画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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野衾たちの温泉 その一

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有名温泉だからこそ、人の見ようとしない「隙間」が面白いのではないか。
....なんて、淡い期待をつい抱くのである。
湯治にも、美食にもレジャーにもまったく興味のない私ら貧乏チームは、ただ「情景の残滓」のようなものをひたすら求めて歩くだけなのだ。



それでも、なかなかやはり、歯の立たない観光地というのは多い。
マイカーでやってきて、閉ざされた高級旅館やホテルに籠り、一夜の湯とゴロ寝と酒とまんじゅうだけを楽しんで帰って行く....都市の観光客の群れの中。
カメラの向けどころの違う私と相棒は、もう充分に浮いている。



誰もが名を知る、かの伊香保温泉にやってきた。
一泊三千円くらい、素泊まりのこの辺りでは珍しい安宿をお宿に定め、チェックインよりずっと早い朝の内うちから張り切ってやってきた。



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灰色の陰鬱な酒場の路地を写そうとしていると、前方からやってきた全身紅色ジャージよれよれの地元のじい様が、
ここは撮った〜らいかん.....撮った〜らいかん....ら〜めらめ.....
としきりに手を振りかざしながら通り過ぎた。
到着の朝から撮影禁止警告とは幸先悪いなあ。
と思いつつ、路地を抜ける。写真が駄目なのはひょっとして、と、思い当たる節あり。


有名な石段に出たようだ。
観光写真の中心地。しかし、思っていたのと随分印象が違う。
あっさりとして、こぢんまりとしている。もっと土産屋が犇めきあうように並んでいるのかと思いきや、そうでもない。



階段の中心点らしい二三軒の土産屋のうち、一つの饅頭看板にカメラを向けようとすると、中から出てきた橋幸夫似の店主が、
「何か用ですか」
と携帯を片手にいじくりながらも、私の前に立ちふさがる。
「すみません。看板の写真を撮らせていただけないでしょうか」
と、あわてて丁寧に許可を取ろうとした。が、
「駄目ですけど」
と妙に平板な口調であっさり断りつつまた、
「何か用なんですか。用ならききますけど」
と橋幸夫が呟くように淡々と繰り返した。
用がないことを告げ、一応謝ったのだが、さすがに若干いやな気持ちになったのでそこを離れた。
厳しいなあ。”駄目ですけど、何か用ですか”とは、かなり冷たい口調だわ....



はぐれていた相棒と数分後に落ち合うと、彼も奇妙な顔をしている。
「あそこの土産屋、面白い土産が無いかなと思って入ったらいきなり『何かご用ですか』って詰めよられてさ。『何か用なんですか、ものを買うなら聴きますけど、用が無いなら...』とか入った途端に言うもんで、さすがにムッとして、買いません、って出てきたよ」



橋幸夫はまた外に出てきて階段の中腹で何やら長々と、携帯で深刻な話に夢中なようだ。
あの店のママが....等々、込み入った話の内容が、観光客の波の中に異質な響きでいつまでも流れ聞こえていた。


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そもそも渋川駅からのバスの不便なこと、交通代金の高いこと、そしてこの、着いた途端の住民のご挨拶で、しょぼくれた気持ちになった。
目当ての安宿のチェックインまでにはまだ時間が相当あるが、もう三十分ほどで石段を上ったり下りたりして、悲しいことに若干、伊香保に飽き始めてしまった。



もう一度渋川駅まで戻り、黙々と街並を歩いたが、かなり閑散としている。
名物の『水沢うどん』の店が建ち並ぶ場所は、伊香保温泉からも渋川駅からもけるには行けるが、ちょうど中間地点で遠く、どのバスに乗っていいやら説明も見当たらない。駅の観光案内所には、ちょうど人もいない。



「秘宝館でも行くか」
と相棒がいうので、もうとにかく何も考えずに相棒に付き従うことにする。
「”上野原”って書いてあるからきっとあれだ」
と、住所から見当をつけ、適当な小型バスに乗る。
何せほとんどのバスが一時間に一本あるかないかなので、「とにかく乗ってしまえ」気分が旺盛すぎるのが、いけなかった。



朝から情報を求めてもあまり得られず、交通の便に左右され無駄に歩き回って疲れていたのか、目的地もあまり確かめず車中で居眠りしてしまった。
はっと目覚め夫を見たら、地図をにらみ難しい顔をしている。
「全然違うバスに乗ったらしい」
バスは、伊香保の山とはまったく違う風景の別の山を、突き進んでいる。
かなり見知らぬ場所へ来ている緊張感が、風景の枯れススキ中に漂っている。



私達の他にたった一人の客の坊主頭の大柄な男性は、背中で何となく旅人の私達を心配していそうな感じだったが、『上野原』というバス停で降りた。
「上野原、ここじゃない?」
と口にするまでもなく、エロ秘宝館があるはずの上野原とは到底思えない、竹やぶの中の静かなバス停。集落の中に一軒、上野原病院という精神科の病院があるようだった。
「参ったね.....」
途中下車するには中途半端に遠く、わびしいので、いっそのこと終点まで行って折り返そう、ということにする。


知らないところへ連れて行くバスの車内放送はもはや女の独り言のようだ。
漢字が想像付かない複雑な地名を、詩のように次々淡々と読み上げるだけ、風景は矢のように過ぎて行く。
大分高いところをバスは走っているらしく、盆地の下界が広く見渡せ、金色に輝いているのがぞっとするほど美しかった。心細い迷子の視界で見るからなおさらそう思うのだろう。
まあこういうのも旅だ。
運転手さんが気の毒そうに教えてくれた反対車線のバス停では、すぐに渋川行きのバスが来た。
そして、行きとはまったく違うルートで案外すぐに渋川駅まで帰ってきた。
何か狐につままれたようだったが、行きは山を大回りする循環ルートだったようだ。



