画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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無為無策散歩・立川

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ひたすら写真を撮る日々。今日は母と立川を歩く。

十代の頃、休日になると母と当てもなく町歩きしたものだ。
立川のデパートの会場のレストランで食事をすると窓から、北の方向に基地の飛行場の広大な荒地が見えた。
あの荒れ果てたとこに行きたいなどと思いつきで私が言っても、母は大抵、いいねといいながら楽しそうに付いてきた。
金網越しに見た基地の枯れ芝の殺風景。そこの光景が、私の原風景の一つになったことは間違いない。


何の目的もないけれど、辿り着くまでに出会う町の様々なディティールに「気付くこと自体」がもう目覚ましい鮮やかなことだった、あの頃。
そんな思春期のまだ瑞々しい心の肌理を思い出しながら歩きたかった。



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高校生の時に読んで最も影響を受けた『昭和二十年東京地図』という本に書かれていた立川の光景は乾いて暗かった。
その渇きに憧れた。
基地の町。戦後復興期の町の造作がいつまでも尾を引いている、猥雑な絵具箱のような風景。
それでいてモノクロームの荒い画面にざっと大風が吹き抜けるような、コントラストの強い明度の低い鮮やかさ。
まだいろいろなことがよく解らない幼い私の眼から見ても、立川の駅の周辺は昭和の終わり頃まで充分に、
どす黒くあぶなく秘密めいた堆積物の中に埋もれているようだった。


いつ頃だったか大幅にアートプロムナードのような都市的な大工事が入り、モノレールも敷設され、立川駅周辺の光景はもうなくなった。
以来、何となく興味も失せて寄り付かなくなっていたが、今日もまた同じようにデパート階上からビルの隙間に垣間見える西日オレンジの基地の野っ原を臨んで、歩いたことのない家並を歩いてみたくなった。
あの頃のように、母はのんびり「いいね」と言った。
歩きつらいブーツを袋に入れ、代わりにスーパーでわざわざ歩きやすい安靴を買い、付いてくる。



乾きながら枯葉やビニール袋を巻き上げ顔にぶつけて来る北風の中、鄙びて陰鬱なバス通りを北上する。
この通りは何故か、気になりもしつつ近づくのがつらいような、思い出しては行けない性質の陰気な懐かしさに満ちている。
誰かの人生の中の触れては行けない昭和、というような遠さのなかにある。


ふわり、中空に別世界への丸い輪っかが穴をあけ、そこへ入ると、時空狂った夕暮の神隠しに遭ってしまい、もう二度と消息を誰も辿れなくなる。
というようなオーラが道の果てにある。



町歩きで面白いのは、その土地の建物の装飾や看板文字のフォント等の特徴で、
一体何年代に一番この町が栄えていたり、開発の手が入ったりしたのか、を何となく読み取れることだ。
白亜の壁に青い雲形の装飾が施された粋なような野暮なようなアパートメントを見て、これは何年代頃の建物かと母が気にしている。
昭和四十年代頃だろう、と私は思う。


廃園風、文化住宅型平屋、和洋折衷の洒落た大正風医院も多く残る。
鄙びて懐かしいそれなりに時代がかった家並みなのに、中古感の在る高層ビルの間にそういう平屋がモザイク状に埋もれている。
ものすごくクラシックな広大な邸宅と、ボロボロの日本家屋が隣り合う。
何故かそのぼろい日本家屋の「庭内」で、唐突に無機質な立体駐車場を狭々と経営している。
屋根の高低差にも統一感がなく、日陰が多いのに、ふと道が開けると道は奇妙に広い。
基地の町のスカイラインだな、と思う。
その乾いた無機質な広い空をバックに、年季の入った街路樹あたちだけが大きく悲しげな図体に育ち、枝葉を伸ばしている。



街中で写真をさり気なく撮るには普段結構勇気が必要で、特に住宅街だと住民のさすような視線が気になるのだが、
この町は何か瞬間時が停まっているかのように人の気配がない。休日のせいか、人の出す音らしい音も聞こえない。
ただざわめく北風だけが嵐のように境内の松を渡り、町工場の三角屋根に引っかかって過ぎて行く。


家々のデザインは昭和三十年代から四十年代風のものが多い。
そして、何故か、「屋上庭園」を作っている家が多い。
各家の屋上に続く鉄階段の螺旋具合や、枯れ果てた冬の植木のシルエットの美しさに、母はひかれていた。


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歩いても歩いても立川基地の野原にはたどり着かずじまいだった。


家回りの冬枯れの植え込みや屋上庭園は慎ましく安穏としているのに、誰一人家から出ては来ない。
個々はひっそりと生きているが町内会はとっくの昔にもう解体し実は「無縁の共同体」になっている、そんな雰囲気がある。
狐に化かされたような静けさだ、と思って歩いていた。
が、次第に家々の軒先の花鉢の夢のように暗い彩度もみられなくなり、何か普通の住宅街めいてゆき、
買いもの帰りの主婦の群れとすれ違うようになり、私と母とは束の間の神隠しから帰ってきたのだった。
by meo-flowerless | 2011-12-24 00:35 |