は夕暮れ母の取っている宿でお風呂を借りた。
薄曇りの海だが日没前二度だけ、約束してあったような夕日が姿を見せた。
風呂の中では金色の夕日を見て、部屋で髪を乾かしている時赤い夕日を見た。


『八月の濡れた砂』母が前に私に向かってに歌ってほしいと言った。
あたしの海を 真っ赤に染めて
夕日が血潮を 流しているわ
本当にそうだ。今も血を流している、と感じた。


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明日母だけ島をもう出てしまうので、残り花火を浜でやろうと言った。
けれどどの浜も、夜釣り客やキャンプ客など先客が居た。


一つの堤防沿いに車を停め、電灯一本立っている薄暗い埠頭を一瞬間だけのぞくと、禿頭の小さな老人が黙って横向いて埠頭に腰掛けているように見えた。
「ああここもひとがいる」
とあまり考えもせず踵を返した。
が、よく思えばあまりに鳥じみた宇宙人ぽい人影だった様に思えてぞっとし、もう一度見ると、それは、でかい鳥だった。
白い海鳥が微動だもせず、じっと横向きに思索する様に佇んでる。
あいつ.....何をそんなに考えているんだろう、としばらく見ていたが、ふっと大人の顔をしてこっちを見、大きな翼広げて海の闇にゆっくり消えていった。


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海水の中に花火を突っ込んだら、水の中でも火が燃えた。
初めて知った。たくさんの泡を噴出しながらも青緑の炎が水中で怒り狂う。



でかい鳥も、水の中の炎も、昨夜の鹿の群れなども、私も初めてのことだらけだけど、母にももちろんそうだったようだ。
自分の一生の中であとどれくらいこの「今更ながら初めて知った」を経験できるだろうか、と思った。
by meo-flowerless | 2013-07-31 10:08 |