画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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野衾たちの温泉 その二

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一体自分は、何を求めて鄙びた温泉に来るのか、自分でも解らない。
理屈ぬきの「感情が必要とする」風景。というのが日本人にはきっと昔からある。
詩や唄は、そんな場所の、闇に落ちる雫の音だった。



闇の匂いのしない闇、というのが存在する。ということを考え始めたのは最近だ。
悲恋の道行を思わせる濡れた夜闇なんか、安易に期待しがちな自分でも、さすがに悟らないといけない。この土地伊香保にもふと感じた、人の心の深淵とはまた違うもの。
おそらくは、あまりに乾き切った社会の黒い孔。
まあ....あまり縁はないたぐいの闇だ。ここで深追いはするまい。





二日目は渋川駅から列車に乗り込み、もっと奥の草津口まで出かけることにした。
終着駅から三十分バスに揺られて辿り着いた「草津温泉」街を、束の間歩く。
「湯畑」の広場を中心とした今でも華やかな温泉街。
饅頭屋の人々が巧みな呼び込みで客を誘い、活気がある。入湯はせず。



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列車でまた引き返し、今度は、山の端にへばりつくようにひっそりとある「川原湯温泉」で下車。
ここは例の八ツ場ダムの予定地だ。もうすぐ山の集落ごと水の底に鎮められる運命にある。
もう役目を終了させられた温泉地である。
伊香保とはまた違う二つの温泉に、いろいろのことを考えさせられたが、また別の時に書こう。



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伊香保まで戻ってきたのは、夕暮だった。
今日の夕飯こそはせめてラーメン屋くらいは、閉まる前に行きたいね....などと言いつつも、相棒は伊香保神社の先の凍り付いた山道に興味を示し、どんどん上って行く。
今宵もおそらく、食べ逸れ決定だ。
アイスバーンの山道を一歩も進退も出来なくなって、私だけ引き返した。



相棒から離れ、昨日は行かなかった饅頭屋の角から、脇道にひとり侵入してみることにした。
林の中にわずかな街灯のみで照らされている、くねくねと先の見えにくい、山のカーブだ。
突き当たりだと思っていた赤い提灯の社の奥に、まだ長い道と山集落があるのだった。
それが伊香保の源泉である、山の露天風呂へと近づく道らしかった。



おや。この道の感じは好きだ。
考えてみると、私達の宿泊部屋の裏から見えた細い道と、山の崖は、一体どこから行くのだろうと思っていたが、ここに続くらしい。
表通りのよそよそしさに比べ、ぼろい宿に好感を持ったのは、この深い景色のゆえだった。



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道の脇は、深く煙るように枯れ果てた奈落だ。
その崖面に穿たれるようにして、何層構造にも入り組んだ宿や店がしがみついている。
分岐して反対方向の谷に更に下る道の脇には、桃色の旅館廃墟があり、黒い目のような窓の孔がこちらを見ているような気がする。



木造の和風建築の崖に開放された窓には、鮮やかな造花の薔薇のつるが絡まっている。
こういう崖面に無理な柱で構築された建築が、失神しそうなほど、好きだ。
集落の表ではなく、裏面に開け放たれたような山林の谷に、昔から理由もなく魅かれる。
思わず肺の底から陶酔の溜め息を、谷底に向って吐く。



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相棒があとから私を探し当ててきて、合流する。
ぽつりぽつりと現れる小さな家は、おそらく対岸から見ると案外深い地下階を持つ構造になっていると思われる。
ある暗い土産屋の中に、相棒が悶絶しそうな「古びた民芸土産」が山のように並べてあり、彼はしばらく硝子戸に張り付いて覗いていたが、明日その店が開くことを望みながら、場を離れた。


半壊した廃墟の二階。
天井は梁しか無く、屋根が抜けて畳も抜けているのに、まだ新しい蛍光灯だけが白々とぶら下がっている。
そんな凄惨な光景が過ぎたと思うと、別の家、ふっと点る優しい窓明かりの中に、縮こまった人影が動く。
窓際で、物凄く背の丸い人形のような老人が、黙々と煎餅を焼いているのだった。


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夫が店内に入って「煎餅下さい」と言うと、ゆっくり作業場の座布団から顔を上げ、
「今な、焼いてるから立てねんだわ。こっちに入ってといで」
とじいさんが言った。
夫は作業場の中でじいさんの焼きごてから直接焼きたての煎餅を貰い、小銭を箱に置いとけ、と言われ、店を出た。
店の中には、老爺が若かりし頃の姿を見事な切絵にした額が飾ってあった。



