画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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無為無策旅行・金光

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暑い。朝から油蝉の声にこっちの体液もジットリ搾り取られてゆくようだ。
『女殺油地獄』なんてのを思い出す。身の毛もよだつ怪談なのに、灼熱の題名。


柳の影も清かな倉敷から足を伸ばし、山陽本線の小さな駅で下車する旅だ。
漆黒と見紛うくらいの青空。影と同じくらいの重さの光。輪郭のすべてを際立たせて背景に張り付く夏木立。
この世の毒素も今日はぐったりと地表に沈殿している。
空気は透明な上澄み液。けれど温度は殺人的に熱い。湯水のなか無言で溺れながら、人気の全くない駅に降り立つ。


金光。
その名の通り、新興民間宗教の金光(こんこう)教の本部があり、その信徒たちの暮らす、静謐な町だ。
本当ならば、私らのような信心薄い無関係者には全く思いもつかない土地であり、訪れる用事などあろうはずもない集落だ。
駅を降りても暫く何の変哲も無い田舎の町が静まり返っているだけだったが、跨線橋をとぼとぼと渡り、小さな坂の影を曲がると、金光教の花の紋章が中央に浮かぶ、古びたアーチが現れた。


ここかららしい。小さな砂時計の中の宇宙。
美しく時空の狂った、こころやさしき袋小路は。







う.....と思わず足が止まる理由は自分でも解らない。
信徒が住む静かな宗教の町だとて、別に許可証が要るわけでもなし、人の眼が監視しているわけでもなし。
人っ子一人いない商店街、懐かしいようなただの廃れた風景だ。
でも、明らかに何処の場所とも空気が違う。



映画の中の時空移動シーンで、水銀めいたゲルの中を突っ切ってゆくようなCGがあるが、そういう目には見えない液体状鏡のようなものを感じる。
ポワワンと液体状鏡を通過して、あちら側に入ってみる。



モルタルや木造はもともと石のような重厚さはないが、その儚げな仮設感覚がここでは「三階建て」の構造を持っている。それが普通の町と比べて違和感を感じさせるんだろう。
もしかすると遠くからやって来る信徒たちのための宿坊なのかもしれない。



無人の日向道の中途には、涼しげに緑のテントの覆いをかぶせた八百屋がある。
もう一つの宇宙にある、アジア廃墟の無人マーケット......か?



隣の菓子屋には普通の店番の小母さんがいる。
何となく入ってみると、倉敷近辺独特の人なつっこさで迎えられる。
なんだ普通じゃないか、と少しほっとして、ジュースなど買う。
レジ奥に、金赤の熨斗をつけ孔雀の羽を広げたような見事な注連縄飾りがあるので、
「綺麗ですね」
というと、
「これ、九州のものよ」と言う。
「この土地のものではないんですか」
「うん、この土地のやないよ。ほらー、あの北九州支部の人がね、持ってきてくれたんよー」
と、とても素直な笑顔でおばさんはにっこりした。
北九州支部?はあ、と笑顔で応じるが内心、まずい......信徒でもない私がやはり入ってはいけないんじゃなかったか....と、一瞬ひるむ。


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角を曲がると、総本山の会堂からまっすぐ延びる短いアーケイド門前商店街が、がらーんと道を開けている。
蝉が泣きわめくのを別にすれば、自分の骨や筋肉が刷れる音が聞こえそうなくらい、静かだ。



私が好きだと思う商店街の空気には、食虫植物に似た出口ナシの猟奇と色香をかんじるのだが、ここには食虫植物のように貪婪なものは何も無い。
が、緑の林で、ふと眼を凝らすと天幕毛虫の白い蚕糸が葉間に夥しい集落を作っているのを見つけたような....
うっすらと、そんな戦慄を感じる。その戦慄は、一種の美しさでもあるんだが。



相棒がまたおもむろに門前の土産屋に入っていく。土産屋と言っても主に宗教用の道具を売る店だ。
瞳と声の淡い優しそうな老人がゆたゆたと中から出てきて、何だかしきりに話しかけてくるが、一向に内容が頭に入ってこない。
「あんな。これ......今はこうゆうのがはやりでな......お護り......こうゆうのも.....普通では売らんのじゃけど....」
「ああ、確かに、普通のお護りよりキーホルダーとか干支とか、可愛いですよね」
と私が必死で応対しているのに相棒はほとんど会話を無視して店内に掘り出し物はないかと見回している。
「これはな、あのほら、唄を歌う人おるじゃろ、何という名か....あんたは若いから知っとるやろ、あの人、名前が出てこん、おどりもよく踊る人よ...あのう....」
「歌手かなにかの話しですか?」
「いや、知っとるやろ、北海道のあの人にいわれてな。この間の総会にも来とった。北海道のどこぞの支部の○○さん...○○さんいうたかな、知っとる?」
「ああちょっと存じ上げないです...」



適度にお辞儀をし、分からない信徒さん内部の話からスタコラ逃げるように店を離れる。
何だか信仰の無いことがこんなに形見狭く思えるなんて、なかなか無いことだ。



アーケイド通りとクロスしているもう一つのメイン通りには横断幕が。
「お取次の素晴らしさを伝えよう」
お取次とは、またの名を、おまじなひ、ともいうらしい。金光教は仏教系ではなく中国由来の神を信仰するものだと言う。新興とは言うものの、奥ゆかしい古色を感じる宗教都市、いや宗教小路だ。
白いペンキ塗りの古い木造の金光新聞社がなかなか味がある。



水撒きなどしながら朗らかに会話を話す二、三人の主婦。
門前の掃除をしながら本当に自然に挨拶をこちらに投げかける門徒の若者。
道の柱には、
「心身の健康 経済のおくりあわせ よい人間関係」
「神は頼まれるのが役である」



川柳なども沢山掲示してあり、のどかな雰囲気も垣間見える。
パン屋の棚の下の方にあった金光饅頭の木型を500円で買って出て来て、
「...さ、いこか」
と相棒がいう。
「その木型、そのまま持って歩くと何だか拍子木持ったおまじないの旅人みたいだね」
「作品に使うかもしれないと思ってさ」
「どう使うかな」
「.......(笑)わかんない」



いよいよ青く燃え上がる蝉声にゆったりと目眩を感じ始めつつ、夢のような町の時空から、現実に戻る。
既にもう駅のホーム上で、自分は今夢を見ていただけだというようなのような気がしている。
あとになって思い出すほど印象深い土地なのかもしれない。
旅の記録の中、そこだけカギ括弧でくくられたような、午睡に一瞬見た幻みたいな、そういう土地。ここが日暮であろうが真夜中であろうが、金光の町だけがいつまでもじりじり焼け付く晴天の下で静かに燃え上がりあの時空に存在している。
そんな気が、いつかするんだろう。









 
by meo-flowerless | 2011-08-19 14:08 |