画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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無為無策旅行・下津井

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児島の町の商店街を離れて入る小路は「風の道」。






児島半島の先端の下津井という町まで走っていた電鉄の、廃線址をハイキング道にしている。
鉄錆色の信号機の遺構が生々しい。埃っぽい日向の道が家々と夏花の間にどこまでも続いている。白茶けた暑い土の上、夢中で自転車を海に向って走らせる。凌霄花の橙色の花が家々の軒から溢れるのが美しい。


泣きたくなるような緑。夏の緑は、どんな赤よりも闇の黒よりも、私には、妖気を帯びた色に思える。


時間は十五時に近づいており、十六時までに返してくれと言われたレンタサイクルの門限が気になる。相棒はそんなことおかまいなしに夏道の風を夢中で切りながら、気持ち良さそうに遥か先をとばして走る。


山にかかるガードをひっそりとくぐり抜け、人気の無い山道に乗り上げると、左手に初めて瀬戸内海と、あの瀬戸大橋が姿を現した。
感嘆の声を上げて暫く観橋。



ああ瀬戸内海。海に浮かぶ山々....神々のおにぎり.....
一昨夜から岡山のローカルテレビで何度も映像が流されている、ある島の大規模な山火事のことが気になっていたが、ここからはその煙が解らなかった。



どこまでいけば終点の下津井なのか全く見当もつかないが、地元の商店の人の話だと、
「この道行くとすぐトンネルがあって、くぐるとその辺が下津井」と、近そうな雰囲気で言っていたはずだ。
地元の人が、近い、という時には要注意なのだという教訓をすっかり忘れ、また自転車にまたがって漕ぎ始める。
海と反対の右手には、残酷なほど深い紺色の空。じっくり焦付いた真緑の山。そのジリジリと迫り来る繁殖感に自分の心身が負け始めていることを、早く気付くべきだった。


山頂に、シュールな白い観覧車やジェットコースターが、回虫のようにうねうねとしている。
それを見た途端。あれがやってきた。



たまに襲いくる、あの非現実的な感じに重なる目眩。
周りのものすべてが、そこはかとなく黒い暗示を見せ始める。
何百年分もの失せ果てた者達の死が澱になって、光の中、不気味な穏やかさで自分を待っていてくれる。奈落が道程の途中に突然口を開ける。
誰にも説明出来ない哀しみは、何だ。
理由もなく焦って自転車から降り、身体の実感を踏みしめるために、歩いてみたりする。
相棒の速度からどんどん遅れてゆき、緑深い道にひとりぼっちになる。
何かを確実に感じていないと、異界の方にフッと袖を引かれて消えてしまいそうな場所や時間というのが、確かにある。



果ての下津井に着いて相棒と再会した時は、もう、自転車返却三十分前だった。
漕ぐのに時間がかかる自分は、児島まで山越えの道を、相棒より先にひとりで引き返すことにする。
しかし、行道は気にしなかった微妙な勾配が、帰りにはこの上なく重い上り坂になっている。



木々の葉は太陽と一緒に燃えて熱を発し、少しも暑さを遮らない。
この先何十分、いやもっと、本当に涼しい場所はちらとも無い。行きの道程で解っている。
頭からペットボトルの水をかぶるが、体温が上昇しているらしく、まるでジュッと言わんばかりに灼熱の肌に吸い込まれていく。
相棒は素知らぬ顔で写真など撮りつつ、涼しい顔で後から追ってくるだろう。追いつかれるのがいやでになって先を急いだのもいけなかった。


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行道に見た山の上の遊園地の、非現実的に高い真白な塔のようなものが見え、暑さに喘ぎながらもカメラを構える。悲しいほど天が綺麗だ。
それが下津井で撮った最後の写真になった。もう先が続かなくなってきて、急に力が抜け始めた。


自分では前に進もうとしているのに、身体はそのまま自転車を木陰の方へ突進させてゆき、そこで倒れ込むようにして、へたり込む。
奥の手のヒヤロンがもう効かない。熱さのせいなのか下腹部が痙攣し始めた。
気分が悪いというより、内臓か一個くらいヌルッと身体から出てゆきそうだ。
もうなにもかもいやになった、と本気で身体が叫んでいる感じだ。
熱中症になりかかっているな、と理解して足を止めたのはいいが、どうもこの疲れはそれだけではないようだ。
脱皮しようとしている蝉か蟹が、自分の重い殻から抜けられず途方に暮れ、汗の中で衰弱している。
その感じ。