本来はこの道が純粋な湯治場らしさを備えていたのかもしれないが、今は狐火のような、隠れ里の趣きである。
が、私はやっと”闇の匂いのする闇”に深く抱かれている気がした。
地霊の持っている暗黙の人格が、静かにじっとりとこちらを眼差しているような、深い視線を感じるところ、いつもそんな場所を探している。



蜂は人間に見えぬ色が一色多く見えるとよくいうけれど、私は自分の求めるような場所に来ると、何かいつもより「色の暈が増す」ような感覚に陥る。
黒の中に黒い虹のあるような.....深いサイケデリック感なんだが、これはどうも人に説明出来ない。
この風景にもそれを感じる。



道のどん詰まりにひっそりと巨大なホテルが、静かな存在感で佇んでいる。
そこが河鹿橋という一つの名所らしかった。
山林の先へ進むには暗くなってきたので、引き返すことにする。



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案の定、今宵もまともな夕飯にありつけない。
昨夜目星を付けておいた遠方の二軒のラーメン屋まで石段をはるばる降りて辿り着いたが、灯は付いていなかった。
観光客が行き交う気配もほぼ無く、射的屋も早々と店じまいし、立てかけていた弓や鉄砲に奥からの部屋の灯がうっすらこぼれているだけだった。



さっきの裏道集落が心に残り、やっと旅の距離を感じることが出来始めた気がする。
表通りの石段のつれなさや車道の冷たい夜の味気なさすらも、だんだん色濃い記憶に変わり始めている。
とはいえ、巨大ホテル跡地に無惨に残る風呂場の礎石や、門戸を閉ざしっぱなしの酒場街を横目に、夜のコンビニにパンを求めに行く、わびしさ。


木々の暗がりに差し掛かった電線の当りから、
「ギョギョギョエ...」
という奇妙な何かの鳴き声がする。
私も相棒もはっと足を止める。
先日訪れた渋温泉の電線には ”子猿” がぶら下がっていたので、また猿ではないか、と思った。
「ギョギョ」



しかしどうも鳴き声が違う。
もう少し鋭く、鳥でもない蝙蝠でもない何か...と思った瞬間だった。
バッ!とオレンジの街灯の光を照り返しながら美しい凧のようなものが空を舞った。



「ムササビ!」
薄茶色の毛の凧は悠々と、夜空を風切って渡って行く。
ゴオオ...という音の感覚まで感じる気がする。
大きく、妙に滞空時間もゆっくりと感じられた。
この世の時間が一瞬流れを止めたような厳かさがあった。
美しかった。しばらく感嘆の溜息で立ち尽くしていた。



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夜の旅館の部屋で、デジカメで撮った写真などを見比べてはしゃいでいると、ふと窓の裏、崖の闇からギョギョと奴らの鳴き声が聞こえてきた。
息をのむようにして静まり、急いで窓際の椅子のところまで這って外の夜闇を覗く。
「電気消せ消せ」


さすがに初めは見える訳も無い。
が、そこに小一時間もそうしていた。
凍る空気の明瞭な匂いと、室内の澱んだ石油ストーブの匂いが混じって、感覚が冴える。
夜目に慣れてきて、すぐ裏の大きな木の梢が細かく暗がりの中に一つ一つ浮き上がってくる。
夫は録音機材で、時折奴が泣く「ギョギョ音」を録っている。
これの前に録音していたのは....秘宝館の由紀さおりだったな。 



ごくまれに過ぎる自家用車のヘッドライトに照らされて、一瞬枝が明るむ。
白いリスのようなものが木々の間を蠢くのが見える。
どの辺りに彼がぶら下がっているのか見当がつくようになった。数匹いるようだ。



遥か下界、谷底のホテルの、白すぎる外灯が凍えている。
赤く小さな光が蠢くので、獣の目か、と目をやるが、誰かの車の盗難防止のセンサーの僅かな光がここまで届いて来るだけだった。
その中で一度二つの真緑の光がちらっと光ったが、それだけは木々に潜むおそらく何かの目だろうと思った。



正面の山陰、夕ぐれには火事のように空の色が燃えていた山頂あたり、ゆらゆらと暗い光が動いている。
夜の山を登って行く車の灯だ。あんな遠いところ、こんな時間をどこかへ向って走る魂。
旅先で、山肌に面する宿では、必ず夜ぼんやりと暗がりを眺める。
谷や海を挟んだ遠い対岸の山を張り付くように夜の車のライトがひたむきに道を辿っているのを見る時、いちばん、自分が「生きている」ということを思い出す。なぜか。



目前の山を辿る車の小さな灯が一度は闇に途絶えた。
が、再び現れた光がみょうに高いところまで上っていて、意表を突かれた。
面積のちいさな山のてっぺんの、小さなカーブをくるっと回り、光は向こう側にまわって行った。
こんな時間になぜあんな山頂まで通って山超えしなくてはいけないのか。
そういう道を辿らないと行けない集落に向かうのだろうが、なにか切なかった。



