画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


by meo-flowerless

プロフィールを見る
画像一覧

外部リンク

カテゴリ

全体
絵と言葉



匂いと味



映画
日記
告知
未分類

最新の記事

2017年10月の日記
at 2017-10-02 00:56
2017年9月の日記
at 2017-09-06 19:05
珠洲日記1 2017.8.2..
at 2017-09-05 12:52
白玉のブルース
at 2017-08-13 15:27
2017年8月の日記
at 2017-08-08 18:20
佐賀日記〜波戸岬講座
at 2017-08-07 23:22
冥婚
at 2017-07-06 02:01
2017年7月の日記
at 2017-07-03 21:51
2017年6月の日記
at 2017-06-07 02:11
2017年6月の夢
at 2017-06-06 04:41

ブログパーツ

以前の記事

2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
more...

画像一覧

ソウルマーケット・カラー 〜新設洞の鼠色市場

e0066861_4493928.jpg



ソウルの街に感じる既視感は独特なものだ。
日本の町並みによく似ていて、でも絶対に日本ではない。
一番近い隣国だから当たり前なことなんだが、北京なんかのはっきりした異国感覚とは、ひと味違うのだ。

よく知る風景が少し凝縮されすぎていたり、一部白黒になっていたり、奇妙に道が通じ合っていたり、部分的にあり得ないほどカラフルに感じたり。
「夢の中でよく起こる時空のねじれ」みたいなものを、実在のソウル風景に感じる。


今回の旅の目的は、ソンジュアートセンターでの『大竹伸朗』展。
居心地よくてきれいな三階建ての美術館の壁に、ハングル文字で書いた大竹さんの名と角張った蛍光ピンクの大竹文字が鮮やかに浮き上がっている。
棒状ネオンの新作の独特の虹色感覚は、その後徘徊したソウルの光と、ものすごくシンクロした。
作家がある土地の光景に包まれてどんなものを見たのかな、と作品から追想していくのはとても楽しい。
特に大竹さんの作品を見ると、ものすごい細部にも風景が宿っている気がする。地球のいろんなところの片隅に豆電球のように灯っているあくなき風景たち。


三清洞辺りを歩くという画廊の高砂さん編集の吉田さんと一時別れ、私と夫は東大門の先の「風物市場」へ足を伸ばす。
二階建ての建物の中に古物商が集まっているらしい。
何でも転がっててないものは無いという噂の、ごった煮の蚤の市だという。




e0066861_4452391.jpg



新設洞駅から歩く。
鍵穴と錠前のようなハングル文字の洪水の中歩き回る。
東京で言うと「立川の競輪場付近」....の濃厚オッサン色が強くなってくる。


風物市場に着く前に、なんだか黒々と廃墟の匂いのするエリアが気になって、横断歩道をわたる。
もう使われていないと思われる市営住宅風の空き家のあたり、目一杯にかさばる、なんかの古物の山!
本当によじのぼれそうなくらいの、軍隊払い下げ迷彩服の山。
何となくその積み具合には、米軍モノの異国感は無く国軍モノ感が漂う。


e0066861_434136.jpg




排水のよくない悪路には、雪のあとの泥濘がびちゃびちゃ残る。
ずさんに引っかかるテントシートの奥のシャッターもほぼ閉ざされている、間口二間ほどの商店街跡。


文字通りのタイムスリップ。
「一体今いつなんだ.....」と本気で口からこぼれてしまう。
写真にはなかなか撮りづらい、かなり観光客向けではない灰色の泥と埃にまみれた活気。


路地の向こうに延々と続く、ひしゃげた、いちずな一大モノクロマーケット!
昭和四十年代初め頃の日本という感じの路地の、至る所でぶちまけられている、ハゲしくもネズミ色の露店たち。
「立川+アメ横」に、少量の「釜ヶ崎味のふりかけ」をかけた感じ、と言えばいいのか。
でも不思議と殺伐としていなくて、気楽なバザールの活気もある。



e0066861_14172629.jpg

e0066861_5375984.jpg

e0066861_5383681.jpg



そんなもん売ってどーすんの!
と絶叫したくなる雑然の中を、ほぼ「黒か鼠色か納戸色」のダウンを着たオッサン達が、同じような色の新しいダウンジャケットを求め、真剣に品定めする人ごみ。


カセットデッキからのド演歌炸裂、に私の嗜好性が嬉しく震える。
オッサン達は、自分色の衣類の山にも、まんじゅう関係の屋台にも、釣り具の倉庫にも演歌のカセットの山にも、同じように真剣な「賭事師」的視線で無言で群がり、品定めしている。
何をそんなに真剣に比べるのか?


