画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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孤独の波打際

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人の賑わいの近くにありながら、誰からも忘れられている真空地帯。
思わず迷い込んだ道の行き止まり、不意にそういう場所に辿り着くことがある。
雑踏を背後に過ぎ、自分たった一人、断崖の先の「無」に立ち会ってしまうことがある。





「私という人間は、人の意識の果てにいる」

それを踏み越えたら私の存在は人の世からふと消えてしまうのだろう。
が、決して踏み越えることはなく、直前のところで私は人の世の喧噪に帰る。
が、たまに、そのぎりぎりの波打際まで自分を追いつめなければ、そこまで逃げなければ、そんなにまで忘れられなければ、何故か耐えられない時がある。
こんなに「一人」なのにもっと「一人」になりたい。

私立小学校に通学するのに、毎日JR中央線を使っていた。
一年生。いつも登下校は級友と一緒だった。
が、ある時、仲間はずれにされ、国立駅までの長い道を急ぎ足で、たった一人走って帰った。その心細さ。道の途中、意地悪な男子のグループに、蔑みのような野次を飛ばされた。小学生世界というのは、恐ろしいほど、既にもう「社会」なのである。他人の中で「孤独な姿を目撃される」ことの惨めさというものを知った。
動揺していたのか、あまり考えもせず、駅に来た電車に乗り込んだ。

ふと、立川駅を過ぎたあたり、普段とは全く違う光景の中を電車が走っていることに気がついた。
立川から分岐し私の家とは遠くに反れていく、「青梅行き」に乗ってしまっていた。
たった七歳の頭と心は、一瞬、めいっぱいの動揺に陥った。一人で行動するということがこんな災難を呼ぶのかという二重の惨めさにも襲われる。
母の顔が、もう二度と会えぬ遙か彼方へ遠ざかる気がした。
取りあえず七歳なりの冷静を取り戻し、「次の駅でひとまず降りて分岐点の立川駅まで戻る」事を脳裏で確認し直す。

次駅の「西立川」駅で下車した。
電車が背後から発車し、ホームに取り残された。
が、私は、目前の光景に思考を失い、それまでの動揺も惨めさも全て忘れ、立ち尽くしていた。

一面の草原。
一面の空虚。
一切の物音が逃げていったような静けさの中、草だけがそよいでいる。
何なのだ、ここは。
一体何処に私は立っているのだ。
駅のホームの前に、草の海。白い空。それしかない。
そんな風景はかつて見たことがない。隣の駅である立川の街とも、自分の住む高尾の街とも、いつか行ったことのある田舎の駅とも、全く違う風景。

突然、自分が、別の時空へずれていってしまった感覚。
こんなに「何も無い」場所というのが、人の行き交う「駅」というものとすぐ地繋ぎになっていることに、子供の頭は混乱する。
しかし混乱しつつも、妙に納得のいく因果を見出す。
この不思議な場所に連れて来られるために、あの仲間はずれも、あの乗り間違えもあったのだ。何か神様か天のような力がふとそうさせたのだ、と、はっきり感覚する。
さすがにその駅で改札を出て探検するというような知恵も勇気もなく、しばらくそのホームでぼんやり立ち尽くした後、緊張しつつ立川へ戻る電車に再び乗り込んだのだが、突然に時空が変わったようなあの一面の緑が、強烈な謎として、いつまでも美しく脳裏に残った。

孤独には孤独の甘露というものがある、という感覚を認識したのは、はっきり、あの時だった、と今は思う。

もう少し高学年になって、複雑な人間関係のこじれから、どうにもこうにも何もかもが嫌になったことがあった。
誰にも見られないように国立駅ホームの端で電車を待ち続け、級友に気付かれぬよう一人で青梅行きに乗り込んだ。
西立川。依然そこには、切り取られた断面のようなスパッとした草原と空があった。
初めて見たときの感動はずっと薄れ、風景が萎縮したように見えたが、やはり違う時空へ一人旅をし、「喧噪の中の自分」を棄てに来たと言う感覚に浸れた。
が、こういうことを何度もしていると、この場所のこの独特の感覚は失われるという予感が何となくしたので、それきり大人になるまで、西立川へ近づかなかった。

大人になり、その西立川一帯が、もと米軍基地の敷地であり今は昭和記念公園の敷地であるという認識ができてしまってから、再び電車を乗り違えホームに降り立つ羽目になった。
もう完全に広がりを失った草原、駅前らしい数軒の店や電柱、当たり前のローカル駅の光景がそこにあった。
しかし、何かそこに一人で立つことの圧倒的な空虚感と孤独感は、ありありと蘇った。
今でもいくつか、自分にとってそういう「今ある孤独をさらに脱ぎ去る場所」という地が都会の隙間にある。
嵐の日のあの高い場所。霧の日のあの海電車。あの枯葉の奈落。その先は「無の光景」の、駅ホーム。
しかし人にその秘密の地点にいる私の姿を想像されたくないので書かない。
その涯だけでは今でも「死ぬほど一人」になるのだから。

写真は、西立川ではない。
何となく日常の何かを忘れたく、電車路線を反れて江ノ島までたどり着いたときの光景。
鄙びた土産物屋街の路地を折れると小さな岩場の、静かな入江に出るのだが、そこには先客があった。
見知らぬ男の背をしばらく見つめる。
つい自分のここまで辿り着いた心情を忘れ、他人の孤独を覗き見する罪の意識にひたる。
罪と知りつつ、何故か突然思いたって、罪を写真に納めてしまった。
その心理の動きは未だ分析できず。
この写真に納められた人が今もどこかで無事「孤独の甘露」の中を生きていることを願う。

もしかすると、このように背後から密やかにその孤独を覗き見るような最後の視線、からすらも解き放たれたとき、人はふと死んでしまうのかも知れない。
この世の全てから忘れられ、存在の登録抹消。
それを考えるたび、死ぬことが本当に怖くなる。
孤独の極致から、「死」までは、やはり計り知れない距離があるらしい。
あの草原、あの海、あの荒野の、想像つかぬ距離感のように。
あの距離に足を踏み入れる一歩手前当たりが、無事に踵を返して喧噪に引き返す「生」の波打際なのだろう。

見知らぬ男が膝を抱える波打際までは近づかず、私は参道へ戻り、トボトボと別の「孤独脱皮場所」を探し、荒波うち寄せる水面がすぐ下に見える料理屋で栄螺の壺焼きをひとつ食した。
孤独の皮を脱皮しに来る。人間は、蝉みたいだと思った。
何となく、新しい十分な孤独の肌触りを得て、帰路についた。
by meo-flowerless | 2005-11-24 22:03 |