画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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虚構熱帯温泉

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教員部屋で二度寝をしたら、起きた時には草津宿舎は静寂の中にあった。
学生たちも助手たちも思い思いに自由日の、目的地へとっくに出発したらしい。
パスパスと気の抜けたスリッパを引きずり階下へ下りる。
玄関のテレビの昼ドラを、宿の職員たちがやたら真剣な眼差しで見入っている。


ああ、皆にはぐれてしまった。置いてけぼりをくらって、一人。
でもけっこう嬉しいのは、なぜだろう。
そう。久しぶりの孤独。誰とも会話をしなくていい一人の自由時間だ。
二度目の草津研修旅行引率だが、今日は前と違った眼差しで写真を撮ろうと思い、ボケレンズをつけたカメラを持ち出す。そもそも霧だというのに。




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山の白い湿気の中を半ば喘ぐように歩く。
この前途の見えなさは、なぜか心地よい。
学生たちの大音量の青春から背を向けたがる自分がいる。以前にも増して、さらに。
あの中から、自分だけの遠い孤独を矢みたいに射抜いてる、そういう眼を探し出したい。
ぽっかりとそこだけ穴のような静寂を持っている者に出会いたい。
最近は私自ら、空虚で遠いとこにいたがっている。極彩色の服をきながらも私は白黒のホログラムみたいだ。


温泉中心街の湯畑までの道すがら、白いもやの中に『ドングリ』という洋食屋を見つけ、狐につままれたような気持ちのまま、豪華な牛タンシチューを食べた。美味かった。
店を出る時には外界はもう本格的な霧の中。
花から花を目印に、ソフトフォーカスのレンズの視点でぼんやりさまよい伝いながら歩く。
薔薇だけが褪せずにどこでもかしこでも、色濃く浮かんでいた。

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ピンクの毒洟をすするジギタリス。それを咲かせる硫黄の瘴気。
昨年の研修時はカンカンに晴れ渡り繁盛していた草津の光景だが、今日は靄に汚れてじっとりと濡れる。
こんな暑苦しい熱帯雨林のような湿度の方が、似合う気がする。
「ゆで玉子 イヤシロチ」って何だろう。



湯畑にたどり着き半周それを巡って、対岸の地区を散策する。
霧の中にがくんと暗くなだれ落ちる細い急坂があって、鬱蒼とした寄るのような茂みにぼんやり黄色い門灯が点っている。古い木造の温泉宿。


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古色蒼然とした湯宿の塀を曲がる。妙に極彩色の幼稚園がある。
観光客がやけにその中をのぞきたがり、誰もいない、一人もいない...と呟いていた。


夏にも冬にも訪れた、だるまの置物の門の街角。赤がやけに風景から滲み出して見える。
だるま門の小路で置物の大きい狸が立ちすくんで往来を眺めているのも、変わらない。
温泉地の悲哀という感じはしない。
ただとにかく「配管のある裏側世界」というだけの淡々とした家並みがあり、無造作な玄関先に、投げ入れの生け花みたいに不揃いな夏花が色彩を添えている。


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きた道の反対側を散策しているつもりだったのに、なぜか気付くと自分が佇んでいるのは、きた道をひきかえした随分途中の地点だった。大分前に湯畑のずっと手前で見下ろしていた高台のその麓に戻ってきていた。
奇妙に化かされた気がしたが、霧だし、その迷路感と冥途感に身を任せることにした。


電柱に『熱帯園 この先』という表示がある。
霧の湿気がもう我慢しきれず雨になったその中、熱帯園を目指した。


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自動販売コーナーの安っぽい覆いのような屋根が、いかにもレトロな楽園、熱帯園らしい。
切り取った蝶のカッティングシールの硝子戸の向こうには、思った通り雑然と朽ちかけた昭和が広がっていた。
図書館のカウンターじみた切符きりのところで、
「まずはフィッシュセラピーを先に受けて下さいね、あちらです!」といわれる。
スピリチュアルかあ...やられたなあと一瞬戸惑った。
が、どうもそんな神秘的なものでもないらしい。


