画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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無為無策旅行・鰍沢

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綿密に予定を立てる旅よりも当てずっぽうに歩くのが好き、というのがまず、本当はいけないんだろう。
特にこんな炎暑の下突然に思い立って、嘘か本当か解らない曖昧な噂に吸い寄せられたり、所在不明の店を探したりするのは危険なのである。


......と解ってはいるけれど、前夜ネットでたまたま見つけた謎の古道具屋の古い店長ブログをたよりに、一時間一本二本しかない、山梨から富士山へ抜けるローカル電車身延線にトコトコ揺られている。

心の底から休める、久しぶりの日。正真正銘の、無為の「夏休みの日」。



身延線「鰍沢口」駅。
駅員も誰も出迎えてはくれない小さな駅では、何の看板だったか不明の大面積の赤錆がお出迎え。
草青く真昼の陽は赫く、影のほとんどない日射の道を、何となくうろ覚えの地図をたよりに歩き出す。


陰気な山影から流れてくる富士川は、日本三大急流というだけあって滔々とした青磁色の流れ。
高い橋の上から見下ろす寒気とともにその時だけ涼しい心地がする。
しっかし.....長い橋。
ここまで辿り着くだけでもう三日分くらいの汗が流れ去った。


そして遥か橋の向こうの山肌にうねうねと張り付く、ダンプカー走りまくりの『田舎の容赦ない山カーブ』の先の見えなさに、思わず相棒を止めて、
「あと何キロくらい歩くのさ」
一応持ってきた地図を見ながら相棒が
「解らん。多分今歩いて来たのの倍...いやあ、三倍...相当遠いかも」


若干不機嫌になってまた歩き出す沈黙ののち、
「無謀太」
と先を歩く相棒に渾名を付けて声をかけると、ふんという感じで振り向いた。


山の崖と深い渓流に挟まれた急峻なカーブの車道は、こんなところを歩く人間などあまりいないせいか、トラックも力任せにハンドルを切りながら通り過ぎてゆく。
ここで熱中症にでもなってふらふらっと倒れたらひとたまりもなく轢かれるなと思いつつ、目眩のたびに頭からペットボトルの水をぶっかけ、やすみやすみ歩くこと40分程。
途中で目の醒める思いがしたのは一輪の大きなダリアが道端に咲いていた時だけ。
一応ヒヤロンとかスポーツドリンクとか持ってはいるが。
人気の無いところを誰にも知られずに歩く日は何となく、どこか遠くから死がこっちを見つめている気がする。

ああ、そして。

「ここだ」
と、しかめっ面の相棒が溜息をついた目の前には、古道具の残骸らしきものが散乱した廃墟と、
ガソリンスタンド廃墟のだだっ広いコンクリート空地と、集落の郵便をまかされているらしい小さな元商店が一軒、辛うじて、何もない道の中途に立ち並んでいるだけだった。


結局まあ、そんなことだろうと解っていたが、お目当ての古道具屋はとっくにつぶれていたのである。
そのために東京から三時間以上掛けてとぼとぼ電車乗り継いできて、馬鹿なのである。
かわいそうに思ったのか、あきれつつ廃墟の隣の郵便商店のおばさんが冷たいお茶をくれた。
暫く神社の石段で無言で座り込み、涼み続ける。

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さすがに不機嫌になるのだけれども、考えてみれば、
今まで記憶に残っている強い旅の記憶というのはこういう、無謀とも言える当てずっぽうな道程の果てにしか無い。



気を取り直してまた10分程先をゆく。
また突然道の中途に小さな道の駅のような施設が。
やっとドライブインのセルフの蕎麦にありついた。真昼のテレビ。言葉少なな客。
ああ、つくづく、人の集まる観光地より、「どこかの途中にある場所」の方が好きだ、と思う。
本当に、真実、特筆すべきものは何も無いが。
乾パンのようなものに苺味の砂糖がかかっている素朴な菓子を買って齧ると、また目が覚めた。


すずり職人の作業する民家をのぞきながら、夏花咲き乱れる道を歩き、さっきの商店の前に二時間に一本くらい止まるバスを待って、延々歩いてきた道を戻った。


橋詰の反対側には古い鰍沢の商店街が軒を連ねていた。
もちろん午睡の夢の中のように、もはや静かな商店たちではあるけれど。


昼間から閉ざされたカーテンの影から不意に珍客の二人をのぞいて来る、古い店主たちの怪訝そうな眼。
どこか間延びした形の痩せた犬や猫。
地域の人のためだけにまだやっている清楚な佇まいの菓子屋。
陽が南中する時刻がよく似合う、ぽかんとしたバス営業所のベンチ。たまにすれ違う日傘。
「足の店?」履物屋のことだったのか。
神社の多い土地柄。寂しげな褪色の中に鳥居の赤が光る。
富士川をずっと下っていくとそのうち大富士の絶景に辿り着くんだろうか。
替わりに反対の山頂の当たりに奇妙な宗教施設らしき白いとんがり屋根が見える。噂の逃亡女優が去年身を隠した場所なのかも。

どんなにけだるい陽の中でも巡回バスは巡ってくる。
ちょっと時が狂っても誰も観ることが無いゆえのびのびと針をまわしている時計みたいに。
はいはいはいはい、きましたよ、一応ね、という感じで私達二人だけをひっそり拾って、駅へ運ぶ。


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実際歩いている時は炎の中にいるように熱いのに、記憶のなかに一旦閉じ込めると、
こういう暑苦しくせつない旅の景色に限って冷たい水底にあるように思えるのが、不思議だ。
by meo-flowerless | 2011-08-05 02:14 |