画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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無為無策旅行・月江寺

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月江寺という駅名を聞いたことは無かった。
江戸時代、「富士講」の旅人たちで賑わったこの町。いまでは小さな駅なのだろう。
静まり返った富士吉田のシャッター通り商店街と垂直に交差する細い商店街路は、さらに静かな夢の水底にある。それがずっと「月江寺」駅に続いているらしかった。



商店街入口の、観光という感じでも特にないなにかの案内所には、昔のこの界隈の写真が飾られている。
薬玉に彩られ、行き交う人々も洋装和装入り交じった昭和三十年代頃の、賑やかな通り。
「くろんぼ」と書かれた看板建築の店が見える。またエラく直球な命名だと思ったが、かつては米軍相手の歓楽街だったこともあるらしいのだ、この土地は。


そのせいか、こっくりと脂っこいような色香が、人影ない寂れた通りにも纏わりついている。
上の写真、「くろんぼ」の通りの現在地のようだ。
今は歓楽街の面影も無いが、三原色に赤い星のくっついた看板灯のある街角から、ふっとフレアースカートの肉感的な女性が現れた。
黒い雌豹の前を横切ろうとする、黒猫...
という風情の、原色の一瞬。



富士山駅、という立派な駅名が新しく誕生したそうであるが、それは元の富士吉田駅の生まれ変わり。元々のなんでもないローカル電車も、せっかく富士山のお膝元や富士五湖に向うのだから「富士登山鉄道」という冠をかぶせられて、観光向けに生まれ変わったんだと言う。



子供の頃。相模湖スケートリンクに行くはずだったのが急行で乗り過ごして大月に着き、そのままローカル電車でゆっくり雪の富士急ハイランドまで、真白の風景の中を、行先を変え辿った旅を思いだす。


レトロな内装の新・登山電車にそこそこ感心しつつも、眼が向うのは車窓の外の、思い切り鄙びた谷川の光景。夏の霧雨に濡れる視界の中、雄大な富士の面影は見えない。
富士山駅のトイレでは、下山してきたたあとなのか、冬山装備から下界の夏服へせっせと着替え中の山ガールたちが沢山いる。


駅前のワンコイン・うどん屋の女将は親切で、客勘がいいというのか、私と相棒の風体を見て、登山客でも湖畔に遊ぶセレブでもない、とすぐ悟り「どうってこと無いけど決して今時ではない適度に人の匂いのする静かな商店街」の所在を丁寧に教えてくれた。


それで辿り着いたのが、月江寺駅前商店街。
通り一本それると、心をしっかりキャッチしてくる絶妙な歓楽街看板が、道の奥まで並んでいるのが見える。
女の紫。ダンディな黄。酒後のラーメン屋の赤。染め直した偽観葉植物の緑。
古びてはいるけれど、つぶれているのではなさそうな店店。この静けさは人のいないシャッター通りのものではなく、まだ人のいる土地の「開店前」の静けさだ。
ただ、もうここには米兵はいないのだろうし、その相手をする徒花のような女性たちも、去ったか、年老いて引っ込んでいるのだろう。


バタ臭い洋風色彩の看板の中にあっても、涼しげな日本の夏の音がそこかしこから漏れている。
だからこの町は独特な、不思議な雰囲気なのかもしれない。
「終戦後」の開放感と慎ましさを、どちらもまだよく同居させているような。
何処からもほがらかな子供の声がして、それを叱ったりからかったりする老人の声も、元気に家屋から聞こえてくる。夏休みだから特別というのではなく、いつも家族が自然にそうしているような雰囲気。
甲子園のテレビの音声、気怠いお昼のNHKラジオの感じ。商店の奥さんのおっとりした気風。水商売を営む人たちの開店前の暇な真昼の掛け合い。
人の姿こそかくれているけれど、まだ町は生きている。
江戸時代の富士講の客たちで賑わう市の街の貫禄のようなものも、土地の人に残っているのかもしれない。


写真を撮るのに夢中で、相棒とはぐれる。
どうせ同じような場所に魅かれる傾向があるから、どこかで鉢あわせるのだろうと思っているが、この街では入り組んだ迷路が、なかなか二人を出会わせない。
夢の寄道一本はずれて、永遠に二人ともここから抜け出せないのかもしれない。
立派な和風建築。この土地の豪家であろう角田医院の門前の通りにあるのは、白く剥げた看板物悲しい昭和の化石のような「月の江書店」、角丸型の広い窓にレールのカーテン掛かる「レストラン鮮笑」、そして多くの造花が廃れ乱れる、素晴らしい軒並の数々。


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相棒を探しているうちに、間口一間と畳一畳くらいしかない店が居並ぶ、黒ずんだ飲屋街遺構に迷い込む。
瀟洒な白壁の「愛人」。赤いハート内の文字「BAR セクシー」。草間弥生ばりの見事な黒胡麻タイルに彩られた、カーブ美しい建築のスナック。人魚の絵とパステルカラー蜂の巣グラスに飾られたサウナ廃墟。思案に暮れるの意味であろう「シアンクレール」。九州でもないのに「スナック おおむた」。蝶の切紙だけが窓に残された「民謡酒場 浮草」。青看板の古くさい英字も健在の裏道ユースホステル......


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それぞれの路地や建物の、褪せた原色と曲線に、かつて日本の女が無国籍のエキゾチックな色彩を帯びていた頃を思い描く。
夢中で写真を撮り、はっとはぐれた彼を再び思いだした頃、やっと富士が顔を見せた。
雄大だと信じ込んでいた富士が以外にも女の優しい顔をして現れたことに、意外な感じがする。
そう言えばこの前、箱根行きの観光バスガイドさんが教えてくれたっけ。富士山は男性じゃなくて女性であり、美しい神様。木花咲耶姫が山の彼方に住んでいるんだ、と。
山麓のこの街にも、暑苦しいような母性と、女性の体の曲線の切なさとを感じる。



駅前でカメラ片手にぶらぶらしてファンタを吞んでいる相棒を見つけて落あい、山からの流れ早き掘沿いを少し歩いたが、夕空に富士の見えているうちに、帰ることにした。


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小さな「月江寺」の駅舎は檜作りの新しい建物で、どこかの温泉センターのようだ。
閑散としたローカル駅に不似合いな、薄桃色のギャルが二人。なんだか妙に別れを惜しんでいる。改札の青春。
無人駅の線路を歩いて渡り、ホームに昇ると、倒れかかった大輪のグラジオラスと百合がどちらも大きなフリルの桃色の花弁を湿らせている。今のギャルたちの化身か、と一瞬思う。


二両電車を待つ線路の向こうには、何故か「西鹿児島行き」のブルートレインの車両が停めてある。
いつか憧れた「北斎の富嶽百景」のユーモラスで男性的な富士はここにはなく、そのかわり優しく遠い女神のような富士に見送られて、帰りの電車に乗り込んだ。
by meo-flowerless | 2011-08-08 04:40 |