画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


by meo-flowerless

プロフィールを見る
画像一覧

外部リンク

カテゴリ

全体
絵と言葉



匂いと味



映画
日記
告知
未分類

最新の記事

2017年10月の日記
at 2017-10-02 00:56
2017年9月の日記
at 2017-09-06 19:05
珠洲日記1 2017.8.2..
at 2017-09-05 12:52
白玉のブルース
at 2017-08-13 15:27
2017年8月の日記
at 2017-08-08 18:20
佐賀日記〜波戸岬講座
at 2017-08-07 23:22
冥婚
at 2017-07-06 02:01
2017年7月の日記
at 2017-07-03 21:51
2017年6月の日記
at 2017-06-07 02:11
2017年6月の夢
at 2017-06-06 04:41

ブログパーツ

以前の記事

2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
more...

画像一覧

ヘルベチカの旅

e0066861_20244961.jpg


引っ越しの荷物整理の時に絶対探そうと思っていた、宝物の「アルプスの花の種」。
青い花三種の袋だった。シンプルな袋のデザインと、印刷のズレまくったピント甘い写真の魅力、そして「ヘルベチカ」の書体で書かれた文字が、忘れられずにいたのである。
が、結局どこに紛れてしまったのか解らず、見つからずじまいだった。
大事にしていたはずなのに無くなってしまったのが哀しく、このくそ忙しい最中に、もう自分で作ろうと思い、イミテーションを創ってみた。
結構よく再現できた(写真中の青い花の袋)




花卉の種の袋が、何故か昔から好きだった。その感覚は自分の作品の「花図鑑」にやがて繋がっていった。
普段は美しさを愛でられるようなものたちが機械的に分類され、番号を振られ、最低限の名と図だけで説明され並べられる、そういう感覚が好きらしい。
文房具屋ではジャポニカ学習帳の表紙の、ビビッドな熱帯の花や蝶の写真とクールで事務的なノートデザインのミスマッチに、飽きもせず見入った。



その花の種の袋は、大学院生の時に登山列車で上った、スイスアルプスで買った土産だった。
下界は夏だが、空に近いクライネシャイデック駅は目も開けられないほどまぶしい白銀の雪山。
急勾配をカタカタ上っていく山の電車からは、朝の名峰の複雑な天気の合間に、丸い虹が見えた。遥か下界にエメラルドグリーンの冷たい渓谷が流れているのが見えたりもした。
ストーブの匂いのする木の小屋の土産物店で、どのように売っていたかは忘れたが、これだけは、と一目で魅入られて三つの袋を選んで買ったことだけ覚えている。



何よりもその書体がヘルベチカなのがよかった。欧文書体では最も好きな書体だ。
フォントの王様といってもいぐらいよく使われるし好きな人も多い書体だ。特に数字は美しい。
ヘルベチカとはラテン語で「スイス」という意味なのだそうだ。
私にとってはドイツをも思いださせる。憧れのルフトハンザ航空の文字デザイン。駅の表示にも沢山使っていたような気がする。
記憶では昔のファーバーカステル社のあの垂涎の、高級色鉛筆や文具のロゴが、ヘルベチカ書体だった気がしてならない。
高校のとき、深緑の字に銀色の文字でロゴが書かれた消しゴム一個を買ってドキドキし、確かもうその頃からヘルベチカという書体の名は知っていたと思う。



アルプスから数年後、学生交流展の関係でドイツ旅行をした。
電車の車窓からの忘れられない風景がある。
スプレーの落書きだらけの殆ど瓦礫のような工場の廃墟地帯を抜けると線路沿いに、いかにもドイツらしい無機質な四角い感じの大きなホテルかアパートメントのような建物が近づいてきた。大型の窓が線路に全て面していて中が見えた。
灰色のカーテンを閉めているのもあり開けているのもあった。
何故か目がその建物にとまったのは、普通の住まいの窓とは違う「水族館の展示ガラス」のような雰囲気だった。



よく目を凝らしてみたら、沢山の窓際に無表情ないろんな女性が 一つの窓に独りずつマネキンのように立っていて、列車の客に、一斉に虚ろなアイコンタクトを送っていた。
窓の一つ一つには11とか52とか、白い文字で番号がふってある。
通り過ぎる咄嗟に「ヘルベチカだ」と思ったのと、以前旅行した夜のアムステルダムの「飾り窓」の女たちを思った。一瞬でその女性たちの送っている視線の意味と、仕事の内容を理解した。
アムステルダムのエロティックな桃色の見世物小屋的雰囲気はまるで無い、飾り気のまるで無い窓、くすんだカーテン、太り肉の普通の女のゴツい中年用の肌着。
そしてあまりにも事務的なヘルベチカの番号が際立って印象に残った。



列車の客は、車窓の一瞬の風景の中にとっさに気に入った女の番号を見つけて覚えるのだろうか。そしてもっと先の駅でふと途中下車しあの建物まで、あの番号の先にあるあの女の目つきと肌を求めて戻るのか。


クールで美しいヘルベチカの裏には、クライネシャイデックの模造の箱庭のように美しいスイスの家々とともに、ドイツ女たちのアイコンタクトの絶句するような陰気さの印象が、いつまでも張り付いている。
by meo-flowerless | 2011-01-10 20:39 |