画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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竹下邸の夕陽

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四、五年間世田谷のある町に住んでいた。まだ学生気分の抜けない時分。つっかけですぐに、若者が集まる繁華街まで気楽に行けるのがよかった。山折り谷折り複雑な地形の、高台の天辺にアパートはあった。






来る日も来る日も街をぼんやり彷徨した。
学生生活も終わり、友人達も働き始め、疎遠になった。勢いでこなしていた様々なことにも行き止まりが来る現実を知り始めた頃。自分も働いて稼ぐのに精一杯で、遊ぶ暇も場所もなく、絵をどんな場所で見せるということすらはっきり決断着かず、事情もわからず、憂いだけがあった。
自信も何もあったものではなかった。
やっと来た、ある画廊での展覧会の話。全て広報もし終え、絵も描き終えて、あと一ヶ月で開催というとき、突然画廊主の好悪感情により展覧会を取りやめられた。
たった文書一枚での、理由なき一方的な通達。
事情を聞きに乗り込むと、よくわからないようなしどろもどろの言いがかりをつけられ、この人とはもう本当に縁を切った方がいいと痛感した。私のために画廊あてに知人から届けられたらしいガーベラの花が勝手に流しに棄ててあり、炭化しているのかと思うほど枯れ果て、種が干からびたまま散乱しているのを見て、戦慄した。

啖呵切って縁を切ってきたはいいが、また、絵の世界や社会との細い糸が切れてしまい、孤立した。
誰からも忘れられてしまった気がした。
誰の視線も、私付近の空気の前では滞空時間が一秒程度に感じられた。
自分の絵に全ての愛憎のとばっちりが行く。安額に入れてある自分の絵を、力任せに蹴った。

その地形による景色が夕陽を際だたせるのか、あの頃の気候のせいなのか、住んでいた五年の間、夕焼が異様に赤かった記憶がある。
その日も苺のような夕映だった。
隣家の猫は妙に人間じみて、すねた少女のように頬を手摺にもたれ掛けさせ、何かじれている。鍵っこ猫。影が長い。
自転車は昼間の驟雨の水を吸ってしなびている。向かいの静かな学生寮の壁は、良い加減の焼けた桃色に暮れなずんでいる。
古い品の良い邸宅街、恐ろしいほど何事もおこらなさそうな平和のゆえに、かえって何か死臭が漂っているようだった。
いずれ来る死、その静かな、焼滅の光という感じがした。

赤い街を徘徊した。
日頃知らぬ道を通った。角を曲がると突然出現する、教会の「ネオン十字架」の赤い色に一瞬足がすくむ。ありふれた家並みも影の斜度が深く、デ・キリコの絵のように非現実的に見える。
燃え上がる夕映えを背に、突然物々しい塀に囲われた敷地が現れた。

日本家屋の邸宅。
どろりと暗い、形のわからぬような棟が、松の影に複雑な構造で広がっているように見えた。
まるでお忍びの料亭か旅館、いやそれ以上に隠微な古さを持った一角だった。
自分の目線より少し高い塀を飛び上がって覗いたところで家の詳細は見えはしない。
気味が悪いが、何か不敵な微笑をたたえたような暗い表情のある、いい家だ。

塀を曲がると、カッと赤い丸い光が目に飛び込んできた。私は赤い丸い光には瞬間的に非常な恐怖を催す。
なぜか仰々しいその家の石の門の前に、小さな交番がある。その交番の赤いライトだった。この家に付属の、ただの守衛ではなく警視庁の派出所だった。
木の陰鬱蒼とした暗がりの中、人形のように動かず警官が一人、緊張して門の前を守っている。

門の表札に「竹下」とある。どういう勘が働いたか瞬時に、その「竹下」とは、旧首相であった竹下登であり、その邸宅なのだろうと悟った。そうでもなければ警察という国家権力を使って家を護衛させることは出来まい。
家に帰って調べてみると、やはりそれは事実であった。

竹下登。田中角栄の手下でありながらそれを凌ぐ裏の「政治」力で政界のドンにのし上がった人物。バブル崩壊の時代の狭間に日本のボス猿として君臨し、引退後も影の権力者として日本政治の裏の実権を握っている大物。あの「泣き顔」の小さな老人の何処が巨人と言わせる恐ろしさを持つのか、ちっともわからなかった。
国会に籍を置きながらも、病の床についていると報道されている頃だ。
殆ど会話が不自由になってもいまだ日本政治の二重構造の核心として病床から様々な指令を出している、不気味な姿を想像していた。
その竹下登は、こんな家に住んでいるのか。
自民党の政治家など微塵も共感したくはないが、しかしその家の余りに奥深い闇の佇まいに、妙に「去りつつある政治家」の風格を感じた。

竹下登自身には興味が全くわかないが、その家の前の交番の赤い光の前を歩くことが習慣になった。
いつも警官がじっとりと汗を掻きながら佇んでいた。町の交番の警官より、非情で非常な感じがした。どんなメンタリティーを持つのか、勤務後追跡してみたいと思ったが、しなかった。

その頃、余程孤独感を感じていたのだろうか。毎日その家の前を通るうちに、竹下登が知人のように思えてきた。思い入れはないがとにかく病状が何となく気になった。その家の中で病床に着いているとは思われなかったが、不気味な老臭と妄執が屋根の影から漂ってくるようだった。警官の顔からは、人間の病変や日常臭など全く読みとれない、そのことがさらに興味を引き起こさせた。
ある夏。とうとう竹下登が死んだ。
どう考えても思想的には嫌いな政治家であったのに、「あの人はもういない」という妙な空虚感があった。
今頃あの家の前でも葬儀をやっているのだろう、黒い車が集まっているだろう、テレビでも映しているだろうな、と思ったが、もはや野次馬のようにそれを見る気はしなかった。
数日後、空蝉のように誰もいなくなった、抜け殻の交番を見た。
もう誰も見向く必要のなくなった「何かの巣窟」。ある時代の空気が完全に終わったのかもな、と思った。

その後数カ月しかたっていないと思う。
再びその家の付近を差し掛かって絶句した。
その一角は、あの塀も日本家屋も木々も交番も全く何一つ残さず、ただ広大な砂の更地と化していた。
赤すぎる夕陽だけが溶けた飴のようにその更地を流れていた。
時代が終わったなんてものじゃない。
あまりにも呆気なくその人間の匂いも痕跡も歴史も、政治と関係ない小さい庭の虫も鳥の巣も、家のカーテンも電気釜も、全ての気配が消された。そこだけが「新しい時代」という空虚な力からの無惨な空襲にあったように、焼跡じみている。
昭和はこういう風に消されていくんだなと思った。

時の節目にこうやって無惨にも一瞬で砂埃にされていく、かつてそこにあったはずの時代の細部、ひとりの人間の密度、ささやかで個人的な証拠物件。
忘却という名の永遠の「死」は、人間の欲望の血生臭ささえも軽く凌ぎつつ、全ての痕跡を無に変える。

夕陽の空地跡に、忘られていく者の叫びを聴いた気がした。
自分がこれから描きたいものは、多分こういう幾千の叫びに対する、何らかの体の底の呼応なのだろう。
by meo-flowerless | 2005-12-03 00:44 |