もうバスがわけ解らんので、やけになってタクシーで秘宝館へ向う。
地図をよく見ると上野原、という場所はどうやら二カ所あるらしかった。しかも秘宝館の場所はややこしいことに「上野田の上野原」らしい。
優しげなタクシーの運転手がしきりに、山道の近道を使うことの了解をていねいに説明する。
「女の方だけの観光客だと山道に入ると不審がりますので、わざわざ幹線道路を使って遠回りするのです」
と、なぜか三回も四回も同じことを言った。



『命と性のミュージアム』に到着。
ああ、ここは車で来る客用に出来た土地なのだとつくづく思う。ラブホテル、なんとかファーム、トリックアート美術館、ポツ、ポツ、ポツ....
せっかく宿代金や食費などを低価格に押さえても、交通料金でかなり額がかさむのは観光地だからしょうがないのだろう。
枯れたドライブイン感のある砂利を踏んで入口を入ると、暗い極彩色の中、脂のたっぷり乗った熟女が待っている。非常に丁寧で素敵な感じで、この『命と性のミュージアム』の見方を解説してくれる。
どうやら、エロスの館というより、名目としては「人間誕生までの医学的な神秘」をテーマとした博物館仕立てになっているようだ。
黒い夜の灯の館内にライトアップされる、秘部も露な蝋人形や薄着のマネキンは種類も雑多だが、硝子ケースの中の胎児模型が妙に精巧で医学的、異彩を放っている。


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何か身体が疼くようなしっとりした女声の館内音楽にジーンとしていたが、由紀さおりの声だと気付いた。はりのある歌声なのに、全部溜息にも聞こえる、秘宝館にこの上なく似合う女の声。
由紀さおりは日本歌謡界の宝石、いや、日本官能界の夜露である。



「あれが館主でございますのよ」
とカウンターの熟女が指差した先には、さっきから館内の片隅で、造りかけのはリボテ彫像を弄っているおじさんがいた。
「この男根形のカウンターもあの人の手作りなんです」
「凄く手の込んだものですね」
「ま、館主はもとは家具屋ですから」
館内のすべてを大いに写真に撮り大いにネットで宣伝してくれ、と熟女にいわれ、やっとこの土地に来て遠慮せずに写真を撮ることが出来た。
何だか変な気もするが。



夕暮れ、一泊三千円の宿にたどり着く。昭和の面影が残る、心休まる民宿だ。
ヒーターなどはもちろん付けてはくれないし、テレビも無いが、古い石油ストーブやこたつが懐かしい。
毛糸のチョッキを着た女将が部屋を暖めてくれていた。
玄関の赤いカーペットの火鉢のまわりでは子供達が集まって宿題をしていた。
角部屋からの夕映えの山々は、壮絶な美しさだった。
ネット上に悪評を書いていた人は、さぞや私とは違う生態系で生きる都会の洒落た方々なんだろう。


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しかしまあきっと....私らのような貧乏旅行者の方がオロカだ、と言われてもしょうがないだろう。
高級旅館内で食事を済ませるのが当然の観光地。不景気の波で軒並みスナックもつぶれ、僅かなラーメン屋もほとんど夕方に閉店している。
私達は、当然の成り行きで、夕食を食べはぐれた。
夜の長い石段をせっせと降り、遥か下の道路沿いにぽつんと光るコンビニでパンを買って、夕食をすませる。
コンビニ向かいの巨大ホテルの灯は、天上界のように遠く見える。金のシャンデリアや、二三階分の吹き抜けを結ぶ長いエスカレーターなどが、ガラス張りの壁から僅かに覗いて見えた。別世界だ。
パンの袋を持ちながら上がる夜の長い石段は、苦行のようにきつかった。



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ストーブを消してから、次第に冷えてゆく部屋で、すっぽり布団にくるまる。
もう寝たのかと隣の夫に尋ねると、寝ていない、と応える。
やはり今回の旅行は何かまだ気持ちが乗らず、食い足りない思いでいるらしい。



なぜこの温泉にはやたら「射的屋」が多いのか、とぼそぼそ話し初め、推論を交わし、話し込む。
相棒は、景品の内容に興味が持てないのでそもそも「射的」に興味が無いと言う。
私は昔から温泉地で射的屋に出会うたび、夜の壁にでっかい綺麗な水色の蛾がとまっている時とおなじくらいに、興奮する。
しかし射的じたいをやりたいか、と言うと決してそうではない。
射的屋の番をしている人の鋭い目つきや、あの白々とした灯の下の孤絶した密室感を、あくまで「外から遠く憧れていたい」という気持ちが強い。
そういえば射的屋のほかに、古いビリヤード場には、同じ憧れと恐怖とを感じたことを思い出した。



こちらには解らない暗黙のルールや符牒が厳しくあり、その監視下で店主の手玉に取られているかんじだからではないか、と夫はいう。
確かにそれもそうなのだが、もっと曰くいいがたい妖気なのだ。
むかしの私にとっては、酒や博打の遊びより、なぜか射的や射撃や玉突きをしらふで黙々とやることの方が、見てはいけないような、枯れた大人の秘密のイメージを持ったものだ。



そんなことを話し込んでいると、山の夜はどんどん更けて行った。
明日は列車に乗って、草津温泉と川原湯温泉まで足を伸ばそう、と、暗がりで相談してから眠りに就いた。
温泉ばかり行くくせに、まったく湯巡りが目的ではない邪道な客だが、まあいいってことだ。
by meo-flowerless | 2012-02-22 03:11 |