画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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貝細工胎内

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学生の頃、何かの雑誌に江ノ島の「貝細工土産」の写真が載っていて、ひどく心ときめいた。
うっすら虹色に光る二枚貝をはめ込んで作られた、孔雀の置物。
どぎついショッキングピンクの染色が施されている。


祭礼や行事に使われる仮設の展示装飾、山車に牽かれるてんこ盛りの人形などを「つくりもの」と呼ぶらしい、ということを民俗学関係の本で知ったころだった。
はかない用途とは裏腹な精巧さを持って作られたもの。買っても埃をかぶる他愛もない土産物の無駄な鮮やかさ。
歴史に残る芸術的価値よりも、そういうどうしようもない器用な徒労の方が心を揺さぶる。そんなことに我ながら気付いた頃でもあった。




その後江ノ島へは何度か訪れている。無二の親友とも、初めの恋人とも、孤独な時、独りで行ったことも。
波の高い日、島の裏側の釣人の姿を、今の夫と一緒にぼんやり観察していて、やがて汐が満ちてきてその人がどうやって戻って来るのか心配で、暗くなるまで見守っていたこともあったっけ。
あれは結局どうなったのか、思い出せない。


湘南の洒落たイメージとはかけはなれた、けっこう前時代的な土産屋街にそのたび魅了される。
とにかく「貝」の土産の物量が圧倒している。江戸時代から江ノ島は貝細工の有名な土地だったらしい。
そこにはいつも、あのショッキングピンクの憧れの貝孔雀もちゃんといた。
値段はせいぜい700円程度。硝子棚の中に若干色褪せてどことなく経年の埃感でべたついているようなそれを、すぐにでも手に入れられるだろうに、もう20年も欲しい欲しいと思いながら何となく買わないでいた。
全く売れなさそうな貝細工の人気のなさ、古びて売れ残ったもの質の博物館展示品的な時代ものオーラが、容易に手を出させてくれないと言うか。
観光客の応対で忙しい店の主人に声をかけ、硝子棚の奥の忘れられてもの達をわざわざ出してもらうという酔狂な行為が、恥ずかしいのか。
そのうち、あの儚いものたちに対するみずみずしい憧れの気持ちなんぞ、どっかにいってしまっていた。


気まぐれに思い立ってそこへ向う。冬の海といえど正月あけの江ノ島は大賑わいだった。


橋を渡る時、たまたま橋の上に座っていた人の露店の紙看板が面白そうで一瞬カメラを向けたとたん、その店主かなにかの男と目が合い、途端に「写真撮るんじゃねえてめえ」とぶち切れられ、いろんなものを投げつけられた。
うわうわうわ!なんかやばいことになった。遥か後ろから来る夫が理由も知らず、何かものを投げまくっている男にこともあろうに何か話しかけている気配があるので、私は他人の振りで逃げた。
恐ろしい想いをして早足で、土産屋の雑踏に身を隠す。


なぜ露店の男がものを橋の上に投げまくっていたのか全く理由も解らず「???」の顔であとから追いついた夫だったが。
今日の夫の目的は、その貝殻細工を手に入れることらしい。私とは別のテンションで、もう橋の上のことは忘れ、店の奥の貝から貝へ蝶のように夢中で飛び回っている。
大量の家族連れや中高年や中学生が土産屋に出入りしているが、ほとんどと言っていいほど貝細工達には興味を示さない。


まだ生々しく、橋の上の男の罵声や破壊音が耳の後ろで聞こえるような気がして怯えながら、土産屋の一番奥、貝がずらっと並んでいる辺りで、目立たないようにしている。追いかけて来る訳でもあるまいが。
そんなに怒ることないじゃないか。別にあの男を撮ってたんじゃないのに。でもしょうがない。カメラは他人にとっては一種の心の凶器だともいえる。


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息を殺す私の目の前には、もう何十年も前からたぶん同じ並びで同じところにあるであろう、あの貝達が並んでいる。
高校時代の理科室の奥の謎のスペースや、小さなどこかの資料館の誰も見ない展示棚。ホルマリン漬けの保存物などを思わせる、ツンとした空気。砂時計で計る途方もなく無駄な時間だけが流れている、あの感じ。
あの桃色の孔雀ももちろんいるし、その仲間の青いのも、緑のもいる。
埃まみれのラメで化粧を施され、桜貝とアワビの色に飾られ、頭だけ安っぽいモールで出来たヤツ。
孔雀だけではない。白い貝で出来たプードル、小鳥。真珠の女性。貝の帆船が硝子細工の船長と灯台の間を航行する。
欲しいと思ってから十数年の歳月もものともせず、いやその前からもずっとおそらく全くそこを動かずにいるようだ。


この貝殻たちの息遣い。こんなに近くでしげしげ見なかった、あの頃は。貝殻に守られ、身を隠している「貝の身」の気持ちがよく解る。
人体内部を内視鏡で覗いているような感覚にも陥る。
しばらく胎内巡りをしているかのような気分になって、じっと至近距離で貝の棚の細部を眺め尽くす。

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今日は江ノ島の山の奥まで観光することはせず、夫の目当ての品を買い込んだだけで帰ることにする。
ものを投げてきた橋の上の男にまた会いたくなくて、帰りはバスに乗り込んだ。
知らない土地で誰かに嫌われる。理由が解らなくとも情が確実にすれ違ってしまい、心理的に追われる身となる。そういう旅先の傷心は、無惨で鮮やかに残る。


家に帰って夫が買ったものの包みを開けたら、あのピンクの貝孔雀がちゃんと入っていた。
別に私の為ではない。夫が自分の仕事とインスピレーションの為に自分の好みでで手に入れただけなのだが。
こんな形で20年に時をへて、結局私の家にお前達は来たのか、孔雀達。
と思うと、じわりと感慨深かった。
by meo-flowerless | 2012-01-15 21:39 |