画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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朦朧植物園

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寝ても覚めても朦朧としている。
朝風呂の中でぼんやりしていたら、次作の案なのかタイトルなのか、ふっと『剥落園管理事務所』という言葉が下りてきた。



誰の為にでもない虚無を整然と誂え、誰も見返ることない荒廃を自己管理している。
そういう場所を探したい。



頭の中、淡い真昼の八ミリ映像みたいに浮かび始めた『剥落園管理事務所』のために、冬の弱陽の中に繰り出した。




冬は冬で、夏とは違う光と影の明瞭さがある。
昼に家を出て、多摩丘陵の幾つもの丘や窪地を黙々と這いずり回る。
無人の山林、いきなりの牧草地、いきなりの宅地造成地、立入禁止のススキ野原などをわざわざ突っ切っていく。
道草を食ってから漸く乗り込んだ京王線ではもう既に爆睡するほど疲れている。
目的地の神代植物公園の最寄り駅に午後三時過ぎにたどり着く。



調布、蕎麦で有名な深大寺の近くにある植物園。
私の通っていた女子中学校から近く、二十年以上前に社会の授業で訪れたことがある。
でも花壇に植わっていたパンジーの光景しか記憶しかない。



駅から歩けるだろうと高をくくって何も考えず地図も見ずに歩き始めたが、武蔵野のくすんだ西日の中で大いに迷子になった。
辿り着く前に意識も枯れ果てる。
途中深大寺行きのバスを見つけ乗り込んだ。バスでもそれなりに遠いところだった。



閉園一時間前、もう薄暗く、人の気配もまばらな冬の植物園に着く。
こんな冬枯れの花も実もない暗い植物園に居る客は、何の目的があってくるんだろう。
独りで無目的にうろついたり佇んだりしている中年女の自分が一番訝しがられているだろう。



造園関係者と清掃関係者だけが緑の中の白薔薇のように時々茂みからポッと頭を覗かせる。
枯木を人工的に整然と刈り込んだところに出来ている断面の、荒廃色グラデーションの深さが網膜にくっきり焼き付く。



冬の夕暮れの薔薇園は奇妙に妖艶だ。
老廃した土の合間に、生身の女のように薔薇の花だけが露わになっている。
色の違いによって、それぞれの違う香気を漂わせている。
それはそうと、土の底から時折石油ストーブの暖かい暖気と匂いがもわっと立ちこめるのが不思議でならない。
枯れていてもちゃんとそれぞれの木が名札を付けられ、ポーズを取っている。
シンプルな舞台装置の上で、襤褸を纏って舞踏している、研ぎすまされた身体みたいな木がたくさんある。


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人の気配のない熱帯花園の温室。
無人かと思ったら、鬱蒼とした暗がりの中、植物の世話をし続けるおじさんなのかおばさんなのかわからない作業着の人が一人居る。
小笠原花園からベゴニア園までの回遊路を、全く私と同じペースで、しかし絶対こちらに顔を向けないで黙々と花の世話をしながらついてきて、何となく怖い。
 
  
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途中の休憩テーブルでは、架空の携帯電話で架空の商談をしているらしい独言の男性がいた。
どの登場人物も、私の求める「無人」の感覚に叶っている。
私自身でさえも、薄い光と影の中を移ろう、埃のようなものでしかない。



なぜ無人の光景を描きたいのか。
多分この植物園のこの時間帯この瞬間のように、
場所自体が暗黙の人格を持っていて、自らの狂気を自ら飼いならしているような感じ、
に、一番感覚が打たれるからだろう。



徹底して人工的に管理されているはずなのに、整然としているのに、もう人の手に負えなくなった鬱蒼感を持つ場所。
手入れをしている人間が、小さな蜜蜂のようにしか見えない。
そういう場所の体温の調節管理や、日暮れの影の憂鬱な長さの測量をひたすら淡々とお手伝いするだけの、無感情な働き蜂のように絵を描きたい。


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無言で園を出て、冷えきった身体を夕ぐれに茫然と溶け込ませたまま、帰路のバスに乗り込んだ。



間違えて無造作に多めの料金を運賃箱に放り込んでしまった瞬間に、無言で運転手の白い手袋が鋭く私の手を遮った。
運転手は黙って、遅かったか、というように横顔で眼を閉じて少し笑った。
その白い手袋の制止と横顔が咄嗟に激しく美しかったせいか、ぼんやりとした妄想から一気に目が覚め、人間界に帰ってきたような気がした。
by meo-flowerless | 2011-12-17 10:33 |