値打ちものの古楽器と弦の切れたギターが無造作に同居する背後で店主が、
タンバリンを無言で「バン!バン!バン!」と叩くだけ.....の手抜きな客引きをしている。
店主達は口やかましく売り声を叫んでる割に、まったく商売気が無い感じだ。
売り子はただ惰性で、身体に大きい音声を共鳴させたいだけ。
ボイスパフォーマンスか。なんじゃーかんじゃーっ!とね。



焼きおにぎり的な何かを売るトラックからの音声が面白くて、夫が録音していた。
「なんとかでなんじゃらのホッちょっとね~ホッカホカのホッカーッ!」
「なんとかでなんじゃらのホッちょっとね~ホッカホカのホッカーッ!」
(以下、ずっと繰り返し)
そういうふうに、異国人の自分には聞こえる。
やっぱり暖かいものをホッカホカというのか?それともそれがあの食べ物の名なのか?


風景は似ているのに、日本でいう蚤の市とは、感覚も意味も異なるみたいだ。
ダウンやフェイク毛皮、襟巻きなどの防寒具はどの店もほぼ同じようなものしかないが、その量の大量さといったら、日本の蚤の市の比ではない。
気取った趣味嗜好品が選ばれて集まる場ではないのだ。
世界中の衣類の製造を請け負っている一大市場。その底に横たわる、鼠色の実景がこれだ。
溢れちゃってどうにも出来ないモノの山から、使えるものはみんなで使い回して使うのだ。
多くの客が選んで買い物するというよりは、今着てるボロとほんのちょっとしたボロとをただ取っ替えにきた、ようにみえる。



また中古工具の山も、日本のリサイクルショップではお目にかかれない物量だ。
まだ塗料や削り滓が生々しく残ったままの「町内のオッサン達の持ち物を全部積みました」....という感じ。
こういうの、日本で身近にあったら嬉しいのに。
いまの日本では、余計に付加価値が着いたセレクトショップで買わされてるのと同じなんだなと思う。モノの出所は同じなのだろうが。
しかしまあこれだけ投げ売り品が氾濫する状態はまあいいわけないんだろうな。



いよいよ二階建ての建物の中の風物市場に突入するが、まず鼻を突く煮込み系の動物性油脂の匂い。結構きつい。併設して軽食屋台が混在しているのだ。
もとは物品ごとに、ちゃんと店舗の列が決められていた表示の名残がある。
が、今ではどの店舗も同じように何でもがらくた売りになっていて、整然とはしていない。

e0066861_4344913.jpg


一階には雑多な、アンティークとも言えないアンティーク。
白ウサギが売ってる?と振り向くと、ヒールの高いえぐい靴だった。レディガガの子供がはきそうな(いないけど)。

e0066861_539749.jpg

e0066861_14184716.jpg

e0066861_5415962.jpg

e0066861_14185841.jpg



仏のたぐいも斜めになったり転がったりしながら集っている。
フェイク水晶やガラス玉なども多い。
夫が日本でせっせと集める日本のタヌキ土産品が流れ流れて、韓国民具の山の中に見つけたときには、二人とも哀感をそそられた。
夫はそれを買わなかったことをあとで何となく切なく思っていたようだ。


e0066861_425532.jpg

e0066861_425957.jpg



二階には工具や釣具、ぱちもんカバンの大きい山、眼鏡の滝.....。
散策の結果、ほぼ、買いたいものなし。
ま、そういうのがかえって面白いんだけど。
戦利品はほとんどなかったが、目に映った光景の現代離れした感覚は忘れられない。


e0066861_421757.jpg

e0066861_14201892.jpg

e0066861_14203021.jpg

by meo-flowerless | 2013-01-16 04:59 |