「あっ」
ほぼ二人同時に声を上げた闇の中。
二匹のムササビがの影が、悠々と谷の下の方へ舞って行くのがわかった。
昔の人がムササビのことを、「野衾(のぶすま)」という妖怪と呼んだのを思い出した。
夜を遥か舞ってきて、人の生き血を吸うとされていた、天狗の仲間のような謎の存在。
それきり奴らの声は聞こえなくなった。
私達も満足して布団に戻りいつのまにか眠った。




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清々しく目覚め、翌朝、宿を発つ。
苔まみれの古びた内湯も世間の悪評とは裏腹に温泉らしかったし、いちいちストーブの芯に、廊下の棚に雑然と置いてあるチャッカマンを取ってきて火を入れるのも、楽しかった。
テレビの無い部屋でも別段気にしないのだが、二日目の夜帰ってきた時なぜか液晶テレビがドンと私達の部屋に置かれていた。
おそらく、女将が自分の家庭で使うものをわざわざ持ってきてくれたのだろう。



何よりも気に入ったのは、二階廊下の球灯に描かれた赤い薔薇の花の模様と、螺旋式になったよく磨かれた階段だった。
そんなこの宿も、もうすぐ廃業するのだとどこかに書いてあったっけ。
噂の通り、地下の風呂場前には、処分するのであろう食器や食膳が、整理して箱に入れて並べてあった。




ムササビを見た、と女将に告げると、昔この宿の屋根にムササビが住み着いたときの話をしてくれた。
「最初は可愛くて、夜にそっと窓から様子を伺ったりしていたんだけどね、何せ宿屋だからね。お客さんにネズミがいるのかって不安がられて。しょうがなく巣を取っ払ったのよ。子供のムササビもいてね、実際捕まえるときは案外気味が悪くて大変だったよ」



もう二度とこの建物に入り、この人と対面することもおそらくはないのだ.
そう思いつつ、礼を言いながら、すっきりと立ち去った。
いつも私が後ろ髪魅かれるものは、他のものよりもずっと早く、砂のように消えて行くことばかりだ。と、また思った。



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昨日目当てにしていた山道の古い土産屋を覗いたが、開いていない。
奥の座敷で新聞を読んでいる老人に硝子戸を叩いて合図をする。
が、老人は見て見ぬ振りで数度無視をする。
諦めずに佇んでいると、いよいよのところでで店の奥から、大きく手でバッテンの合図をされた。



最後は、絶景急勾配のロープウェーで旅の締めとすることにした。
この土地の記憶は、恐ろしくきつい高低差とともに残るだろう。
石段のよそよそしさも、山道や宿の人やムササビの記憶も、すべて夢の中のように非現実的なすり鉢底の絶景に、ぐるぐると渦を巻いている。
山の下の不如帰駅から山上の見晴駅までのロープウェーには、私達二人だけだった。
山頂には、もう誰も使用していない廃墟のスケートリンクが、そこだけ雪を遺してひっそりと広がっていた。



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人気の無い見晴し台から青い宝石箱のような盆地を見回し、待合で帰りのロープウェーを待つ。
が、夫が外にいたまま入ってこない。
待合の外に探しに行くと、どこからか口笛のような草笛のような美しい悲痛な音色が漂っている。




何の曲か解らないが、日本の古い歌謡曲だ。
遥か彼方で中年男性が草笛か口笛を吹いているようだった。
夫はそれを黙って佇んで録音していた。
何を鳴らしているのか解らない、澄んだ独特の音だった。
いつか小諸でも同じ人に会ったような気がする。
その人は蕎麦屋の隣席で突然、草笛で哀調の歌謡曲を吹き始めたのだった。
聞き惚れて黙り込んでいるうちに話しかけるきっかけを無くし、何も話はしなかった。
同じ人のわけがないのに、夢の中のつじつまのように、すべての人や土地の道理が繋がっているような心持ちがした。



帰りのゴンドラで、草笛の主と私達は一緒になった。
さっきの笛のことを聞こうと思ったが、逆に暗黙の雰囲気が良過ぎて、話しかけずじまいだった。
草笛の男性は奥さんと一緒だった。特に直接話はしないが、互いの夫婦の会話を聞きながらふっと笑い合ったり、何となく心は通じていた。



「不如帰(ホトトギス)駅っていうのか。切符きりに訊いてみるか、ホトトギスって、どう泣くんだっけ、って」
と、草笛の夫がいうと、奥さんが言った。
「わたし何となく、行きに乗る時、二度と帰れなくなる気がした。あの字を見て」
「....帰ってきたな」
と、小声で笑っていた。


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by meo-flowerless | 2012-02-23 02:39 |