画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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郊外人生

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引越しはもう終わったの?と会う人毎にいわれるのだが、終わっとりゃせん。
とにかく家中のものを仕分けしたダンボール詰めにする作業だけでも、家族の手伝いあっても一週間かかった。引越しは後数日。





3SLDK実質5Kくらいの広さに引っ越すため、カーテンやカーペット、追加の本棚を探すべく、郊外へ。


高速のインターのある市のはずれの街に、大型家具の量販店があるのだった。
物流センターとか、巨大砂利場とか、産廃処理場とか、火薬倉庫とか、まあそういうものの集まる土地である。車の無い私にとってそういう郊外は遠い陰気なまぼろしであり、同時に一種の心の保養地である。
私の目当ては新しく出来た激安店だったが、その向かいには昔からそこにある巨大高級家具店。
同じような箪笥やベッドが下手すると十倍くらいの値段で売っている。
相反する二軒が睨み合っている、場末の国道なのだった。



激安店で買うものを決めた後、高級家具店を冷やかしてみたが買う気にはならなかった。
店員には見えない普段着の初老の婦人が深々と頭を下げ店頭に立ち私を迎えてくれたが、社長婦人か何かが直々に?とさえ思う客の乏しさだ。



足が渦巻きみたいになった飾椅子、ヨーロッパ直輸入の最高級材を使ったビューロー、アールヌーヴォーの伝統つきベッド。
デコラティブ王国の舞台裏、という感じで、広大なスペースの薄暗い電灯の下にただ大道具のように高級家具が詰め込まれている。今の時代これを買う新居、これを買う夫婦は、少ないだろう、と一目でわかる美しいあぶれもののガラクタたち。
い、いっらねえ!!.......



けれどその場末の八十年代郊外雑木林感覚の、すばらしい風情に魅せられてしまった。
かつての巨額の材で、この家具店は別棟に美術館まで開いている。
カシニョール感、デュフィ感、ヤマガタ感に満ちた展示なのだと思うが、今回は見物せず。



その代わり最上階の「レストラン ルーブル」に入る。
外から見るとレストランのゆったりした窓の上にモーテルチックな蛍光管の真青なルーブルという飾文字が輝いているのを見て、心が釣られたのだ。
中に入ると懐かしいイージーリスニングの地中海もの音楽がかかっていた。
壁の絵画も、太陽輝くサントロペ、ペインティングナイフ多用のリゾート油彩。
プラスチック果物のバスケットとドライフラワー。レースの覆いのかかったピアノ。自家製マヨネーズがけハンバーグ。
中央高速のそばにありながら、中央と高速という言葉から完全に外れてしまった時間が流れる脇道の空間なのだ、ここは。
窓から見えるのは、染み一点も無い東京の冬日。すべての時間に斜めの影を落とす赤い斜陽と郊外の山。直営の家具職人専門学校の静かな屋根。遠近感狂わす、微細な雑木林のシルエット。狂ったように往来する国道のトラックたち。



激安店での買物を忘れ、しばし斜陽のレストランで恍惚の疲労感を楽しむ。
私はこういうひどく無意味で非生産的なブレイクタイムが無いとつくづく生きていけないと思う。
どうしようもない中途半端な郊外の風景が無いと、それもまた生きてはいけない。
なにものにもなれない自分の浮遊した行き場のなさ、にかぎって、静かな、音も無い炎みたいな、燃えるものを感じてしまう。



あまりに油を売ったので、あせって激安店での家具買いをすませ、夕暮れの郊外を後にする。
無声映画のように車行きかうインターの真上には、透明な夕月がうっすら涙を浮かべている。
西日を浴びる雑木林の中には、極彩色のラブホテル城が隠れて佇む。
ああ、こんなラブホテルでどんづまりの恋愛したい。
昔はさぞかしあられもなかったであろうが、今は十分瀟洒でエレガントなラブホネオンがぽつぽつとススキの切通しの向こうに輝く中を、指をくわえつつ帰った。


不毛の愛とか、徒労の美学なんざ、地の底まで落ちてしまった....。
もちろん、抜き差しならない今の経済状況の只中に自分だって生きているけれども、そんなに余裕なく生きたくは無いんだけどな。
あの斜陽の海で何事も決定せず、何事も解決せず、何者にもなろうとせず浮遊していられたころが懐かしい。が、私みたいに無駄な昭和のにおいを引きずりながら美大なんかにいるとそのうち粛清されるかもしれない、若い子たちに。
時間の浪費、青春の猶予、無駄な追憶。
今のかれらが嫌いなのは、これらだろ。
過ぎたことへの、臭いものへの、まわりクドいものへの、答えの無いものへの、嫌悪はわからないでもない。それは普遍的なことかもしれないし。



本質的にいちばん粛清されつつあるのは、「自由」と「陶酔」だという気がする。
私はそれだけは譲れない。死んでしまう。
金では買えないものだ。見せ掛けの幸福感を軽々超えるものだ。
無駄に生きたっていいだろ。何者にもなれなくたっていいだろ、生きる意味なんか考えないときもあるじゃん。
あの空虚には密度があるんだよ!どうにもならない愛にもね!


あ、さて......引越し準備しなきゃ。
by meo-flowerless | 2011-01-20 02:06 |