もう長い間....恐ろしいこと、悲しいこと、凄いこと、初めてのこと、嬉しいこと、頑張りすぎたこと.....ありすぎたのに、休みもせず、まだここで歯を食いしばって自転車漕いで、どこに向っているんだろう、と気付くと、かつて無いほどの身の重さを感じた。



暫く木陰に座り込んで休み、朦朧としていたが、追いついた相棒が水をのませてくれたり、水を掛けてくれたりした。
自転車は俺が返すから君はタクシーで病院か駅かに行け、と言われるのを何故か頑に拒否している自分がいたが、かといってもう足は立ち上がろうとは全くしてくれなかった。



へたり込んだ向いの鉄筋の家の窓は全部開け放たれていて、何らかの作業中の中年男性が気になるようなそぶりで、こちらを見ている。
その家に一台車が戻ってきて、相棒が何やら、、車の主の女性に頼んでいる。
家の中から心配げにこちらを見ていた人の奥さんらしい。
親切なその女の人が、自転車ごと私達二人を、児島の駅まで送ってくれることになった。



ほんまに駅までで、大丈夫やろうか。病院に、行ってあげようか。
ねえ。本当に、最近特別に暑いもんだから......。またようこの道を越えてきたよねえ。
トライアスロンのコースなんよ。
風景が綺麗だし、気持ちがいいから楽なように思えるけど、実は結構きついのよね。
しかも朝から何も食べてないって、それは良くないわ。うどんでも、食べていこうか?



しばらくして、冷房の効いた車の中で段々気がしっかりしてきて、命の恩人の女性と会話を交わした。



「どこからきたん?東京?それはまた......」
「いやあ、ここがあまりにいいところなんで。夢中で旅をしてて.....軽卒だったです。ほんとに助かりました。本当にすみません」
「ええんよ。うちも夫婦二人でのんびり作業するだけで、今日も家におったしね。でもちょうどおってよかったわ。うちはね、ジーンズの縫製しとるのよ」
「そうなんですか」
「東京にも私達が縫ったジーンズは結構出とるよ。伊勢丹とかのお店にも出しとってね」
ここからこんな状況で思う、東京、という言葉が、何か遠い追憶みたいにぐさっと胸に刺さった。



結局、児島の駅までになんとか回復してきて、病院には行かずに住み、何度もぺこぺこお辞儀をして、女の人と別れた。綺麗な人だった。
名前を聞いたのだが、ああ、ええよええよ、そんなの、きにしないで、と言って教えてくれなかった。



東京の家に帰り着いて荷物を置くやいなや、すぐ相棒が暗い部屋のパソコンを点ける。
グーグルマップで何かを調べ始めた。
岡山の半島、瀬戸大橋の袂の一点を拡大して辿り、人形のアイコンをその地図にテレポーテーションのようにすべらせると、グーグルアースの画面が、私が山道で倒れた場所の風景を映し出した。
ああ、点の先にこの場所があって、風景があって、その中に一人でうずくまっている私がいたのだ、と思うとどうしようもなく切なかった。



生かされている現実を怒濤のように思い知らされる時の、耐えられない重さ。
死んでいった人のすべての、無念の重さ。
此岸と彼岸とで、それらの因果が実は絶妙にシンクロしているのではないか、と思う時がある。
その因果をとても支えていられなくなりそうな身体は、ひとりでに泣き出す。



とにもかくにも、生還してきた今となれば、我に返って大反省だ。
人様に迷惑をかけた無為無策の旅。


休めと天の声がする時は休み、泣けと身体が言っているときは身体ごと泣く。そんなあたりまえのことを誰もが出来ずにいる夏なのだろう。何もかもかなぐり捨て、そうしなければいけないところまで来ているのに。
下津井最後の写真の、あの圧力感のある絶対的な青空を見ると、いつまでも思い出すのだろう。
うまくいえないが....宿命という言葉の意味、そんなようなものの、気が遠くなるような重さ。



倉敷行きの記憶の中、下津井のことだけが、他とはの別の質量でのしかかり、別の美しさで自分をえぐってくる。



助けてくれたあの人、図書館の電話帳でなんとか名前を調べ、お礼を送りたいと思っている。
by meo-flowerless | 2011-08-23 23:07 |