水色のそんなに綺麗でもない水槽の中に手を入れると、小魚がいっぱい集まってきて、この手の微生物や汚れを小さな口で一生懸命食べてくれるのだ。
物凄く小さな微かな、でも確かな吸引力に、背筋が痒くなる。人の情よりずっと説得力のある「愛」をうけている気がする。


あやしげ、という言葉がどんな訪問客の口からも形容されるようなチープな展示物の数々の中、実はあのヤン・ファーブルのオブジェ作品がごろっと無造作に置いてあった。
私は初め気付かなかった。それはタマムシやハンミョウの煌めく緑の羽根を貼りつめた人形の足的展示物だったのだが、いたるところ羽が剥がれたり、寄生虫に食われ汚れまくっていたのだ。


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アンバランスにでかい表示文字を辿り、猿山の横を進むと、本丸の熱帯園温室ドームがある。
入った途端、水黴の匂いと黒ずんだ天蓋の汚れに、昭和残滓好きのココロがキュっと疼く。
素晴らしく陰鬱で、あまり清潔ではなく、内側に籠りまくった、暗い楽園!


楽園の居住者はみな、湿気で脳がむくんでいるかのような.....気怠いまどろみ、あるいは佇み、の最中である。
フラミンゴ、神秘の白蛇、ストレスフルな大蜥蜴、暗いイグアナ、汚れたプラスチックのようなゾウガメ、サマセットモンキー、お話コーナーのような穴から横顔をじっと見せているカピバラのマリモちゃん、なぜかヤギ、双子のオウム、意外と近いところにいる大小のワニ....


気怠げではある。けれど、なかなかに希少な動物たちの園ではないか!

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久しぶりに、どっとうなだれたくなるような恍惚の雑然園に、夢中で息を殺して歩き回っているうち、本当に息苦しいぞと思ったら、屋根から大量の雨漏りが落ちそこらじゅうの蔓草に跳ね返ってしぶきを上げているのだった。
いつの間にか外は豪雨になり、雷鳴が轟いた。


フィッシュセラピーと土産のコーナーまで濡れながら戻ると、うちの学生たちが夕立に足止めを食らって待機していた。


彼等もまた一種の熱帯のあやしい昆虫や魚だった。
ある者はガリガリ君ソーダ味のような青い髪、ある者は桜色のモヒカンの髪の支柱にテナガザルのぬいぐるみを巻き付かせ、ある者はどこにもない60年代のユートピアの風景を身に纏い...といういでたちの感じで、でもそんなに派手なのに皆おとなしくフィッシュセラピーに興じていた。


しかしそんな学生たちから、「先生はその服、熱帯園に合わせて着てきたんすか?」と問われはっと気付くと、自分もアゲハチョウと熱帯植物と大きな黒白の毛虫の柄のグロテスクな柄物シャツを着ているのだった。 
熱帯園に辿り着いたのはたまたまだったけど、この服の模様がこの場所を引き寄せたのかもしれん。



ソフトクリームを一個平らげても雷鳴止まず、私は学生たちにタクシーを呼ぶことを提案した。
すると、係員の人が親切に、「送迎バスで送って差し上げますよ」と、仙人の使いのような申し出をしてくれたのだった。
お言葉に甘えて熱帯園ロゴつきのマイクロバスに十人ばかり乗り込み、しぶくような豪雨の中を宿舎にたどり着いた。
学生たちは、何か凄い、旅って感じ!遠足みたい!いや、青春みたい!というような内容のことを感極まって叫んでいた。


も一度豪雨の中、ちかくの温泉施設に走って行って一人、ゆっくり風呂を楽しむ。
風呂上がり、外は嘘のように雨が上がり霧も去り、まだ真っ黒の空に、ぎらぎらと金色の西日が差し込んでいる。
コンビニの前でしばらく虹を待っていたが、出なかった。
晴れ上がってみると湿気の町も熱帯の楽園もみな嘘のことのように思えたが、居合わせた青やピンクの極彩色の学生たちは、未だ熱帯魚のような服を平付かせ、ちゃんと楽園の続きをしていた。
by meo-flowerless | 2012-07-11 02:45 |