画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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日記

身近な人々の不慮の死を思いの限り悲しむ間もなく、どんどん日本の苦難も深く濃くなってゆく。しっかりしなければ。本当に。




太陽のような人々を喪った。私達の「日」は完全に陰っている。
三人もの大事な人々と一緒に、ことしの仕事の初日を迎えられなかった。
今まで血の通っていた会話も、まるで冷たく凍って、全ての言葉が残骸みたいに宙に浮いている気がした。何もかもが影の中にあるような重く苦しい空気の中で新入生を迎えることになってしまい本当に申し訳なかったと思う。


この上なく虚しい葬儀を今日終え、恩人を見送った。つい数日前まで生き生きと楽しそうにみんなの傍で動いていた気配も存在感も温度も、あっけなく車で搬送されていってしまった。それを、その人にはおよそ似合わぬ合掌で見送らなければならなかった。悔しくて心の中で故人の面影を何度も殴った。四月になったらあらためて話したり相談しようと思っていた大事なことが山ほどあった。それなのに三月は最後まで仏頂面で、つまんないことで反抗していた自分のことも、心ででなんども殴った。もう取り返しがつかない。


どうしようもない気持ちで斎場から帰る道は石神井公園の池のほとりだった。そういえば私が幼時を過ごした場所だ。こんな気持で訪れることになるとは思わなかった。


どんなに虚しくても、生き残る人々に平等に春は訪れ、いつもの桜は咲き乱れるらしい。
そしてこんなに私はむなしいのに、桜はやはり美しいのだ。
その美しいという感覚も物凄く遠いところで空耳のように在るだけなのだが。


やたらに眩しくて悲しい。よく考えたら空に太陽はまだあるのだ。
私達の太陽は陰ってしまったけれど、現実の太陽が空に在ることを今は思いだして目を覚まさなければいけないと思った。


悲しみというのはそれぞれの心にどうしようもなく巣食うもので、全く分かち合えるものではない、と、この春のいろいろなことで知った。それは断絶なのだ。引き裂かれているからだ。


けれど希望というものは共有できたり、同じ光源の気配を一緒に見つめることが出来るものなのではないか、と信じている。


希望の量が悲しみの量を凌駕するまで、どんなにいま腹の底に力が入らなくても、わたしたちは互いに何かを発し続けなければいけないんだ。

こんな文章の書き方すら虚しくていやなんだけど、こんな風にでも書いて何かを断ち切らないと今はどうにもやりきれない。
by meo-flowerless | 2011-04-07 00:15 | 日記